課外講習
翌朝、初夏の突き抜けるような青空の下に、大型の観光バスが数台連なって停まっていた。
行き先は、携帯の電波も怪しいと言われる山奥のキャンプ場。二泊三日の「課外講習」という名目ではあるが、実質はクラスの親睦を深めるための行事だ。
「おーい、全員揃ってるか? 荷物はトランクに入れろよ!」
ジャージ姿の佐伯がパンパンと手を叩きながら、忙しなく生徒たちを誘導している。その周囲では、すでにそれぞれのグループが盛り上がっていた。
「その帽子超可愛い! どこで買ったの?」
「海外のセレクトショップ。山だからって手は抜けないでしょ」
西園寺莉奈を中心にしたギャル系グループは、キャンプに行くとは思えないほどファッショナブルな私服で周囲の目を引いている。
「おいお前、荷物重すぎだろ。何入れてんだよ」
「プロテインと、万が一のための救急キットだ。備えあれば憂いなし、だろ?」
サッカー部の高橋大輝に突っ込まれ、柔道部の真田剛が大きな体を揺らして笑う。体育会系グループは、遠足気分も相まってすでにエネルギーが有り余っているようだ。
そんな喧騒から離れたバスの最後尾、窓際の席に、神代悠真はいた。
すでに首枕を装着し、アイマスクを額に上げた完全睡眠体制である。趣味のソロキャンプで使い慣れたナイフやアウトドアギアは、すべてトランクのリュックの中に収まっている。
「……また寝る気満々ね、悠真」
前の席から振り返る桜庭美咲が、呆れたように、でもどこか嬉しそうに声をかけてきた。
「移動中は寝るのが一番効率いいからな。美咲こそ、そんなに書類を抱えて疲れないか?」
「これ、講習のしおりと点呼のリスト。委員長だから、ちゃんと確認しておかないと」
生真面目な幼馴染に「ほどほどにな」と返し、悠真は再び目を閉じた。
バスが揺れ始める。窓の外の景色が、ビル群から次第に鬱蒼とした緑の山並みへと変わっていく。
早朝に学校を出発したバスはA組の生徒たちを乗せ、いくつかの山を越え目的地のキャンプ場に到着した。携帯の電波こそ微弱なものの、目の前には澄んだ川が流れ、見上げるような巨木に囲まれた美しい大自然のロケーションだ。
「よし、全員荷物を降ろせ! 暗くなる前にログハウスの整理と夕食の準備を終わらせるぞ!」
ジャージ姿の担任・佐伯恒一がパンパンと手を叩きながら号令をかける。普段から穏やかで生徒第一、それでいて責任感の強い彼の言葉に、生徒たちは一斉に動き出した。
ここで真っ先にリーダーシップを発揮したのは、やはり体育会系グループだった。
「おら真田、みんなの荷物をログハウスの中に運び込むぞ!」
高橋大輝が指示を飛ばし、真田剛がその怪力で山積みのボストンバッグを両手に抱え、次々とログハウスへ運び込んでいく。
陸上部の朝比奈葵やバレー部の相沢美優も、驚異的なフットワークで室内と外を往復し、部屋の割り当てや荷物の整理を迅速に進めていく。
一方、意外なことに炊事場を仕切っていたのは派手な女子グループの一ノ瀬奈々だ。
「莉奈ちゃん、野菜のカットお願いできる? 彩花ちゃんは火起こしの手伝い!」
西園寺莉奈や藤原彩花、黒川美優たちは、「えー、ネイル傷つかないかな……」などと文句を言いながらも食材の下準備を進めていく。奈々の見事な包丁さばきと家事全般のプロっぷりに、周囲からは称賛の声が上がっていた。
生徒たちが作業を進める中、佐伯はキャンプ場の管理棟へと足を運んでいた。夕食の薪割りの道具や医薬品、万が一のトラブルに備えるためにと借りに来たのだ。
管理棟のスタッフから「安全には気をつけて使ってくださいね」と手渡されたのは、ずっしりと重い【薪割り用の鉈】数本と、重量感のある【斧】、そして救急箱だった。
「よし、これでいいな」
佐伯が管理棟から戻ると、手際よく自分たちのログハウス周辺のテラスや荷物置き場を整え終えていた窓際の男『神代悠真』に目を留めた。父親の影響で幼い頃からソロキャンプを叩き込まれている悠真にとって、こうした環境での立ち回りは朝飯前だ。
「神代、お前は本当にこういう時だけは手際が良いな。さすがやればできる男だ。……よし、アウトドアに詳しそうなお前には、この鉈を一本預けておく。気を付けて使ってくれ」
「うっす。了解です、先生」
悠真は鉈を受け取ると、バーベキュー用の火起こしに苦戦している相馬拓海と結城智也の元へと歩き出した。
「……おい拓海、智也。新聞紙じゃなくて、そこの乾いた麻紐をほぐして、これで削った木の屑に火を落とせ。その方が早く起きる」
悠真が預かった鉈を器用に使い、一瞬で火種を作ってみせると「まるでサバイバル系の主人公じゃん!」と二人は目を輝かせた。
さらに悠真は、近くで動植物を観察していた保健委員長の水瀬詩織を見つけ「そっちの木は近づくな。漆だからかぶれるぞ。触ったら石鹸でよく洗って念のため軟膏でも塗っとけよ」と的確なアドバイスを飛ばす。
「神代くん、私より応急処置や動植物の知識があるんじゃ……」と医者の娘である詩織は目を丸くする。
後ろからは、バーベキューの食材を持った学級委員長の桜庭美咲が笑顔で近づいてくる。
遠くの川原では、一匹狼の不良・神崎蓮が自前の釣竿を取り出し、見事な手つきで川魚を何匹も釣り上げて体育会系の面々を沸かせていた。
「……祖父貴に山歩きと釣りを叩き込まれただけだ。ほら、これ焼いて晩飯に食うぞ」
ぶっきらぼうながらも仲間思いな蓮の素顔。
教室では見られない生徒たちの「本当の特技や魅力」が、大自然の中で次々と溢れ出していた。
バーベキューと、蓮が釣った焼き魚を囲み、クラス全員で最高の夕食を楽しんだ後、ログハウスの前に組まれたキャンプファイヤーの燃え盛る火を囲みながら、それぞれはくつろいだ姿で会話を弾ませている。
「いやー、佐伯先生のジャージ、煙臭くさせてすいません!」
「気にするな高橋。お前らが怪我なく楽しんでくれるのが一番だからな」
佐伯は管理棟から借りてきた斧をログハウスの壁に立てかけ、眼鏡の奥の目を細めて嬉しそうに生徒たちを見守っている。本当に生徒思いの、誰もが信頼を寄せる担任教師だった。
悠真は一人、少し離れた岩場に寝転がり、大好きな夜空を見上げていた。
「やっぱり、ここの星空は綺麗ね」
気づけば、美咲が隣に座っていた。さらに、少し離れた木には背中を預けてこちらを見ている蓮の姿があった。
「昔さ、3人でよくこうやって夜まで遊んだよね」
美咲が懐かしそうに呟く。
悠真が冷静に考え、美咲がみんなをまとめ、蓮が体を張って守る……。幼い頃からの、3人の絶対的な役割、絶対的な信頼関係。
「……明日も、晴れるといいな」
悠真が静かに言った。満天の星々が、彼ら3人と、2年A組の少年少女を優しく照らしている。
誰もが、この最高の日常が明日も続くのだと信じて疑わなかった。




