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休日の公園といつもの仲間

休日の朝。

目が覚めると、時計の針は九時を少し過ぎていた。

平日なら、そろそろ学校へ行く準備を始めている時間だ。

けれど、今日は学校がない。


俺は布団の中で少しだけごろごろしてから、ようやく起き上がった。

顔を洗い、着替えを済ませてリビングへ向かう。

テーブルには朝ご飯が用意されていた。

テレビからは、休日らしい番組の音が聞こえてくる。

特別に見たい番組があるわけではない。

ただ、朝ご飯を食べながらテレビを見る。

そんな時間が、俺は嫌いではなかった。


『今日は遊びに行くの?』


母が食器を片付けながら尋ねてきた。


「たぶん。」


『誰と?』


「蓮。」


そう答えると、母は少し笑った。


『毎日一緒だね。』


「そうかな。」


『学校でも一緒で、休みの日も一緒なんでしょう?』


言われてみれば、確かにそうだった。

転校してから、蓮とは学校でも放課後でも顔を合わせている。

一緒に帰ることもあれば、公園で遊ぶこともある。

特別な約束をしなくても、気付けば一緒にいる。

それが、いつの間にか当たり前になっていた。


「まあ、よく遊んでるな。」


『仲のいい友達ができてよかったね。』


「うん。」


俺はそう答えて、残っていた朝ご飯を口に運んだ。

朝食を食べ終えると、机に向かって宿題を始めた。

せっかくの休日に宿題を残しておくと、遊んでいる間も気になってしまう。

だから、できることは先に終わらせておく。

問題を解き、答えを確認し、最後の一問まで終わらせる。

鉛筆を置いて時計を見ると、まだ昼前だった。


「ちょっと公園に行ってくる。」


リビングにいる母へ声を掛ける。


『暗くなる前には帰っておいでよ。』


「はーい。」


玄関で靴を履き、外へ出た。

ランドセルはない。

ゲーム機も持っていない。

財布も持っていなかった。

特別な荷物は何もない。

友達と遊ぶために、身軽なまま家を出た。


公園へ向かう道を歩いていると、日差しの強さを感じた。

空は明るく、雲も少ない。

歩いているだけでも少し暑い。


「今日は何をして遊ぼうかな。」


そんなことを考えながら、公園の入口をくぐった。

すると、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。


『龍斗!』


声のした方を見ると、蓮がブランコの近くに立っていた。

俺に気付くと、大きく手を振っている。


「早いな。」


『さっき来たところ。』


「絶対うそだろ。」


『本当だって!』


「じゃあ、さっきって何分前?」


『……ちょっと前。』


「ほら、やっぱり!」


蓮は悪びれる様子もなく笑った。

こういうところは、いつも変わらない。

何を聞いても、最後には適当に笑ってごまかす。

でも、そんなやり取りをするのも楽しかった。


「ほかのみんなは?」


『もう来るって言ってたよ。』


「そっか。」


俺たちが話していると、公園の入口から数人の子どもたちが歩いてくるのが見えた。


『おーい!』


蓮が手を振る。


『おはよう!』


「おはよう。」


俺も挨拶を返した。

その中には、葛西さんの姿もあった。

帽子をかぶり、小さな水筒を肩から下げている。

俺たちに気付くと、葛西さんも笑顔で近付いてきた。


『おはよう。今日は暑いね。』


『本当だね。もう夏みたい。』


蓮が空を見上げる。


『まだ夏じゃないけどね。』


『暑かったら夏でいいじゃん。』


『そんな決まりはないよ。』


葛西さんが笑う。

蓮は少し考えるような顔をしたあと、堂々と言った。


『じゃあ、今日から夏ということで!』


『勝手に決めないでよ!』


周りから笑い声が上がった。

俺も思わず笑ってしまった。

何でもない会話だった。

それでも、こうしてみんなで集まっていると、自然と楽しい気分になった。


『ねえ、今日は何をして遊ぶ?』


誰かが尋ねた。


『缶蹴り!』


『鬼ごっこ!』


『ドッジボール!』


それぞれが好きな遊びを言い始める。

意見は見事にばらばらだった。


『じゃあ、多数決にしようよ。』


葛西さんが提案した。


『それが一番早いな。』


蓮が賛成する。

鬼ごっこ、缶蹴り、ドッジボール。

順番に手を挙げていくと、鬼ごっこが一番多かった。


『よし、鬼ごっこ!』


蓮が嬉しそうに声を上げる。


「また鬼ごっこか。」


俺がつぶやくと、蓮がこちらを向いた。


『何? 嫌なの?』


「嫌じゃないけど、よくやるなと思って。」


『じゃあ、いいじゃん!』


「まあ、そうだけど。」


『はい、決定!』


結局、蓮の勢いで話はまとまった。

こういうとき、蓮は本当に話を進めるのが早い。

細かいことをいつまでも考えるより、とりあえず始めてしまう。

俺にはあまりないところだった。

鬼を決めるために、みんなでじゃんけんをした。


『最初はグー、じゃんけんぽん!』


何度か勝負を繰り返した結果、鬼になったのは蓮だった。


『うわ、最悪!』


さっきまであれほど楽しそうだったのに、蓮は一気に不満そうな顔になった。


『自分で鬼ごっこにしたんじゃん!』


誰かが笑いながら言う。


『それとこれとは別!』


『何が別なんだよ!』


『鬼は嫌なんだよ!』


みんなが一斉に笑った。

蓮は少しだけむくれたあと、すぐに表情を戻した。


『よし、絶対全員捕まえるからな!』


『はいはい。』


『逃げ切ってやる!』


蓮が目を閉じて数え始める。

その声を聞いた瞬間、俺たちは一斉に走り出した。

公園の中を駆け抜ける。

滑り台の横を通り、遊具の陰へ回り込む。

俺は植え込みの近くまで走ってから、身をかがめて隠れた。

少し息が上がっていた。

普段から運動が得意というわけではない。

全力で走ると、すぐに疲れてしまう。

それでも、鬼に捕まりたくないと思うと、自然と足が動いた。


遠くから蓮の声が聞こえる。


『もういいかー!』


誰も返事をしない。


しばらくすると、蓮の足音が聞こえてきた。


『どこだ……。』


俺は植え込みの陰で息を潜めた。

近くまで来たらどうしよう。

そんなことを考えていると、すぐ横から小さな声がした。


『ここ、空いてる?』


驚いて振り向く。

そこには、葛西さんが立っていた。

少し走ってきたのか、息が上がっている。


「うん、空いてるよ。」


『ありがとう。』


葛西さんは俺の隣にしゃがみ込んだ。

二人で、植え込みの向こうをそっとのぞく。

しばらくは、どちらも何も話さなかった。

遠くでは、ほかの子たちの声が聞こえている。

風が吹くたびに、近くの葉っぱが揺れた。


『見つからないかな。』


葛西さんが小さな声で言った。


「どうだろう。」


『蓮、足が速いからね。』


「それは分かる。」


『龍斗も、もう少し速く走れたらいいのにね。』


「え、俺の問題なの?」


『だって、さっきすぐに見えなくなったよ。』


「隠れるのがうまいってことだろ。」


『そういうことにしておこうかな。』


葛西さんが笑った。

俺も笑いそうになったが、慌てて口を押さえた。

こんなところで笑ったら、蓮に見つかってしまう。

二人で顔を見合わせ、もう一度、植え込みの向こうを確認した。


そのときだった。


『見ーつけた!』


「うわっ!」


植え込みの反対側から、蓮が勢いよく顔を出した。


『二人とも、こんなところにいたのか!』


「いつからそこにいたんだよ!?」


『今!』


「絶対うそだろ!」


『本当だって!』


そんなやり取りをしている場合ではなかった。


「逃げろ!」


俺と葛西さんは同時に立ち上がり、走り出した。

蓮もすぐに追いかけてくる。


『待てー!』


「待つわけないだろ!」


必死に走る。

途中で足がもつれそうになりながらも、何とか転ばずに走り続けた。

葛西さんも笑いながら走っていた。

追いかけられているのに、なぜか楽しかった。

結局、俺は蓮に捕まってしまった。


『龍斗、捕まえた!』


「速すぎるって!」


『俺から逃げ切れると思うなよ!』


「何、その決め台詞!」


周りにいた友達まで笑い出した。

葛西さんは何とか逃げ切ったものの、少し離れた場所で息を整えていた。

俺は肩で息をしながら、蓮を見た。


「次は絶対に逃げ切るからな。」


『何回でも捕まえてやる!』


「その自信、どこから来るんだよ。」


『俺の足!』


「はいはい。」


そんなくだらないやり取りをしているうちに、鬼ごっこは終わった。

そのあとは、それぞれ好きな遊びを始めた。

ブランコに向かう子。

砂場で山を作り始める子。

鉄棒にぶら下がって、何秒耐えられるか競争する子。

公園の中では、自然と遊びが分かれていった。

俺と蓮は、少し疲れたのでベンチに腰を下ろした。


「疲れた……。」


俺がそう言うと、蓮がこちらを見た。


『龍斗、体力なさすぎだろ。』


「いや、蓮がおかしいんだよ。」


『そうかな?』


「そうだろ。あれだけ走って、まだ元気じゃん。」


『まあな!』


蓮は得意そうに胸を張った。


「褒めてないからな。」


『分かってるって!』


そう言いながら、蓮は笑っていた。

俺も笑った。

少し休んでいると、目の前に小さな袋が差し出された。


『はい。』


顔を上げると、葛西さんが立っていた。


「え?」


『お菓子。お母さんがいっぱい入れてくれたから。』


袋の中には、小さなチョコレートが何個か入っていた。


「もらっていいの?」


『うん。みんなにも配ってるから。』


そう言って、葛西さんは蓮にもチョコレートを渡した。

近くで遊んでいた子にも声を掛けている。


『○○ちゃんもいる?』


『ありがとう!』


『□□くんは?』


『もらう!』


葛西さんは、一人ずつにお菓子を配っていた。

誰か一人だけに渡しているわけではない。

みんなに同じように声を掛けている。


「ありがとう。」


俺がお礼を言うと、葛西さんは笑った。


『どういたしまして。』


それだけ言って、また別の友達のところへ歩いていった。

俺は袋からチョコレートを一つ取り出した。

蓮は、もう食べ始めている。


『葛西さん、優しいよな。』


蓮が何気なく言った。


「うん。」


『誰にでもああやって声を掛けるし。』


「そうだな。」


『だから、みんなと仲がいいんだろうな。』


俺は、少し離れた場所にいる葛西さんを見た。

葛西さんは、別の子と楽しそうに話していた。

困っている子がいれば自然と声を掛ける。

誰かが話しかければ、きちんと顔を向けて答える。

一緒に遊ぶ相手を選ぶというより、誰とでも自然に関わっているように見えた。

確かに、優しい子だと思う。

でも、このときの俺にとって、それは特別な感情ではなかった。

お菓子をもらって嬉しかった。

少し話せて楽しかった。

それだけだった。


葛西さんが俺だけに何かをしてくれたわけではない。

みんなに同じように接しているのだから、俺もその中の一人だった。

それで十分だった。


当時の俺は、誰かを好きになるということが、どういうことなのかもよく分かっていなかった。

一緒にいて楽しい。

話していて面白い。

優しい人だと思う。

そんな気持ちはあっても、それが恋愛につながるなんて考えもしなかった。


だから、チョコレートをもらったことも、植え込みの陰で一緒に隠れたことも、特別な出来事として意識していたわけではなかった。

ただ、楽しい休日の一場面だった。


しばらく休憩していると、今度はブランコの順番をめぐって、子どもたちが集まり始めた。


『次、俺!』


『さっき乗ったじゃん!』


『じゃあ、その次!』


『私も乗りたい!』


『順番にしようよ!』


一気ににぎやかになる。

蓮は立ち上がり、ブランコの方へ向かった。


『俺も乗る!』


「さっきまで疲れたって言ってたじゃん!」


俺が声を掛けると、蓮は振り返った。


『休憩したから復活した!』


「早すぎだろ!」


『若いからな!』


「俺たち同い年だろ!」


葛西さんが、また笑った。


『二人とも、同じ話ばっかりしてるね。』


『龍斗が変なことを言うからだよ!』


「蓮が変なことを言うからだろ!」


『ほら、また始まった!』


葛西さんが楽しそうに笑う。

結局、俺もベンチから立ち上がり、みんなのところへ向かった。

順番を待っている間も、話題は次々に変わっていく。

昨日見たテレビ番組の話。

学校で起きたちょっとした出来事。

最近、家で遊んだゲームの話。

誰かが話し始めると、別の誰かが思い出したように口を挟む。

話が脱線しても、誰も気にしない。

いつの間にか、最初に何の話をしていたのか分からなくなることもあった。


でも、それも楽しかった。

何か特別な話をしなくてもいい。

ずっと笑い続けていなくてもいい。

ただ一緒にいて、思いついたことを話して、遊びたいときに遊ぶ。

それだけで、時間はあっという間に過ぎていった。


やがて、ブランコに乗っていた葛西さんが、小さな女の子に声を掛けた。


『乗りたい?』


女の子は、こくんとうなずいた。


『じゃあ、次に代わるね。』


葛西さんはブランコから降り、女の子が乗るのを手伝った。


『押してあげようか?』


『うん!』


葛西さんは後ろへ回り、ゆっくりとブランコを押し始めた。

女の子が楽しそうに笑う。


『もっと高く!』


『急に高くしたら危ないよ。少しずつね。』


『はーい!』


二人の声が聞こえてきた。

俺は、その様子を何となく眺めていた。

葛西さんは、こういうことを自然にできる子だった。

誰かに頼まれる前に気付いて動く。

相手が小さな子でも、面倒そうな顔をしない。

そういうところが、いいなと思った。

もちろん、そのときの俺は、ただ「優しいな」と感じただけだった。

どうしてそう思ったのか、深く考えたわけでもない。

ただ、葛西さんは優しい子だった。

その印象が、少しずつ俺の中に残っていった。


午後も半ばを過ぎると、日差しが少しずつ傾き始めた。

それでも、まだ空は明るい。

夏が近付くと、夕方になっても外が明るい時間が長くなる。

子どもにとって、それは嬉しいことだった。

まだ遊べる。

その事実だけで、十分に気分がよくなった。


『今日、何時まで遊べる?』


蓮が尋ねた。


「六時くらいかな。」


『俺もそれくらい。』


『じゃあ、まだ遊べるね!』


葛西さんが笑った。


『次は何する?』


『缶蹴り!』


蓮が即答した。


『また走るの?』


『もちろん!』


『本当に元気だね。』


『任せとけ!』


俺は、もう何も言わなかった。

どうせ、何を言っても蓮は遊びを始める。

そして結局、俺も参加する。

いつものことだった。


みんなで缶蹴りをすることになり、公園の真ん中に空き缶を置いた。

鬼を決め、数を数える役を決める。

今度は葛西さんが鬼になった。


『じゃあ、数えるね!』


葛西さんが目を閉じる。

俺たちは一斉に公園の中へ散っていった。

俺は今度こそ捕まらないように、さっきとは違う場所へ向かった。

大きな木の陰。

遊具の裏。

植え込みの近く。

隠れる場所を探しながら、鬼の様子をうかがう。

やがて、葛西さんの声が聞こえた。


『もういいよね?』


どこかから返事が返る。


『もういいよー!』


その瞬間、葛西さんが動き始めた。

俺は息を潜めながら、周りを見回した。

今度こそ、最後まで逃げ切りたい。

そんなことを考えていると、向こうから蓮が走ってくるのが見えた。


「何でこっちに来るんだよ!」


『龍斗がいたから!』


「見つけるの早すぎだろ!」


『逃がすか!』


蓮が追いかけてくる。

俺は慌てて走り出した。

何とか距離を取ろうとしたが、少しずつ近付いてくる。


『待てー!』


「嫌だー!」


『絶対捕まえる!』


「何回言うんだよ!」


最後は、また捕まった。


『はい、龍斗捕獲!』


「もういいって!」


『まだまだだな!』


「次は絶対逃げ切るからな!」


『その言葉、何回目?』


葛西さんが笑いながら尋ねた。


「……分からない。」


俺が答えると、みんなが一斉に笑った。

その笑い声につられて、俺も笑った。

缶蹴りが終わる頃には、みんな汗だくになっていた。

蓮は芝生の上に座り込み、大きく息を吐いた。


『もう無理……。』


「また?」


俺が聞くと、蓮はそのまま空を見上げた。


『体力が限界。』


「さっき、復活したって言ってたじゃん。」


『それはそれ。これはこれ。』


「便利な言葉だな。」


『だろ?』


「褒めてないって。」


また笑い声が起きた。

俺たちは、少し休憩することにした。

公園の木々の間から、蝉の声が聞こえてくる。

日差しはまだ強かったが、木陰に入ると少し涼しかった。


『もうすぐ夏だね。』


葛西さんが空を見上げながら言った。


「まだ六月だよ。」


『でも、暑いよ?』


「それはそうだけど。」


蓮が水筒のお茶を飲みながら口を挟んだ。


『じゃあ、今日から夏ということでいいじゃん。』


『さっきも同じことを言ってたよね。』


葛西さんが笑う。


『大事なことは何回でも言うんだよ!』


『それ、大事なことなの?』


『もちろん!』


蓮は真剣な顔でうなずいた。

俺は思わず吹き出した。

本当に、蓮といると退屈しなかった。

どんなにくだらないことでも、楽しそうに話す。

誰かが冗談を言えば、すぐに乗っかる。

場の空気が静かになっても、何かしら話題を見つけてくる。

俺にはできないことだった。


だからこそ、一緒にいて楽だったのかもしれない。

自分が無理に話を盛り上げなくても、蓮が自然と会話をつないでくれる。

俺は、その横で笑ったり、思ったことを言ったりすればいい。

それだけで十分だった。

しばらくすると、誰かが水筒を片付けながら言った。


『そろそろ、次の遊びを決めようよ。』


『まだ遊ぶの?』


『あと少し時間があるだろ!』


『じゃあ、最後に何かしようよ。』


そうして、みんなで遊具の近くへ移動した。

特別なルールのある遊びではなかった。

順番にブランコに乗ったり、砂場で山を作ったり、鉄棒にぶら下がってみたり。

それぞれが好きなことをしながら、ときどき誰かのところへ集まって話をする。

遊び方が決まっていなくても、退屈することはなかった。


俺は順番を待ちながら、葛西さんたちの様子を眺めていた。

葛西さんは、小さな女の子と一緒に砂場で遊んでいた。

二人で砂を集め、山を作っている。


『ここ、もっと高くしようよ。』


『うん!』


『じゃあ、こっちから砂を持ってきて。』


『分かった!』


女の子は一生懸命に砂を運んでいた。

葛西さんは、その様子を見ながら楽しそうに笑っている。

俺は、何となくその光景を眺めていた。

優しいな。

また、そう思った。

ただ、それだけだった。


誰かを好きになる理由なんて、その頃の俺には分からない。

でも、人をいい人だと思う理由なら、少しだけ分かる気がした。

誰かと一緒に遊んでいるとき。

困っている相手に声を掛けるとき。

自分より小さな子にも、同じように接するとき。

そういう姿を見ていると、自然と優しい人だと思う。

葛西さんは、そんな子だった。


しばらくすると、砂場で遊んでいた女の子が、葛西さんに手を振って戻っていった。

葛西さんも手を振り返し、それから俺たちの方へ歩いてきた。


『何してるの?』


『そろそろ帰る時間まで、何をして遊ぶか考えてた。』


蓮が答えた。


『まだ決めてなかったの?』


「ずっとそんな感じだよ。」


俺が言うと、葛西さんは笑った。


『みんな、遊ぶことが好きなんだね。』


『そりゃそうだろ!』


蓮が胸を張る。


『明日も遊ぶ?』


『もちろん!』


「学校が終わってからな。」


『分かってるって!』


蓮はそう言いながら、また笑った。

夕方六時が近付くと、公園の時計から音楽が流れ始めた。

それまでにぎやかだった公園も、少しずつ帰る準備をする子どもたちで動き始める。


『あ、もうこんな時間か。』


『そろそろ帰らないと。』


『また明日遊ぼう!』


『学校が終わってからね!』


『宿題、ちゃんとやれよ!』


『それは知らない!』


最後まで、そんな会話ばかりだった。

俺も帰る準備を始めた。

体は疲れていたけれど、気分はよかった。

一日中、友達と遊んだ。

走って、笑って、少し休んで、また遊んだ。

それだけの休日だった。


「龍斗、帰ろうぜ。」


蓮が声を掛けてきた。


「うん。」


俺たちは、公園の入口へ向かった。

途中で葛西さんたちとも別れ、それぞれの家へ帰っていく。

帰り道、蓮は俺の隣を歩いていた。

いつもなら、学校であったことや、次に何をして遊ぶかなど、いろいろな話をする。

その日も、最初はくだらない話をしていた。

けれど、少し歩いたところで、蓮がふと思い出したように尋ねてきた。


『なあ、龍斗。』


「ん?」


『転校してきてよかっただろ?』


突然の質問だった。

俺は、すぐには答えられなかった。

転校する前のことを思い出す。


新しい学校に行くことが決まったとき、俺は不安だった。

知らない場所で、友達ができるのだろうか。

今までと同じように学校生活を送れるのだろうか。

もし誰とも仲良くなれなかったら、どうしよう。

そんなことを考えていた。


実際、最初は周りの様子をうかがってばかりだった。

誰に話しかければいいのか分からない。

どこにいればいいのかも分からない。

何をするにも、少しだけ勇気が必要だった。

でも、今は違う。


学校へ行けば、話せる友達がいる。

休み時間には一緒に過ごせる。

放課後になれば、公園で遊ぶ約束もできる。

休日だって、こうして自然に集まれる。

気付けば、毎日の中に笑える時間が増えていた。

俺は隣を歩く蓮を見た。


「……うん。」


自然と、そう答えていた。


『よかった。』


蓮は、それだけ言って笑った。

何か特別なことを言ってくれたわけではない。

励まそうとしたのかもしれないし、ただ何となく聞いただけなのかもしれない。

本当のところは分からなかった。

それでも、その言葉は嬉しかった。


「蓮は?」


俺は聞き返した。


『何が?』


「俺が転校してきて、よかった?」


蓮は少しだけ考えたあと、すぐに答えた。


『まあ、よかったんじゃない?』


「何それ。」


『だって、一緒に遊べるじゃん。』


「それだけ?」


『それが大事だろ!』


蓮は笑った。

俺も笑った。

難しい理由なんていらなかった。

一緒に遊べる。

一緒に笑える。

明日もまた、学校で会える。

それだけで十分だった。


家に着く頃には、空が少しずつ赤く染まっていた。


『じゃあ、また明日な!』


蓮が手を振る。


「うん。また明日。」


俺も手を振り返し、自分の家へ入った。


『おかえり。』


母の声が聞こえた。


「ただいま。」


『楽しかった?』


「うん。いっぱい遊んだ。」


『よかったね。ちゃんと手を洗っておいで。』


「はーい。」


洗面所へ向かいながら、今日のことを思い返した。

鬼ごっこで走り回ったこと。

蓮に何度も捕まったこと。

葛西さんからチョコレートをもらったこと。

みんなで缶蹴りをしたこと。

どれも、特別な出来事ではない。


明日になれば、また学校へ行く。

放課後になれば、また友達と遊ぶ。


その頃の俺にとって、友達と遊ぶことは当たり前だった。

ただ、楽しかった。

明日も楽しみだった。

それだけでよかった。

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