第1話 黒き空、そして誓い
ユーラシス大陸――
広大なるこの大地には、五十を超える国家がひしめき合い、資源と領土を巡る果てなき戦争が続いていた。
かつては剣と弓が戦を決した。
やがて火薬と銃が力の象徴となり、そして今、異世界よりもたらされた“魔法”が、戦場の均衡を根底から覆している。
空に浮かぶ黒翼の龍。
地を這う死神の軍団。
雷をまとう軍艦。
言葉ひとつで火山を噴かせる将軍。
それらすべてが、当たり前に存在する狂気と混沌の時代。
この時代は、後にこう呼ばれる。
魔法戦争時代。
この混沌の大陸を席巻しつつあるのが、巨大国家――マルディア帝国。
帝国直属の七印騎士団を有し、大陸中から恐れられる脅威巨大国家。
他国を圧倒する兵力を背景に、マルディアは次々と周辺諸国を蹂躙し、いまやユーラシス大陸の領土の半分を手中に収めようとしていた。
だが、戦火の果てに咲くものは、花か。それとも呪いか。
その日、帝国辺境の都市グランヴェイルにて、ひとりの少年が人生の転機を迎えようとしていた――
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【開幕】
空が燃えていた。
爆撃一つで真っ赤に染まった雲が空一面を覆い、遠くからは爆音と叫びが混ざり合う。
帝国と、敵対する隣国との“戦争”が、また一つの町を呑み込んだのだ。
「……」
少年は、立ち尽くしていた。
瓦礫の山となった孤児院を前に。崩れた壁。燃え尽きた屋根。血と煙の匂いが鼻を突く。
――リオ・ブラックバーン。
戦争孤児。帝国最西端の街で、名も無き者として生きてきた少年。
「.....全部、ぜーんぶ無くなっちまった...,」
生まれ育った孤児院も、そこで出会った家族や友達。
一夜にして戦は全てを奪った。
屍としてのさぶる、弟や妹、友達、母として接してくれた修道士さん。
拳を握る。涙は出なかった。
泣いている暇も、寄り添ってくれる大人も、もはやこの地にはいない。
けれど、胸の奥に宿ったものがあった。怒り、悔しさ、無力感、そして――
「こんなクソみたいな世界、俺が変えてやる」
焼け焦げた大地に立つその姿は、やがてユーラシスを燃やし尽くす男の“原点”となる。
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【数日後:帝都セントラリア】
帝国の首都・セントラリア郊外。
戦災孤児救済を名目に建てられた教育機関――帝立マルディア士官学園。
ここに、帝国中から戦を求める若者たちが集まっていた。
平民、貴族、獣人、鳥人、人魚、エルフ、……。
出自も種族も違う者たちが、戦場に立つためだけにここへ来る。
「……すげえ、これが帝国の学校かよ」
リオ・ブラックバーンは、息を呑んで校舎を見上げた。
白亜の石造りの建物に、魔力転送式の監視塔、広大な演習場……
一面の瓦礫だったグランヴェイルの風景とは、まるで別世界だった。
「おーいリオー、早く来いって!」
赤髪の少年が手を振っている。
名は――カイル・グレイフォード。
陽気で単純な男だが、誰よりも情に厚い幼馴染。
「……また遅れてる。ほんと落ち着きないんだから」
背後からは、銀髪の少女がため息をつきながら歩いてくる。
名は――クラリス・フロスト。冷静で理知的。時に辛辣な物言いもあるが、仲間想いの少女。
三人は戦火の中、生き残り、そしてここに来た。
「よし……行こうぜ、俺たちはここから新しく始まるんだ!」
リオの目は、あの日と同じ光を宿していた。
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【大講堂:入学初日】
士官学園の入学式は、簡素なものだった。
戦争が日常のこの時代、礼儀や格式より、実力と生存率こそが尊ばれる。
そんな中、壇上に立つ少年がいた。
美しい銀髪に冷徹な紫の瞳。着ているのは、格式高い黒の軍服。
「……誰だ、あいつ」
「今年の入学生代表だとさ。」
ざわめきの中、彼は自ら名乗った。
「僕の名前は――ノア・ルーベンス。マルディア帝国四大貴族、ルーベンス家の者だ」
「おい……ルーベンス家って、あの四大貴族の嫡男……?」
会場が静まり返る。
四大貴族――帝国を支える四つの柱を担う大貴族。
中でもルーベンス家は“諜報”を担い、闇に精通した家柄という噂もある。
「……今日ここに集った君たちの多くは、庶民か、下等種族か、無能者だろう」
言葉は冷酷。まるで切り捨てるような断定だった。
「だが気にするな。君たちは、命を削って前線に立つためにここへ来たのだから。案ずることなどなにもない。君たちはただ国のために、我々のためにその命を使えばいい。」
誰もが凍り付く中、一人だけが声を上げた。
「ふざけんなよ!クソ貴族様」
リオ・ブラックバーンだった。
真っ直ぐな瞳。迷いのない声。
「みんな、ここに死にきてるわけじゃないんだ。家族がいて、大切な人がいて、それでも戦争はそんな大事な人を奪っていく。自分の大切な人を守るためにきているんだ。例え自分の命と引き換えになっても。」
ノアは不服そうな顔でリオを睨みつける。
「貴族だろうがなんだろうが、戦地にでれば関係ねえだろ。ノアルーベンス、俺は、おまえより強くなる。そして――この国の総司令官になり、この大陸を俺が支配してやる!」
沈黙が、波紋のように広がる。
ノアの目が細められ、笑みに近いものが浮かぶ。
「……いい目をしているな、リオ・ブラックバーン。だが――その目、何日保つかな?」
火花が散った。
帝国を動かす未来のキーマンたちが、初めて交差した瞬間だった。
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【エピローグ】
その日の夜、士官寮の一室で。
リオは一人、窓の外に広がる星空を見つめていた。
「総司令官か……我ながら恥ずかしいこと言っちゃったなぁ....」
総司令官、マルディア帝国が有する最強の軍隊、七印騎士団を束ねるのが総司令官である。文字通り、軍事国家であるこの国の頂点であり、最強と名高いマルディア軍隊の中で、他を圧倒した功績を残さない限り、到底辿り着くことは不可能である。ましてや、過去に平民から成り上がった総司令官などいない。
口にした言葉の重さが、いまさらながらのしかかる。
だが、引き返すつもりはなかった。
隣の部屋では、カイルのいびきが聞こえ、
遠くではクラリスの筆記音が静かに響いていた。
この学園には、何かがある。
未来の仲間、敵、そして――
まだ見ぬ“悪魔”たちとの運命が、彼を待ち受けていた。
だが、それはまた別の話――




