第6話 シノビの乙葉(視点)と八咫烏(名刀)
私の名前は乙葉。
忍びの――オトハ。
「乙葉、お前が女であること。それこそが、我が一族の汚点だ」
私が生まれたのは、小さな島国だった。
一族は忍びの家系で、領主様の命令を秘密裏に遂行することを生業としていた。 そのため、幼い頃から血のにじむような修行を強いられた。
剣術、武術、槍術、刀術、短剣術、古武術――。
数えきれないほどの鍛錬によって、私は、同年代の中でも一目置かれていた。
なのに――。
「どうして、私ではダメなのでしょうか」
小さな任務ですら、私は参加してもらえなかった。
その理由は、わかっている。
「――お前が、女だからだ。女は感情で揺れ動く。だから、ダメなのだ」
「私は……里で一番の実力者だと自負しています。必ず、どんなことも成功させてみせます。――父上、どうか、私を使ってください」
私の父上は里の長だった。
だからこそ長男を欲しがっていたが、生まれたのは私だったのだ。
二人目がいればよかったのだろう。けれども、母は私を生んでから衰弱し、死んでしまった。
父上は私を恨んでいる。私が、母を殺し、一族を汚したのだと。
だからこそ、私は認めてほしい。
私は、誰よりも強い――と。
「なら一つ任務を与える。お前が使えるということを、証明してみせろ」
「承知」
そして私はようやく初めての任務を頂いた。
奴隷市場を荒らしている悪を、根絶やしにすること。
屋敷は大きかったものの、侵入は容易かった。
見張りを殺し、構成員を殺し、首謀者を殺した。
しかし――。
「だ……誰ですか」
そこに、首謀者の娘がいたのだ。
事前に聞いておらず驚いたものの、私は任務を遂行しようとした。
しかし――。
「……その傷は、なんだ」
「……パパが、私は、使えないって」
殺そうと切っ先を首につきつけたところ、殴られた痕を見つけてしまったのだ。
それは、私から見て酷く懐かしいものだった。
『乙葉、お前が母を殺したんだ!』
父上が酒に酔い、私に本音を話したときに殴りつけてきた痕。
痣は消えても、心の中に深く、刻み込んでいる。
「……パパを殺してくれて、ありがとう」
首謀者の娘は、あろうことか切っ先に首を強く当ててきた。
私は――。
「……乙葉、やはりお前には失望した」
殺せなかった。
娘を、私を、自分に重ねてしまった。
父上の言う通りだった。私には生きている価値がない。
何も、何もできない。
私はお役御免となり、里から追い出されようとしたとき、ある事件が起こった。
「八咫烏が消えただと!? バカな!?」
名刀、八咫烏。
我が里の誇りであり、宝である。
一族で守るべき名刀。
それが、とある国に盗まれたのだ。
敵は強大で、一族で対抗しても勝てるとは思えないほどの武力差だった。
しかし――。
「父上、私が必ず八咫烏を奪還し、里へ持ち帰ります。――それが、私の存在意義です」
私は里を抜けると同時に約束した。
決して母の死は無駄じゃなかったと、父上に、里に知らしめるため、私は誓った。
それから緻密な計画を練り、国へ侵入し、王城へ忍び込んだ。
前線を突破し、見張りを看破し、あと少しというところで”ある魔法使い”に阻まれたのだ。
「残念だがこれ以上は行かせられないな。――悪いが、手加減はしないぜ」
「――私を、舐めるなよ!」
相手が子供でなければ、誰にも負けるわけがない。
私は、シノビの乙葉だ。
――だが、
「――結界、衝撃、浮遊、設置、防御、跳躍、引寄」
私の攻撃は、私の刃は、まったく届かなかった。
すべての攻撃を捌かれ、弾かれ、果ては刀まで奪われてしまう。
言葉通り容赦はなく、私は両腕を切られ、両足を折られた。
右目を失い、かろうじて残った左目で、男を睨みつける。
「私は忍びの乙葉だ。この身体がほんの少しでも動くまで、お前を殺す――」
「……まったく、根性ありすぎだろ」
心だけじゃない。私は、弱かったのだ。
そして男は、私の心臓に手を触れた。
魔法の衝撃を与え、息の根を止めるのだろう。
だが、そのとき――。
「……え、むにゅって……お、お前!?」
男は、私の仮面をはぎ取った。
絶対に見せてはいけない。忍びの本当の姿だ。
それでも、相手を強く睨みつける。
「……女だったのかよ」
「女だから……なんだ! 私は女だ……それでも、お前に負けない……」
枯れるような声しかでない。
血を流しすぎた。とどめもさされずに死ぬのかと思っていたら、男はなんと、私の両腕を拾い上げ、魔法で繋いだ。
「……な、何だその力は――それより、なぜ」
「女と子供は殺さない。悪いが、俺の中で決まりがあるんでな」
「ふ、ふざけるなよ! 貴様!」
「ふざけてねーよ。いいか、悔しかったら俺を殺してみろ。できねえだろ? じゃあ、口答えすんな」
男の言う通りだった。
敗北した私が、何も言えることはない。
血を飲み込みながら、私は敗北を認めた。
そして――。
「殺すか殺さないか、自分で決める。……そのわがままを通せるやつだけが、本当に強いやつなんだよ」
アルスの言葉は、かつての私を救ってくれた。
子供を殺せなかったことは、間違ってなかったんだと。
それを、アルスが証明しているからだ。
「もう二度とくんなよー。お前だけじゃなくて、色々面倒なやつが多いんだよ」
私以外にも……? いやそれより――。
「私はふたたびここへ来る。私の名前は――忍びの乙葉。男、名を教えろ」
「あ? それが人に物を頼む態度か?」
「……おしえて、くれないか」
「まだ見栄があるな」
「……おしえて、ください」
男は、さっきまで命を奪おうとしていたとは思えないほど屈託のない笑みを浮かべた。
「アルス・ギルバートだ。何度でも再戦は受け付けてやる。けど、約束しろ。俺以外に手を出すな。その約束を破ったら、お前だけじゃなく、お前の親族までも、追いかけて殺す」
その男の言葉は真に迫っていた。
私は、約束はたがえない。
「承知した。お前を殺すまで、私は、誰も殺すことはない」
それから私は一人で鍛錬をつみ、アルスを殺せる力を付けたと確信したら再戦を挑んだ。
それでも、何度も何度も私は敗北した。
奴は優しかった。私が本当に動けなるまで、手加減を一切しなかった。
右腕を切り落とされ、両足のアキレス腱を切られたこともある。
それでも、最後に必ず、私を治癒してくれた。
私はいつしかアルスを殺すことが目的になっていた。
里のことも忘れ、奴に認めてもらうことが、私の人生のすべてになっていた。
なのに――。
「アルスは、どこにいる?」
「ひ、ひぃ、な、なに、ひゃぁっあああ!?」
どこにも、アルスの姿ない。
気配も、魔力も、何も感じない。
私は、唇を噛みながらも本来の目的を思い出し、八咫烏を探した。
こういった場所で探すところは決まっている。
騎士団長や、地位の高い者を狙う。
ある男を見つけ、首に刀を突きつける。
――八咫烏はどこだ。
しかし、私の口から出た言葉は違った。
……何を。
「し、知らない。あいつは、逃げたんだ!」
「逃げた? 何の話だ?」
「た、助けてくれ、命はだけは!?」
男は泣いていた。
情けない。これが、この国の騎士団長なのか?
アルスはただ護衛しているだけの魔法使いだといっていた。
あいつは気高く、容赦がなく、そして強かった。
なのに、その体たらくはなんだ!
「ふざけるなよ!」
私は、男の右腕を切り落とした。
血が宙に舞い、キラキラと部屋を彩る。
「言葉に気を付けろ。アルスはどこだ。八咫烏は、どこにある!?」
「ひぇひぇっぁあっ、ああ、八咫烏は、あ、あいつが持って行った!」
「……なんだと? アルスがか?」
「は、はいいい。き、気づいたらなかったんです。ぜったい、ぜったいそうです。だから、命だけはあああああ」
……まさか、あいつ。
――私が八咫烏を狙っていたことを知っていたのか?
私は、一度も伝えたことはない。
はは、はははは、ちょうどいい。
アルスを探し出し、八咫烏を取り返し、奴に勝つ。
そして、――アルスに認めさせる。
私が強いと、そして……。
これ以上は、まだ……心に秘めておく。
男はルフ騎士団長だと言った。
逃げたのは、自分がアルスを捕まえ、魔法を奪おうしたとのことだった。
浅はかな。その程度の力で、勝てるわけがない。
「お、女と一緒に逃げたんです」
「……はああああああ!? 女、女だと!? あいつ、私以外に女がいるのか!?」
「は、はい。厄災の魔女ですううう」
「見た目は? 年齢は? 美形か? 可愛い系か? 小悪魔系か?」
「ど、どちらかというと小悪魔かと!」
「ふざけるなよ!」
私は、ルフ騎士団長の右耳を落とした。
あいつめ、アルスめ、私を置いて女と逃亡だと!?
許さない。絶対に許せない。
「――もうここに用はない。お前のことは殺したくてたまらないが、私は約束をたがえない」
ルフ騎士団長は怯え、耳を抑えていた。
「ひ、ひぃ」
「一つ、いいことを教えてやる。アルスを殺したがっていたのは、私だけじゃない。――ほかの奴らもここへくるぞ」
腹正しいことだが、アルスの命? を狙っている女たちがほかにもいる。
あいつらに先を越される前に、私が――見つけ出す。
……あと、八咫烏も。
――――
――
―
山のふもとで、アルス・ギルバードは魔物と戦っていた。
右手には、漆黒の剣を持っている。
巨大な鋼を持つタートルベアーを、一撃で真っ二つにする。
「この刀、すげえ切れ味だ。ルフ騎士団長め、こんな名刀を隠しやがって」
「そんなの盗ってきていいんですか? 見たところ、どっかの里の宝みたいな雰囲気ありますけど……大変なことにならないですかね?」
エレナが刀を見つめ、ぎょっと怯えた。なぜか、背筋が震える。
「退職金だ。これぐらいもらっても罰当たらねえよ。それより、もっと魔物出ないかな。試し切りしたいぜ」
「……アルスさんって、おもしろい人ですね」




