第61話:丹後支配は順調に進んでいた
◇永正一七年一月
松永道三と一色義清の軍は、ついに丹後支配に成功した。
とはいえ、逸見・延永の連合軍に勝利した後は、ほとんどが残敵掃討でしかなかったようだ。
武田元信に反旗を翻した逸見の当主、国清は既に押し込められており、逸見貞直がその地位を継いでいたようだ。
歳の頃は、二七歳。
朝倉侵攻の際に、殿で戦い続けた猛将……だそうだ。
その男も大谷山の戦いの後、あっさり降伏し、道三らの軍勢は、余勢を駆って丹後にまで進軍したそうだ。
そのままの勢いで、首を奪った延永の領地を掌握。
一色義清は、丹後支配者に返り咲いたらしい。
道三も、正式に松永庄五郎道三から、一色庄五郎道三へと名を変えることとなった。
一色の一族として、正式な通達が丹後内に広められたのだ。
当然、反発もあったが、表立ってそのようなこともできはしない。
これまで義清の身を助けることさえしなかった者が、何を言うのだという話である。
丹後守護として、一色義清が最初に出した命は、丹後国人への人質提出である。
まぁ、これは当然だと受け入れられた。
そもそも、これまでにも一色九郎に対して人質は出されていたし、義清も、「幼少の次期当主を差し出せ」とは言わなかったからだ。
………ただ、「当主の子か孫を出せ」とは言ったようだが。
これに対し、重臣の子を出してきた連中は、すぐさま粛清された。
当たり前だし、それに反発する者もいない。
延永の一派も、担ぐべき者がすでに義清しかいない為に、協力的だったらしい。
現状担いでいる我ら松永家も、延永に比べれば大きな勢力とは言えないのだ。
しかも、丹後国人ではないときた。
ここに、延永一派は、付け入る隙があると見て、協力的に活動をしているらしい。
そんな思惑など、義清も道三もお見通しなのだが、有力な者が残されていない延永家の者には、理解できないらしい。
かつて義清を担いでいた石川家の者も、既に粛清されて残ってはいない。
だからこそ、こちらも戦力の補充として、この延永の一族は使い勝手が良くて助かっている。
あぁ、そうそう。
降伏した逸見家の一族は、全員を生かしたまま山名との国境沿いに国替させてもらった。
松永家から丹後宮津までの道中に、反抗的な勢力が残るのは困るからな。
丹後の国人達も、時間を掛けて取り込んでいく。
その為の第一歩が、この人質なのだ。
この時代、当たり前にある人質制度だ。
それを、嫡出子や重要人物の子供といった指定をせず、非嫡出子でも可とした点にこちらの温情がある。と見せたのだ。
こちらは、延永とは違う基盤の弱い勢力だ。
無茶な要求をし過ぎてしまうと、国人達も離反する理由になるし、新しい一色の当主を掲げたり、山名に与したりと離反する者も増えてしまう。
だからこそ、最初の一手は温情を示し、緩い当主だと知らしめる必要があったのだ。………表向きは。
もちろん、実際には異なる。
しかも、これらの集められた人質達は、宮津の城から松永の領地へと時間をかけて送られ、そこで教育を受けることとなる。
向こうにとって重要でない子を指定させた、というのがポイントだ。
非嫡出子や重要な子ではないことで、向こうは人質の安否確認さえ怠ることになる。
もちろん、熱心に確認しようとする者や、重要人物の子を送ってくるような義清の信者も現れるかもしれないが、そういった者は逆に信頼できるからこそ、実情を教えればいいし、刃向かうなら討ってしまってもいいのだ。
何にせよ、こちらが行うのは、"教育"である。
未来日本人はいまいち理解していないが、教育とは洗脳である。
教育を行う者、行わせる者の理屈を、教わる者に押し付ける行為だ。
簡単に言おう。
これらの集められた幼少の子ども達は、松永家に送られ、松永家の理屈で動くパーツへと変えられる。
松永家が至上であると脳内に刷り込み、当主の松永久秀が一番素晴らしい支配者であるということを、彼らの心にも思考にも植え付けていくのだ。
俺が単なる子どもだったなら、そういうことも難しいかもしれない。
しかし、教えるのは俺の手足として働いてきた元孤児達である。
もちろん、俺が教える部分もあるが。
無用な差別意識は持たせないし、そういったものを持つ子供は矯正していく。力づくで。
今後の統治には、そういったことも必要なのだ。
人が社会を作るというのは、そういったことの繰り返しで行われてきたんだ。
「教師の暴力が」なんてのは当たり前である。
言葉だけで全てが解決すなら、戦争も起こらないし、人間関係の諍いなんてあり得ない。
それに、教えられる相手は、相応の立場の子供達だ。
非嫡出子である子供達だって、孤児だった子達よりは遥かに立場が高い。
だから当然、最初期は反発の連続だった。
それも、暴力で鎮圧したようだけどね。
一年も教育すれば、そこそこは仕上がるだろう。
それも、付きっきりで、娯楽だって多い家がここなんだ。
彼らの実家よりも、居心地が良かったりするかもしれない。
こうして、一色家は、人質から順に国人らを取り込んでゆくことを始めた。
松永家を主体に……。
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◆一色家
「で、国人達は、全員が人質出したのか?」
道三は今、義清の義息子として、一色の一族として、徐々に時間を掛けて立場を築きつつある。
史実と違い、強引に国主としての地位を奪うようなこともない。そんな意味がないからだ。
上に立つ者も馬鹿ではないし、そもそも、奪うメリットそのものがない。
だからこそ、本当に一歩一歩、自歩を築いていた。
「いや、流石に全員というわけではないな。だが、大半が出しているようだ。まとめさせたが、延永も朝倉との敗戦後は、大分衰えていた様子だったからな。特に、南や西の国境付近が酷い。ほとんどの奴らが送ってきていないな。西は山名を宛てにしているんだろうが…、南は内藤だろうからな……。同陣営になる内藤相手には無茶は言えん。」
「内藤か…。これまでがこれまでだからな、強くも言えんわけか。」
「あぁ。それに、彼方も無理に勢力を集めているわけでもない様子だしな。こちらに伸ばそうとするくらいなら、今は南に伸ばす方が楽だろう?」
「そう言えば、三好に勝利したんだったか?」
「らしいぞ?といっても、当主の之長を孫の元長が隠居させた、といった方が正しいがな。」
「で、結局三好は、京から撤退、というわけか。楽ではなさそうだが、元長とやらは優秀なのか?」
「さてな。之長の影に隠れ過ぎていて、まるで情報がない。ただ、之長を引退させるだけのことはできているんだ。それなりには優秀なんだと思うぞ?」
「ふむ……。」
「ん?何か気になるのか?」
「…………いや、優秀だとしても、畿内での評判を覆すことは無理だろうなと思ってな。」
「……それはそうだろうな。というより、僕の思いつく限りは不可能だろうと思う。少なくとも、三好である限りは。」
「だが、三好の名を捨てることもできんだろう?それに、管領が手放すわけがない。」
「あぁ。澄元殿にとって、三好は手中の駒だ。手勢と言ってもいい。これまでは之長がやり過ぎていたために敵対する他なかったが、これからは違う。三好も、畿内での評判を覆す為にも、気張らざるを得ないだろうね…。」
「ま、どちらにしても、京は争いから解放されたわけだ。それだけでも十分に利があるだろう?」
「ふふ、そうだね。久秀くんなら、これを機にどこまでも稼ぐだろうなぁ…」
「武士に在るまじき商人侍だからな、アイツは。俺よりも商人してやがるぞ?はははは」
「山﨑屋として名を馳せた君にまでそう言われるとは、彼にとって誉なのかな?ふふふふ」
「そりゃ、そうだろうさ!何せ、俺の息子でもあるしな!」
「おや、ということは僕の孫かい?この歳で、もう孫ができたってことになるのかな?」
「優秀な孫ですよ?義父上。くくくく!」
「そうだね。ははははは!」
「「あーはっはははははははは!」」
二人は笑い合いながら、久秀について語り合う。
その久秀が、実際に京を舞台に金銭の巻き上げを続けているとは露知らず、彼らも丹後の支配を順調に続けているのだった。
「くしゅっ!………風邪か?鼻が……。」
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