第2話
「分かっていますよ」
「榎本は、壊れた目覚まし時計みたいに突然だから」
「榎本さんが壊れているように聞こえます。お仕事を回してくださっているのに」
唐沢はコーヒーを待ちながらソファに腰を下ろした。
「サボる時は電話をよこすのに、仕事の時は連絡しないのね」
「あの時間帯は和子さん忙しいから」
「電話くらい取れます」
和子は、唐沢にコーヒーを手渡した。
「役に立てそう?」
「事件だとは思うけど。一見そうは見えなくて」
はぁー、とため息を吐いて和子は続けた。
「事件なんですね。なぜ、逆さまに言うの」
唐沢は、少し唇を緩めながらパソコンを立ち上げ、榎本からのメールに添付されていた、解剖レポートを開いた。しばらく、それを眺めていた。
「豆変えたの?」
「コーヒーの違いには気づくのに、どうしていい人を連れて来てくれないのかね」
「女性は、コーヒーほど安らぎをくれない」
和子は二度目の「はぁー」を言ってキッチンに向かった。唐沢は何度もレポートを目でなぞった。——何も引っ掛からなかった。
「ちょっと出て来ますが、何か要りますか?」
「えっ、どこに?」
「お茶してきますから集中してくださいね」
唐沢は、ひとりになり思考が口から漏れ出した。
死因は、不整脈……。
薬物反応なし。数値も正常。
——低い。K。
豆の違いなら簡単なんだが。
困った時の”不整脈”か。 最初にそう言った医者は、勇気がある。
「和子さんっ」出掛けたのか。どこ行くって言ったかな……。まあいいか、と呟きながら携帯を手にした。
榎本は、すぐに電話に出た。榎本に高瀬の主治医と会いたいと伝えた。榎本も会う予定だったため、唐沢の同行を承諾した。
「了解。明日の14時に病院で。あっ、それと高瀬夫婦の情報をくれ。夫の方は、心理学の教授だったよな。分野を知りたい」
「こき使うな」
「仕方がないだろう。見えてしまったんだ」
「本当か!」
「ああ。真由と論文。携帯で撮ったので後で送っておく。どうせ鑑識は素通りだろうから」
「論文。誰のだ?」
「それはこれからだ。ただ、何かの引き金になっているようだ。そうそう、解剖結果について警察はどう見ている?」
「どの数値にも異常は見当たらない。強いて言えば、カリウム値がやや低いくらいだ」
「やはり、K値くらいか」
「まあ、主治医に会えば何か分かるかもしれない」
唐沢は、携帯を置き、コーヒーを飲んだ。「どこのだ……?」キッチンに置いてあった豆の袋を眺めて呟いた。
豆と女性と心理学……共通点ゼロ。
翌朝、唐沢は、自宅から叔母に病院に行くと電話を入れた。予約が午後からだと告げなかったが、叔母も聞いてこなかった。叔母としては、婚活の時間を与えたいと思っていたのかも知れない。
病院に入ると、受付で座っている榎本が見えた。唐沢は、背後から近寄り榎本の肩に手を置いた。
「よっ!病院に来ると関節がギコちなくなる」と言って隣に座った。
「慣れれば何てことない」と言いながら、榎本は、鞄からA4サイズの茶封筒を唐沢に手渡した。
封筒には、警視庁と印字されていた。
榎本は、「見えたって?」と封筒の中身には触れなかった。
「胸の辺りと論文の一文」
唐沢も自分の言葉には興味がなく、封筒の中身を覗き込んだ。
「論文ね……」
それを遮るように唐沢は榎本の先を行った。
「それより、誰が論文を置いたか、だ。それに、俺が論文の話をした時の真由の反応気づいたか?」
榎本は、答えず腕時計に目をやり、そろそろだ、と言って立ち上がった。
二人は、ドアに藤田守と書かれた部屋の前に立った。榎本がノックすると中から、どうぞ、と返事があった。




