第14話 今、なんつった?
朝、アルスさんが私に声をかけてきた。
「エレナ、どこ行くんだ?」
「木を分離させて持ってきます。小さいものでしたら、魔法で動かせるので」
「気を付けろよー。魔物はまだいるからなー」
「はい。ベルちゃんも着いてきてくれるみたいですから。ありがとうございます」
アルスさんは村長さんとお話をしたり忙しそうにしている。
どうやら、村の財政状況などを確認しているみたいだ。
宮廷魔法使いをしていたというけれど、剣術は凄いし、知識も豊富だし、度胸は人一倍ある。
……凄いなあ。
私も役に立てればいいけど、人を壊すことしかしてこなかった。
もっと、いろんな経験があれば良かったのに。
でも、こんな安らぎの時間が訪れると思わなかった。
地獄から抜け出して、嘘みたいに人間らしい暮らしができている。
今だから言えるけれど、村の人たちのこともちょっと怖かった。
人間は、いまだ信用できない。
寝込みを襲われないだろうかとヒヤヒヤしていたけれど、アルスさんが隣にいてくれたおかげで、眠ることができた。
交代で見張りだなんて言っているけど、結界魔法も防御魔法も付与してくれる。
少しぶっきらぼうなところあるけど、凄く優しい。
一体、どんな人生を歩んできたんだろうか。
私と違って、多くの人に愛されてきたんだろうな。
きっと、誰に恨まれることもなかったのかも。
そう思うと、冤罪で追われたのが本当に可哀想だ。
もしかしたら、誰か追いかけてくるのではないだろうか。
アルスさんのこと……好きで……愛してたり……。
「うぅ……ス殺す、ルス殺す……ルス殺す……ア……殺すして……やる」
そのとき、女性のうなされたような声が聞こえてくる。
初めは幻聴かと思ったけれど、どうやらそうではない。
左? いや違う。 右? 違う。
……どこだろう?
うろちょろしていると、私の横にいるベルちゃんが唸る。
「ウゥゥゥゥゥ」
視線は樹上だった。
見上げると、枝の間で器用に寝ている女性がいた。
……だ、だれ!?
村人……には見えない。
追っ手!? にしては、服装がちょっと民族っぽいというか、全身が黒い。
迷い人だろうか? この山は結構入り組んでたし、困ってるのかも。
何だかうなされてるみたいだし……。
「あの」
私は、おそるおそる声を掛けた。
しかし、起きない。
ベルちゃんは俄然唸っていて、今にも飛びついて噛みつきそうだ。
ダメだよ、と伝えて、私はさらに声を上げた。
すると目を覚ました。
驚いたらしくそのまま樹上から落ちる。
……ひ、ひぃ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……だ、誰だお前は……」
「ええと……近くの村人ですが」
名前を言うのはアレなので、ひとまず誤魔化しておいた。事実、間違ってはいない。
よく見ると顔が赤い。真っかっかだ。
もしかして、病気じゃないだろうか。
「もしかして体調悪いですか?」
「……なぜわかった」
「顔、赤いです。トマトみたいです」
「私はトマトではない。人間だ」
「はい」
「トマトは嫌いなんだ……」
そのまま後ろに倒れそうになる。
急いで掴み、なんとか木陰に寝かせた。
「あっっつ……!」
体温の上昇が半端ない。
なにこれ……変な物を食べた? いや――。
「毒、だ」
私が厄災の魔女と呼ばれていたころ、ありとあらゆる方法で命を狙われた。
その際、川に毒を撒かれたことがある。
そのときの記憶と症状が一致し、戦慄した。
この人は何者かに毒を盛られたのだ。
なぜかわからないけれど、放って置いたら死ぬ。それに、気づいた。
私がこの人を助ける義理はない。
何だか怪しい人し、追っ手の可能性はなさそうだけど、いい人でもなさそうな気がする。
それでも、この苦しそうな顔を見ていると、心臓がきゅっとなった。
あのときは誰も助けてくれず、一人で唸っていた。
まるで、過去の私を見ているようだ。
……後悔、したくない。
「分離」
私は、静かに魔法を唱えた。
体内に存在している、魔力を阻害している毒を分離させる。
あのとき、死にかけで体内での分離ができるようになった。
でも、一度にはできない。
何度も、何度も繰り返し、数時間かけてやっとすべてを分離させた。
「……はあはあ」
一応、これで大丈夫なはず。
でも、目を覚まさない。
もしかして死んだ……?
そう思っていたら、目をぱちくり開ける。
あ、生きてた。
「大丈夫ですか?」
すると、がばっと起きる。
それからなんと、私に向かって片膝をついた。
まだ体調は悪いらしく、目が虚ろだ。
え、なに、なにこの人!?
「命を助けてくださり……ありがとうございます」
「あ、はい。でも、横になっていたほうが」
変な人だ。そう思い、私は早々に逃げようと思った。
しかし、真剣な目つきだったので動くのが申し訳ない。
「乙葉、一生の不覚。まさか、洋菓子を盗みだし食べたところ、毒が入っていただなんて……」
洋菓子……。
そういえば、ルフ騎士団長が私に洋菓子を食べさせようとしてきたことがある。
毒が入っていたことに気づき、食べなかったけれど。
「乙葉さんって言うんですか?」
「乙葉、一生の不覚……まさか、名を名乗ってしまうなんて」
うーん、だいぶ変な人だ。
もう関わるのはやめよう。きっと、ろくなことにならない。
「そ、それじゃあ私はこの辺で」
「お待ちください。主様!」
……主様?
周りを見渡しても誰もいない。彼女は、私をまっすぐに見つめていた。
「私、ですか?」
「はい。命を助けてくれたこと、それすなわち主。乙葉は、あなた様にお仕えします。ただし、乙葉には殺すべき相手がいます。任務を終えた後、必ず主様にお仕え致します。命には、命で」
この人、まだ毒が抜けきってないみたいだ。頭がおかしくなっている。
私の分離も完璧じゃないんだろうな。
ここで話の腰を折るのも怖いし、適当に合わせておこう。
「わかりました。乙葉よ、必ずや任務を遂行するのだ」
すると乙葉さんの顔がぱあぁっと明るくなる。
どうやら命令されるのが嬉しいみたいだ。
「承知致しました。お任せください。――必ずや、この手でアルスを抹殺し、舞い戻ってまいります!」
……今なんて言った?




