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新生活の始まり

最近急に寒くなってきました。

風邪をひかないように気をつけましょう。

引っ越しの日は、思っていたよりもあっという間にやってきた。


朝から家の中は、いつもと全然違っていた。


玄関を開けた瞬間から、見慣れた場所に段ボールが積まれている。

廊下にも段ボール。

リビングにも段ボール。

俺の部屋にも段ボール。


昨日まで普通に置いてあった家具も、少しずつ姿を消していた。

本棚からは本がなくなり、机の引き出しも空になっている。

テレビ台もなくなっていた。

いつもならテレビが置いてある場所だけが、妙に広く見える。

俺の部屋も同じだった。

物が減ったせいで広くなったはずなのに、嬉しくない。

むしろ、少し寂しかった。


昨日までそこにあったものがなくなるだけで、こんなに部屋の印象が変わるのかと思った。

ベッドだけが残っている。

それ以外は、ほとんど何もない。

壁に貼っていたものも外されている。

机の上に置いていた細かいものも、全部段ボールの中だ。


俺は部屋の真ん中に立って、何をすればいいのか分からなくなった。

引っ越しの手伝いをしようと思っても、母に触らないでと言われるものも多い。

だから、邪魔にならないようにしているしかなかった。

母は段ボールを一つずつ確認しながら、ガムテープを貼っている。


『龍斗、それ触ったら駄目だからね』


「分かってる」


返事はしたものの、やることがない。

部屋を出て、廊下を歩く。

また戻る。

リビングを見て、また自分の部屋に戻る。

それを何度か繰り返した。

本当に何もすることがない。

俺はベランダへ出た。

そこから見える景色は、昨日までと何も変わっていない。


マンションの下には、いつものように子どもたちがいた。

自転車に乗って走り回っている子。

公園へ向かっている子。

何人かで集まって、何かの話をしている子。

少し離れたところから、鬼ごっこの声も聞こえてくる。

誰かが笑っている。

誰かが大きな声で呼んでいる。

その声を聞いていると、昨日まで自分もあの中にいたことを思い出した。


学校から帰ってきて、ランドセルを置いたらすぐに外へ出る。

友達と公園へ行く。

鬼ごっこをする。

自転車で走り回る。

暗くなって母に呼ばれるまで遊ぶ。

そんな毎日だった。


別に特別な場所ではない。

ただのマンションの前と、近所の公園。

それでも、俺にとっては毎日の生活そのものだった。

今日で、ここを離れる。

そう思うと、急に景色が違って見えた。


俺は手すりに腕を乗せて、しばらく下を眺めていた。

子どもたちは、俺が今日ここを離れることなんて知らない。

もちろん、俺が見ていることも知らない。

いつも通り遊んでいる。

その「いつも通り」が、少しだけ羨ましかった。

俺はしばらく黙って見ていた。

一緒に遊びたい。

そう思わなかったわけではない。

でも、今日だけ「遊ぼう」と言いに行くのも変な気がした。

もうすぐ引っ越すのだから、最後くらい一緒に遊べばいい。

頭ではそう思う。


それでも、ベランダから降りて、声をかけに行くことはなかった。

結局、俺は小さく呟いただけだった。


「もうここでは遊ばないのか」


自分で言っておきながら、その言葉が少し寂しく聞こえた。

部屋へ戻る。

母はまだ荷造りをしている。

俺は段ボールの隙間を避けながら歩いて、自分の荷物が入っている箱を眺めた。

名前が書いてある。

「龍斗」と書かれた箱がいくつも並んでいる。

これが全部、新しい家へ行く。

そう考えると、少しだけ不思議だった。


昼を過ぎる頃になると、外から車の音が聞こえた。

窓から下を見る。

大きなトラックがマンションの前に止まっていた。

引っ越し業者の人たちが降りてくる。

そこからは、一気に時間が進んだように感じた。


段ボールが次々と運び出されていく。

テレビ。

家具。

本棚。

机。

椅子。

自分の部屋にあったものが、一つずつなくなっていく。

父も荷物を運ぶのを手伝っていた。

俺も何かしたいと思って、父のところへ行く。


『龍斗、これ持てるか?』


父が指差したのは、小さな段ボールだった。

俺は両手で持ち上げてみる。

思ったより軽い。


「これなら持てる」


『じゃあ、トラックまで頼む』


「うん」


小さな箱を抱えて歩く。

大きな家具を運ぶ大人たちの横を通って、俺もトラックまで運ぶ。

一つ運んだだけ。

それでも、任せてもらえたことが嬉しかった。

戻ってくると、父がまた別の箱を指差す。


『次、これ』


「分かった」


今度も運ぶ。

何度か繰り返しているうちに、俺も引っ越しを手伝っているような気分になってきた。

家の中から荷物がなくなっていく。

最初は広く感じなかった部屋が、どんどん広くなっていく。

でも、家具がなくなった部屋は、やっぱり寂しかった。


夕方近くになって、最後の荷物が運び出された。

家の中には、ほとんど何もない。

壁も床も、いつもより広く見える。

自分の部屋に入る。

何もない。

机もない。

本棚もない。

ベッドもなくなっている。

本当に、何もない。

俺は部屋の真ん中に立ったまま、しばらく動かなかった。

ここで寝た。

ここでゲームをした。

ここで本を読んだ。

怒られたこともあった。

嬉しかったこともあった。

普通の毎日があった。

それが、もうなくなる。

父が玄関のほうから声をかける。


『龍斗、行くぞ』


「うん」


最後に家の中を見て回る。

リビング。

キッチン。

自分の部屋。

廊下。

玄関。

何か忘れていないか確認する。

もちろん、忘れ物なんてない。

全部持っていくのだから当然だ。

それでも、何度も振り返った。


玄関まで戻る。

父が最後に家の中を確認する。

母も一緒に出てくる。

そして、父が玄関の扉を閉めた。

ガチャッ。

小さな音がした。

それだけだった。


大きな音がするわけでもない。

何か特別なことが起きるわけでもない。

ただ、扉が閉まった。

それなのに、その音を聞いた瞬間、ここでの生活が終わったような気がした。


俺は最後にもう一度だけ、その扉を見た。

そして、車へ向かった。

車に乗り込む。

荷物を積んだトラックも、少し前を走っている。

シートベルトを締める。

母が隣に座る。

父が運転席に座る。

車が動き出した。

窓の外を見る。

見慣れたマンションが少しずつ遠ざかっていく。

いつも歩いていた道。

学校へ行くときに通った道。

友達と公園へ向かった道。


何度も見た景色なのに、今日は全部違って見える。

よく遊んだ公園が見える。

俺はそちらを見た。

ブランコ。

滑り台。

砂場。

いつも遊んでいた場所。

今日は誰かが遊んでいる。

車が進む。

公園が小さくなる。


次に、よく行ったスーパーが見える。

母と一緒に買い物をした場所。

お菓子を買ってもらったこともある。

学校から帰る途中に寄ったこともある。

そこも通り過ぎる。


歩道橋が見える。

何度も渡った。

友達とふざけながら歩いたこともあった。

一人で渡ったこともあった。

それも後ろへ流れていく。


窓に映る自分の顔を見る。

俺は何も言わなかった。

母も、しばらく何も言わなかった。

車の中には、エンジンの音だけが響いている。


どんどん知らない景色が増えていく。

知らない道。

知らない建物。

知らない店。

知らない町。


俺は窓の外を見ながら考えた。

またここに来ることはあるのかな。

来ようと思えば来られる。

そんなに遠い場所ではない。

でも、今までみたいに毎日来ることはない。

そう考えると、少しだけ寂しくなった。

しばらくして、車が新しい町へ入っていく。


前よりも静かな住宅街だった。

家が並んでいる。

道も少し違う。

見たことのない公園がある。

少し先にはコンビニも見える。

俺は窓の外を眺めながら、その景色を一つずつ覚えようとした。

新しい家に着いた頃には、空が夕焼け色になっていた。


車から降りる。

荷物を運ぶ。

新しい家の玄関を開ける。

中に入る。

まだ家具はほとんどない。

荷物が届いたばかりだから、段ボールが並んでいる。

さっきまでの家とは違う。

匂いも違う。

音も違う。

何もかも新しい。

父が家の中を見回して言った。


『今日からここが家だ』


俺も部屋を見渡した。


「ここが俺の部屋?」


『そう』


自分の部屋になる場所を見る。

まだ何もない。

でも、これから机を置いて、本棚を置いて、荷物を並べていく。

ここが自分の部屋になる。


俺は窓を開けた。

外を見る。

知らない景色が広がっている。

近くに小さな公園が見える。

そこまで遠くない。

歩けば行けそうだった。


「今度、行ってみよう」


誰に言うわけでもなく、そう呟いた。

その日は荷物の整理を少しだけして、夕飯を食べた。

疲れていたから、いつもより早く眠くなった。

布団に入る。

新しい部屋。

新しい匂い。

新しい天井。

目を閉じる。


前の家のことを思い出す。

マンションの下で遊ぶ子どもたち。

いつもの公園。

友達。

学校。

全部、今日までの生活だった。

明日からは新しい生活になる。

そう思うと、少し不安だった。

友達はできるだろうか。

学校はどんなところだろう。

先生は怖くないだろうか。

ちゃんと話せるだろうか。

考えているうちに、眠くなってきた。

俺はそのまま眠った。


翌朝

目が覚める。

カーテンから朝の光が入っている。

一瞬、ここがどこなのか分からなかった。

天井を見る。

昨日までとは違う。

そこで、引っ越したことを思い出す。

今日から新しい学校だ。


布団から出る。

朝ご飯を食べて、準備をする。

新品のランドセルを背負う。

昨日まで使っていたランドセルと同じものなのに、今日は少し重く感じた。

玄関で靴を履く。

父も準備をしていた。


『行くか』


「うん」


父と一緒に家を出る。

新しい道を歩く。

昨日見た景色が、朝になるとまた違って見える。

住宅街を抜ける。

少し歩くと、学校が見えてきた。

校門は前の学校より少し大きく見えた。

校舎も大きい。

でも、一番気になったのは、そこにいる子どもたちだった。


みんな知らない。

誰一人として知っている顔がない。

俺は少しだけ父の近くを歩いた。

学校の中へ入る。

昇降口には、たくさんの靴箱が並んでいた。

名前が書かれている。

知らない名前ばかりだ。


その中から自分の名前を探す。

上から順番に見ていく。

そして、見つけた。


「不動龍斗」


自分の名前。

そこに自分の場所がある。

それを見た瞬間、少しだけ実感が湧いた。

今日から、この学校の生徒なんだ。

靴を履き替える。

父とはそこで別れた。


『頑張れよ』


「うん」


父が学校を出ていく。

俺は一人で廊下を歩く。

教室の場所を確認する。

案内された教室へ向かう。

廊下を歩いているだけなのに、周りの視線が気になる。


自分だけ知らない。

自分だけが新しい。

そんな感じがした。

教室の前に立つ。

中から声が聞こえてくる。

笑い声。

机を動かす音。

誰かが大きな声で話している。


俺は教室の前で一度立ち止まった。

ここに入る。

そう考えるだけで、少し緊張した。

そこへ担任の先生がやってきた。

先生が俺に気づいて笑う。


『不動くんだね。先生と一緒に教室へ行こうか』


「はい」


先生と一緒に教室へ入る。

ガラガラ、と扉が開く。

教室にいた子どもたちが、一斉にこちらを見る。

先生が前へ進む。


『みんな、今日から新しいお友達が来ました』


教室中の視線が俺に集まる。

心臓が少し速くなる。

こんなにたくさんの人に見られるのは久しぶりだった。

先生が俺を見る。


『不動くん、みんなに自己紹介してくれるかな』


「はい」


俺は教卓の横へ立つ。

前を見る。

三十人近い視線が俺に向いている。

何を言えばいいのか分からない。

前の学校では、入学したときにみんな一緒だった。

誰もが知らない同士だった。

でも今は違う。

みんなにはもう友達がいる。

俺だけが途中から入ってきた。

それが少し怖かった。


「えっと……」


教室が静かになる。

みんなが待っている。

頭の中で言葉を探す。

名前。

それから……。


「不動龍斗です」


一度息を吸う。


「前の学校から引っ越してきました」


そこまでは言えた。

でも、次の言葉が出てこない。

好きな食べ物。

好きな遊び。

好きな教科。

何を言えばいいのか分からない。

沈黙が少し続く。

そのときだった。

後ろのほうから声が聞こえた。


『ゲームとか好きなん?』


俺は声のしたほうを見る。

一番後ろの席に、男の子がいた。

先生が少し笑う。


『京極くん、今は質問の時間じゃないよ』


『あ、すみません』


教室から笑いが起きる。

俺も思わず笑ってしまった。

さっきまで張りつめていた空気が、一気に軽くなる。

俺はその男の子のほうを見ながら答えた。


「ゲーム、好きです」


『そうなん?』


男の子が嬉しそうに笑う。

先生も笑っている。


『じゃあ、続けて自己紹介してみようか』


「よろしくお願いします」


俺が頭を下げる。

教室から拍手が起こる。


『ありがとう。不動くん。今日はあそこの席に座ってね』


先生が席を指差す。

窓側から二列目。

前から三番目くらいの席だった。

俺はそこへ向かう。

ランドセルを置く。

椅子に座る。

まだ周りのことがよく分からない。

誰が誰なのかも分からない。

名前も知らない。


でも、一人だけ名前を知っている。

京極。

さっき先生に呼ばれていたから覚えた。

俺は何となく後ろを見る。

京極蓮という男の子が、こちらを見て笑っていた。

俺も小さく笑い返した。


それから授業が始まった。

先生の話を聞く。

教科書を開く。

黒板を見る。

やっていることは前の学校と同じだった。

それだけで少し安心した。


授業中は特に何も起きなかった。

でも、俺は何度も周りを見ていた。

どんな子がいるんだろう。

誰と話せそうだろう。

そんなことばかり考えていた。

そして、待ちに待った休み時間。

チャイムが鳴る。

先生が教室を出ていく。

その瞬間、何人かの子が俺の席へ集まってきた。


『前の学校ってどこ?』


『どこから引っ越してきたの?』


『ゲーム何持ってる?』


『兄弟いる?』


次々と質問が飛んでくる。

俺は少し驚いた。

誰に答えればいいのか分からない。


でも、嫌な感じはしなかった。

みんな興味を持ってくれている。

そう思えたからだ。

その中でも、特に積極的だったのが、さっきの男の子だった。


『俺、京極蓮!』


そう言って、俺の前まで来る。


「よろしく」


『龍斗って呼んでいい?』


「うん」


『じゃあ俺のことは蓮でいいから』


「分かった」


初対面なのに、蓮はすごく自然だった。

普通なら、初めて会った相手とはもう少し距離があるものだと思っていた。

でも蓮には、そういうものがあまりなかった。


『龍斗、外いこ』


「もう?」


『休み時間だぞ』


「そうだけど」


『行こう』


俺が返事をする前に、蓮は教室の出口へ向かっている。

俺は慌てて後を追った。


校庭へ出る。

そこには、すでにたくさんの子どもたちがいた。

走っている子。

ボールで遊んでいる子。

鉄棒にいる子。

砂場で遊んでいる子。

前の学校と同じような景色だった。

蓮が周りに声をかける。


『鬼ごっこやろうぜ』


『いいよ』


『俺もやる』


すぐに人数が増えていく。

俺もその中に入る。

転校してきたばかりなのに、気がつけば鬼ごっこをしていた。


「待って!」


『龍斗、こっち!』


蓮が走る。

俺も追いかける。

誰かが逃げる。

誰かが追いかける。

校庭を走り回る。


最初は周りを気にしていたのに、いつの間にか夢中になっていた。

汗が出る。

息が切れる。

それでも楽しい。

チャイムが鳴る。


『もう時間だ』


『教室戻ろう』


俺たちは走って教室へ戻る。

席に座る。

俺は息を整えながら蓮を見る。


『疲れた?』


「少し」


『俺も』


「蓮、結構速いな」


『龍斗が遅いんだよ』


「そんなことない」


『じゃあ次勝負な』


「いいよ」


また一つ、約束が増えた。

それからの時間は、少しずつ普通になっていった。

授業を受ける。

休み時間になる。

蓮と話す。

周りの子とも少しずつ話す。

給食を食べる。

掃除をする。

次の授業を受ける。


朝はあれだけ長く感じた学校が、気づけばもう午後になっていた。

そして、休み時間に蓮と話していたときだった。

廊下の向こうから、一人の女の子が歩いてきた。

友達と一緒に歩いている。

楽しそうに話している。

何か面白いことがあったのか、笑っていた。

その笑顔が、なんとなく目に入った。


『葛西さん』


誰かがその子を呼ぶ。


『なに?』


明るい声で振り返る。

その子が友達のところへ戻っていく。

蓮が俺を見る。


『知ってる?』


「知らない」


『葛西菜花さん』


「へえ」


『このクラスで結構人気あるよ』


「そうなんだ」


『誰とでも話すから』


もう一度だけ、その子を見る。

確かに、周りには自然と人が集まっている。

でも、このときの俺は、それ以上何も思わなかった。

ただ、同じクラスにいる女の子。

それだけだった。


それからまた授業が始まる。

名前を覚える。

先生の話を聞く。

ノートを取る。

そうしているうちに、あっという間に放課後になった。

帰りの会が終わる。

みんながランドセルを背負って帰り始める。

俺も帰る準備をする。

すると、蓮が俺のところへ来た。


『龍斗、一緒に帰ろう』


「いいよ」


『家どっち?』


「こっち」


俺が道を指す。

蓮も同じ方向を見る。


『俺もそっち』


「本当?」


『うん。じゃあ一緒に帰れるな』


教室を出る。

廊下を歩く。

昇降口で靴を履き替える。

校門を出る。

外へ出ると、夕方の空気になっていた。

朝に父と歩いた道を、今度は一人ではなく蓮と歩く。

それだけで、朝とは全然違って見えた。


『龍斗って、前の学校では何して遊んでた?』


「鬼ごっことか、缶蹴りとか」


『俺もやる』


「ゲームもしてた」


『ゲーム何持ってる?』


「○S」


『俺も!』


その瞬間、蓮の顔が明るくなる。


『何のゲーム?』


「ボケモンとか」


『俺もボケモン持ってる』


「どこまで進んだ?」


『結構進んでる』


「俺はもう結構やった」


『じゃあ今度勝負しよう』


「いいよ」


また約束が増えた。

学校で遊ぶ約束。

ゲームで勝負する約束。

次の日も会う約束。

転校初日なのに、もう明日の予定ができていた。

少し歩くと、公園が見えてきた。

朝は通り過ぎただけだった場所だ。

蓮が指差す。


『ここ、よく遊ぶ公園』


「結構広いな」


『放課後はみんなここに来る』


公園には何人かの小学生がいた。

ブランコ。

滑り台。

鉄棒。

砂場。

少し奥には広い場所もある。

前の町の公園とは違う。

でも、ここにも子どもたちがいる。


『明日、ここ来る?』


「いいよ」


『じゃあ決まり』


また蓮が言う。

俺は少し笑った。


「蓮って、すぐ決めるな」


『だって決めないと忘れるだろ』


「それはそうかも」


二人で笑う。

公園を通り過ぎる。

しばらく歩くと、道が分かれる。

蓮が右を見る。


『俺、こっち』


「俺は真っすぐ」


『じゃあ、また明日』


「うん。また明日」


蓮は手を振って走っていく。

俺も手を振る。

角を曲がって、蓮の姿が見えなくなる。

一人になる。

でも、朝の一人とは違った。

朝は、本当に誰も知らなかった。

今は、名前を知っている人がいる。

明日会う人がいる。

一緒に遊ぶ約束もある。

俺は少しだけ足取りを軽くして家へ向かった。

家に着く。

玄関を開ける。

母が出迎える。


『おかえり』


「ただいま」


『学校どうだった?』


俺は靴を脱ぎながら答える。


「友達できた」


母が少し驚いた顔をする。


『本当?』


「うん。京極っていうやつ」


『どんな子?』


「よく喋る」


『そうなんだ』


「あと、ゲームも好き」


母が笑う。


『それなら仲良くなれそうだね』


「うん」


俺は自分の部屋へ向かう。

まだ完全には片付いていない。

段ボールも残っている。

でも、昨日よりは少しだけ自分の部屋らしくなっていた。


荷物を置く。

ベッドに座る。

今日一日のことを思い出す。

朝は緊張していた。

学校に入るのも怖かった。

自己紹介も上手くできなかった。

それでも、休み時間には鬼ごっこをしていた。

帰りには友達と一緒に歩いていた。


明日も遊ぶ約束をした。

転校初日としては、悪くなかった。

むしろ、思っていたよりずっと楽しかった。

俺はベッドに寝転がる。

目を閉じる。

前の学校のことを思い出すと、少しだけ寂しい。

でも、新しい学校にも少しずつ慣れていけそうだった。


知らない町だった。

知らない学校だった。

知らない人ばかりだった。

それでも、一日過ごしただけで、少しずつ「知っているもの」が増えた。

新しい家。

新しい学校。

新しい道。

新しい公園。

そして、新しい友達。

その中でも、京極蓮という名前だけは、もう忘れそうになかった。

明日は学校へ行けば、また会える。

そう思うと、少し楽しみだった。


翌日の朝。

俺は昨日より少しだけ早く起きた。

学校へ行く準備をする。

ランドセルを背負う。

玄関を出る。

昨日と同じ道を歩く。


でも、昨日とは違う。

道を知っている。

学校の場所も知っている。

教室も知っている。

そして、会いたいと思える友達もいる。


学校が見えてくる。

校門をくぐる。

昇降口へ向かう。

自分の靴箱を見つける。

靴を履き替える。

廊下を歩く。

教室の前まで来る。

昨日は扉を開けるだけでも緊張した。

今日は少し違った。

扉を開ける。


『おはよう、龍斗!』


教室の中から蓮の声が聞こえる。

俺は思わず笑った。


「おはよう、蓮」


その声を聞いた瞬間、昨日より少しだけ、この学校が自分の場所に近づいた気がした。

今回は、新しい環境で始まる龍斗の日常を描きました。

これからどんな人と出会い、どんな思い出を重ねていくのか。


龍斗の人生を一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

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