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ボマー松永久秀の投資戦略  作者: 斎藤 恋
京:西岡編

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番外話 第01話:多聞丸と関わった人の話を聞いてみた

◇勝龍寺から送られてきた僧侶:宗立


初めて、多聞丸殿を見た時は、「風変わりな子供だな…」という以外に感想を持てなかった。

宣賢様や、芳栄様らに目を掛けられているのは一目でわかったが、稚児の割に従者も付かず、孤児らを侍らせておったからだ。


今となっては、それが全くの偽装……いや、浅見であったことは言うまでもないが。



正式に初めて紹介されたのは、彼が松永家の当主となってからのことだった。

どうにも、彼の祖父の七回忌の際に、なにやら不幸があったらしく、彼の父親が亡くなったのだという。


哀れにも思ったが、私にできることなど何もなかったし、そもそも、その手の話はありふれたものだ。

わざわざ手を出していては、私の方が破滅してしまう。


仏にあらぬ此の身では、できることとできぬこととがあるのだ。


だが、どうやらあの小僧。

松永家の当主として、"あの"芳栄様と交渉し、松永家が製作している灰持酒の利権の幾許かを渡す代わりにと、文官の派遣と以降の松永家の利権の半値を自分のものとするように話をつけたとのことだった。



"あの"ガメつく、ケチで有名な……いや、すまない。

……聞かなかったことにしてくれ。



まぁ、そんな風に寺内で有名だった芳栄様相手に、半値の利益を守り通したというのは、勝龍寺の関係者には驚愕でしかなかった。

まぁ、実際に、その後私たちがここに来て実態を把握したときには、納得しかない内容で、不思議でもなんでもなかったと知れたのだが。



多聞丸殿は、勝龍寺から僧侶らを多数受け入れ、松永の家で文官として働かせる契約を結んでいたのだ。

しかも、費用は松永の家持ちで。


つまり、半値の利益も、実態としてはそうそう高いものではなく、もっと松永の家にとって悪い取引でしかなかったのだ。


しかも、"制作のための費用や、新しく開発する際の投資額なども、すべて松永家が持つ"

そういう契約が為されており、「これでは、損しかしておらんではないか……」と、噂も、所詮噂にしか過ぎなかったのだと、最初は呆れ返ることしかできなんだ。



だが、私は、彼の実際の仕事ぶりを見てからは、評価を一変させることとなった。




「こ、これはなんなのです……?!」



私が、彼が木片に描く文字(?)を見たときに感じたのは、ただただ何を遊んでるんだ、このガキは?!

というものでしかなかった。



しかし、どうにも、そんな風に落書きされた木片は一つではない。

二つ、三つ……いや、すでに膨大な量の木片に、その変な模様が描かれていた。


それも、一定の規則性を持って。



「これのこと?」



そういって、多聞丸殿は、私に書きかけの木片を見せてくれた。



「これはね───」



そう言って、彼が説明するところによれば、この私が見ていた変な模様というのは、松永家の資産と負債を示すもんのようだ。

それも、単なるもんではないし、もんの数は一つ二つではないのだ。



1、2、3、4、5、6、7、8、9。


この九つのもんが、数字を表すものらしい。

しかし、これだけではなぜこんなものに置き換えねばならぬのか、その時の私には理解できなかった。


だが、それが大きな数字となれば話は変わってくる。


一桁ならなんの問題もない数字も、桁数が大きくなれば、今までの数字だと見づらくなってくる。

だが、これまでは「それも致し方のないこと」と、諦めていた。


しかし、これを見る限り、扱う数字が大きくなればなるほど、こちらの方が便がいいように思えてならない。


私は、幼少の頃、芳栄様に教えられて、算学というものを知った。

その時から、今まで算学に心頭し、今では芳栄様の側近として祠堂銭《※しどうせん》の計算を任される程度には、算術狂いとして、寺内では名を馳せているのだ。


※寺の金融業のこと。高利貸し。



そんな私にとって、多聞丸殿の言葉の一つ一つは、毒でしかなかった。

それも、自ら飲み干したいと望むような、甘美な毒だ。



その後も、多聞丸殿の話は続く。



───0の概念、和や差ではない、掛け算や割り算といった知識、筆算という検算方法、正とプラスとマイナス、計算を分かりやすく表現するための符号(計算記号+−×÷)………



私はこの日、多くの知識を与えられた。

しかも、それ以外にも、もっと多くの知識を知っているという。


それも、言葉を聞く限り、彼は誰かに学んで得たものではなく、初めから知っているものだという話だった。

「虚言か?」とも思ったが、そうなると、ここまで話した全てが虚言なのか?ということになる。


これだけの概念全てを、一人で作り上げられるほど、彼という子供は暇ではない。


………そうなると……



「………与えられたのか…虚空蔵菩薩から……」


ふと、天海様にも恩恵を与えたという、虚空蔵菩薩こくうぞうぼさつの名が、私の中には浮かんできた。

記憶や知識を授けるという、かの方であれば、その程度のことは造作もないことだろうという確信があった。


それに思い至った瞬間から、私の信仰の対象は、大日如来から虚空蔵菩薩……いや、多聞丸殿へと変わったのだった。




────────────────────────────



◇向日神社 宮司


私が初めてその子を見たのは、永正は12年のことでした。


そもそも、多聞丸という名のその子のことを知ったのも、つい最近、永正12年の8月にあったという松永家の当主が亡くなったという事件があったからで、それ以前には全くといっていいほど知る由もありませんでした。



彼の母親は、六人部の分家を名乗っているようでしたが、実際には林家の出だ。


何を思って、彼女が六人部の名を出したのかは知らないし、そもそも何故、六人部が林家の娘の嘆願を聞き入れたのかも分からない。


だが、どちらにせよ、松永の家が銭を持っていることは確か。

私としては、その娘や小僧から、搾り取れるだけ搾りってやるだけだ。



そう、思っていたのだが………



「よろしくお願いします。」



最初に、挨拶して以降、この小僧、全く喋らない。

自分で喋らずに、青木と名乗る家臣にばかり喋らさせている。



「(この小僧、一体なんのつもりだ…?)」


これまでの間、手紙でのやり取りは多少していたのだが、今回が初対面。

向こうの思惑がいまいち分からない。


そもそも、あの手紙をこの小僧が書いていたという確証もないし、青木とかいうこの男が、主犯だという可能性もある。




そんな風に考えだしていた頃、唐突に話が持っていかれてしまう。



「25貫文の寄進を、向日神社様に行いたいのです。」と。



「そのような大金を……!」


25貫文といえば、一端の地侍の年収分だ。

そんな金額をパッと出せるほど稼いでいるとは到底知らなかった…。


「(これは、もっと絞れそうだな…)」


私が、そう頭の中で数字を弄りつつ話していると、多聞丸殿は「土地を借り受けたい」と、こちらに要求してきた。


25貫文もの寄進があったのだ、貸すくらいならどうということもない。

それも、水が使える場所であれば、休耕地で構わないというのだ。


両細川の争いのせいで、この辺りにも休耕地となった場所が増えた。

だが、それも、力無き者にはどうすることもできない。


今となっては、名を馳せた我ら向日神社も、日々の生活にさえ事欠く有様である。

松永の支援は、喜ばしい以外に言葉がなかった。


例え、多聞丸殿の計画とやらが失敗に終わっても、私らにはなんの悪影響もない。

成功すればしたで、収穫の上がる土地が帰ってくるのだ。


どちらに転んでも損はなかった。



「宜しいでしょう。しかし、あくまでも我らが社領。できるだけ大切に扱ってくださいますよう、よろしく頼みますぞ?」



そう言って、一言釘を刺しておく。

あくまでも、貸すだけだ。くれてやるわけじゃないんだぞ?という意図を込めて。




しかし、この取引が、まさかあんなことになるとは、この時の私は想像もしていなかった。

よもや、成功に転んでから、無理難題が飛んでくるなど、予想の範疇にはなかったのだ………。




────────────────────────────



◇松永 静音(林 静音):多聞丸の母


あの子が、普通のことは違う才知に溢れた子だということは、あの子が2歳の頃にはわかっていました。

乳母となってくれた者と共に、あの子を育てましたが、2歳になる頃には、すでにこちらの言葉を理解していましたもの。


だから、あの子が「酒に灰を入れて台無しにしおった!」と、夫にあれこれ言われていた時にも、私は何一つ注意などしてはおりません。

あの子は、神仏の子。


どこぞの神仏なのかは分かりません。

しかし、常の子でないことは確かなのですから……。



ですが、夫にはそのことが、まるで理解できぬようです。

時折、あの子についてのことで、話を振ってみるのですが、どうにも単に"悪童"だとか、"知恵のない阿呆"などという言葉が聞こえてきます。


一体、どこをどう見ればそう映るのか、私にはまるで理解できませんでした。


「この方は、いったいどこに目をつけているんだろう?」と思ったことは一度や二度ではありません。


あの子が、灰持酒という高級なお酒とやらを作った時にも、それを勝龍寺のお寺様の方にそれと知られずお知らせした時も、全てがあの子の思惑の通りに進んでおりましたのに………。



あの子が、勝龍寺のお寺様で学ぶようになったのも、あの子の誘導の賜物でしょう。

ですが、夫は何一つ気づいておりませんでした。


正直、この頃になると、呆れを通り越して、私は夫への関心を失いました。


あの子の作った灰持酒で、お金を生み出し、いわば、あの子のお金で贅沢をしているというのに、その意識がまるでないんですもの。

あれでは、頼り甲斐など欠片もございません。



折角の私との婚姻。

このお陰で、夫は西岡の一員となれているというのに、その意識を一片も持たずにいます。

いずれ、松永の家が排除される時が来るのではないかと、私は戦々恐々としておりましたの。



ですが、あの子が7歳になって帰ってきたあの日。

一夜にして、全てが変わりました。



どうやったのかは分かりません。

他の者は、誰一人思い至ってはいない様子でしたが、私には分かりました。


「あの子がやったのだ」と。


ですが、それでも構いません。

夫には興味もありませんでしたし、息子も、あの子と不動丸の二人もいるのですから。


それに、実家(林家)の伝手を辿って、向日神社との関わりも持てました。

何故か、あの子は、私のことを、「六人部家の分家の出」だと頑なに信じておるようなのですが……?



以前、「向日神社の神職である六人部の家とも繋がりがある」と言ったことが、関係しているのでしょうか……?


どうにも、それが勘違いの元になってしまったようです。

ですが、向日神社の方(神職)にも、一切訂正されぬままですし、まぁ、このままでもいいのでしょう。



必要とあれば、あちらから訂正していただけるでしょうし。

今となっては、あの子達だけが、私にとっての生きがいです。



「え?そこを取るの?!ちょ、ちょっと待って?もう一度、もう一度お願い!」



…………あの子たちだけが、生き甲斐なのです。

べちゅに……こほんっ………別に、白黒碁りばーしは生き甲斐じゃありません。


た、楽しいのは否定しませんけど………



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ご読了ありがとうございます♪

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