第06話:葬儀が行われた
父が亡くなったことは、隠蔽される間もなく、瞬く間に周囲へと広まった。
その動きの速さは、まさしく駿馬の如くであった。
そのお陰、いや、そのせいで、松永家の者達は、すぐにでも新たな当主を立てる必要に迫られたのだ。
「………では、次の当主を、ここにおる多聞丸にする。皆、良いな?」
集まった松永家の者達が、渋々といった表情を隠すこともなく頷いてゆく。
この者達にも、多聞丸の悪評が届けられていたのだ。
だが、実際に相対した者の中には、その悪評を疑問視する者もいた。
しかし、ほとんどが多聞丸と接したことがあるだけの下層の家臣。
松永家の上層を占めている家老衆にとって、多聞丸は悪童でしかなかったのだ。
そして、その評価は、彼らが死ぬ時まで変わることはなかったのである。
「では、陣代は、兵部丞に任せる。」
兵部丞とは、多聞丸の叔父である。
当主だった父の弟だ。
一族の長老らは、僕を当主にすることそのものは認めざるを得ないとして諦めた。
これは、勝龍寺との取引のこともあり、勝龍寺側の僕、多聞丸を廃する為の根拠を用意できなかったからだ。
松永家内では悪評があるとはいえ、なぜか勝龍寺側の心象は高く、しかも松永家の嫡男なのだ。
これを無用に除いてしまっては、勝龍寺側に不信感を与えることとなってしまう。
そのような愚行を、彼らには犯せなかったのだ。
「陣代の松永兵部丞長利《まつなが ひょうぶのじょう ながとし》と申す。以後、よろしく頼みまする。」
叔父はそう言って、一族と勝龍寺の僧達に向けて挨拶を行った。
「(あー、完全に実権を奪って僕を傀儡にするつもりですね。予想通りすぎて萎える……)」
僕は一族からも当主として認められず、単に置き物として座っているだけの存在として扱われるのでしょうね。
ここからは、暗闘パートに突入というわけですか……。
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葬儀も終わり、僕の当主就任式も済んだ。
叔父の陣代就任も、だ。
勝龍寺側の芳栄様らと、松永家の取り分交渉についても終わったようだ。
当然、僕には名一つ知らされないままに終わった。
すでに、僕は置き物扱いのようだ。
「(ま、それならそれでいいのです。始末すべき連中がよく分かった。これで今は満足しましょう。)」
父殺害を計画した当初から、僕はこの展開を予想していた。
当然だが、齢7歳の幼児に実権を与えるような愚行を、普通の者は犯さないのだ。
如何に、優秀であろうとも、である。
「では、そういうことで。こちらからも、何人か派遣させてもらう。武に関しては関わらぬ。が……」
「商売に関しては、こちらの当主殿を介して、ですな。分かっておりますとも。」
結局、聞き齧った情報だけでいくと、当主と陣代は完全に分かれ、当主は松永家の商業部門を担当するということらしい。
この時代の文官は立場が低い者らの集まりだ。
要求や仕事が多い割に、見返りも少なく減らされる役職……。
そこへ、僕を押し込んでおこうという魂胆なのだろう。
松永の者らも、勝龍寺の者らも、一切合切、僕の都合なんて考えてさえいない。
双方ともに、自分たちの利益のみを追い求めているだけだ。
いずれ、松永家の老害を全て排除してでも、完全に家の実権を取り戻さなければならないのだろうが……
「こんな、物分かりの悪い連中を味方に引き入れてもな……」
正直、下働きを引き入れた方がマシ……いや、そうか。
「別に、武士が味方である必要なんてないじゃん。」
僕は、松永家から引き込む味方を、武士から、奉公人へと変更した。
奉公人や下働きであれば、金で寝返ってくれるからだ。
それに、金銭価値を知る、という意味では、これ以上の者達はいないだろう。
変に儒教の商業蔑視思想に染まって、商業活動を下に見る武士達よりは、はるかに扱いやすい。
そう考えると、一気に目の前が開かれたようだった。
これでイケる!僕はそう確信した。
思いの外、見切り発車で行った父の殺害だったが、なんとか軌道修正はできそうだ。
前世で、農家兼作家をしていた身としては、略奪主義で奪っていくしかしない武士達を見ていると、前世の政府や農協を思い出すのだ。
前世より、はるかに酷いが。
今の時代だと、「奪うのは当たり前、農夫は畑から生えてくる。」
そんな言葉が、当たり前のように武士達の脳には刻まれているんじゃないか?とさえ思うほどに、下層民に対する扱いが低い。
育てる大変さを知る者が少な過ぎるのだ。
育てる大変さを知っていて、それを実行できる者は、この時代だと天才扱いである。
それか変人。
だからこそ、商業利権を勝龍寺が握ってくれたことは、僕にとっては朗報だった。
すでに、芳栄様との交渉権さえ得ている僕からすれば、金銭面におけるフリーパスを得たようなもんである。
早速、芳栄様と宣賢様に話を通し、新たな商売チャンスやその開発への協力、そして取り分の相談についても乗ってもらった。
数時間ほど話し合い、最終的には利益折半、開発費は松永家持ちで勝龍寺は販売協力を行うということになった。
そして一番重要な部分。
松永家の文官業の部分でも、勝龍寺からの出向という形で、人員の受け入れを行う旨を約束させた。
「九郎、当主になったぞ。」
僕はその日の晩、正式に九郎と桜を僕の直属として迎え入れた。
九郎は、僕の馬廻として。
桜は、僕の侍女、世話役として迎え入れた。
「これから、よろしく頼むぞ?九郎、桜」
「「はいっ!」」
こうして、僕の松永家当主としての活動が始まった。
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◇永正12年(西暦1,515年)
当主となったことで、僕にも使える配下が増えた。
勝龍寺からは、宣賢様と光念が送られてきている。
まずは、といった選択で、今後、もっと他の者も送られてくる予定だそうだ。
この者らの雇用費も、こちらで持つように、と伝えられている。
これに関して、僕は反論しなかった。
向こうは、費用を削減しようとしたつもりなんだろうけど、こっちとしては金銭の源を握れるようなものだ。
断る理由がなかった。
その辺り、芳栄様は詰めが甘い。
……いや、もしかしたら敢えて、かもしれないな?
芳栄様の思惑は分からない。
しかし、こちらに都合がいいことは確かだし、そのまま利用させてもらうことにしよう。
こうして、僕の当主業が始まった。
だが、それも前途多難………
なぜなら、僕に渡された権限は、とてもとても少ない。
それは、僕が使える資金の少なさをも表していたのだ……。
「とほほ…、松永家の当主なのに、僕の使えるお金はたったこれだけなのか……」
僕は、手元にある2貫文の銅銭を見つめつつ、その少なさを嘆いた。
とはいえ、現代通貨に換算すれば、二〇万円程度の価値はあるのだが……。
「当主が使えるお金が二〇万円ぽっちじゃぁなぁ……。」
幸い、家の資材に関しては、制限がない。
そのため、裏の真竹林や、領内のゴミの類であれば利用が可能であった。
当主としての評判を気にしなければ、だが。
「面倒極まりないよね…。まぁ、竹炭辺りから作っていくかなぁ。」
そうして、僕の活動がはじまった。
僕はまず、当主邸宅にいる奉公人や下働きの者らを集め、その者らに仕事を言い渡した。
もちろん、報酬付きの仕事だ。
「で、君たちには竹を集めてもらう。それに、貝殻も。取ってこれるだけ、拾ってこれるだけ集めてくれ。数に応じて給金を払うよ。」
「へ、へい!」「ありがてぇ…」
邸宅には三〇人ほどの奉公人らがいる。
そのうち、諸用に使えるのが一〇人ほどだ。
それ以上使ってしまうと、家の中の仕事に支障が出る。
しかし、僕からの仕事は、しっかりと給金が出るので好評のようだ。
この時代は普通、給金など出さない方が当たり前だったからだ。
「しかし、これだと重労働になるな…。新しく孤児達でも集めるか?」
孤児を集めることも考えた。
考えたのだが、今はまだ先立つものがない。
金が足りないのだ。
雇うにせよ。養うにせよ。
金や物資は必要不可欠だ。
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