第20話 B級冒険者、アナグラム
影、それが見えた瞬間、死を予感した。
俺はそれなりの修羅場をくぐってきた。
これが何の意味をするのかは、経験で知ってる。
絶対に埋まらない。
持って生まれてた天賦の才能と、それに驕らない努力を重ねた者だけが押し付けてくる――格の違いだ。
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「アナグラム様、B級冒険者への到達、おめでとうございます!」
ギルド受付嬢が、プレートを手渡しながら満面の笑みで言った。
俺はそれを受け取り、じっくり眺める。
今年で29歳になった。
冒険者としての適齢期はとっくに過ぎている。
それでもこの仕事にしがみついたのは、このランクに到達したかったからだ。
「すげえ、アナのやつB級かよ」
「年齢感じさせないよな」
「かっけえ、俺もあんな大人になりてえわ」
後ろから聞こえてくるのは、俺への称賛の声。
その言葉のあと、隠すように懐にしまった。
そして、ギルドを後にする。
ふたたびプレートを取り出し、眺めるようにいつもの街並みを歩く。
「これが、俺の人生の最高地点か」
冒険者のランクはE級から始まる。
誰にでもできる人助けのような任務をこなし、D級になると魔物を狩って等級を上げていく。
C級で一人前。大半がこのランクで冒険者人生を終える。
B級に上がれば周りからの見る目が変わり、パーティーには引っ張りだこ。
月収だって、家族四人はゆうに暮らしていける収入が手に入る。
つまり、冒険者たちのエリートだ。
しかし、その上のA級からは収入も何もかも桁が違う。
幼い頃から天才と呼ばれた奴らが努力を重ねることで到達できるランク。
俺のような凡人では夢のような夢。
あいつらは俺が平気でやっている運動の十倍をこなす。
俺より頭が十倍いい。驕らず、愚痴らず、ただ前を見続ける。
A級になると逆にパーティーから声はかからない。遠慮して、近づくことすら怖がる。
その代わり国や冒険者ギルド本部から依頼をお願いされるようになる。
稀にB級以下のパーティーに所属することもあるが、基本的には孤高の奴らが多い。
A級同士で組むことは稀だ。一人で出来ちまう上に、個性豊かな奴らが多いからな。
さらになんとその上にS級が存在する。
もはや神話レベルの連中だ。
単独で竜を倒しただの、単独でダンジョンを制覇しただの、訳の分からない逸話ばかり。
このレベルになると何をしているのかは俺たちにはわからない。
S級は、生まれながらにしてS級の運命なんだろうな。
俺の夢は、化け物に会うことだった。
肩を並べられるとは思ってもいない。
ただ、自分が目指した場所の最高地点にいるやつらを、この目で見たかった。
しかしこの夢は二度と叶わないんだろうな。
せめてA級ならば、話は違ったんだろうが。
俺は人生の最高地点に到達した。
後は落ちるだけ。その事実が、俺の感情を曇らせた。
「根っからの冒険者だったんだな。俺は」
呆れてふっと笑いが出る。
子供心がここまで残っているとは思わなかった。
しかし、愚痴をいったところで何か変わるわけでもない。
俺は、多くの冒険者の憧れとして生活していた。
そんな中、平和条約が破られたと知る。
この国の近くには三つの大国があり、それぞれが力を持っている。
よって、かなり面倒なことになるだろう。
ここから逃げようにも、船が出港しなくなった。
安全かどうかはわからないが、無関係なボルド国に徒歩で向かうしかないということだ。
「アナ、俺も一緒についていっていいか?」
「いくらだ?」
「はは、さすがB級冒険者。がめついね」
「黙ってろ」
俺と同じ考えの冒険者もいた。
昔馴染みが集まり、五人でボルド国へ向かう。
この森には、ベルファルという狼の魔物がいる。
そいつらは賢く強く、それでいて素早い。
この人数で倒すことはできない。
運悪く遭遇したら逃げなきゃいけない。
だからだろうか。普段よりも神経をすり減らしながら歩いていた。
若手冒険者たちは残った。むしろ傭兵の仕事が増えるかもと喜んだ。
戦争はそんな甘っちょろいもんじゃない。正規兵士と違ってつぶしがきく俺たちは、ろくでもない場所で戦わされるのがオチ。
そのとき、仲間の一人が何かを踏んだ。
糸のようなものだ。
原始的だが、それもあって気づかなかった。
何かに繋がっていることは間違いない。
しかし、地図には何もなかった。
誰かが残していった、仕掛け途中の罠だったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、遠くに影が見えた。
樹上で何かがこっちに向かってきている。
影、それしか見えなかった。
俺は声を上げて仲間に警戒をうながした。
それなりの手練れだ。ダンジョンの五階層にも到達したことがある。
そんな俺らは、一人、また一人と倒れていった。
最後は俺だった。だが、その姿すら見えやしない。
「――さて、お前たちは何者だ?」
首に冷たいものが触れる。
女の声がして、心臓が震えた。
女を戦場で見ると羨ましくなる。
なぜならほとんどが強者だからだ。
身体的に男性よりも劣っているにもかかわらず、努力や才能で上回っていることがすぐにわかる。
「……ただの冒険者だ。並のな」
俺は皮肉交じりに答えた。
今までの人生を諦めるような、そんな気持ちで。
「証拠は?」
「右ポケットにプレートがある」
女は俺のプレートを奪い、ふむふむと確認した。
こいつが誰だかわからないが、情けなかった。
ただ、言いなりになるしかない自分が。
だからだろうか。死んでもいいと思えた。
せめて、強いやつに噛みつきたくなったんだ。
俺の最後の人生に、彩をくわえたくなった。
振り返り、今までのすべてを込めて、剣を薙ぎ払った。
しかし女はいなかった。
左右に視線を移動させても、どこにもいない。
「いい剣筋だ。――B級とは思えないほどに」
そこで俺の意識は途絶えた。
最後の最後で、気持ちのいい賛辞をもらって。
◇ ◇ ◇ ◇
乙葉が連れてきた冒険者たちを見ながら、アルスが困っていた。
「――こいつらが冒険者だということはわかった。でも乙葉、なんで連れてきたんだ。しかも、全員気絶してるじゃねーか」
「侵入者を倒したという証明だ。これで再戦してくれるだろう」
「そりゃいいけど……どーするんだよ」
「村を狙ってきたわけでもないようだ。森に放っておけば死ぬ。私は悪人ではない」
「俺が悪人みたいな」
「違うのか」
「違うだろ。まあ、普通の冒険者なら事情を説明すれば理解してくれるだろう。揉めたら、そのときはそのときだ」
「野蛮人だな」
「お前に言われたくねーよ。にしても、冒険者か、懐かしいな」
「……資格を持っているのか?」
「平民が宮廷魔法使いになるには、それなりの箔が必要だったからな」
「ほう、ちなみに私も便宜上取得したことがある。Aだったぞ」
「そうか、俺はSだけどな」
「なっ!? 私は途中で任務を放棄して上がらなかっただけだ!」
「そうですか」
「……里の恨み、殺す」
「個人的な部分だろそれは」




