第26話 乙葉vsリリ
私の名前は乙葉。忍びの、乙葉。
今は色々あってパレット村に住んでいる。
アルスから八咫烏を奪い返すまで、ここからは離れることができない。
そして、認めてもらうまでは……。
それとは別に、私には主ができた。
命を救われ、優しい言葉を掛けてくれる主。
名を、エレナ様という。
愛しき人。一生お仕えするおつもりだ。
しかし主は、アルスのことを気に入っているような気がする。
私と主は寝食をともにしているのだが、食事しながらも、主はよくアルスのことを考えている。
「アルスさん、まだご飯食べてないのかなあ。働きすぎだよねえ」
「主、アルスは魔力で自活できるので七日食べなくても平気だと言っていたことがあります」
「あとでパンにお肉や卵をはさんで持って行ってあげようかな。あ、野菜もたっぷりのほうがいいよね」
「あやつは既に強い肉体をお持ちです。栄養など、必要ないかと」
私の言葉など二の次、主は、アルスの健康のことばかり気にしている。
確かに、主の言う通りアルスは村で一番の働き者だ。
誰よりも早起きし、外壁の様子を確かめている。
散歩だと嘯き、近くにいる魔物を秘密裏に処理していたこともあった。
悪い奴ではないと思う。だがしかし、悪の手先だったことには変わりない。
「むにゃむにゃ、アルスさん、アルスさんは……何が好きなんですかぁ」
「あやつは血が好きです。人をなぶり倒すのが趣味ですよ、主」
寝言でも、常にアルスのことばかり。
私の心はざわざわするようになった。しかし、主が気になるのもわからなくもない。
アルスは悪の手先ではあるが、真摯に向き合ってくれる男でもある。
不思議なやつだ。圧倒的な強者のくせに、その力を自らのために奮うことがない。
……そこが、主は気に入ったんだろうな。
皮肉なことに、私も同じ気持ちを抱いている。
アルスに対して憎い感情と、あやつに認められたいという感情が混合しているのだ。
この気持ちはどう処理していいのだろうか。
私は、いつもより早く目を覚ました。
主の傍から離れることは良くないが、たまには私が見回りに行こう。
そして、アルスに言ってやるんだ。
私がもう、すでに見回って来た。お前は休めと。
これは主のためだ。決して、あやつのためではない。
パレット村はどこか里に似ているが、まったく違う。
子供の声は明るく、村人は争いなど好まず、自分の時間を大切にしている。
私と戦ったアナグラムもすっかりこの土地に魅了されたようだ。
いや、違うか。
アルスのおかげだ。あやつの不思議な魅力によって、ついつい自然体になってしまう。
私は、振りは合うように首を振る。
私はアルスを殺す。殺して、必ず我が秘宝を持ち帰るのだ。
……ただ今日は、ひとまず見回りに行こう。
外壁をつたって、外に出る。
壁走りは昔から得意だ。この壁は魔力が混じっていて、とても滑りやすいが。
アルスは、村人だけは抵抗がないように術式を組み込んでいる。
魔物が通るものなら黒焦げになるみたいだが……まったく、実力だけは凄いやつだ。
昨日、リリの話をしていたことで昔を思い出した。
私が何度もアルスを殺そうと侵入していたら、同じようなやつと遭遇したことがある。
それぞれ目的が違うようだったので、互いに会話を交わすことはほとんどなかった。
しかし、その中で私と同じように、アルスとの戦いを楽しんでいるやつがいた。
『私はねえ、アルス様のことが大好きなの。だって、あの人容赦しないんだもん。――最高だよねえ? 最高でしょ? ねえ、あなたもそう思うでしょ?』
自らをリリと名乗る女。
なぜか、肌着は着用していない。
ど変態女だが、その強さは見ていて背筋が凍るほどだった。
私たちはお互いに暗黙の決め事をしていた。
アルスと戦っているときに邪魔をしないことだ。
リリが戦っているときは私が傍観し、私が戦っているときはリリが傍観していた。
しかし私はずっと体の疼きが抑えられないでいた。
――リリと私は、どっちが強い、か。
アルスに尋ねたい気持ちもあったが、戦いには相性がある。自らの力を振るわねば、その強弱は図れない。
しかし、リリは何をしているのだろうか。
私と同じでアルスを探しているはず。もしかしてここに――なわけがない。
そんなことを考えながら歩いていたら、ドコドコと太鼓のような音が聞こえてくる。いや、違う。肉と骨を砕くことで聞こえてくる、破壊音だ。
どこか聞き馴染みのあることに気づき、樹上をつたって音の鳴る方へ。
やがて、返り血を存分に浴びた聖女を見つけた。
「あーやだやだ。魔物って嫌いなんですよねえ。弱いし、何より気持ち悪いし、お下劣な格好しているし」
ぶつぶつと独り言を言っていること、あまりにも無警戒なその姿で確信する。
――リリが、なぜここにいるのだ。
「あー、こんな糞より早くアルス様に会いたいなあ。――村って、どこなんだろう」
私は咄嗟にクナイを投げつけていた。
リリはアルスの命を狙っている。さらにいえば、あいつは見境のない怪物のような性格だ。
アルスは私が殺す。また、もしかしたら主にまで危険が及ぶかもしれない。
だが私のクナイは、棍棒で打ち返されてしまう。
「あらあらあらあら、この小汚い鉄の塊は、もしかして乙葉ちゃんですか? ――ねえ、アルス様の居場所知っていますか?」
風上で匂いは気づかないようにした。クナイは曲げて投げたので、居場所はわからないはず。
なのにリリは私の姿を完全にとらえたかのように、顔を向けてきた。
話して分かる相手ではないと思うが、樹から降りる。
「久しぶりだな。ど変態女。肌着は着用しているか?」
「するわけないですよ? 私はね、縛るのは好きですけど、縛られるは嫌いなんです。――それより、黒くてカサカサした生き物みたいなあなたが、私にそんなこと言う筋合いはないですよ? 死にたいんですか? 死にますか?」
「――やれるものならやってみろ」




