第21話 深い青
合同捜査会議は、わずか30分あまりで打ち切られた。
捜査の進展に寄与するような目新しい情報が出なかったこと。
そして何より、宇都宮の苛立ちが限界に達したこと。
その2つが、会議を半ば力ずくで終わらせた。
会議室を出た捜査員たちの足取りは、重かった。
叱責されたことそのものより、あの場では“何も前へ進まない”という感覚の方がきつい。
廊下に出ても、誰もすぐには口を開かない。
真田瑞希と小早川陽介も、無言のまま歩いていた。
蛍光灯の白い光が、床に細い影を落としている。
冷えた廊下の空気が、会議室の息苦しさを少しだけ洗い流した。
それでも真田の胸の中の熱は、消えない。
3件目まで出た。
しかも今度は、予告電話すらなかった。
あの夜、ベンチの陰に置かれていた佐野里穂の遺体が、真田の脳裏からまだ離れない。
ほんの少し前まで生きていたはずの時間が、予告もなく切断されていた。
そのこと自体が、会議室では十分に重く扱われなかった気がしてならなかった。
数歩進んだところで、真田が口を開いた。
「……例のショートメールと写真、そしてマルウェアの件。今回の会議では完全に無視されましたね」
声音は低い。
静かだが、怒っている時の声だった。
小早川は鼻で笑う。
「無視、というより、見たくないんでしょう。俺が報告した時も、“関連性が薄い”の一言で終わりましたから」
「関連性が薄い?」
真田が足を止めかける。
「被害者全員に同じ文面。しかも同じ青い写真。さらにスマホから位置情報が抜かれていた可能性まである。3人目まで出て、それでも“薄い”で済ませるんですか?」
真田の声の温度が、わずかに上がった。
小早川は肩を竦めた。
「技官を独断で動かしたのが気に入らなかったのかもしれません。もしくは、自分の描いてる筋書きに合わないか」
「筋書き?」
「さあ。少なくとも、現場が掴んだ違和感より、“整理された報告書”の方を信じたい人なんでしょう」
真田は黙った。
小早川の口調は皮肉混じりだ。
だが、言っていること自体は否定しにくい。
会議では、被害者の交友関係や中学の共通点が繰り返し話題にされた。
もちろん、それも大事だ。
けれど、それだけでは追いつけない“何か”がある。
真田にはその感覚が、もうはっきりしていた。
「私は、あの写真が気になります」
真田が言う。
小早川が横目で見る。
「ただの風景なのに、嫌なんです。理屈じゃなく、まず生理的にぞっとする。見る側の気持ちを、最初から削り取るような色をしている」
「深い青、でしたっけ?」
「ええ」
真田は頷いた。
「あれは“証拠写真”じゃない。誰かに送るためにわざと作られた、不快な入口みたいに思えるんです」
そこで、ほんの一瞬だけ言葉が切れる。
その入口は、まだ県警の机上にあるだけのものではなく、城戸谷留美が黙ったまま抱えている違和感の方へも、ひそかに口を開けているようだった。
「3人目まで同じものが来ているなら、そこを外して次はありません」
その言葉には、整理より先に悔しさが混じっていた。
小早川も低く答える。
「俺も同意見です。しかも、その先にマルウェアがある。被害者のスマホが犯人の目になっていた可能性がある」
「ええ」
「3人目まで出て、しかも今回は予告なしです。あの青が入口なら、もう“関連性が薄い”で片づけてる場合じゃない」
会議で押し込められていた焦りが、ようやく言葉になる。
小早川の怒りは宇都宮への反発だけではなかった。
3件目まで防げなかったこと、そのうえ今もなお核心が脇へ押しやられていること。
その全部が、声の底に滲んでいた。
真田はしばらく黙った。
宇都宮に対する苛立ちもある。
だがそれ以上に、自分たちが見ているものを見逃されたことへの焦燥が強かった。
「こうなったら、私たちで拾うしかありません」
真田が言った。
「上が見ないなら、現場で繋ぐしかない」
小早川は口元をわずかに緩める。
「その言葉、待ってました」
冗談めかした言い方だった。
だが、そこに軽さはなかった。
「例の“エアリアル”って名前も気になりますしね」
「ええ」
真田は短く頷く。
ショートメールに記されていた一文――
『はじめましてエアリアルと申します』
挨拶文としては軽い。
だが、その軽さが逆に不気味だった。
人を殺す側が、自己紹介のように名乗ってくる。
しかも、知られたがっているのに、正体だけは隠したままだ。
「愉快犯、というには整いすぎている」
真田が言う。
「自己顕示欲ならもっと雑になる。あれは、もっと……」
「儀式っぽい?」
小早川が言葉を継いだ。
真田はその表現に、わずかに眉を動かした。
まさに、それだった。
ただ人を殺して終わりではない。
通報する。
スカートを持ち去る。
青い写真を送る。
その反復の中に、犯人だけが知っている意味がある。
「……ええ。そんな気がします」
2人は執務室の前まで来ていた。
ドアの向こうでは、部下たちの話し声とキーボードの音が混ざっている。
何も解決していないのに、仕事だけは途切れず進んでいく音だった。
真田はノブに手をかける。
「まず、3人の受信時刻を横に並べましょう。送信元番号、受信直後の端末挙動、位置情報の動きも全部です」
小早川が即座に応じる。
「被害者の生活圏と、画像の風景の位置関係も洗い直します。あの写真が“偶然の景色”じゃないなら、どこかで必ず現実と接続してる」
「曽我にももう一度当たりましょう。マルウェアの発火条件が3件とも同じか、違うかだけでも見たい」
「了解です」
会議室で抑え込んだ怒りが、今度は別の形で燃えていた。
宇都宮に認めさせるためではない。
もう次を出さないために。
真田はドアを開けた。
重い空気は消えていない。
だが、方向だけは定まった。
深い青の正体を追う。
その一点で、2人の温度は揃っていた。




