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断章:Ⅵ 破綻②


「ミコト様っ、準備を整えてこの街を出たら、わたしたちで一気に魔王の城まで攻略しましょう!」


「…………、は?」


まるでサプライズで誕生日を祝うような晴れやかさでマリアが宣言した内容に、ミコトは頭が真っ白になった。

思わず完全に素のままの反応を漏らしてしまったミコトを全く意に介さず、マリアは綺羅綺羅しい笑みを浮かべて両手を合わせ、ふふっと笑声を零す。


「わたしには、女神様より受けた大事な神託が2つあるのです。

ひとつは、マレビトであるミコト様をこの世界へ召喚すること。


もうひとつが、わたしたち3人で、1日も早く魔王城へたどり着き、魔王討伐を果たすことです」




発行された身分証によって、聖都の影響が強い街で無事歓迎されたミコトたちは、無料で宿を取ることができた。

暖かな食事にありつき、身体を温かく清潔な湯で清拭できた事で、久方ぶりの安息を覚えたのも束の間。

『明日からの旅について、お話したい事が』とマリアに告げられ、ミコトはついにこの時が来たと内心で歓喜すらしていたのだ。

そうして連れられた談話室にて、マリアはミコト達へ狂気の宣言を行ったのだった。


マリアの言葉を、頭が拒否しようとする。

それをなんとか噛み砕くほど、ミコトの世界からは音が遠くなっていく心地がした。


晴れやかな笑顔を浮かべるマリアの傍らで、スウィンは相も変わらずマリアだけを見つめている。

優しい眼差しで微笑むばかりの青年は、少女の妄言に何の異を唱える様子もない。


「…………いや、……そんな……、そんなこと、無茶、だよ……」


ほとんど決定事項のように告げられたそれに抗い、なんとか言葉を絞り出す。


確かに、聖都からこの街までの道のりはとても平和だった。

モンスターもほとんど現れず、出てきたとしてもレベル2程度の低級のスライムや手のひらサイズの羽虫程度。

ほとんど意志を持たず、魔力に反応して本能的に襲いかかってくるそれらを、 スウィンは手持ちの剣すら出さずに踏み潰し、塵も残さず火の魔法で焼き尽くしていた。

あまりに容赦のない絵面に、ミコトはそれをあまり見ないようにしていた。


もしかしたら、マリアはそれらを見て思ったのだろうか。

魔王や悪魔、魔族達は自分達にとって大した敵ではないと。


そんなわけがない。

何度もゲームをプレイしてきたミコトにとって、マリアの宣言は自殺行為にしか聞こえなかった。


記憶にある限り、『アルカナディア・クロニクル』では、魔王を倒すための推奨レベルは100を優に超える。

それに加え、ラストダンジョンとなる魔王の居城は、それ自体が魔王直属の悪魔でもある、命を持つ巨大な移動要塞だ。

城は常に混沌の瘴気に満たされた魔族たちの主要都市3つをランダムに移動しており、運が良ければ魔王の城に直通する事も、理論上不可能では無い。


だが、魔王の側近である悪魔達がそれを許しはしないだろう。


今この世界では、高まった混沌の瘴気により、各地で異変が発生していた。

紫晶都ミラティスでは海が荒れ狂い、深淵都ネルザグラでは嵐が止まず、そして古都ヴェスカルディアでは火山が噴き続けている。

それらは全て、各都市を支配する悪魔たちの影響によるものだ。


これらの異変は、ゲームでも同じだった。

ゲームでは、各地で猛威を振るう悪魔達を倒し、異変を沈めるのが魔王討伐までのメインクエストになる。


その悪魔達ですら、とことん彼らの弱点を網羅したパーティでも平均でレベル80は欲しい。

それなのに、スウィンですら二桁に届くか怪しい現在のパーティで魔王城へ直行して討伐しようなどという話は、ミコトからすれば机上の空論としか思えなかった。


「いいえ、無茶ではございません!

女神様から、魔王討伐をもっとも早く達成するための道筋は全てお伺いしています。

まず、ここから魔族領の関所まで、最低限の町だけを経由します。

そして関所を超えた後は紫晶都ミラティスに向かい、深海の悪魔・レヴィアタンを討伐するのです」


青くなって拒否するミコトとは対照的に、マリアは変わらずにこにこと笑ったままだ。


「と、討伐……?待って、そもそもレヴィアタンは、討伐なんて不可能……の、筈でしょ……?」


始めて邂逅した時にも感じた、マリアの得体が知れない恐ろしさ。

キリエという抑止力を失ったことで、それを今は何倍も強く感じている。

過度の緊張に震える身体を叱咤して、ミコトはマリアの発言の矛盾を指摘した。

ミコトがマリアの言葉を否定した事で、スウィンが一気に温度をなくした視線をミコトへ向けたが、そんな事は今この時においては大した問題ではなかった。



「ええ、よい指摘です!さすが、ミコト様はよくご存知ですね。

その通り、レヴィアタンは海に棲む魔のものの群生体が、ひとつの意識を持った存在です。


レヴィアタンの群生体はこの海全てに偏在しています。大部分を削いだところで、ただ弱体化するだけ。

それこそ、海全てを干上がらせでもしない限り、討伐は不可能でしょう。


……ですが、たった一つ存在する、彼女の『核』なら、話は別ですよね?」


「っ……待って、そんなことしたら、海がどうなるか、分かって言ってるの……!?」


マリアの言葉に、ミコトはいよいよ血の気が引いていく。

レヴィアタンの『核』。それは、紫晶都ミラティスに建てられている神殿に祀られた宝玉を指す。

レヴィアタンが悪魔になる前の体内にあった心臓が、途方もない年月を経て巨大な宝石に結晶化したと言われるそれは、その強大な生命力で海に生きるものたちに多様性を齎し、様々な種族が発展する礎となっていた。

それを壊すということ。


それは確かにレヴィアタンを真に殺す手段にもなり得るが、同時に宝玉の齎す多大な恵みすら失われるということを意味していた。


「はい、ミコト様の懸念は最もです。

ですが元々、あの宝玉がなくとも海や生き物は存在していました。

宝玉の力で存在していた、多様な海の命のほとんどが失われる可能性はありますが──」


マリアは、少しも表情を曇らせることなく微笑んだまま、言い切る。


「秩序の統べる清き世界のためには、穢れた混沌の力により生まれたような混じりものは、いずれ世界を歪めます。ですから、排除しなければなりません。


これは、女神様の望む『完璧な世界』のために必要なことなのです」


「そん、な、……そんなの、」

「……マリアの言葉は女神の意思だ。お前は、女神の意思に反するつもりか?」


首筋に刃をひたりと当てられるような、鋭い殺気。

肩を跳ねさせたミコトが恐る恐る視線を合わせた先で、スウィンが氷のような眼差しを向けている。

睨むでもなく、ただミコトをこの場で『処理』するか否かだけを考えている、何の感情の機微も見えないそれは、これまでの道で魔物たちを容赦なく踏み潰し、燃やした時と何一つ変わらない温度をしていた。


「スウィン、やめなさい。

ミコト様はどこまでも心優しいお方。

汚らわしい魔族にすら深い慈悲を向ける、尊い御心を否定する事はいけませんわ」


スウィンを制したマリアは、ソファに力なく沈むミコトの両手を握る。

出会った時と同じ、ミコトの恐怖に歪む顔を見ていながら見ようとせず、ただ自分にとっての『こうあるべき』しか認識していない微笑みを湛え、マリアはミコトを見つめる。


「……ですが、これは世界救済の旅。

かつてのスウィンは、人としてなせることで魔王を打ち倒し平和を齎しましたが、それらは全て一過性のものでした。


──今この時、わたしたちは真の意味での世界救済を、成し遂げるのです!」


間近で恍惚と笑うマリアの目は、きらきらと澄み切って輝いていた。



マリア達が去った後、談話室にひとり残されたミコトはただ呆然としていた。


ミコトは、大きな勘違いをしていた。

マリアの事も、スウィンの事も、この世界のことですら。


まだ、彼らのことをどこか過信していたのだ。

「世界を平和にしたい」という言葉は、ミコトの認識しているそれと同じなのだと勝手に思い込んでいた。

マリアの思う「平和な世界」が、損益全てを無視した徹底的な粛清を指しているなどと、思いつくわけがない。


それに、この世界の事もそうだ。

この世界をゲームとして認識していた頃から、そもそもこの世界に制約などなかった。

ミコトが毎回示される通りに世界を旅していたから似たようなストーリーを繰り返していただけで、この世界では、思いつく限りどんな事でもできる。

ほとんどミコトの生きていた世界と変わらないこの世界であれば、尚更だ。


「……どうしよう、どう、……すれば…………」


止めねばならない。

マリアの言う『真の意味での世界救済』が極端な排他思想による殺戮をさすのであれば、今後この世界に生きる大多数の生命が蹂躙される事になる。

だが、レベルも上がらず、ただマレビトとして誘拐まがいに呼び寄せられただけの小娘ひとりで、何ができるというのか。


独白は誰もいない室内で虚しく響き、返る声は無い。

ミコトは独りだった。

どうしようもなく、この世界でたった独りだった。


「(──こんな時、スウィンなら、


わたしの、スウィンなら……)」


何も打開策など浮かばない脳裏に過ぎったのは、かつて夢に見た、ミコトへ優しい眼差しを向けるスウィンの笑顔だった。

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