第64話:京南部開発と朝廷蔵入地計画
◇永正一七年一一月
惣追捕使の権利が与えられてから、松永家の活動はより活発になった。
とはいえ、領地が増えたわけではない。
領内の開発がより進んだ、といったところだ。
特に進んだのが、河川整備に風車水車の設置だ。
これによって、松永家の農作物の生産性はより増大した。
これまで、田畑に向かなかった地域でも耕作ができるというのは、領内に多大な影響をもたらすものだ。
「若様、昨年度までの収穫量が出ましたよ。」
「ん、ありがとう。」
どうやら、名田庄(納田終・坂本)、佐分利(石山)、薗部(子生・塩土・事代・宮崎)などの支配地域での収穫量が出たらしい。これは、昨年の収穫量だ。
こちらの地域に来て、そろそろ五年が経つ。
俺達のやってきた新しい農作も、その成果が見え始めている。
一応、俺たちが来る前までの収穫量との比較を出しておこう。
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収穫量(全ての食料で算出)
名田庄(納田終・坂本)
・2,200石→→→4,400石
佐分利郷(石山)
・1,200石→→→1,920石
薗部(事代・塩土・宮崎・子生)
・2,000石→→→3,200石
◇合計:9,520石
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となっている。
ここに、今年は新たに、丹後や和田地域、それに佐分利郷の他地域も入ってくるのだ。
純粋な農耕での収穫量だけでこれである。
一石が、成人一人を一年間養うに足るだけの量となる。
つまり、単純計算で9,520人が養えるわけだ。
だが、ここで大きな問題がある。
俺の領内にいる人間の数だ。
これが大体、2,500人ほどしかいないのだ。
つまり、食料としてだけでも、大きく余剰が出始めているのである。
ここまでの余剰が出たのは今年からで、昨年まではもっと大人しかったんだけどな。
「余剰食料が多過ぎるな……。七〇〇〇石か…。復興材料にでも使うか?これ以外にも一万石くらいの貯蔵があるしなぁ…」
何せ、食料は今年作られたものだけではない。
昨年やそれ以前に作られたものも、入れ替えられながら溜め込まれているのだ。
さらには、その他にも銭の貯蔵もある。
蓄えは、既に畿内を買い取れるんじゃないか?というほどに膨れ上がってた。
「やっぱ、これは投資に使うべきだな。まずは、京の復興だな。」
寺社への再建名目での資金投入は、既に幾許かを出している。
が、これも、一〇〇〇貫文程度。
ここにある食料を、全て消費するほどではない。
これを消費しようとするなら、もっと大規模な事業がいるだろう。
「そういや、東寺も伏見稲荷も勝龍寺も、全部南側だよな…?」
ついでに言うと、離宮八幡宮《大山崎》や石清水八幡宮も、南側だ。
さらに加えると、俺達が以前いたのも南側地域。
要は、京の南側地域の利権者が、この地には今集結していたのだ。
「確か、西岡も大分荒らされたて言うし、今なら、京の南側を掌握できるんじゃないか?」
松永家の名前での支配は、流石に無理だろう。
しかし、朝廷や自社の名目なら、これを正当化できるんじゃないか?と俺は考えたわけだ。
三好が、あの地域の利権者を荒らしまくり、管領の細川澄元が介入し辛いいまがチャンスだと、俺は考えたのだ。
「よし、やってみるか」
───半月後
土御門家と壬生・清原の連盟で、朝廷に京の南部復興計画の書面が提出された。
後ろ盾は、一色・土御門・松永、それと、東寺や伏見稲荷大社、石清水八幡宮などの大手宗教勢力である。
武力としての後ろ盾は一色が。
財源や精神的な後ろ盾は、各宗教団体が。
そして名目上の、権威としての後ろ盾を、朝廷に担ってもらうという、大掛かりな京南部地域の復興計画だ。
これは、三好之長の暴虐を受けて、管領澄元から譲歩を勝ち取る唯一のチャンスなんだと、近衛らに吹き込むことにある。
そうすることで、京南部地域の上がりを朝廷が握るのだ。
これまで、武家などからの献金に頼り切っていた朝廷が、自身で安定的な収入を得られるようになるのだ。
その利点は、朝廷の者からすれば、見過ごすことができないものだろう。
問題があるとすれば、初期投資には莫大な額がかかるということと、松永の『座』へと定期支出が発生するということだろうか?
「だが、認めるだろうな。そして、管理は各寺社だ。元々、それら寺社の土地だったんだ。朝廷も否定できやしない。」
さらに遡れば、朝廷の土地なのだろうが、管理できなくなって久しい。
そこへ、莫大な収入が入るから認めろと言うのだ。態々、歯向かうこともあり得ないだろう。
自分の懐へと入れようとする輩は出るだろうが。それも、近衛や他の五摂家が止めるだろうな。
やり過ぎて、この発案が止まることの方を恐れるだろうから。
「久秀。返事が来た。」
「で、どうだって?」
「京の南部。北限を九条通として、それより南の地域を朝廷の蔵入地として認める、とあるな。具体的な場所はここに書いてある。」
その書状を見ると、
▫︎洛南・鳥羽エリア:東寺(北限エリア)
▫︎深草・稲荷エリア:伏見稲荷大社
▫︎乙訓・長岡・向日エリア:勝龍寺・向日神社
▫︎山﨑・大山崎エリア:離宮八幡宮
▫︎男山・八幡エリア:石清水八幡宮
これらの中央部には、巨大な淡水湖である巨椋池が存在し、ここの水利権が各寺社によって分配されているわけだ。収穫については、各寺社が受け取った後、収穫の二割を朝廷が受け取る手筈となってる。
毎年、正確な収穫量とその割合が通達されることになっている。
その内の幾許かが、貸し付けた開発費用の返済としても使われるわけだ。
だから、完済されれば、もっと収入が増えることになる。
ま、戦が起きて、全てが焼ければ終わるってことでもあるがな。
だからこそ、朝廷はこの蔵入地を必死になって守らなきゃならんのだ。
「一度、銭が入ってさえくれば、京の者も理解するじゃろうが……」
「それまでは、どうなるか分からんな。」
「妨害は、されんと思う……」
「そうか?してくるだろうと思っていたが。」
「なぜじゃ?朝廷の蔵入地ぞ。流石にそこまではせんじゃろう。」
「そこでそういうことをするから、人間なんだよ。馬鹿は、どこまで行っても馬鹿なんだ。自分の都合のいいようにしか捉えん。恐らく、多少の妨害程度では変わらぬだろうから、などと考えて、ちょっかい掛けてくるさ。それで中断されても、初めからそのつもりだったんだろう!とか言って、こちらを責めてくるに決まってる。」
「な、なんと……そこまで愚かだと言うのか?流石に、それはなかろう?」
「だといいんだがな……。やらかす奴はやらかす。だから、警戒はいるぞ。五摂家の方々にも、キッチリ頼んでおいてください。」
「まぁ、頼むくらいならできるが…。主の思い過ごしであることを祈っとるよ。」
「思い過ごしなら、それでいいんですよ。悪いこっちゃないんで。」
「そうじゃの……」
こうして、京南部蔵入地計画は、本格的に始まった。
このことが、朝廷の安定化に一役も二役も買うこととなる。
そして、朝廷の安定化が、武家社会にも大きく影響し、後に、幕府の移転や畿内経済の活性化にも繋がっていくこととなる。
歴史が、大幅に書き換えられていくこととなった、歴史的分岐点となったのだ。
「これが、うまくいけば……」
「うむ。朝廷だけではない。当家の今後にも、良き流れぞ。」
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