第24話 撲殺天使
――ボルド国。
ルフ騎士団長は、建物の最上部から整列する兵士を見下ろしていた。
乙葉に叩き切られた右腕は、治癒術者によってくっつけてもらっている。
しかし酷く痛むため、すりすりしていた。
「辺境の村に逃げ込んだだと――忌々しいアルスめ」
ボルド国は現在、移民の入国は禁止になっている。
隣国から誰かが来た場合は、問答無用で投獄、密偵を疑うことになっていた。
つい先日、森を横断してきた冒険者たちがいる。
一人が魔力探知の能力を持っており、森の真ん中で結界魔法なるものを見たという。
ルフ騎士団長は何の話かわからなかったものの、部下の一人が、アルスじゃないでしょうか? と言ったことですべてが繋がった。
アルスが、そこにいる。
大国の平和条約が破られた今、入国審査はどこも厳しい。
可能性は非常に高い。いや、そうでしかない。
「クックックック、仮にも元宮廷魔法使いが村なんかに逃げ込むしかないとはな。さぞ苦労しているだろう」
あの男には苦い思いをさせられた。しかし、いい気味だ。
まともな生活環境もない村で、苦しく、みすぼらしい生活をしているはずだとほくそ笑む。
そしてそこには厄災の魔女がいる。もしかすると、右腕を切り落とした乙葉とかいう化け物女もいるかもしれない。
全員を一網打尽にしてやる、ルフ騎士団長は気合を入れていた。
何より、もう後がなかった。
騎士団長とはいえ、虎視眈々と地位を狙う輩が大勢いる。
この大規模作戦ですべてを取り返す。
「全員奪い返し、牢獄に閉じ込め、魔法を奪ってやる」
ガハハと笑っていたまさにそのとき、背中にグイっと、鈍器を当てられているような感覚がした。
瞬間、乙葉を思い出す。
右腕が幻肢痛のようになり、汗が噴き出す。
「――動かないでくださいね? 会話もせずに骨を砕くのは、私も別に好きじゃないですし」
またもや女の声だった。
しかし、前の女とは違う。
こんな明るいときに、誰が、なぜ、しかも、王城に!?
頭が混乱する。体が震える。
「なななななな、だだだだ、誰ですか」
「はい。うるさいですね。質問に大人しく答えてくださいね? じゃないと骨、砕きますよ?」
「は、はい!」
「大声は禁止ですよ?」
ヒューと風がルフの頬を撫でる。
落ちればひとたまりもない高さに、ルフ騎士団長は恐怖を感じて失禁しそうになった。
「――アルス様はどこにいますか?」
「……はぇはえ?」
アルスだと? しかも、様付け……!?
なんだこいつは、一体誰だとルフは怒りに満ち震える。
しかし、鈍器がごつごつ背中に当たる。
「あ、あ、あ村で村です。村村に逃げました」
「村? どういうことですか?」
ルフ騎士団長は事の顛末を話す。
しかし、少しだけ着色した。
アルスは八咫烏という秘宝を盗み、逃げた。
そして村に匿ってもらっていると。
しかし次の瞬間、おしりを思い切り鈍器で叩かれる。
「あひっぃっ!?」
「――アルス様が盗みを働くなんて、そんなことするわけないですよ?」
ルフ騎士団長は慌てて振り返る。
そこに立っていたのは、聖女としか思えない恰好をした女性だった。
蒼い制帽にカチっとしたホワイトの制服。
しかしその手には、まったくそぐわないトゲトゲの鈍器を持っていた。
黒くて長く、トゲが黒ずんでいる。
「あ、あなたはいったい……」
「名乗るほどのものじゃないですよ? ――ただ、アルス様に会いたくて会いたくて、会いたくて会いたくて会いたくてきたのに、なんでいないんですかねえ!!!!!」
次の瞬間、ルフ騎士団長の顔面横に鈍器を振りかぶる。
凄まじい勢いで右耳が潰されてしまい、ぶちゅりと血飛び散った。
「あひゃっぁあっあああ!!!!」
「アルス様、アルス様、アルス様はお留守。へえ、村ねえ。――その厄災の魔女って女? ねえ、魔女っていうくらいだから女ですか?」
「あひ、あひは、ははい」
「――なんで! 私が! いるのに! 訳の分からない! 女とッ!」
力の限り、鈍器で周辺を破壊していく。
ルフ騎士団長はついに失禁してしまう。
腰が抜けてしまい、必死に逃げようとするも、コツコツと足音が聞こえてくる。
「まあいいや。アルス様もきっと、私を待っていることでしょう」
「あ、ひやた、助け」
「助け? 何がですか? 私は、神の救済をしているだけですよ。だって、あなた人生つらいでしょう? 現世って、辛いことばかりですからねえ。良かったら、私がお手伝いしましょうか? 天国っていいところらしいですよー。私は、信じていませんけどー」
ドンドンドンと、追い詰めるようにルフ騎士団長の周りを鈍器で殴りつける。
それから、ふっと攻撃をやめた。
「あー、あー、あー、殺したい殺したい殺したい殺したい。――でも、我慢しないと。アルス様を奪った女を殺すまで、すっきりするのはやめるの。そうだ。アクセサリーを作ろう。暇つぶししながら、ゆっくり向かう」
次の瞬間、女性は建物のフチに立つ。
そして、そのまま飛び降りた。
ルフ騎士団長はようやくホッとする。
「な、なんだあの怪力化け物女は……」
しかし、手だけがフチまだ残っていることに気づく。
すると、また戻ってくる。
「忘れてた。あなた、アルス様のこと、アルスって呼び捨てにしましたよね?」
「あ、あひぇな、なにが」
「アルス様は、アルス様なんです。呼び捨てはねえ。ダメなんですよ。これ、決定事項ですよ?」
その言葉のあと、ルフ騎士団長の背中に思い切り棍棒を振りかぶった。
骨が砕ける音が響き渡り、立ち上がった聖女は、ふうと髪をかき上げる。
「アルス様、待っててくださいね。――リリが今行きますからねー」




