第5話 一人目の、特級暗殺者
「いい匂いしてきた。もうすぐ焼けるぞ」
「……本当ですね」
出国? してから半日以上が経過した。
追っ手が来れないように砂漠を抜け、森を抜け、今は山のふもと付近だ。
飲まず食わずだったので、手ごろな動物を探して倒した。
血抜きが面倒だと思っていたが、なんと、エレナが魔法で全部抜いてくれた。
「なあ、さっきの血を抜くのどうやったんだ? 一瞬だったけど」
「魔法で分離させただけす。もちろん、生きている人にはできませんけど」
「凄いな。そんなことができるのか」
魔法には属性がある。血を分離ってのは……なんだ?
「もしかして、闇、魔法か?」
するとエレナはうつむきながら頷く。
なるほど、ちょっと見えてきたな。
この世界の魔法使いのほとんどが四大属性だ。
いわゆる、火、水、地、風。
そして珍しい光。
そこに闇が存在するも、使い手は残忍で狡猾で犯罪者が多い。
まあ、さっきルフ騎士団長に対してはそんな感じもあったが、今は借りてきた猫みたいに大人しい。これが、素なのかもな。
「よし、ふーふーして食べろよ」
「は、はい。ありがとうございます」
はふはふっと口に入れると肉がほろりとほどける。
味付けはほとんどないが、それでも美味しいな。
そうか、血なまぐささがほとんどないからか。
「……美味しい、美味しい、美味しいよお」
「なんで泣いてるんだよ」
ちなみにおんぶしながら後ろでも泣いていた。
理由をたずねると、星空があまりにも綺麗だったかららしい。
あまりにも純粋すぎる。
「それで、エレナはいつからあの牢屋にいたんだ? 俺も長いこと働いてたが、聞いたこともなかったぞ」
食べるのはやめなかったが、できるだけ急いで食べていた。
タイミング悪かったな。すまん。
「わからないんです。最後に数えてたのは、五十年前、くらいでしょうか」
「はは、こんなときに冗談はよせよ」
するとエレナは、めちゃくちゃ真顔だった。
……え?
「ご、五十年あそこにいたの?」
「数えたのがそれなだけで、いつかはわからないです。おそらく、もっとです」
「なんで老けてないの?」
「……わからないです。でも、魔力が高くて老化が遅いねえと、街の怪しげな御婆さんに言われたことがあります」
「信憑性が薄いな」
とはいえ見たままの事実ではある。
……よく考えると大先輩じゃん。俺、敬語使ったほうがいいかな?
「あ、あの私も聞いていいですか?」
「ああ、もちろん」
「アルスさんは、私のことが怖くないんでしょうか」
そういえば人間を大勢殺したんだっけか。
全然悪そうには見えないが、嘘はついてないとわかる。
「怖くないよ。だって、理由があったんだろ」
エレナは、本当に驚いたような顔をした。
なんか変なこといったか?
どうみても普通の人だもんな。とても、好きで殺すをやるようなやつにはみえない。
「……私は、幼い頃から魔力が強かったんです。それで、色々と面倒なことが多く……人を避けてはいたんですが、私を、戦争の道具にしようとする人が多かったんです。いやだといっても、連れていくぞと言われ、それを繰り返していたら――」
「人を、いっぱい殺すしかなかってことか。――お、次焼けたぞ」
「は、はい」
境遇は理解できなかったとしても、魔法や魔力が強くて大変な気持ちはわかった。
俺も生まれは平民だ。努力もしたが、それでも魔法が得意だからといって厄介ごとは絶えなかった。
エレナほどではないが、人も殺してるしな。
そのことを伝えると、まだ、涙した。
「うぇああああああああ、おいひぃおいひぃ」
「五歳みたいな泣き方をするなよ……ほら、涙ふけ」
俺は、ハンカチを手渡す。ちょっと血ついててごめん。
「しかしなんで拷問されてたんだろ? わかるか?」
「私が言うことを聞かなかったからです。いやだと言われて、ずっと」
「なるほど、暴力に屈しなかったってわけか。偉いな」
「うわあああああああ、ありがとうございますぅ」
「泣くな」
謎はとけたものの、逆にいえばエレナはこれから行くところがないのか。
かといって俺も知り合いもいないしな。
「あ、あのこれからどうするんですか? 急いで逃げないと、また追われますよね?」
「そうだな。とりあえずどっか宿とか泊まりたいな。風呂とかあびたいし」
思えばずっと城の護衛ばかりしていた。
旅に出たいって欲はないが、のんびりはしたいな。
どっか、小さな村で仕事でも探そうかな。
「エレナは? 何かしたいことあるの?」
「わ、私は……ずっと星空が見られたらうれしいです」
「ささやかすぎるだろ」
「いえ、私にはたいそれた夢でしたよ」
また泣きそうになったので、もう一度串焼きを手渡す。食べる。
「じゃあ、とりあえずもう少しだけ一緒にいるか? その移動するがあれば、俺も助かるときが出てきそうだし」
「……いいんですか? 私は、ありがたいですけど」
「ああ、その代わり――」
「見張り、ですよね。大丈夫です。夜中中爪をはがされて起きてるなんて、日常茶飯事でしたから」
可哀想すぎるだろ。
さすがにそこまで俺は酷いやつじゃないぞ。
「じゃあ先に寝てくれ。二時間ごと交代な」
「え? ど、どういうことですか?」
「? 見張りは普通交代だろ。じゃなきゃ、二日目からどうするんだよ」
「……はい」
エレナは、静かに横になる。
もしかしてゆっくり眠られるなんて、久しぶりなのかな。
成り行きだが、変な相棒ができてしまったな。
まあ、一人よりはいいか。
「あ、流れ星ですよ!」
「寝ろ」
エレナは、涙を流しながら目をつむる。
どれだけ悔しいんだよ……。
そういえば、どことなく声があいつに似てるな。
無音暗殺のスペシャリスト、シノビの乙羽だったか?
ずっと、俺のこと”殺したがってたもんな”
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、い、つらああああああああああああああああああ」
ルフ騎士団長は、腕に包帯を巻きながら自室で激怒していた。
宮廷魔法使いのアルスが逃げただけでなく、地下牢に閉じ込めていた魔女が逃げ出した。
このことはうまく王に誤魔化したものの、そう時間はかけられない。
せめて、せめてエレナは連れ戻さなければ。
「クソ! なんでこんなことに!!!!! 大人しく俺の研究材料になっていればいいものを!」
ドン、ドンと机をたたきまくる。
あまりにも興奮が冷めやらない。
夜風にでもあたろうと、肩で息をしながら部屋を出た。
……見張りの兵士がいない? そう思ったルフ騎士団長は首を傾げた。
どこかでさぼっているのだろうか。そんなことを考えつつ外に出る。
空は雲が多く、満月が隠れる。
そのとき、ふと気配を感じた。
「ん? ひぇぇっ!?」
次の瞬間、後ろから声がしたかとおもえば、首に冷たい刃が当たる。
女の、声だった。
「――アルスは、どこにいる?」




