第62話:京の安定と商売が始まった
◇永正一七年二月
京は、三好が細川澄元に降伏することとなり、安定を取り戻していた。
六角家と内藤家が、京の守りを担当し、三好家は完全に京からは排除されていたが。
それでも、管領の澄元は三好を完全に潰そうとすることはなく、自身の子飼い戦力として残していた。
之長が隠居させられ本国に押し込められることとなったが、それでも元長と三好の重臣らが統制を行い、摂津での勢力をかろうじでだが、保ったのだ。
澄元としても、内藤や六角家とは繋がりが薄い。
三好と、一度は敵対したとはいえ、それは之長がやり過ぎたせいでしかなく、澄元本人としては、今後も三好家を背後に置きつつやっていきたいと考えていたのだ。
三好自身も、之長の行いに賛同する者らばかりではなく、畿内の国人らが瞬く間に離れゆくのを見て考えを変えた者も多い。
しかし、一度は敵対した澄元の配下としてやっていこうという者は、多くなかった。
それでも、元長が澄元の配下として働いていこうと考えたのは、それ以外に三好の名を回復する方法が見えてこなかったからだろう。三好家は、畿内の空気を吸い過ぎた。
畿内での栄誉というものに、三好家の多くの将兵が吸い寄せられていたのだ。
単純に言うなら、また四国の田舎で細々とやっていきたいという者は、少なかったのである。
之長の略奪劇は、三好家に多くの夢を見せたのだ。
それが、結果的に三好家を畿内から離れられなくしてしまっていることに、多くの将兵が気付かないままだった。
……いや、気づいていてもやめられなかったか。
「何にせよ、これで京での商売が再開できますね。」
「あぁ、ホッとするよ。稲荷や東寺、八幡宮の面々も、残ってくれる者と帰る者に別れるそうだ。とはいえ、どこも再興の目もないままだからな……。ウチが収益の大半を、あれらの寺社の再建に充ててやるつもりではあるが、それだけでは覇権を握れんだろう。」
「はい。ですが、他の者らより、一歩も二歩も前に出られます。六角家どころか、管領さえ文句は言えないでしょう。」
「うん。それはそうだろう。何より土御門と松永、一色という三者の連盟での再興だからな。これで、松永の名も上がる。」
「えぇ。最初は、両家の影に隠れるかもしれませんが…」
「最初の一歩だからな、それは仕方ないさ。それに、こちらは商売をするだけだ。以前までと違い、彼方にとやかくされるような勢力ではないからな。」
「鉄も手に入るようになりましたからね。まだ小規模ですが。」
「あまり強度のある鉄製品は作れないんだがな。それでも、無いよりはマシだからな。」
「…そうなのですか?」
「あぁ、他国と比較すると、日の本の鉄は強度があまり無いんだよ。」
「鉄が…?そうなのですか?」
「そうなんだよ。だから、もっと質の高い鉄がいるんだけど…。」
「それは、どこに…?」
「奥州は釜石だな。ま、将来の話さ。今はまだまだ無理。それに鉄以上に銅やガラスを用意しないとなぁ…。」
「銅は分かりますが、がらす?ガラスというのは何です?」
「水の如く透き通った鉱物かな。これを作るだけでもかなり大変なんだ。だが、売れるし使える。役立つことは間違いないんだよ。」
「水晶…みたいなものでしょうか?」
「んー、違うがまぁ、そんなものとして想像してくれていいな。これがあれば、やれることは多いんだよ。ただ、純粋な珪石がなぁ…。」
「無いのですか?」
「いや、あるんだが、丹後なんだよなぁ…。しばらくは、少量ずつ輸入するしかないな。」
「あの、他を探されてはいかがです?丹後は、統治に時間がかかるでしょう?いざという時採掘できないということにもつながりますが…。」
「それも考えたが、他の取れる地域といえば、遠方か、あるいは若狭武田か朝倉の領地なんだよ。問題は朝倉にこれが知られることだ。俺がいない限り作れない!と、そう言えればいいんだが、そういうわけでも無いしな。原料を知られれば輸入規制…あー、荷止めされることもありうる。」
「……………荷止め、されるでしょうか?」
「さてな、分からん。だが、値の釣り上げは間違いなく行われるぞ?あの連中に採掘場を荒らされるというのも癪だしな。」
「若様、本音はそこですか…?全く。」
「仕方ないだろ!朝倉に採掘場を荒らされて、貴重な資源が失われでもしたらどうするんだ!嘆かわしい!全くもって嘆かわしいことだぞ、これは!」
「これさえなければ…、(最良の良い主君なのですが……。いや、悪い方というわけでも無いですが…。)」
「なんだ?何か言いたいことでもありそうな面だな。……まぁいい。ともかく、丹後の統治には、こちらも全力を尽くすぞ?あそこを統治できれば、新たに作れるようになる資源も多いんだ。やれることはまだまだ在る。人手ももっといるな……。」
「京が復活したことで、収入も倍増ではきかないほどに増えると予想されます。その辺り、使い途は考えておられるのですか?」
「あぁ、もちろんだ。何よりもまずは、寺社だな。今後も協力してもらうアイツらには、それぞれの再建費用を出してやらねばならん。それと、教育施設だ。教師陣にもっと金も支払う。他にも、集まってきている銭の再鋳造に、製鉄所の整備、製紙工場の増設、娼館設置と整備に、医療施設の建設……あとは…」
「ちょ、ちょっと待ってください。………そんなにもすることがあるのですか?」
「もちろん、一気に進めるわけじゃないが、それでも早いうちにやらなければならないものだけで、これだぞ?特に、娼館の設置と医療施設については、適任が見つかり次第すぐにでも、だ。今のままだと、領内が荒れるからな。というより、既に荒れ始めている。お前も、悪所に関しては聞いてるだろ?」
「えぇ、それは聞いておりますが……。し、死人が出ますぞ?というより、私めが死にます。」
「大袈裟な……と言いたいが、九郎、お前の懸念も理解しているよ。だからこその教育施設なんじゃないか。君には教育の重鎮、代表として立ってもらう。そして、ドンドン使える人材を教育していってくれ。その分野を完全に委任する。それが上手く回っているうちは、別の仕事も振らないよ。それならどうだ?」
「………………いいでしょう。」
「うん、じゃあ頼む。しかし、こういうのって、もっと従順に、みんなが働いてくれるものなんじゃないのか?」
「若様の影響でしょう。効率効率と、よく仰っておられるでは無いですか。」
「いやいや、効率とこれは関係ないだろう?」
「いえ、関係ありますよ。大体、若様が様々な娯楽品、でしたか?そういうものを出しておられるでしょう?それらを楽しむために、皆が効率重視で働いておるのです。つまり、余暇を楽しむためですな。今や効率という言葉は、如何に手抜きするか、ということにも繋がっておりますぞ?その辺り、今少し注視していただきたい。」
「…手抜きだと?はぁ…、監査役は?機能しているよな?」
「えぇ、点検と作業の"まにゅある"化?でしたか。それを実施しております。分業と仰っていたものも実施し、今や、近隣の職人衆からは、異端や異形の化け物工房だと恐れられるほどですな。」
「え…?そこまでか?嘘だろ?」
「嘘ではございませんぞ?実際に、他所から流れてきた職人が怯えておりました。子に継がせるべき技術が無い、と。」
「いや、知識だけでも十分継がせられるだろ?怯える要素なんてないだろうに…」
「はぁ…そういうところが、久秀様が恐れられる理由ですぞ?皆、そこまで頑丈にはできておりません。急な変化に、手は追いついても、心が追いつかないのです。その職人も、なんとか立場を確保して、子の為に残してやれるモノを、と踏ん張っておりました。今のままでは、彼らの心が折れた時が心配なのです。」
「技術の継承、ね。子に継承させられないことへの恐れかー…。難しいことを言う。」
「何もお考えはないのですか?」
「いや、あるといえばある。財産を残させることを考えている。それと、公家のように書物の形で残す方法もあるな。一家の秘伝として、ある程度は保全できればいいが、秘匿が過ぎるのも困るんだ。こっちとしては使える技術は広く使ってもらいたいからな。」
「む…、それは、そうですな。一職人だけでやっていけるほど、当家の商売は手狭ではありませぬからな…。」
「だろう?その辺りの機微は、なかなかに難しいからな。だが、一時使われない程度で散逸されるというのもの困るんだ。後々使われる技術、というのも考えられるからな。……やはり、書物か?」
「書物というのは悪くありませんな。良き案かと。しかし、識字が……あ、あぁ、もしや、それも私が………?」
「…………頼んだぞ?」
「う、嘘ですよね?わかさま……」
「頼んだ。教育大臣、松宮識尉九郎《まつみや しきのじょう くろう》」
「何ですか?何なんですか?その名前……苗字と役職をくれてやるから、やれってことですか??領内の子供や孤児達だけじゃなく、大人たちにも授業しろってことなんでしょう?今いる教師の数って一〇〇人程度なんですよ?それも、全てを教えられる者なんて、片手で数えられる程度しか……」
「大臣、君にならできる!任せたよ!!」
「何なんですか!大臣って!そんな訳のわからない役を付けられても、人にはできることとできないことがあるんですよ!私だって孤児の出身なんですよ?!孤児が、領地の全ての人間にモノを教えるって何なんですか!無理ですって!」
「あ、そう言えば、九郎。桜の婚姻について母がまとめて来たぞ?」
「…聞きましょう。」
「最初は、俺の側室辺りがいいのかな?と思ってたのは知っていると思うが、光念が還俗するからな。光念の嫁にどうか?と、母上がな…。」
「光念の?彼ならよく知っていますし、悪くはありませんが…。光念はどうするのです?還俗した後は?収入もない者には嫁がせられませんよ?」
「問題ないよ。光念は、君の部下として付いてもらうし。」
「え!?本当ですか?新しい教師を付けてもらえると?!」
「光念なら、やり易いだろう?昔馴染みだし。んで、光念には婿入りしてもらうからな?お前の松宮家に。」
「それは構いませんが…。松宮家って、結局何なんです?」
「ん?特に何もない、勝手に俺が創設した家だが?松永の下に付ける家だから、同じ松で、と思ったに過ぎないよ。だが、相応に大きくなってもらわないといけないからな。お前と桜に加えて、光念もつける訳だ。あと、お前にも嫁が来るからな?」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。得竹の娘を一人な。あ、下の娘だぞ?よかったな。一応は武士の家系だ。」
「下の…?あぁ、あの方ですか。」
「会ったことあるのか?」
「えぇ、何度か。整った容姿の方ですよね。分かりました。どちらも問題ありません。」
「なら、頼む。ふぅ…これで少し肩の荷が降りた。」
「私は、肩の荷が増えましたがね……」
「必要なんだから仕方ないだろ……」
「それは理解していますが…。」
「なら、諦めろ。俺もお前も。いつか野垂れ死ぬだけの運命だったんだ。それが、何を間違ったかここまで来た。なら、突っ走るだけだろ?」
「若様なら、一人でもここまで来られたと思いますがね。」
「いやいや、それはない。あったとしても、勝龍寺に飼い殺しにされるか、大内辺りで飼い殺しになるかの違いくらいだろ。そんな未来しかなかったさ。宣賢様といい、お前といい、随分と助けてもらってるよ。」
「……そ、そうですか。ありがとうございます。」
「はははは、ありがとうって言いたいのはこっちの方だっての。だから、これからも乗り切るぞ?老後くらいは、ゆっくり過ごしたいしな?ははは……」
「笑えませんよ、それ。」
二人は、部屋に積み上がった竹簡や書物を眺めながら、話し合う。
苦労の連続だが、少しでも前に進めているはずだ、と言い聞かせながら。
松永家からは、今日も灯が落ちない。
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