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断章:Ⅶ 崩壊①

残酷描写強めです

分かっていて、止められなかった。

力がないことは、罪だ。

不可能だった、は免罪符にはならない。

弱いことは、力を持たないことは、ただそれだけで許されない罪なのだ。


『やめてよっ、こんなことやめてよぉ!!

返して、アタシのママ、返してよ……!!』


額に小さな角を持つ、尖った耳の少女が叫ぶ。

ミコトに縋る幼子の体温が、流れる血が、生々しく肌にこびりつく。


もう既に、彼女の親も家族も、全て奪った後だった。


返す言葉を持たなかった。

──いや、そもそも、言葉など求められてはいない。

子供が返して欲しいのは、ミコトの言葉ではない。奪った命そのものだ。

もう、何をしても返せないものだ。


『────お前、何をしている』


石のように動かないミコトの前に、影が落ちる。


『ヒッ……!?……っや、いやぁぁあ゛ッ!!』


その声に子供はひしゃげた悲鳴を上げ、ミコトを突き飛ばして走り去る。

瞬間、影は呪文を唱える。火の魔法だった。

突き飛ばされて地面に崩れたミコトの頬を、鋭い痛みが掠める。


それが飛ばされた魔法だと気付く前に、背後の泣き混じりの悲鳴が断末魔へと変わった。


『ミコト様っ、大丈夫ですか!?』


すぐにマリアがミコトの傍へ駆け寄り、気遣わしげにミコトの肩をそっと抱く。

ミコトは動かない。動けない。

のたうち回り、助けてともがく音が、少しずつ消えていく。

直前まで生きていたものが、ただの焼けた肉塊へ変わっていく。

またひとつ、取り返しのつかない罪がミコトに重くのしかかる。


『……そのマレビトは、いても邪魔だ。

マリア。まだそれを連れ歩きたいなら、俺が間違えて殺さないように、馬車に入れておいて』

『スウィン!何度も言いますが、マレビトではなくミコト様と──……、…………もう、まったく……』


影は──スウィンはマリアへ淡々と指示を告げると、踵を返して火の海へと消える。

彼にいつも通りの叱責をするマリアは、血と火の海の中で切り取られたように汚れひとつなかった。

マリアは動かないミコトに浮遊魔法を施し、手を引いて馬車へと連れていく。その仕草は、教会を訪れる怪我人を誘導する時と全く同じだった。


連れられる途中、ミコトは虚ろに視線だけを上げ、周囲の光景を見る。

自分の選択した道の結果がそこにあった。


悲鳴と、家を焼いたことによる、燃える木と、噎せ返る血の臭い。

灰が容赦なく視界を塞ぎ、空気が乾いて目が痛い。だが、目を逸らすことは許されなかった。


『ミコト様、女神様は素晴らしいでしょう?

汚らわしい魔族を糧に、最大効率でレベルを上げて魔王を倒す。

これが、最も早く、確実に世界救済を行える方法だとお教えくださったのですよ』


まるで新しい料理を覚えたのだとでも言うような、世間話の延長のような調子の声音。

この少女にとっては、全く同じなのだろう。

慈悲も、虐殺も。

『女神の神託』ひとつあれば、この少女にとって全ては大義として正当化される。

ミコトの事もそうだ。

女神がそう言ったから、マリアは何の役にも立たないミコトを献身的に守る。


ミコトがマリアの破綻した倫理観と善性を見抜けていれば。

スウィンを、心を失くした暴力装置でしかないと見切りをつけていれば。

これを止められたのだろうか。


あるいは、旅立ちを頑なに拒否すれば。

用無しとして打ち捨てられ、野垂れ死んだミコトだけの犠牲で済んだだろうか。


そんな『もしも』は、考えたところでもう遅い。


『ミコト様、この馬車には結界を張りますね。

この集落の魔族達ならまず破れませんから、ご安心くださいな』


ミコトを馬車に残し、マリアも魔道具の長枝を手に業火の中へと再び戻っていく。

スウィンの後始末と補助をするつもりなのだろう。

スウィンが焼き殺さなかった遺体を一所に集め、腐敗し、周囲の人間の街へ疫病が蔓延しないよう燃やし尽くすのだ。



どれだけそうしていたのか、分からない。

ただ一人虐殺から逃れたミコトは、暗い荷台で床の煤けた木目を見つめる。

その行為自体に意味はない。


頭の中で、少女の声が反響していた。

ついさっき耳にしたその声も、縋っていた手の体温も、もう二度と、彼女の求める母親と一緒にしてやれない。その母親も、殺したのだ。


ミコトが、見殺しにした。


「……っう゛ぇッ、……オエ゛ッ、」


胃の奥から迫り上がるそれを床にぶちまける。

数時間前になんとか口にしたスープの名残が、胃液と共にびちゃびちゃと撒き散らされて悪臭を放つ。

それにつられて何度かえづくが、ろくに何も食べていない胃は何も吐き出さない。


「──なさ……い、ごめんなさい、ごめん、なさ…………ぁ、あぁぁ…………」



祈る。ただ、祈る。

己の罪が赦されるように。


祈る先などない。

ただ、必死だった。誰でも、何でもいいから助けて欲しかった。

そのためだけに、祈っていた。


馬車の片隅に蹲り、立ち上る生々しい鉄臭さと断末魔の中で、ただひたすら懺悔を繰り返した。

決して赦されないと知りながら、赦されたかった。




マリアの『世界救済』宣言から、2週間後。

その第一石として実行されたのが、街の外れに存在する、魔族の集落の殺戮だった。


これは街からの正式な依頼で、街を治める理事長からは『街の領地内に棲みつき、街道を通る旅人の物資を強奪する魔族の放逐』と告げられた。

だが、その魔族達は、元々この土地で生きていた原住民族である。

最初からこの土地で暮らしていた彼らを、後から来た教会側が迫害対象とし、僻地へ押しやった末に街を建てたのが実態だった。


そういった裏事情は、ゲームのクエストで判明する。

街の領主から依頼を受けた勇者達は集落に向かい、族長から本当の事情を聞く。

それでも彼らを土地から追放するか、集落の魔族が街から課せられている重い税収を免除させ、強奪行為を止めさせるかを迫られるのだ。



そして集落は、一夜にして滅ぼされた。



集落の者達は期待しただろう。

過去、ゲームにおいて、ミコトはただの一度もスウィンに魔族たちの放逐をさせなかった。

だからこそ魔族達は勇者の来訪を拒まず、言い伝わる通りに快く歓迎したのだ。

彼らにとっての勇者は、土地を我がものとし、性懲りも無く何度も自分達を排斥しようとする街の圧政から、一時でも自分達を解放してくれる存在だからだ。


だが、差し向けられたのは救いでなく、冷徹な裏切りの凶刃だった。


集落の長だと名乗った初老の男が何の躊躇いもなく切り伏せられた時の事は、朧気にしか思い出せない。

ただ一言絞り出された、『どうして』という一言だけが、やけに鮮明に聞こえた事だけを覚えている。


『魔族の皆様、ご安心ください!


痛みはただ一時のもの。

混沌の瘴気に侵された汚らわしい肉体を今こそ捨て去り、

輪廻の禊を経て、皆様は清き秩序の信徒へと生まれ変わるのです!』


男が殺される直前、輝かんばかりの笑顔で、マリアは高らかに魔族へと宣言した。

その時になってようやく、ミコトは否応にも知る事となった。

女神の示した机上の空論を、マリアがどのように実現するつもりなのかを。




「……ミコト様、お加減はいかがですか?」


虐殺の日から、数日。

馬車の中で、ミコトはぼんやりと座り込んでいた。

ミコトの傍らで、マリアが酷く心配げにミコトを覗き込む。

出会った当初こそ可憐な白百合を連想させたマリアだが、今はもう、人のかたちをしたおぞましい化け物にしか見えなかった。


ミコト達の馬車は、次の街へと向かっていた。

魔族討伐の報告に対し、理事長は長年の憂いに決着がついたと酷く喜んで、大金を報酬として支払った。

分かってはいたが、ミコトがかつてのスウィンと守り続けた道は、彼等にとっては決して望ましいものではなかったようだ。

だが、その姿に憤りを覚えるような資格も、ミコトには残されていなかった。


その上、一度に大量の命を奪ったことで、スウィンとマリアのレベルは大幅に上がった。

ここ近辺では、周辺のモンスターより、あの集落の魔族達の方がずっとレベルや保有する経験値が高い。それらを全て『狩り尽くした』事で、マリア達は順当な鍛錬や冒険では一月はかかる工程を一気に達成したのだ。


だが、そうした虐殺の夜を経ても、やはりミコトのレベルは1から変わらなかった。

ミコトはスウィン達に対して、またひとつ無力になった。そしてこれからも、マリア達が虐殺を重ねるほど、ミコトはマリアが描く理想絵図のためのパーツとして、今以上に縛り付けられていくのだろう。


「………… 」


馬車の荷台を覆うテントの隙間からは、今までとなんら変わらない、青く澄んだ空の色が見える。

まるでつい先日のことが、ひどい悪夢だったようだ。

血の匂いも、何かが焦げる煙もない。ただ広がっている広陵とした大地は、どこからか聞こえる鳥のさえずりや、疎らに生えた木の葉が擦れる音で満ちていた。


これから先も、同じ事を繰り返すのか。

力がないから、どうしても得られないから、止められないのだと嘆くだけで。

お飾りとして生き延び、これからもマリアの裁定から零れたものを見殺しにするのか。

ミコトはまた、あの光景を見ているだけなのか。


『この気持ちひとつあれば、俺は何回だって、キミのために勇者になれる』


夢の中のスウィンの言葉が、脳裏に蘇る。


この世界は、かつてミコトが導き、スウィンが救い続けてきた世界だ。

そしてミコトは、この世界を再び救いたかった。

スウィンが護り、愛したアルカナディアを、ミコトも愛していたからだ。


かつてミコトが共に世界を救ったスウィンに、今のミコトは顔向けできるのか。



「……ミコト様……」


自分の声掛けに一切応じず、ただ向こうの景色へぼやけた視線を向けるミコトに、マリアは眉を下げ、すっかり狼狽しきった様子で案じる声を震わせる。



「……………………」


その様子を、馬を操るスウィンが静かに見つめていた。

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