第56話:三人で話し合った。驚かれた……
◇永正一六年三月
◆名田庄坂本 松永邸
俺達は、順調に領地を発展させていた。
とはいえ、昨年から、全くと言っていいほど領地の拡大はない。
ただ、高浜の宮崎も和田も、その両方が今はおとなしい。
こちらの発展具合を見て、占領ではなく交流を、というふうに方針を変えたようだった。まぁ、こちらの断続的な襲撃も、理由にはあるかもしれないが。
昨年から道三が行っていた、幾度とない襲撃は、高浜の宮崎と和田。双方の国人らを衰退させ、今では見る影もないのだ。
各々の屋敷は荒廃し、領内も焼け跡がいくつも残っている。
道三が、襲撃のたびに「武田に逆らった逆賊への報復だ!」と、周囲に声高に叫んでいるために、それらの国人に従う方がダメなんじゃないか?と、領内の農夫らも協力をとり止めているのだ。
お陰で、国人らは己らの一族のみで戦働きをせねばならなくなっている。
挙句、税収もまともにとって来られず、日々の生活もままならない状況だという。
そろそろ、この辺りも収穫時か……と感じるが、それはそれで逸見や武田と領境を接するのだ。安易に判断はできない。
俺は、二人に相談するために、坂本に建てた松永邸で待っていた。
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「で、我らに相談というのは?」
道三が、最初に口火を切った。
「宮崎と和田のことよ。いい加減、当家に組み込むべきかと思うたのだ。」
「態々、我らを呼び出すほどのことか?それだけなら、とっとと組み込んでしまえばよかろうに。」
「…………いや、武田と一色の事を考えておるのか?」
道三としては、組み込むならさっさと組み込めばいいという考えのようだ。悩むほどのことではない、と。
しかし、義清の方は、武田と一色……延永や逸見への配慮がいると考えているらしい。この返答だけでもそれが分かる。
「義清の言うとおりだ。双方の領地と接した場合、どこまで我らは戦える?万が一、逸見や武田、両方と同時に戦わねばならなくなった時、我らはどうするのだ?その辺りを詰めておきたくて呼んだのだ。」
二人が納得したかのように頷く。
実際、両方の土地を取るだけなら容易い。
しかし、その両方の土地を俺たちが獲った時、武田や逸見がどう反応するのかが分からなかった。
現状、一色義清の名で領有している以上、武田も逸見も、過剰に反応する恐れがあったのだ。
今になっても手を出されていないのは、昨年の飢饉があったからだとも考えている。その影響が無くなるだろう今年。
そこが、俺たちにとっての勝負の可能性が高かった……。
「獲るべきだ。というより、獲るしかなかろう。」
「獲れば、両家を逆撫でするのではないか?」
獲ったと瞬間、敵が兵を出すということも考えられる。俺はそこを恐れていた。
「どちらでも同じよ。こちらでその時を制御できる分、こちらから攻めた方がマシだ。最悪、どちらかと戦っている際に和田から宮崎が盗られるだけよな。」
道三の意見としては、ちゃっちゃと獲ってしまい、そこを拠点化する他ないということだった。
確かに、敵によって攻め時を決められるよりは、こちらでそれを決められるというのは魅力だった。
だが、問題は戦力。
昨年から少しずつ増やしてはいるが、雇い入れた時と異なり、石山や薗部の色が付く者達だ。
今は道三に心酔しているようにも見えるので、心配はないと思いたいが……、戦場が薗部になれば、どう転ぶかは分からなかった。
「僕としては、どちらか一方に留めてもらいたいけどね。宮崎の方を推すよ?和田の方は、放っておいた所で、誰かに取られる心配もないだろう?」
義清の意見としては、リソースの少ない今は、早めに取るべきである宮崎の制圧を優先し、和田の方に戦力を割くべきではない。
ということのようだ。確かに、これも理解できる。
ウチには未だ戦力が少ない。
数の少ない兵や内政官を、これら二つの領地に分けて使うというのは、不可能ではないが、確かに起きな負担ではあったのだ。
「む……それは…」「一理あるな。」
道三も俺も、この意見には賛同せざるを得なかった。
内政官を担う俺も、兵達を統率する道三も、できるなら戦力は固めて使いたいという思いを持っていたからだ。
「しかし、武田は本当に大丈夫なのか?朝倉が押し留めているとはいえ、大名としての意地もあろう?こちらに攻め寄せる可能性は本当にないのか?」
道三も心配なのだろう。
その見立てが、誠に正しいのか、その確認だけは取っておきたかったようだ。
「その心配は理解できる。だが、無用だよ。朝倉の仕掛けは完璧だ。今の武田が不用意に戦をすることは、もう不可能なんだよ。」
義清は、武田が攻めてくる可能性について、あり得ないと断言した。
だが、俺達は、どうしてもその根拠が気になった。そこまで言い切るからには、確かな理由があるのだろうからだ。
「待て、何故そこまで断言できるんだ?武田とて大名だぞ?しかも、小浜という良地を有する守護大名だ。俺達のような木端の集団など、あっという間に蹴散らせよう?朝倉がおらずとも、その程度の力はあるように思うのだが……?」
俺のこの意見に、道三も頷いた。彼自身、そう考えていたからこそ、両方の地の占領を企てていたのだから。
「ないね。断言できる。だって朝倉は、もはや小浜の全てを有したも同然だからさ。今じゃ、越前商人達が幅を利かせていて、武田が何を言ったところで、朝倉の許可なしに酒一つだって買えやしないよ。武具なんてもっての外だろうね。」
義清のこの意見に、俺達は唖然とせざるを得なかった。
越前商人が小浜で、無税の身になったことは聞いていた。
だが、その影響から、武田の属国化が進むとは考えてもいなかったのだ。
だが、確かにその話が真実なら、武田は動けないことだろう。
普段から戦に備えるようなことさえできず、何が起ころうとも朝倉に依存せざるを得ないのだ。
もはや、頸木から抜け出る手段は、彼らに残されていないようにさえ思えた。
「……な、なんという…。」
「流石朝倉、そこまでやるとは…。」
道三は純粋に朝倉のやりように感嘆し、俺はその程度のことにも気付けなかった自分に、悔しさを覚えていた。
その後も、いくつかの確認事項を話し合い、今後の方針が決まっていった。
和田は獲らずに放置。
宮崎は獲る。
宮崎を獲って固めた後は、和田の方へは圧力を強めるだけにし、逸見への対処を優先するのだ、と。
「なかなか大変だったの…。」
「えぇ…。まさか、ここまでのことをしていたとは……。」
「何はともあれ、今後の戦略が決まったことは良かった。」
「「いやいや、それどころじゃないから(の)(な)」」
「お、おう…」
道三と義清が、俺に対して突っ込んできた。一体なんなんだ…。
「はぁ…。あのですね、久秀くん。普通の内政官という奴は、一年で食料を倍増させたりなど致しません。」
「そうだぞ?大体、前に持ってきてくれたあの新兵器とやらも、なんなんだ……」
食料については、船の改良を少し行い、刳舟よりももっと扱いやすい、現代でも見るような形状の木造船を多数設計させた。
その船で、ついでに改良した網も使って底引き網漁を行ったのだ。
食料が倍増したのはそのためでしかない。
ついでに言うなら、竹酢液と竹炭の効果も、あるにはあるが。
「倍増、たってな。大したことなんてしてないぞ?そもそも、この辺りが何もかもできてなさ過ぎるんだ。俺は本当にやれることをやっただけだよ。大体、水田の改良だってまだまだ途中じゃないか!納田終の方だとやっと効果が出てきたけど、こっちじゃ何一つ成果なんて出てないぞ?」
食料増産に関しての俺の本音だ。
畑の量を増やし、必要な作物を育てさせただけである。単に、米にこだわらない方針に変えただけだ。
それだけで、成果が出ているように見えるのだ。
そもそもが、この時代の人間の視野の狭さである。
「だったら、あの弓は何なんだ?最初にもらった弩については、俺も聞いたことがあった。大陸で使われていたっていう話は知っていたからな?だが、本当に、あそこまでの威力だったのか?それなら、何故今のように廃れるようなことがある!それに、あの新しい弓もそうだ!あれ、絶対におかしいだろ!何か、妖術だのでも使ってるんじゃないか?俺だってこんなこと言いたかないが、流石に変だからな!!」
「新しい…?ってあれか。アレは、機械弓、滑車付きの弓だからな…。しかも、鯨のヒゲや動物の腱なんかを使ってるしな…。かなり高かったんだぞ?作るの。」
「そうなのか…?だが、やりすぎだろ。和弓の三倍は飛んだんだぞ?本格的にイカれてやがんぞ……あの弓。しかも、一張しかねぇし。」
【ギアラチェット式ヘビーコンポジットクロスボウ】とでも呼ぼうか。
高級で高品質な材料をふんだんに使用し、そこに膠などでさらに壊れにくく強化。
挙句、ギアや滑車を組み込み、複数のギアで強力すぎる強弓をガチガチと引き上げてゆく最高級品だ。
まさしく、"鎮西八郎弓"である。
使いさえすれば、誰もが鎮西八郎になれるという触れ込みの弓だ。弱いはずがない。
「そりゃ、仕方ない。誰でも簡単に鎮西八郎になれる弓なんだ。制作期間一年、制作費用二〇貫文の化け物弓だよ。あれ以上作れって言っても無理。流石に財政が持たないからな。」
その言葉に、二人が沈黙した。
「に、二〇?二〇貫文だと……?」
「一年……弓を作るだけで?しかも二〇貫文もかけて…それですか。」
絶句した二人が、絞り出すように声を出す。
二人とも、その弓のイカれ具合に驚いているようだった。
「そりゃ、アレだけの距離も飛ぶわ。ただ、連射ができないのが困るんだが…。アレは仕方ないのか?」
「無理ですね。飛距離に全てを注ぎ込んでおりまして、連射は二の次です。あと、暗殺用の弓、なんてのもありますよ?金属鎧だろうが完全に貫通する代物です。気に入ってくれるでしょうか?」
「「頼むから、やめてくれ!」」
道三と義清の二人は、戦の常識をこれ以上変えられては堪らないとばかりに、俺の意見から耳を逸らした。
だが、確かにその武具と農具、そして集められた食料は、彼らの日々の中に息づいているのであった。
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