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断章:Ⅶ 崩壊②

残酷描写強めです


それを見つけたのは、偶然だった。


『村はずれの古い遺跡に、魔物が棲みついてしまった。巣を駆除してほしい』


次の街に至るまでの途中に立ち寄った村でそう請われ、ミコトは遺跡調査へ連れられていた。


「こんな場所が、あったんですね……」

そこへたどり着いた時、マリアが周囲を見渡しながら感嘆の声を上げた。

殆どの感情が鈍りかけているミコトですら、その場所の持つ神秘性に圧倒される。


苔と木の根に覆われた入口は小さく、通路は狭かったが、うねったそれを抜けた先には、とても広い空洞が広がっていた。


村長が言っていた。

かつての遺跡は、神代の時代に何かの祭事が行われたと伝えられる祭壇だったそうだ。

5m程の上部にはぽっかりと縦に開いた亀裂が空いていて、そこからとても澄んだ水や陽の光が滴り、楕円形のホール状になっている洞窟の中に、小さな川を形成していた。


聖都ルミナリア教会のような、眩しい程の光と清らかさで溢れ洗練された場所とも、魔族や魔物から感じるような、荒々しく攻撃的なばかりの混沌のエネルギーとも違う。

この場所は途方もない生命力に溢れており、闇も光も、全てが濃く混じりあっている。どちらにも似ていながらどちらでもない、善悪を超えた大きな命のうねりそのものが渦巻いているような場所だった。




「どうしてでしょう、ここは、とても……なんだか、怖い…………」

「…………マリア、気をつけて」


「…………、…………?……」


だが、その場にただ魅入られるばかりだったミコトとは対照的に、先を進む二人は随分と緊張した面持ちだった。

何かに対してしきりに怯えるようなマリアを、スウィンが庇うようにして進む。マリアが関わる以外、何もかもに興味無さげに振る舞う彼が明確に何かを警戒している様子だった。

そんな姿を、ミコトは初めて目にした。


この場所は、ミコトのゲームの記憶にも合致しない。

故に、事前情報のなさはマリアやスウィン達と同程度なのに、ミコトは何故か、彼らのようにこの場所を畏怖するような心地は湧かなかった。

むしろミコトにとっては、どこか心地良さすら感じられたのだ。


「(こんな時だけど……この世界で、初めて……

何かを、ただ、綺麗だ……って、思えたな……)」


最早、ミコトの中で、2人を案じるような心はとうに潰えている。

余計な不興を買わないよう彼らの後をつかず離れずに歩きながら、ミコトはこの先に待つものへ思いを馳せた。


おそらく、ここ近辺を縄張りにしている大蛇の魔物が数年越しの産卵期に入り、営巣する場所としてこの遺跡を選んだらしい。

普段、この遺跡にはほとんど人は寄り付かない。

だが、生まれる子供の栄養のため、村にほど近いこの場所から大蛇が人里へ降りてくる危険はあった。

そのため、母蛇が卵を産み落としてしまう前に、この場所から追い払い、この場での営巣を諦めて貰いたいというのが村人たちの願いだった。


──当然、マリア達が彼らの要望通りに動くわけがない。

聞けば、大蛇はかなり昔から近辺の森の主として存在しており、周辺の魔物よりはレベルも高いと思われるらしい。つまり、マリア達にとって格好の獲物だった。


「…………、……いた。『あれ』だ」


程なくして、先を歩く2人の足が止まる。

光の差す道を辿った先。村人たちの話していた大蛇が、朽ち果てた祭事の舞台上に丁度積もった草や木の葉の上で塒を巻いていた。


小さく丸まった姿ですら、直径で2mはあるだろうか。鱗は混じりひとつない白銀で、暗がりの中で滑らかな鱗が薄ぼんやりと青く発光しているように見える。

そして、大蛇の円の中心。そこには、緩やかな楕円形の球体が大事に抱えられていた。


「予想通り、そこまでレベルは高くなさそうですが……もう、産卵していますね。

あれでは、いつ生まれるのか検討がつかない。早めに対応しないと……」


彼らの耳打ちの会話など、ろくに聞いていなかった。

ミコトにとって、これが2度目の『罪なきもの』を殺すか否かの分岐だった。


耳奥で、まだ、少女の慟哭が生々しく反響している。

マリア達は、大蛇を追い払うだけで済ませるつもりなど毛頭ない。

無差別に人を襲う魔物を仕留める事とはわけが違う。

自分達の糧とするためだけに、迫害されつつも慎ましく暮らしていただけの人々へそうしたように、自分たちのために殺すのだ。


「……気付かれたら厄介だ。油断している今のうちに畳かける」

「はい。スウィン、補助はわたし、が…………、……」


そう呟いて、スウィンが腰に携えた剣を握る。


その白い刀身が輝いたとき、ミコトの中の迷いも消えていた。



物陰から身を出し、大蛇の元へ歩を進める。

何の策もない。ミコトには、武器も防具もない。背丈が同じであるマリアが旅に出る前に着ていた白い修道着ひとつ纏った無防備そのものの格好は、さながら神へ捧げられる生贄のそれだった。


「ミ、ミコト様……?どうしたのですか、そのような事を、されては…………」


背後でマリアが動揺を取り繕う声が聞こえるが、構いはしない。

ミコトが歩み寄ると、大蛇は気配に気付いて頭を擡げる。ミコトを視界に捉えたそれは、チロチロと舌を出してミコトを検分する。

産卵後であれば腹も減っているだろうし、村人が懸念していた通り、我が子を護るためにかなり気も立っているだろう。


少し鎌首を上げただけで、大蛇はミコトの背丈の倍を優に超えた。

大きい。怖い。死ぬ。

直面する命の危機に、本能がこれでもかと警報を鳴らす。

足にうまく力が入らず、喉も呼吸も引き攣る。


食われるだろうか。

それともただ、その太い胴に打ち払われて壁に叩きつけられるだろうか。

どちらでも構わなかった。ミコトにとって、今ある自身の命など、どのようにされても心底から妥当と思えるようなものでしかなかった。

どちらにしろ、もう後戻りは叶わない。


「……さ、さいしょ、から…………こう、すれば、よかった、ほんと、あは、ははッ」


情けないほどに震えた声で喚く。

どれだけ考えても、考えても、ミコトには何もなかった。

状況を打開するための力も、機転も、何も持っていなかった。

この身一つしかない状態で差し出せるものは、やはり自分ひとつしか無かった。


「もう、たくさん!たくさんなの!!

こんな事の何が、どこが救いなの!?女神が言ったとか、意味わかんないこと言って正当化しないで!私も、あんたたちも、みんな最低な人殺しでしょうが!


おまえらも、わたしも、みんなだいっきらい!!」


言いたいことは山ほどあった。

勝手にこの世界に喚ばれて、祀り上げられて、そのうえ人殺しの共犯にまでなった。

報いたいと思った世界にはどこまでも報われず、夢見た勇者はおらず、理想は死んでしまった。

あんまりな事ばかりで何も飲み込みきれなくて、いつしか、こんな目にばかり遭うのは、自分にも原因があるのではないかと思い続けていた。


そんな訳がない。

こんなことが、自分だけのせいであってたまるか。


ミコトの叫びが、ドーム状の空間に響き渡る。

震える脚を叱咤して、ミコトは2人へ向き直った。

視線を向けた先で、マリアは表情をなくしており、スウィンは変わらず何の感情も読み取れない冷めた眼差しを向けていた。

あまりにも予想通りの反応だった。込み上げてくる笑いを抑えずにくすくすと笑い、ミコトはスウィンに視線を向ける。


思えば、初めて出会った時から、目が合ったことすら、これでようやく2回目だ。

土壇場で思い当たったそんな事に、更に可笑しくなってしまった。


「──あんたも、そう。あんたなんか、わたしのスウィンじゃない」


そう笑顔のまま言い放った、その一瞬。

何の感情も見えないスウィンの、剣を握る手が、ほんの僅かにぴくりと震えた。





それを視界に捉えた瞬間、ミコトの視界から2人の姿はなかった。



「────ああ、残念です、ミコト様。

いけません、いけません、いけません…………」


何が起こったか分からない。気がついた時、ミコトの視界は赤かった。

赤い何かで視界がぼやけ、ほとんど何も見えない。

痛い。声も、息も出せない。身体の右側が、熱い。

痛みという概念を超えた熱さの中で、自分の右腕が見たことの無い方向へひしゃげているのが見えた。


「ミコト様、女神様はずっと見ておられたのですよ。

あなたが、世界を何度もお救いする様を。

そして同時に、女神様の描く『完璧な救済』にいつも届かないあなたに、失望を募らせておりました」


何も聞こえないのに、マリアの声だけが鮮明だった。

頭に直接響く猫撫で声が、ミコトへ一方的に囁きかける。


「あなたは、いつも半端者でした。

だから、女神様は『あるべき救済』を示すことにしました。


わたしだけに特別な神託を与え、これまでの記憶を与えて……あなたに代わり、スウィンを導くものとしての使命を与えたのです。


だから…………そうね。あなたはただ、見ていればよかったの」


大蛇は、どうなっただろうか。どうか、卵と共に逃げてほしい。


ミコトは願った。

自分と共に吹き飛ばされ、叩きつけられた壁に自身もろとも潰された大蛇には気付かぬまま、ただ願った。


「本当は、魔王の最期までご一緒したかったのですが、仕方ありません。


スウィン。女神様へ仇なす者へ、裁きを与えましょう。

私たちの造る清らかな世界に、彼女が住む資格はありません」


スウィン。

その名前にだけ、ほとんど無意識に反応する。


せめて、一度だけでいいから会いたかった。

夢の中でスウィンがミコトへ触れたがっていたように、本当は、ミコトもスウィンに触れてみたかった。


ミコトだけの勇者。ミコトのスウィン。


「ス、ウィ…………、た、す…………て、」


痛みの中で、助けを希う。

今まさに、ミコトの首を切り落とそうと刃を振り上げる男の名ではない。

優しい眼差しをミコトへ向けてくれていた、いつか夢見た勇者を想っていた。






その時、世界が静止した。


「いやはや、酷いですねぇ……これは大変宜しくありません。

あまりに目も当てられませんので、不肖ワタクシ、思わず出てきてしまいました」


全てが、その場で時を止めていた。

今まさにミコトが断首され、マリアがそれを薄笑いで見下ろし、スウィンが刃を振り下ろす。

水も、光も、音ですら、そこにあるもの全てが時を止めている。なのに三人の意識だけは止まった時を捉え、そしてその男の声や姿を認知していた。


「皆様、お初にお目にかかります!

……いや、そこの神子殿は既にご存知かな?

貴方様方が屠るべき混沌の権化、魔王ルシウスとはワタクシの事!

以後、お見知り置きを」


ひょろりとした長身の男だった。

腿まで伸びる緩やかな癖のある漆黒の長髪を垂らし、真っ黒なタキシードを着込んでいる。肌以外がどこも黒い何かに包まれているために、闇と紛れると顔だけがぼんやり浮かんでいるようだった。


カツ、コツ、と革靴のヒールを鳴らしながら、ルシウスはぴくりとも動かないスウィンとマリアを値踏みするように観察する。

そして、まさに今胴体から切り離されたミコトの頭を片手に持ち上げると、至近距離でにんまりと笑みを浮かべた。


「貴女様が、ワタクシを何度も打ち倒してきた忌々しき小娘ですね?

召喚されてから今までは随分パッとしないと落胆しておりましたが、少しは面白みがあるではありませんか。えぇ見直しましたとも!


ですのでワタクシ、貴女様にそう簡単に死なれては困るのです」


ミコトの頭を抱えて愉快そうにくるりと身を踊らせ、ルシウスは早口で捲し立てる。そしてパチンと指を鳴らすと、大蛇の死骸ととミコトの胴体の下から黒い何かが這い出て、それらを呑み込んでしまった。



「……おやおや、これは」


大蛇の死骸が消えたあと、ルシウスは巣の中に取り残された『それ』に目を留める。

それを見、暫し何事か考えたルシウスは、もう一度指を鳴らして卵も同様に影の中へと沈めていった。


「さて。それでは、少々調子に乗っているお二方にも、ワタクシ直々にお灸を据えて差し上げましょう」


そう言うと、ルシウスは2人の前に立つ。そしてそれぞれの額を指で軽く弾く。

途端、ぱんっと音を立て、二人の頭は弾け飛んだ。

風船が破裂するように、辺りに彼らの骨肉が撒き散らされる。

頭を失った身体は地面に崩れ落ち、血を規則的に噴き上げながら痙攣を繰り返す。

つい先程までミコトを見下していた2人の体を見下ろし、ルシウスはその顔から貼り付けた笑みを消した。


「女神に寵愛されし哀れな人形共よ。

あの高慢なクソアマに伝えておきなさい。


ワタクシは、お前が出した尻尾を決して逃しはしません。

絶対に引きずり落とし、お前の知らぬ穢れを、骨の髄まで思い知らせて差し上げます。

精々、楽しみにしておくようにと」


そして再び指を鳴らすと、二人の身体は黒い何かに呑まれる事なく、瞬時に何処かへと飛ばされた。

そして何も居なくなった洞窟で、ルシウスは抱えていたミコトの頭を両手に包み、頭だけになったミコトの頬や髪へ無遠慮に触れる。


「貴女様にも、ワタクシから贈り物を差し上げます。

ワタクシの持つ不滅とあの蛇の身体で、この世界に馴染む身体を与えます。

そのふたつをもって強くなり、ワタクシの待つ城へと来るのです。


この世界は、あの傍迷惑な女によって崩壊するでしょう。

真の勇者なき今、あれを止められるとすれば……大変残念なことに、それは他でもない貴女様なのです。


──マ、ワタクシとしては、この世界自体はどうなろうと知った事ではございませんが。

どうせなら、面白いものが観たいのですよ」


ルシウスが触れた箇所から、少しずつ何かが奪われる。

意識が、少しずつ遠くなっていく。


最後に認識出来たのは、ルシウスの愉しげな笑い声だった。


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