第16話 村人要塞化計画+1(隠密)
「うわああああ、ぐすん、あぁあっっはあぁはあはあ……うわあああああん……わあわあああああん……いゃぁっぁぁっぁぁぁっはぁぁっっ……」
乙葉が、俺の八咫烏を亡骸かのように見つめている。
いや、号泣している。
この剣は、ルフ騎士団長の書斎の隠し部屋みたいなところに隠されていたものだ。
絶対に高く売れるだろうと思い、退職金代わりにもらってきたが、やっぱ使っちゃえ! ということで愛刀になった。
なんとありがたいことに切れ味抜群。手にもよく馴染む。
見た目も黒剣で恰好いいし、刀身の長さもちょうどいいんだよな。
俺のような魔法使いは、本来魔法杖で威力を向上させる。
だが、俺の使う結界や防御魔法は恩恵が少ない。
そのため、武器を持っていた方が結果的に勝率が上がることは世間一般的な常識でもある。
ただ、そうはいっても魔法使いだ。敵と戦うときに剣で戦うのは不安だ。
魔法使いは幼い頃から魔法の勉強をしていることが多いしな。
そんな中、俺は結構特殊だったので、近接戦闘には慣れていた。
魔物は魔力が高い人間に引き寄せられる。
ミツバチが花の蜜をせっせと集めるように、本能的に近づいてくるのだ。
村生まれの俺は、ずっと木の棒で戦っていた。
おかげで独学ではあるが、それなりの剣術が身についたということだ。
まあそのあと、正規の剣術を学ぶ機会もあったが、割愛。
というか、乙葉はこの武器を取り返すために王城に忍び込んでいたのか。
我が秘宝という言葉からすると……え、まさかこっちが悪者?
乙葉は、家族や、親族か、みんなのために取り返しにきていた善人で、何も知らない俺はバカみたいにこいつを何度も撃退。いや、半殺ししていたってこと?
……申し訳ねェ。
「乙葉、乙葉」
「うわぁぁぁぁああ、八咫烏。すまない、私のせいで、こんな……こんな血がついてしまって」
「剣だから血がついてるは普通だろう」
「ああああああああああああああ、今の私に正論をつぶけるなあああああああああああああああああ」
当たり前のことを言われてしまったので、当たり前のことで返してしまった。
情緒不安定な乙葉に対して申し訳ない。
エレナはよくわらかなそうだったので、事情を説明する。
すると、凄く引いていた。そうだった。この人、案外善人なんだ。
「ええ……じゃあアルスさんは悪党の手先だったってことですか?」
「ひ、人聞き悪いこと言うなよ。知らなかったんだからな」
「そうかもしれませんが、子供ならいざしらず、大人の言い訳では通用しないですよね」
「うっ……」
エレナの言う通りである。いくら護衛の任務についていたとはいえ、乙葉を撃退し続けたという事実は変わらない。何だったら両腕吹っ飛ばしたこともあるしな。
うーん、考えるだけで可哀想になってきた。
「な、なあ、忍びの乙葉」
「ぁぁぁぁぁ……」
「八咫烏、返すよ。な? その辺の小川で綺麗に血を洗ってくるから、待ってくれよ。あ、そうだ! エレナ、分離で血を取ってくれないか? な!? それで、ピカピカになるぜ!」
我ながら最高の思いつきだ。
エレナも、確かにと手をぽんとする。
しかし、乙葉は土下座のまま、キッと顔だけを俺に向けた。
顔は泣き腫らしているものの、千年の恨み、忘れるべからずって顔だ。
あなた、今までで一番怖いよ?
「この剣は我が里の秘宝だ。一度でも使えば、その方を主と認め、生涯をともにする伴侶となるのだ。――つまり、もうお前以外は使えない」
「え? でも刀でしょ? ほら、使えるよ」
俺は、八咫烏を乙葉に渡そうとした。
しかし、何と不思議なことが起きた。
刀が、拒否しているかのように重くなっていくのだ。
これは、周囲の魔力を吸い取っている!?
「ほれみろ。この重さは人の手に渡ると如実なものとなり、まともに振ることもできない。無理やり奪えば、徐々に形を消すことすらありえる。おそらく、ボルド国の連中も高く売りつけるために置いていたのだろう……」
「なるほど、納得」
うーん、どうしよう。
マジで可哀想になってきたな。
「ちなみに売ればどのくらいする?」
「……一国を買えるほどだろう。この刀には特殊な素材が使われている。決して折れることのない、凄まじいものだ」
マジかよ。俺はそんなものを使っていたとは……。
これさえ売れれば人生四代、いや五代? もっと遊んで暮らせたってこと!?
「かなじい」
「アルスさん、乙葉さんはもっと悲しんでますよ」
「ぁぁぁぁぁ……すまぬ……すまないみんな……里のみんな……」
申し訳ない。
とはいえ、もうどうしようもない。
開きなおったわけじゃないが、切り替えは早いほうだ。乙葉は、多分引きずるほう。
「乙葉、悪いな。許してくれとは言わない。だから、そうだ。――所有権ってのがあるんじゃないのか? 放棄する! みたいなのないの?」
乙葉が、ハッと、顔を光らせる。
「そうだ……その通りだ……アルスを殺せば、所有権を失い……また、主を――アルス、お前の命を――」
「――分離」
乙葉が懐に手を入れようとした瞬間、エレナが冷たい目で右手をかざした。
どす黒い魔力が放たれ、乙葉が動けなくなる。
いやアンタも結構ひどいな! さっきまで俺に対して悪人とか言ってたのに!
「ぬおおおおお、動けない。ああ……これは……我が秘宝を奪われ、身体が悲しみにまみれているというのか」
「アルスさん、余計なことなんで言うんですか!」
「え、だって……そうだし……ま、まあ落ち着こうぜ。一旦な?」
悪いとは思う。返せるものなら返したい。
でも、死ぬのは嫌だ。いや多分死なないし、殺すことになりそうだけど、それはそれでもうできない。
うーん、そうだ。
「乙葉、ちょっと付き合えよ」
「は?」
「なっ、アルスさん、なんでここで男女の話になるんですか!?」
「いや違うって。俺たち今、村に住んでるだろ? ここで話しても埒あかないし、まず戻ろうってこと。後から考えたらいいし」
「村とは、なんだ?」
俺は、乙葉に現状の説明をした。
そして、もう少し村が落ち着いたら、再戦を受け付けてやると。
「お前が俺を殺すことができれば八咫烏は戻る。どうだ? 最高だろ?」
「……その通りだ」
乙葉が元気を取り戻す、しかし、エレナはめちゃくちゃ怒っていた。
当たり前だろう。こんなの、取引になっていない。
だが、俺はエレナに耳打ちする。
「大丈夫だって、戦いはするが、負けるわけがない。それに、取引する」
「取引、ですか?」
「ああ、村をもっと安全に、強固にするためだ。エレナ、わかってくれ」
彼女は頭がいい。なんとなく察してくれて、分離を解除した。
「乙葉、再戦はしてやる。――けど、そのためには村の為に働いてくれ。つまり――敵がきたら戦ってもらう。武功を上げれば俺と戦う。これが最大限の譲歩だ。どうだ?」
これ以上ない話だろう。
乙葉は真剣な顔つきで俺を見つめ、そして、エレナを見た。
ん?
「主様、よろしいでしょうか?」
え、どういうこと? 主?
エレナ、まさか実は黒幕だったの?
はああ、とため息をつくエレナ。
全然話がさっぱりわからん。なに?
「乙葉よ、村を守り、武功を上げ、アルスと戦うことを許可しよう」
「ありがたき幸せ!」
何の話やねん!




