第55話:進まなかった
◇永正一五年一月
◆薗部
俺たちは未だ薗部の地から離れることができていない。
正確には、幾度か帰ってはいるが、それでも、この新しく編入した領地から、目が離せないのだ。
隣接地域は未だに敵対的な者が支配しているし、この地の者達も、俺達を信用してくれていない。
何もかもが足りていないからこそ、離れられないのが理由だった。
「参ったな……。」
「あぁ…。しかし、食料問題は解決できそうなんだろう?」
薗部には、今、一色義清・松永庄五郎道三・松永久秀という、我が勢力の主要メンバーが全員滞在してしまっている。
一色は、武田や朝倉の者が来た際の交渉役であるし、ここが本拠と見られているために離れられず、道三は、単純にこの辺りが落ち着かず、不穏なために離れられないのだ。
俺に至っては、この地の者と話し合い、食料自給率を上げるための交渉中である。
新しい技術というものは、現場の者には受け入れられにくいもの。
時間をかけて、少しずつ成果を示してゆくほかなかったのだ。
「確かに、成果も出てはいる。しかしまだ、劇的とまではいえんよ。お陰で、受け入れを拒む者も多いんだ…。」
「……そうか。どこも、芳しくないな…。」
二人して肩を竦めることしかできない状況であった。
「そういえば、内藤とも交渉できたと聞いたが?その辺りはどうなっているんだ?」
義清は、丹波の内藤氏とも、交渉を行なっていた。
今の松永家の外交担当として、現在では働いているのだ。
勢力名が松永なのか、土御門なのか、一色なのか、いまいち分かりづらい集団になりつつはあるのだが。
「交渉…交渉ねえ…。とりあえず、悪い反応ではなかったよ。かつてとは異なり、今では同じ管領殿の陣営だしね。」
「…何か懸念でも?」
「上手くいっている」そういう割には、義清の表情はいいものではなかったのだ。
何か、悩みでも抱えてるのか?
「懸念…というほどではないんだが…。このまま、内藤殿との関係を深めても良いものなのか、疑問に思えてね…。」
「……悪くはない、と思うんだが。どうしてだ?」
内藤氏と関係を深め、管領細川澄元の陣営に入る。
その判断が誤っているものだとは思えない。俺としては、その疑問そのものが不思議に思えたのだ。
「いやね?確かに、周囲を見れば管領殿(澄元)の勢力に入るほかない。それは確かだ。僕自身、これまでも管領殿の派閥であったし、寝返るつもりもない。ただ、問題はその後、だよ。」
「後…というと、三好との戦のことか?」
「……あぁ。」
今、京は三好と内藤・細川澄元という、二者の争いが大きく広がっている。
そこへ、六角家も参戦し、内藤と澄元の派閥が優勢だとは聞く。
だからこそ、澄元派に入っておく…いや、示しておく必要があると思っていたのだが…。
「管領殿も、勝ちはするだろう。負けることはないと、確信できる程度には戦力があるからね?しかし、これまでも、それはそうだったんだ。けれども、今の管領殿は三好を押しきれていない。ここに懸念があってね。」
義清の懸念は、細川澄元が勝利したとしても、その恩恵や見返りはほとんどないのではないだろうか?ということであった。
むしろ、恩恵ではなく、負債の方が出てくるとさえ感じている様子だ。
「おいおい……。しかし、それならどうするんだ?このまま味方として振る舞わなければ、内藤殿らから、いらぬ警戒をされかねんぞ?」
敵として見られては、こちらの方針にさえ関わってしまう。俺の心配はそこだった。
「いや、流石にそこまで関係を悪化させるつもりもないよ。けど、こっちには戦力も資金力も何もかもがない、ってことは示しておかないといけないだろうね。そこは、任せてほしい。」
深入りせず、浅い味方としての立場を固定する。
言うは易いが、行うに難いの典型だった。だが、この男なら、やれるといえばやるのだろう。
「まぁ、そっちは任せるさ。食料についても、半年以内に決着を付けるよ。」
「あぁ、助かるね。こっちもその辺りは交渉しやすくていい。……確か、底引き網漁だっけ?追い込み漁とかも言っていたが。」
底引き網漁。
これは、網の強度を上げることで、一部成功し始めている。
編み方のバランスを数学的に、キッチリ行うことが重要で、単なる手製の編み方だけではダメなのだ、と真剣に訴えている最中だ。
こちらの作った縄の編み機を普及中である。これが済めば、相当に網の強度が上がり、漁の効率も増すだろうことは確かだった。
「あぁ、そんなところ。まぁ、他にも色々やるさ。ここだと、塩の生産もできるし、本当に助かるからね。」
塩の生産、網の強度上げ、新しい網による新しい漁法、新しい船………
多くの事業を、またも抱えることになっているのが、今の俺だった。
こちらでも、子どもや若い連中を集めて、文字の読み書きや計算を教えると共に、現場でのそれらの使い方も教え込むという、教育の効率化も図っている。
現場で使える生きた学問こそ、松永の教育なのだ。
「お互い、頑張っていこうか。」
「おう…」
パシッっと手を組みあって、今後の検討を祈った。
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◆若狭武田家
「一色が動いている、だと?どういうことだ?」
その日、若狭守護 武田元信の元へ、高浜での一色義清の動きについて報告が入った。
「それが…、我らの領地である高浜の地で、一色が兵を募っておるそうで…。」
「なんだと?逸見の支援か?」
元信は、それが自身の支援していた一色義清の方ではなく、延永の支援する一色九郎の方だと勘違いしていたようだったが。
「いえ。義清様の方であります。」
「なんだと?生きておったのか?!」
義清は、逸見との戦で敗戦後、武田家から放逐されていた。
これまでの支援も全てが切られ、一時、僅かな兵とともに山中を彷徨うだけの存在となったのだ。
それが生きて、高浜の地で再起しているという。
元信にとっては、その報告が良きものかどうか、すぐに判断はできなかった。
「で、成りそうなのか?」
「……このままいけば、高浜の地での独立はされるかと。」
武田家からの使者が、あの地に訪れてから一月以上が経つというのに、この元信という男は、そのことをまるで知らなかった。
朝倉家が、完全に元信のことを黙殺していたのである。
「わしの領地で、再起だと……」
「このままでは、あの地が一色のものとなりかねませんぞ?」
粟屋は、元信へそう嗾けるが、元信としても戦力どころか、資金さえも枯渇している。
今の状況では、一色を討つどころではなかった。
「ぬ…ぬぅぅ……!」
「戦力がないのなら、朝倉殿に頼む、というのは?」
「ふざけるな!あの朝倉に、頼むだと?できるわけがなかろう!……それに、あちらがそれを認めるわけがない。あやつらめ…、ワシらがこれ以上大きくなるのを阻もうとしよってからに!朝倉めは、武具を買うならば越前商人に頼めば良い、などと抜かしおったのだぞ?小浜の商人から買い占めた上で、だ。このままでは、朝倉の頸木から逃げられぬままだ!くそっ!」
元信は、朝倉へと不満を募らせていたが、現状、朝倉の頸木のお陰で彼の立場が保証されているとは、考えもしなかったようである。
朝倉は、武田領内での武具の売買を実質的に禁止させた。
越前商人が、小浜などの商人からそれらを買い占め、材料なども全てが朝倉領からしか入らないように手を打ったのだ。
そのせいで、元信への不満が募り、反乱の隙を狙っていた粟屋なども、そうしたことが実質的にできない状況へと追い詰められていた。元信の地位は、朝倉によって守られていたのである。
「(この阿呆めが…。朝倉などを、コヤツが呼び込むからこんなことに……。せめて、名田庄の利益が入ってきておれば…。)」
名田庄は、小浜に近い地域も含め、全ての範囲で粟屋の支配を抜け出していた。
その影響もあって、粟屋の資金源も影響力も、全くと言っていいほどに振るわなくなってしまっているのだ。
武田家の者は、既に、大きく弱体化させられていた。自ら戦を起こすことなどできないまで、成り下がっていたのである。
「クソっ!朝倉さえ…朝倉が………っ!」
「(お前のせいだ…っ!)」
武田家は、表向き完全に沈黙の様相を保っていた。
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