第19話 村の名前を新しくしよう
村に新しい名前を付けることになった。
なぜか、俺が。
「え、俺が考えるんですか?」
「わしのような老人より、次世代のほうがナウい名前を考えてくれるだろうしのぅ。頼むぞ、アルス」
「ノリが軽い。いやでもジャワ村長、村の人たちに怒られますよ」
「全員一致で可決しておる。いや一人だけ違うか。ワシは、ワシに投票したんじゃった」
「時代に抗おうとしてるじゃん」
「冗談じゃよ。ワシもアルスの名前を書いた。ゆっくりでいい、考えておくれ」
「はい。ちなみに今の名前なんですか? 今更ですけど」
「ジャワ村じゃ」
「まんまじゃん」
俺の知らないところでそんな投票があったとは。
外壁を作ったことで心機一転、新しい気持ちで迎えたいとのことだった。
ジャワ村長は、齢90を超えるご高齢にもかかわらず元気だ。
言葉も聞き取りやすく、耳もまだまだ現役。
この世界の平均寿命を考えると、かなりの長生き。
健康の秘訣は温泉湯だと言う。
朝、昼、晩と飲んでいるらしく、もしかしたら長寿の効果もあるかもしれない。
……改めて考えてもとんでもない村だな。
魔物がいるのも、逆説的に考えれば資源豊富とも言える。
いや、実際に木々や鉱物も魔力を含んでいてしっかりしてるんだよな。
うーん、凄くねえかこの村? そう思うと、名前付けが責任重大に思えてきたな。
とっかかりも何もないし、村の人たちに聞いてみるか。
「おはよう、ドナーさん」
「よおアルスさん、外壁のおかげで昨日はぐっすり眠れたよ」
「そりゃよかった。それで、鉱物はどう? 加工できそう?」
「ああ、にしてもここまでの物が眠ってたとは思わなかったぜ。職人の腕が鳴るな」
嬉しそうに口角を上げるのは、何と、王都で鍛冶屋をしていたドナー・ヘルガーさん。数年前からこっちに移住してきてからは農業をしていたらしいが、鉱石を見つけて、武器や加工品を作ってくれることになった。
仕事道具一式も持ってきていたらしく、後から知ったが、相当な腕前らしい。
俺もドナー作の剣は何度か見たことがある。かなりの業物で、貴族の中でもファンが大勢いたほどだ。
で、なぜ仕事を捨ててまで移住してきたのかというと――その理由の人が、家から出てきた。
「やっぱり仕事したかったんじゃないの。結婚したいって言ったときは、未練ない、なんて言っちゃって」
「こ、これは、頼まれたからで!?」
「見え透いた嘘はやめな。――アルスさん、ありがとうねえ。旦那も喜んでるよ」
「はは、良かったです」
ドナーさんは結婚を機に村にやってきた。
まだ平和条約が結ばれていたときは、畑の果物や野菜をまとめて降ろしていたらしい。そのとき、街で歩いている彼女を見つけて一目ぼれしたそうだ。
手にはおそろいの指輪をつけていて、なんと、ドナーさんの手作りだという。
なんかいいな。そういうの。
今まで恋愛とか無縁だったし、興味があるわけでもないが、心がほっこりする。
「あ、それで村の名前を俺が決めることになったんだけど……知ってる?」
「もちろんだ。全員一致で可決したからな。いや、ジャワ村長だけ自分の名前を書いたんだっけか?」
「それは冗談で言ってただけで、ちゃんと開封したときは全員アルスさんの名前を書いてたわ。あれ、そうだよね?」
二人して首をかしげる。
いや、どっちなんだ!?
まあ、ジャワ村長の一票ですべてが変わるわけではないし、当人も俺に任せるって言ってたしな。
でも、真偽はちょっとだけ気になった。
しかし、名前はアルスさんが決めてくれよ、と話が終わり、結局手掛かりになりそうなことは見つからなかった。
それから村の人たちと挨拶をしながら、何か思い出のようなものでもないかと尋ねる。
とっかかりでもあれば、何かふっと浮かんでくるかと考えたからだ。
「うーん、どうかしら。私が来たときにはジャワ村で、特に名前がつくような思い出はないのよねえ」
「ジャワ村、言いづらいから新しくなるの嬉しい」
アンネさんに聞いても、残念ながら何も出てこなかった。
娘、リナちゃんの言葉が無垢で刺々しい。
村長が聞いたらショック受けそうだな。いやでも実際、ちょっと言いづらい。
「ありがとうございます。時間はもらったので、じっくり考えてみます」
「村の為にありがとうね。――でも、気軽に考えていいのよ。私は、アルス村でもいいと思うし」
「アルス村、呼びやすくていいと思う」
一応ありがとうと感謝しつつ、リナちゃんに嫌われたくないなと思いながら村を駆け回る。
しかし、有力な名前候補はなかった。
ちなみに、ジャワ村長はやっぱり俺に投票したのか、それとも自分の名前を書いたのかはわからなかった。
なんで一夜の出来事なのにみんな記憶がバラバラなんだ。
「――ってことがあったんだよ。エレナ」
「なるほど、ジャワ村に抵抗があるんですね。リナちゃんは」
「総括で抜き出すところがそこかよ」
エレナも気軽に決めたらいいんじゃないですか? とは言ってくれた。
ちなみにエレナの腕には乙葉が恋人のように引っ付いている。現代の忍びって、そんな感じで守るの?
「アルス村でいいだろう。ジャワ村だったと思えば自然なことだ。リナちゃんに嫌われることはない」
乙葉の助言は尤もすぎた。しかし、どうにも抵抗がある。
もし俺がこの村にこれからもずっと居て、新しい移住者がいたとして、アルス村ですと言い始めたらちょっと恥ずかしい。
できれば、名前とは関係のないほうがいいのだが。
悶々と考えていたら、夜になった。
未だとっかかりはない。
しかし、そんなことを忘れさせるような出来事が起きた。いや、起きてしまった。
外壁には結界がある。
しかし、そのさらに手前にも罠を仕掛けている。
魔法探知できない。古来より使われしもの、それは――。
「音が聞こえたな」
夜、外に出ると俺よりも先に乙葉が立っていた。
彼女の言う通り、ある一定の場所を超えると音が鳴る仕掛けを作っていたのだ。
魔法を使っていないので、魔物の可能性もある。
いちいち怯えさせるのも良くないと思い、村人にはまだ伝えていなかった。
それを乙葉は気づいたのか。
……忍びっぽい。
すると足元に手を置いた。
それから目をつむる。
「相手は五人だな。歩き方からして手練れだ」
「え、なにそれあてずっぽう?」
「……我が里に伝わる魔法だ。地面に魔力を流し、振動によって対象を捕捉する。もっとも、この泉脈のおかげで普段の何倍も感度がいいからだが」
なるほど、そんな魔法を持っていたのか。
今まで忍びの恰好をしているだけの人だと思っていたが、しっかりと忍びっぽいのもあるんだな。いや、舐めてはいなかったが。
「エレナを起こして――」
「主にはすでに伝えている。そのままで待っていてくれと。――アルス、私が一人で行く。正体もつきつめてくる」
「……一人って」
「自慢じゃないが、私は里で誰にも負けたことはなかった。――唯一の敗北はアルス、お前だけだ。約束はたがえるなよ」
そう言うと、サッとどこかに消えてしまった。
約束って……なんだっけ?
あ、再戦か。
律儀なやつだなと思っていたら、少し離れた森から、すぐ悲鳴が聞こえた。
乙葉のものではなく、男の声だ。
うーん、仕事が早い。




