第63話:惣追捕使の権限が与えられた
◇永正一七年五月
一色義清が、細川澄元の支援を受けて、丹後守護へと正式に就任することが決まった。
これを受けて庄五郎道三も、一色の一族だと認められることとなった。
ここまでは問題じゃない。
問題はここからだ。
一色家の丹後支配は認められたのだが、松永家の西若狭・高浜地域支配は、将軍と管領によって阻まれ認められなかったのだ。
当然、一色は抗議し、これに反発したのだが、管領からすれば、松永などという得体の知れない家に、この京に近い地域を委ねるなどあり得ないことだった。
だからこそ、一色もそれで一旦は引き下がった。
それに、だからと言って、今のような京の勢力図が不安定な時期に、管領が大っぴらに北方のこの地域に攻め込むわけにもいかない。それも、松永家の支持母体は、宗教団体が主体なのだ。
東寺・伏見稲荷大社・離宮八幡宮・石清水八幡宮・勝龍寺・向日神社………
多くの京が誇る有力寺社と、松永家は権益を結んでいる。
それらを武士風情が踏み躙ろうとするなど、あり得ないことだった。
この短期で築かれた多くの強い伝手は、将軍家への抗議活動にとても役立つこととなった。
松永家は、一色の後ろ盾でもあるのだ。
簡単に、この支配が霧散して困るのは、これらの多くの寺社だった。
もちろん、管領はそれを簡単には認めなかったが。
さらに、将軍家経由での話とは別口で、土御門家経由でも話を進めていた。
土御門の被官としての松永家の爆誕である。
土御門家からは、朝廷と献金が送られ、先ほども言った寺社らとは、新たに作り上げた『座』が存在する。
この『座』は、新農業を広める為の『座』で、それがある程度広まったのなら、未来日本のJAのように農家を支援したり貸付を行っていったりする予定の組織だ。
他の『座』とは異なり、収入面でのサポートも大きいので、寺社からも高評価である。
持続収入が期待できることが嬉しいらしい。
しかも、受け入れてくれた地域には、それぞれの寺社も建てられることが盛り込まれており、広まる余地しかないのだ。
最近まではこの座も、作りはしたが、まともに機能していなかったので周辺には知られていない。
それでも、中身は本物である。
さらに言うと、完全に農業全般が主本で、契約を結んだところからしか金は取らない仕様だ。
ついでに言うなら、契約を結んだ所には、新規開発の商品案内、なんてのも届くようになっている。
松永家の商品が、こういったところでも紹介されているわけだな。
『座』の開発した新農具を、自分たちで開発することも確かに可能だ。
他の大名やある程度の勢力を保有してるような連中は、そういったことを平気でするだろう。
だが、そういったものには、松永の商品が届かないのだ。
『座』との契約で手に入るのは、単純な新農法だけじゃない。
新しい農具や工具、大手の寺社との繋がりだってできる。
金を借りることだってできるし、"債権"という形で貸し付けることだってできる。
正直、全部を理解しているのは、松永家の者だけである。
契約した者の所には、寺社から人が送られてきて、契約分の土地を改良していくことになる。
湿田が乾田にされていき、中には暗渠が敷かれ、水路の改良だって行われる。
ここまで大きくやっていくからこそ、それだけ収穫量が伸びるのだが、それを理解していない未契約者が多かった。
だからこそ、単に農具の販売だけを行うことも行っているのだ。
大きく契約した農地は、今の所ほぼゼロだ。
何せ契約金が高い上に水路まで弄る為に、各地の村同士から、しっかりと同意を得ておかねばならない。
そこまでしなければ、こちらも改修工事なんてできないのだ。大掛かりな工事をするには、反対運動なんてされていては無理なのである。
けれども、実績は既に存在している。
松永の領地だ。
一色の丹後でも、今後行う予定だが、松永領で既に実績があることで、徐々にその話が広まりつつあるのだ。
何せ、松永領では、最低でも一.四倍。最大で二倍近い収穫量の増大がある。
それだけの増加を見逃すほど、人というのは甘くないのだ。
だからこそ、周辺地域にも「教えてやる」と言っているのに、久秀は頭を痛めている。
なにせ、教えろと言ってくる割に、契約に至る例がなさすぎた。
大抵の場合、「そんなことまでやってられるか!」で、終わりだ。
だったら、聞きにくるなよ!と、怒鳴りつけたい気分である。
そこまでやっているからこそ、収穫増加に繋がっているのに、馬鹿な連中だ。本当に。
「で、田蔵。陶磁器製作の方はうまく進んでいるか?」
「へぇ。土の選定も完璧ですし、窯にも問題は起こってやせんね。作った磁器も、なかなかのものができたと自負していやす。あと、陶器も作らせてやすが、こっちにも大きな問題は起こってないと聞いていやすね。」
「そうか…。俺の伝えた白磁器の方はどうだ?」
※白磁器→→→ボーンチャイナ
「あの骨を加えるって奴ですかい?いや、あれは凄いですよ!あの白さを出せるのは、ウチだけでしょうな。しかし……」
「ん?何か問題でもあるのか?」
「えぇ。絵がちょっと。」
「絵だと?」
「はい。アレだけの白さです。何かしら描いた方がいいんじゃねぇかと思いやして、色々と試させちゃいるんですが…」
「芳しくない、というわけか?」
「はい」
「問題となっているのは、どこだ?絵師がいないのか?塗料の問題か?それとも、全く別の何かか?」
「……そん中だと、絵師、ですかね?絵を描くだけならいるんですが、あの磁器に描くってのが難しいらしく、難航してまして。」
「絵師か……」
「絵を描ける奴はおりますが、皆、素人ばかりですから…」
「絵師に関しては、誰ぞに相談してみる。京の寺社連中なら、そういったものを知る輩も多いだろうしな。」
「へい。助かりやす。」
こうして、松永の白磁器における、絵師探しが始まった。
が、それも直ぐに終わる。
「いるぞ?」
「え?じゃ、じゃあ、当家に呼んでもらうことはできますかな?」
「構わん。」
伏見の羽倉家に話をすると、これがあっさり見つかったのだ。
探し始めてから、精々一刻程度である。スピード解決だ。
一月後にきた絵師は、名の知れたものではなかったが、有能だったそうだ。
こうして、松永の名器は、松永領から畿内へと少しずつ広がっていくことになる。
高級な白磁として……
────────────────────────────
「ちょっとよろしいですか?」
その日、土御門家の当主 有春殿から呼び出しを受けた。
「如何なされました?」
「実は、今、朝廷と松永の領地についての交渉を行っておるのです。」
「はい、そうでしたな。誠にありがたく。」
「いえ、それは当家にとっても利のあることですから、それはよろしい。しかし……」
「何か問題が?」
「献金の額に問題はありません。この度の献金での一〇〇〇貫文と今後は、『座』を通じて五〇〇貫文を投じて下さること、五摂家の方々にもお伝えしました。皆様、感謝されておりましたぞ?」
「はは、それは喜ばしいですな。朝廷の方々の感謝は、私めにとっても嬉しいことでございます。」
「ただ…、その対価について嘴を挟んでくる方が多くございましてな?」
「何ですと?今回の件は、当家だけでなく、京内の各寺社や、土御門・清原など多数の方々の意見もあってのことなのでは?それに口を挟んでくると?」
「はい…。」
「誰がそのような……」
「九条様と、管領様ですよ……」
「はぁっ?!管領様、は分かります。元は武田の土地でもありますからな。しかし、それも寺社からの意見があれば通るはずではありませんのか?それに、九条?何故、九条が朝廷を貶めるような意見を…?」
「貶めてはおらぬ。ただ、この辺りには九条の荘園も多い…。それが横領されるのでは、と恐れておるのやもしれぬ。」
「あ……荘園、荘園か。それは考慮しておりませなんだ。では、九条様へは毎年幾許かをお渡しすべきでしょうか?」
「うむ。三〇貫文ほどでよかろう。それ以上だと、余計なことを考え始めかねん。」
「なるほど…。多く渡せば良いというわけでもないわけですな?では、管領様には…」
「何もせずとも良い。一色の方より、説明がなされておろう。それに、寺社も後ろ盾としておるのだ。今の管領に何かできるようなものではない。口だけよ。」
「……そうですか。では、他は何も要らぬのでしょうか?」
「三条様へは、いくらか包んでおくべきだろうな。かの方は、我らの意見を通すために尽力してくださっている。見返りもなく、だ。」
「む……それはいけませんな。こちらから、幾許かお渡しいたしましょう。ただ、公家の方に渡す額の目安を知りませぬ。どの程度がよろしいのでしょう?」
「そうだな……多くとも二〇貫文でよかろう。それ以上だと多過ぎるわ。」
「そうなのですね…。最近は、稼ぎすぎており、いくらが良いのかが、イマイチ分からぬようになってしまいまする。」
「で、あろうのぉ…。万単位の銭など、お主と出会うまで見たことも…いや、見る機会があるとも思わなんだわ。くくくく…」
「既に、銭を作らねば、畿内から銭が消える勢いですからな……。正直、使える時に使っておきたくはありまする。」
「溜め込み過ぎて、畿内からなくなるか…。本当に瞬く間にそうなったの。京が解放されてから、未だ数ヶ月程度ぞ?」
「まぁ、それも仕方ありますまい。京が焼け野原になっておったのです。銭を溜め込むだけの余裕もなかったのでしょう。皆が皆、多くの銭を使いましたからな。」
「だのぉ…。特に、京の再建には、名田庄の地の建材も多くが使われたそうだ。そのこともあって、銭離れが強かったのであろうな。」
「はい。我らの蓄えておった建材や資材を、木材商がまとめて買取、大工へと発注、大工らも木材商も随分と潤ったのでしょうが、それらへと我らも商品を売りつけ、銭が回ってきたわけですな。さらに、自前で作る銭もある。京の再建事業は、誠に儲かりますなぁ…。」
「澄元も、三好めに随分と出させたようだぞ?内藤も六角家も、同じく出した様子だしの。我らだけが随分と儲けた形よ。多少は返しておかねば、恨まれてしまうわ。」
「ですな。土御門様もお気をつけを。京は魔境とも呼ばれますからな…。」
「…あぁ、分かっておる。だからこそ、恨まれぬよう色々と銭を撒いておく必要があるのだ。」
「上だけを見れば良いわけではありませぬぞ?下の公家の方や、同格の公家の方にも、同じく見返りは渡さねばなりませぬ。それも、できるならば対等な対価という形で。」
「取引でもしろと?だが、そこまでの必要があるのか?」
「ありまするな。あと、どうせなら、各家の日記買取事業でも行いましょう。もちろん写本で結構です。それによって、図書寮の再建も行えばよろしい。ただし、これに関しては、朝廷か御摂家の名で行っていただくべきですな。土御門家が行えば、恨みを買う恐れも強うございます。」
「図書寮か…。悪くないな。無用に集られずに済む上に、知識を溜め込むことも可能なわけか。将来への布石ともなりうるぞ?」
「えぇ。ただ、公家の方には、完全に解放すべきでしょうな。でなくば、土御門家が、乗っ取りを企てているとも思われかねませぬ。」
「……それは、そうだろうな。だが、家の知識を公開すること、そのものが嫌がらぬか?」
「その可能性もございますな。しかし、だからこその買取と、朝廷の名での図書寮再建です。それと、公家に解放することで、家が潰える可能性を無くせるというのは、極めて大きい。そうではありませぬか?」
「…………そうだな。当家も下手を打てば、無くなりかねんかったのだ。理解はできる。」
「当家から銭を出し、図書寮を再建、しかも、名を朝廷に譲ることで、朝廷から、土御門の家を守ってもらえることにもなると思うのです。」
「他の公家の恨みからか?」
「えぇ。名を譲るということには、そのような利点もございますから。」
「実利と名か……。」
「はい。実利は商売でも取りました。あとは、"家を守る・家を残す"という利も手に入れねば。」
「そうだな…。よし、それも含めて、九条様や近衛様に頼んでみよう。名は、朝廷内で残れば良い。我は安倍晴明の血を継ぐ、土御門家の当主。朝廷あっての土御門だ。」
「はい。やりましょう。松永の領地を認めさせ、九条様や三条様、近衛様らの協力を得る。その上で、地下の方々の救済も行っていく。それも、無理に名を売ろうとせずに。」
「くくくくく…誠の聖人君子になるわけか?」
「ふふふふ…、はい、そうなりますな。」
「実際には、実利も多く得ているというのに、か?」
「えぇ。」
「はははははははははっ!それはいい!それはいいな!愉快だ!」
「ふふふふふふ、でしょう?あとは、土御門家や松永家なしに、ことは運べぬ、とそう思わせてしまえば完成です。当家は、恩を売る。銭を渡すだけでは、決して得られぬモノを得るのです。」
「恩……か。銭に困ってはおっても、銭を渡すだけでは感謝などされぬ、というわけか。人というのは、誠に度し難いな。」
「我らもその人ですよ。一筋縄ではいかぬからこそ、人の世というのは、やりがいがあるのでしょう。」
「ふふふ、だな。恩を打っておけば、後々にも役立つだろう。単に、土御門の技を浪費するだけの輩も、いずれは黙らせられるやもしれん…。」
「そうなるかも、しれませんな………」
土御門有春と松永久秀の話し合いは、一昼夜にも及んだ。
だがその中身は、表に出ることなく、彼らの中にのみ残ることとなった。
だが、この日を境に、土御門家からの朝廷工作が強まり、松永家が惣追捕使の補任状や一国平均役の免除権限などを、主計頭の官位とともに与えられたのは確かだ。
土御門家そのものの名が、大きく広まることはなかったが、それでも、松永の家と共に、朝廷内での土御門家の影響力が強まったことは確かである。
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