第53話:北へと伸長した
◇永正一五年一一月下旬
◆薗部
松永庄五郎道三率いる総勢五〇名ほどの部隊は、石山を制圧後、そのまま北へと進んでいた。
そろそろ、本格的に雪が降りそそごうかという時期だ。
あまり、長居はできんとばかりに、足早に進んでいた。
目指すは、砕導山周辺地域。
高浜町の東部海岸沿いの地域だ。
「………」
一行は、無駄口を叩かぬまま歩を進める。
道三率いるこの面々は、一色の手勢と共に道三がこれまで鍛えてきた者らも含む混合勢だ。
だからこそ、連携には甘いところがあるのだが、それでも、今は道三の指揮のもと一枚岩となって進んでいる。
この頃の道三は、既に義清の娘を嫁にもらうことが決まっていたのだ。
実際の婚姻はまだだが、それでも彼らからすれば、やっと繋がった未来である。
これまでのような山麓での逼塞などに比べれば、次が期待できるだけでも夢のような思いだった。
───ただ、この場にいられなかった者もいる。
石川直経……。義清の側近にして重臣だった男である。
彼自身は、この婚姻に最後まで反抗し、既に義清の指示の下、彼らの仲間が直経を討っている。
それと、偶然か、それともどこかに必然の糸でもあったのか、道三の婚姻相手、一色義清の娘の名は"深芳野"。
美濃國諸旧記や美濃明細記にも記述される、史実で、道三が土岐頼芸から奪ったとされる愛妾であった。
斎藤義龍の母でもある女だ。その娘が、道三の婚姻相手となったのだ。
俺は、歴史の妙、運命ともいうべきものを感じざるを得なかった。
「大将、見えてきやしたぜ?」
砕導山の麓、薗部の地が皆の目に入ってきた。
「………では、行くぞ。支度せよ」
道三の言葉で、何人かの者が武装を確認し始めた。
そうして、ゆっくりと薗部の関に向かって一行は進んでゆく…。
「止まれ!この先は、薗部の地!誰の許可を得てここを通らんとするか!?」
関所の兵が、俺たちを止めにかかる。
「その方らこそ、何者か!!ここは、武田の領地であるはず!我らを足止めするとは何事か!!」
道三は、まるで己らが正当な武田家の人間であるかのように、関所の者らを怒鳴りつけた。
事実、こちらには武田の者だった兵も存在している。武田の者として振る舞うことも、間違いではなかった。
「そ、それは…。」「何をしておる!あのような怪しげな連中、すぐにでも射たんか!」
「し、しかし、武田の方だった場合は如何するのです!?」
「全員始末すれば良いだけであろう!皆の者、敵じゃ!射て射て!」
関所内でも、立場のある者なのか、その男の大声が関所の方針を一挙に戦へと向かわせてゆく。
このような流れでは、策も何もあったものではなかった。
「ちっ……阿呆め…。」
道三は、威圧と言の葉で門を開けさせようと考えていたが、この大声の男のせいで作戦が全てまっさらになった。
だが、道三はそんな時でも冷静に指示を出す。
「やれ」
ただの一言。
それだけで、松永の部隊は動き出す。
たった五〇名の部隊だが、持っている兵装は他にないものばかりだ。
名田庄に来てから二年ほど。
この間に、防衛の役目は幾度となくあったのだ。
単に槍や和弓だけで、敵を屠っていたわけではない。やれたのは、久秀の知識で生まれた各道具の恩恵があったからである。
その一つが、"弩"であった。
それも、単なる弩ではない。ギアを組み込み、本人の何倍もの張力で引くことの可能な強弓だ
それが二〇張。
砦に近い大きさの関所は、その矢によって、瞬く間に沈黙した。
「降伏しろ」
沈黙した関所に向かい、道三はただ一言を告げた。
その言葉は、距離があったにも関わらず関所全体にハッキリと響き渡ったのだ。
だが、その一言があっても、関所内の者は状況に思考が追いつかない。
さっきまでいた仲間が、一瞬で半数以下になったというのに、体が反応できないのだ。
それでも、道三は機械的に行動を続けてゆく。
「構え。」
その一言で、道三の兵が次の矢を準備し、敵を狙う。
「ま、待て待ってくれー!」
「降伏しろ」
その余りにも不気味な動きに、関所内で生き残った者らは、思考を恐怖で支配されてしまった。
それまでのように呆けていることなどできるはずもなく、すぐさま、両手をあげて降伏を訴え出たのだ。
「する!降伏する!だ、だから助けて!お助けください!!」
「………油断するな。」
その言葉を聞いても、道三とその部隊は決して油断しない。
これまでの山賊狩りでも、油断した隙を狙って襲いかかってきた者など幾人もいたのだ。
賊というのも、質の高低があり幅広い。
単純な国人よりも精強な野盗などというのも、珍しくはなかった。
「武器を捨てて出て来い、両手を頭の上に上げろ!」
部隊の一人が、道三に委任されて敵へ命令を出してゆく。
「わ、分かった…。う、射たないでくれ……。」
残った敵の人数は、八名ほどのようだ。
関所内から、ゆっくりと現れた。
全員の顔が恐怖に染まり、顔面も蒼白だ。
「中を確認して来い。」
「はっ」
出てきた兵を確認させている間、数人の者に、関所内部の様子を確認させてゆく。
こうして、薗部の関所(砦)は、四半刻もせず落ちることとなった。
その後の薗部国人攻略も、時をかけず終わりを迎えることとなる。
降伏した者から聞いた情報だけで、十分に攻略できる程度だったのだ。
武田からも一色や逸見からも干渉されないだけの土地。
そんな土地で、成り行きだけで独立しただけの連中に、そこまで大きな戦力も知恵も何もなかったのである。
一昼夜ほどで、薗部と子生の領地は落ちることとなった。
「これで、始められるな…。」
道三の仕事は、これから始まるのだ。
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◆石川郷
石川の住人に対する食料配給は、大好評に終わった。
いや、正確にはこれからも続いてゆくが、石川の若い衆を中心に、二十名ほどを雇用。
食事の調理と配給仕事について、指示を出した。
この面子の上位には、当家の兵五名を管理者として置いた上で、だ。
反抗されてしまえば簡単にひっくり返されるだろうが、今後は南の坂本や北の薗部などからも、食料が届くようになるだろうとも伝えてある。食料が途絶えるかもしれない危険を冒してまで、反抗する輩も出ないだろう。
もちろん、コイツらだけならば、だが…。
残る者には、他の佐分利地域にも目を見張るようには伝えてあるが、この連中がまとまった場合には、すぐ逃げるようにとも言ってある。まとまることもないとは思うが、可能性は可能性。ゼロではないのだ。一応の警戒は必須だった。
「では、俺も北へと向かう。任せたぞ?」
「はっ」
食料と周辺への警戒を任せ、俺も北へと旅立つこととなった。
残すのは五名。行くのは十五名だ。
一色も、同じように向かうこととなる。ここで放置するわけにもいかないのだ。
かといって、名田庄へ返すこともできない。
苦慮の末、共に北へと向かうことにしているというのが実情だった。
「しかし、久秀くん。君、本当に一一歳かい?信じられんよ、全く。はははは。しかも、あのようにしてあの石山の地を制するとは……。僕には考えもつかなかった。いやはや、君のところに行き着いて本当に良かった。敵にだけはしたくないからなぁ!」
「………さようで」
石山の地を出てから数時間。
ずっと、ずーーっとこの調子で、こちらに話しかけ続けている。
俺自身、もう疲労困憊だ。ダメ…替わってくれ…。
この男、立場的にも話し相手が少なかったのか、対等な者に飢えていたのか分からないが、俺や道三によく話しかけてくるのだ。
他の者は、どうしても守護ということもあり、マトモな話し合いにならないのだそう。
俺や道三は、その辺り表向きは気にしても、実際にところはどうでもいいと思っている場所が似通っている。
そういったところが、この男の何らかの琴線に触れたのだろう。
友達、か、はたまた同志なのか分からないが、親しみをもってよく話しかけにきていた。
「お主も、庄五郎殿も、誠に素晴らしい知恵者だ。あの石川のくそ……じゃなかった。石川の爺さんを排除できたのも、君らのお陰だよ。しかも、君らは僕を利用するつもりはあっても、なんというか、僕から自由を奪うつもりはなさそうだ。変な話だが、何となくそんなふうに感じた。どうだい?違っていたかな?」
「………」
この一色義清という男は、アレだけ負け続けている割には優秀だった。
外交力や政治力があるというのだろうか……?軽い調子で話す割には、本音や隙となるようなことを一切話さなかった。
武田家でも、同じように振る舞っていたのだろう。
ぱっと見は、軽い神輿にしか見えなかった。
しかし、史実では石川を排除できず、延永に討たれたはずだ。
一色義清という男は、史実でほとんど出てこないのだから……。
「そういえば、ひとつ聞きたかったんだ。」
「なんだ?」
いきなり、義清のやつが真剣な表情をし出して質問してきた。
俺は、突然何だろう?と思いながらも、その言葉を真剣に聞いてやった。
「アレは、本当に偶然だったのかい?僕の娘が、君の元にいたのは…」
「……あぁ」
深芳野と呼ばれたこの男の娘は、この男が来る何ヶ月も前に、こちらへと転がり込んできていたのだ。
年齢は一二歳。
聞く限りでは、コイツが一五の頃に作った娘だろう。
そんな娘が俺の元にいたのは、様々な状況の変遷があったからである。
正直いって、そこに俺の干渉したことはほぼなかった。
「完全な偶然だよ。第一、元々は小浜辺りにいたんだろ?」
「あぁ、母親の所で暮らしていたはずなんだよね…。それが、君の所、名田庄なんかにいるなんて思いもよらなかったよ!あ、一応言っておくけど、名田庄を貶める言葉じゃないからね?」
「分かってる。しかし、あの延永の八〇〇〇の軍勢だったか?アレのせいで、確か京へと移る羽目になったと聞いてるな。」
小浜が攻められた後、一色と関わりを持つその娘は、万が一のことを考慮し、小浜から京へと送られたそうであった。
しかし、その京も、高国と澄元という両細川同士の戦や、三好の略奪劇によって安心して居られなくなり、山を越え、移ってきたのだという話だった。
寺の者が逃げてきた時、それと合わせての逃亡だったそうだ。
それも、もしかすれば丹後の故郷へと帰られるかもしれないという、僅かな希望もあったのだそうだ。
この辺りは、俺が本人から聞いている。
やってきた者に学問を教えていく際、余りにも優秀だったので目をつけて居たのだ。
そうすると、一色義清の娘のようだということが分かり、保護するに至ったわけだ。
本気の本気で偶然の出来事である。しかも、その後、義清本人がやってきているんだから、驚きも倍増だったのだ。
この辺り、偶然が仕事をしすぎであった。
「ははは、とするとアレかい?本気で全部の出来事が偶然だったわけかい?くふふふふ……」
「……そうだな。誰一人、こんな事態を計算さえしていなかった。第一、道三など、お前さんの話を商人から聞いたっていうその当日に、お前と出逢ってるんだぞ?こんな必然があったなら、誰の仕業だっていうんだ。神か?それとも、魔か?馬鹿馬鹿しい…。」
偶然が重なり過ぎて、笑うしかない状況だ。
どこかひとつボタンのかけ違いがあっただけで、全然違う未来になっていただろうに、とそう思った。
そもそも、道三に至っては、史実の婚姻相手との出会いなのだ。
この男にそれを伝えることはないが、偶然や必然というより、あの娘と道三との間にあった"運命"とかいうやつなのだろう。
俺自身、今回のことは、それで流すことにしている。
本当に、馬鹿馬鹿しくてしょうがないのだ。なんというか、色恋沙汰が過ぎて、茶化しようがない。
やってられん、とか、リア充爆発しろ、とか…。今の俺の心持ちは、そんな感じである。
「ふふふふ……本当に、くくくく……本当に偶然だとは……あっはははは!」
何がツボに入ったのが、俺の言葉を聞いてコイツはずっと笑い続けていた。
一色の守護の座を、道三に渡すことにも大した関心を持っていないようだったのだ。
俺たちが、この男を無駄に殺すはずがないと、そう確信しているかのようだった。
なぜか分からない。ただ、俺たち二人は、この男の信頼をいつの間にか、勝ち取っていたようだった。
「これからも、頼むよ?久秀くん!」
「……はいはい。分かりましたよ。一色のお殿さん。」
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