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第15話 青い風景

放課後――


下校の時間になっても、学校の空気はどこか落ち着かなかった。


玄関付近には、まだ教師の目が残っている。


校門の方へ向かう生徒たちは、以前より少しだけ足早で、自然と2、3人ずつ固まって歩いていた。


誰も大声では話さない。


事件のことを忘れたふりをしていても、完全には忘れきれていない。


そんな空気が、校舎の外へ出る直前のざわめきの中に薄く混じっていた。


だが里穂は、その空気をまともに受け止めないようにしていた。


今日は金曜日。

道場の日だ。


身体を動かして汗をかけば、昨日からずっと頭を占領している藤原のことも、少しは薄まるかもしれない。


そう思って、玄関でローファーに履き替えた、その時だった。


「あのさ……今日から一緒に帰らない? 家も近いしさ。例の殺人事件の犯人、まだ捕まってないでしょ? できるだけ大勢でいた方がいいと思って――」


背後から、同級生の女子が2人、少し遠慮がちに声をかけてきた。


狙いは明白だった。


里穂の空手の腕前だ。

自分を“盾”にしたいのだと、瞬時に察する。


もちろん、気持ちはわかる。

同じ学校の生徒がすでに2人も殺されている。

夜道が怖いと思うのは当然だ。


それでも里穂は、今すぐこの場を離れたかった。


道場へ向かわなければならない。

それに今は、他人の不安より、自分の恋の方がはるかに大きかった。


「ごめん、実はさあ――」


チャラリラリラ!


言いかけた瞬間、バッグの中のスマホが鳴った。


「ん? ちょっと待って」


里穂がスマホを取り出す前に、2人の目がぱっと輝いた。


「あっ! もしかして彼氏?」


「えっ? 里穂って今彼氏いるの? じゃあその人と帰れば大丈夫だよね……」


「いいなあ、私たち彼氏いないし……」


里穂は一瞬、言葉を失った。


彼氏などいない。


でも、この誤解は都合がよかった。

2人は気まずそうに離れていく。


結果的に、里穂は面倒な説明をせずに済んだ。


――ちょうどいいや。


そう思った自分に、少しだけ苦笑する。


本当は一緒に帰る方が、たぶん“正しい”。

そんなことはわかっている。


それでも、怖がっている友達より、恋の邪魔がなくなったことを先に喜んでしまう自分の方が、今はずっと本音だった。


さて――誰からだ?


里穂は画面を確認した。


受信時刻は、16時13分。


そこには短い文章。


「はじめましてエアリアルと申します」


そして、添付された1枚の画像。


深い青に染められた風景だった。


遠景に、立体駐車場のような建物。

その手前には、古びた民家らしき影。


それを見た瞬間――

周囲の温度が急激に下がった気がした。


ちょうどその時、玄関を抜ける風が吹き込んだ。


だがそれは、まるで真冬みたいに冷たく感じられた。


この風景――

どこかで見た気がする。


立体駐車場。

古びた家並み。


青い色のせいで現実味は薄れているのに、その配置だけは、T塾に通っていた頃の記憶のどこかと曖昧に重なった。


けれど、いつ、どこで見たのかが思い出せない。


思い出せないまま、胸の奥にだけ嫌なざわめきが広がっていく。


単なるいたずらメールにしては、あまりにも不気味だった。


ほんの数秒、里穂はその場に立ち尽くした。


ローファーの中で、足の指先が強張る。

玄関のざわめきが、一瞬だけ遠くなった気がした。


斉藤恵梨香。

三田村安奈。


同じ学校の生徒が、すでに2人死んでいる。


その事実が脳裏をよぎる。


けれど次の瞬間、里穂の中で別の考えが、それを押しのけた。


――でも、今日は空手がある。

――水曜日まで、あと少しだし。

――今これに引っ張られてる場合じゃない。

――後で考えればいい。


そうだ。

これは後でいい。


今はまだ、水曜日の方が大事だ。


青い写真は不気味だった。

それは間違いない。


けれど、里穂の中では、藤原と会う約束の方がずっと重かった。


画面を閉じる。


スマホをバッグへ押し込み、里穂は歩き出した。


ぞわりとした感覚は、まだ消えていない。


肩越しに誰かが見ているような気さえ、少しだけ残っている。


それでも彼女は、それを“今じゃない”場所へ押しやった。


水曜日の約束の方が、ずっと大事だった。


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