第2話 はじめての魔法
数日後
マルディア帝国士官学校——
かつては貴族の子弟や特権階級だけが通う場所だったが、戦争の激化により今では平民や異種族でも入学が許される、いわば「兵士育成機関」と化していた。
しかし、学ぶ内容は高度だ。
とりわけ今日行われる「魔法訓練」は、誰もが興奮と不安を抱える一大イベントだった。
「これより、初等魔導訓練を開始する!」
訓練場に響き渡る教官の声。
グラナードと名乗った男は軍服姿で、無表情に生徒たちを見下ろす。
「お前らは今日、自分の『固有属性』と向き合うことになる。魔力は血統による差もあるが、何より意志と集中力がものを言う。心してかかれ!!」
その言葉に、訓練場に整列する新入生たちは一斉に息を飲んだ。
「模範演技は──ノア・ルーベンス。前へ」
一歩ずつ、ノア・ルーベンスが前に出る。
銀髪を後ろで結び、整った顔立ちはどこか冷たい印象を与えた。貴族然とした優雅な動きで、彼は前へ出ると、静かに右手を掲げる。
「……見ていろ。貧乏人どもめ。」
空気が変わった。
次の瞬間、彼の手元から放たれたのは、しなやかに揺れる《水の鞭》。
地面を這うようにして形を変えながら、水流は美しく回転し、やがて霧となって消えていく。
「おお……!」
「すげぇ……」
「ちっ、やっぱ四大貴族は持ってるモノが違うぜ。」
「......本物か、ノア・ルーベンス」
教官でさえ目を細める中、ノアは振り返り、吐き捨てるように言った。
「この程度、幼少期から叩き込まれている我々貴族なら誰でもできる。日頃、畑を耕している平民共には、難しい話かもしれんが」
ノアの言動に、同い年の貴族たちが笑う。
その嘲笑の中、リオは、拳を握りしめていた。怒りが、喉元までこみ上げてくる。
「……なんだと?」
「ん? 聞こえなかったか? いや、もしかして理解できなかったか。頭の悪い平民なら、無理もない」
クスクスと他の貴族の士官候補生が笑う。
リオが歩み寄る。睨み合う二人の間に、カイルとクラリスが割って入った。
「落ち着け、リオ! ここで殴ったら試験失格だぞ!」
「ノア・ルーベンス。あなたも、無意味な挑発はやめなさい」
ノアは鼻で笑い、自分の位置に戻っていった。
リオの胸の奥には、煮えたぎるような悔しさが残った。
◇ ◇ ◇
生徒たちの訓練が始まった。
自分の魔力を手のひらに集中させ、そこから“属性の兆候”を浮かび上がらせる。それが今日の課題だ。
最初に挑んだのはカイルだった。
「よっしゃ!いっちょやってみっかぁ!」
勢いよく手を突き出した瞬間、パチン!と火花が走る。
「おっ……! おお!? でた!? ……おわあああ!」
びりびりと痺れ、ひっくり返るカイル。
「雷属性か……。カイルらしいと言えばカイルらしいわね。」
クラリスがため息をつきながら言った。
次に彼女が前に出る。
スッと息を吸い、指先を前へ。
微かな風が、その手のひらから舞い上がる。
「風属性、文句なしだな。クラリス・フロスト」
魔法のセンスを感じさせる所作に、教官がうなずく。
リオの番がやってきた。
自分の魔法属性は何なのか。
期待を胸に抱きながら
彼は深呼吸し、魔力を集中させる。
だが──
何も起きない。
手を変え品を変え、何度も試すが、全く反応がない。
汗が止まらない。さっきまで興奮していた心臓の音が緊張の音へと変わっていく。
周囲の視線が刺さる中、リオの焦りは頂点に達していた。
「……なにやってんだ、平民」
再び、ノアの声が飛ぶ。
「夢を見るのは構わないが、あまり声に出すのは控えたらどうだ? “総司令官でこの国を支配する”だっけ。お前が変えれるのは、せいぜい自分の寝相くらいだろう」
「夢は寝て、見ることにしたらいい。平民以下くん。」
プツンと、何かが切れた。
リオはノアに掴みかかり、二人は取っ組み合いの喧嘩になる。
「やめろ!!」
教官と生徒たちが割って入り、引き離される。
「次、乱闘を起こしたら──貴族でも退学処分にするぞ!」
教官の怒号に、場が沈黙した。
◇ ◇ ◇
夜。
訓練場には、ひとり残って練習を続けるリオの姿があった。
何度も、何度も、魔力を集中させる。
「出ろ……出ろよ……!!」
手を握りしめ、地面を叩きつける。
悔し涙が頬を伝う。
「なんで....なんで俺はできないんだ.....!」
やはり、平民の自分にはできないのだろうか。
ノアの言ったことが真実かのように思うと悔しくて涙が止まらない。
その時──
「……ったく、心配させるなよ」
カイルがやって来た。
「バカ……。どうせここにいると思ったわ」
クラリスも隣に立つ。
「オレ、悔しいんだ。……あのノアに、何も言い返せなかった」
「だからって、俺はリオに才能ないなんて思わないぜ。お前が総司令官になって、この国を変える。それのなにが悪いってんだ、ノアのアホはよぉ。」
「魔法の才能と、覚悟は別物よ。……リオ、一回、落ち着いて。深く息を吸って、力を感じてみて」
リオはもう一度、目を閉じた。
自分の中心へ、意識を沈める。
すると──
胸の奥に、微かな熱があることに気づいた。
それは燃えるような感覚。
誰に教わったわけでもなく、自然と、右手を前に出す。
ぼっ──
指先に、小さな赤い火球が現れた。
やわらかく灯るその炎は、彼の内なる熱意のように揺れている。
「……これが、オレの魔法……!」
カイルがにっと笑う。
「やっぱ、やるじゃん、リオ!」
クラリスも、少しだけ口元を緩めた。
「最初の一歩としては悪くないわね。」
◇ ◇ ◇
──こうして少年は、はじめての魔法を手に入れた。
たったひとつの火種。けれどそれは、やがて戦場を変える炎へと育っていく。あるいは、人を殺す戦火か。
その先に待つのは、希望か、それとも絶望か。
それを知るには、まだ彼らには時間が必要だった──




