第50話:一色義清がやってきた
◇永正一五年一二月
日々はどんどん過ぎてゆく。
だが、俺の身は、未だに十一歳。
こんなに若い身の上では、戦場にも立てやしない。
「もう、成人したってのにな…。これから先、俺が立つ戦場なんてあるのかね?」
そんなことを思い返しながら、今年あったことを思い返す。
あれはそう、庄五郎の奴が、思いもよらぬ奴を連れて来たところから始まる。
・
・
・
・
「庄五郎さん、お帰りなさい!………しかし、どうなされたんですか?今日は、坂本の警備だったはずじゃ…。」
その日、庄五郎道三は、坂本の街から急遽納田終の地にまで帰って来ていた。
「おう、光念。……いや、ちょっとな。久秀のやつはいるか?」
「はい、おりますが…。」
そうして、庄五郎はその男達を俺の元へと連れて来た。
その男の名は……
「……は?一色、義清?」
「えぇ、そう言います。」
沈黙が二人の間を包み込む。
「いやいやいやいや、待て待て!一色殿?それは、あの一色殿で?丹後守護の!」
一色義清。
それは、丹後守護の正当な後継者だった。
重臣の延永に追放され、そのまま支援してくれていた武田家にも追い出されたそうだ。
朝倉の支援も得られず、丹後に帰ることさえ出来なくなった彼らは、そのまま高浜辺りの山麓を彷徨っていたそうだ。
「………そこで、俺がこの者らを見つけてな。連れて参ったのだ。」
道三と彼らが出会ったのは、本当に偶然らしい。
「(しかし、厄介者…ってわけでもない。俺たちにとっちゃ利用価値しかねぇな。)」
延永氏に狙われるリスクこそあるが、一色の領地を支配する口実にもなるのだ。
放っておく手はない。受け入れる方が賢い選択だと、俺は感じていた。
「なるほど…。当家に滞在してもらうのは構いませぬ。ですが、当家を利用しようというのは頂けません。この地にいる間は、こちらの指示にも従っていただく。」
「な!無礼な!こちらに座すお方が!」「黙れ!!」
義清殿は、俺の言葉に憤る家臣 石川直経を抑え、すぐに宥めた。
「構わない。従わせていただく。」
「ありがとうございます。こちらとしても、守護の一色様を歓迎したくも思いますが、昨今は周囲に敵も抱えております。こちらの思惑と異なる動きをされるのは、困るのです。我らは余所者。多少なりとも、この地の方々への配慮もありますので。」
「そうか…。そうだな。我らも見習わせていただこう。」
お互いの出会いは、そこまで悪いものではなかったと思っている。
しかし、彼に従う者らは、不満に溢れていた様子だった。
「殿!あのような態度、認めさせて宜しいのか?!あれでは、一色の名が貶されるだけですぞ!」
「……石川。既に、我が元に一色の名などない。延永に全て取られてしもうたのよ。武士は、勝てねば武士に在らず。我らは負けたのだ。致し方なきことと受け入れよ。」
石川と一色にの二人は、里の者によって常に監視させている。
あのような連中を、不用意に置き放つわけにもいかないからだ。
「して、道三。如何する?」
俺は、今後の策について、道三と相談していた。
まさかの一色義清である。ここで一歩外に出るかどうか。その判断は、大きかった。
お互いの考えを一致させておらぬと、とんでもないことになりかねないからだ。
「出るべきだろう。」
「ま、そうか。だが、実際どうする?戦力では延永の方が上だぞ?この間、武田に攻め寄せた戦力だけでも、八〇〇〇はいたと聞く。それに比べて、今の我らは精々が五〇。アヤツらを足しても、八〇だぞ?」
八〇対八〇〇〇
戦いは数ではないとはいえ、数の脅威は大きかった。
「八〇〇〇な。今は朝倉によって、相当に減っているはずだろう?」
「それでも、半数はいると思え!………まぁ、直ぐに出てくるような数ではなかろうがな。」
この時代の戦は、兵を集めるまでに時間がかかる。
そこさえクリアできれば、相当に楽に戦えた。
専業武士、などと言われるものが出て来たのも、この弊害が大きくなっていたからだ。
生産力の向上で養える者の数が増えていたことも、専業武士という方針を選択できるようになった理由だろう。
俺達の戦力も、僅か五〇とはいえ、一応は専業武士であった。
「あぁ。それに、敵勢は農閑期にしか侵攻できん。それを逆手に取る。」
「逆手云々以前の戦力差であろうが!……勝てても、精々が逸見までではないか!そこから先が
如何様にもならんと言うておるのだ。」
正直、逸見に勝つ程度なら容易い。
今の逸見は、朝倉によって砕導山城から追い出され、高浜城を中心に、必死になって戦力を回復させようと活動していた。
当然、その方法は、重税を課すことである。
民からの不平不満も、溜まりに溜まっていた。
「問題ない。……久秀。お主、以前に民の力について話しておったの?」
「……あぁ、そうだな。しかし、どうやってそれを利用する?民の、と言うたところで、逸見を追い出すのに協力してくれるかどうか、といったところであろう?あの一色の名を使うても、どこまでやれるやら……。」
一色の名前とは言っても、所詮は、延永に敗走した者の言葉だ。どこまで聞いてくれるものか、定かではなかった。
「確かにそうだな。だが、一色の名で逸見に勝てばどうだ?」
「待て。一色の名で?義清の名ではなく、か?」
「察しがいいな。」
一色の名前で戦を行い、勝つ。
丹後守護 一色義清の名前ではなく、別の者を立ててそれを行うと、この男は言っているのだった。
「しかし、誰がその役をする?こちらの者でなければならんのだぞ?あの連中では無理だ。」
「そりゃそうだろう。だから、俺がやる。」
道三の言葉は、流石にとんでもないものだった。
こいつ自身が、一色家の男となって戦を行い、その名で延永に与している者から引き抜きを掛ける、とそう言っているのだった。
「………逸見には勝てよう。しかし、その先だ。本当に、延永から引き抜けると思っておるのか?」
俺の推察では、それは不可能に近い行いだった。
どこから来たのかも知れぬ男。そんな奴が戦果を上げたからと言って、すぐさま敵から寝返る者が出るとは思えなかったからだ。
「できるわけなかろう。しかし、そんなものは俺達や当人にしかわかるまい。延永自身は、どう思う?」
「お主……まさか。」
延永も、突然現れた男に、配下の者が寝返っていくだろうとは思うまい。
しかし、もしかしたら、と万が一の可能性は心のうちに必ずある。
道三は、そこを突いて敵を疑心暗鬼に駆らせるつもりらしい。
まさに、俺が以前言った、敵の心や評判を下げるという手法だった。
「どのようにして、それを為す?」
「今年は飢饉だ。そうだな?」「あぁ。」
「当然、どこもかしこも食料の備蓄が厳しい。それも、逸見や延永の下では、重税が酷いと聞く。」
今年は、天下大飢饉と呼ばれる程度には、全国各地で食糧難に見舞われていた。
ウチのように、事前に稗などを作らせ対処できているものなど、他の勢力にはいなかったのだ。
「そう聞いておるな、事実だろう。」
「なら、奴等が城へと食料を運び込んでいる様を、幾度となく周囲に見せておればどうなる?」
そんなことになれば、領民や配下の国人は、不信感を募らせるだろう。
だが、そんな姿を簡単に見せてくれるわけもない。
それに、食料が実際に運び込まれていれば、戦となった際に負けるかもしれん。
「噂だけで良いのではないか?」
「ダメだ。それでは向こうが信用せん。」「それはそうだろうが……。」
本当に米俵を持ち込んでいる姿を、他の者に見せつける必要がある。道三はそう言った。
「だが、どうやってそれを為す?こちらから、米でも贈るか?」
冗談混じりに、そんなことを提案してみる。
「それも一つの手だろう。」
冗談のつもりだったのに、そんな返しまでされてしまい、面食らった。いやいや、それでは向こうを強くするだけだろ……。
しかし、中身が砂なら、表面だけ米にするか?などと、実際に有効な案を考えてしまっている分、俺も毒されているらしい。
「なら、どうする…?いや、待て。ひとつの考えに固執しすぎだ。他にも案があるかもしれん。一度、考えを変えてみよう。」
「む……?それは、そうか。そうだな。少し煮詰まって来たしな。」
食料で、延永の軍勢を荒らす。それだけに思考が凝り固まっていた。
だが、敵勢を倒すのは、何も一揆や反乱だけではない。
「まず、そもそも、一色義清だ。貴奴の名は、統治の正当性を保証する力はあっても、敵を寝返らせる力はない。そんなものがあれば、とうの昔に、貴奴は勝っておる。違うか?」
「いや?そこは間違いなかろう。」
実際、八〇〇〇の軍勢を作り上げたのは、延永の名前だ。いや、正確には一色九郎か。
だが、石川と延永の勢力争いといった向きもあったのだ。そういう面で、あの男が負けたということだろう。
『石川、頼りなし』
そう思われたからこその、延永への出兵であったと考える。
だからこそ、今の延永の勢力は格段に落ちてはいるはずであった。
「だが、あやつ。延永は、未だに義清を警戒しておるようだぞ?」
「……なに?そうなのか?」
「あぁ、これは向こうの商人からの情報だ。昨日聞いたばかりだからな、間違いない。」
昨日ということは、ほとんど義清と出会ったのと同時期ではないか。
こやつ、持ちすぎであろう……。
俺は、呆れた顔で道三の方を見た。
「おい、それを聞いた後でアレと出会ったのか?」
「くははははは。お主もそんな表情をするのだな!」
「そりゃするわ…。余りに偶然が過ぎよう…。驚きを通り越してしまったわ。」
偶然だろうと、そんな貴重な情報を手にした後で、それを活用する手段まで得たのだから、"運が良い"の一言で言い表せるものでもない。天運という奴なのかもしれん。
しかし、歴史とは大きく変わっているのに、一色か……。義龍ではないが、何か関係が…?いや、偶然という言葉に惑わされすぎだな。
「そうなると、むしろ一色の名は使わんほうがいいな。」
「ん?しかし、それでは統治に問題が生じよう?」
こちらの心配をした上での考えが、一色の利用だったようだ。
「いや、問題なかろう。どうせだから、朝廷の名を使う。あの辺りなら、まだ土御門の名も使えるのではないか?」
「あ、いや、それは………いける…のか?」
土御門家の名は、安倍晴明という存在のお陰か、殊の外大きかった。
特に、この辺りの地域では、絶対的……とまではいかないが、相応の影響力があったのだ。
それに、一色の名で若狭領地を侵略するのは、武田家へと、余計な圧力を与える恐れがあったのだ。
朝倉家や武田家、その他の勢力の介入を避けるには、土御門の名前しか選択肢がないともいえた。
「いける。というか、一色の名で攻めるのはやめたほうが良いな。支援しておったとはいえ、既にアヤツらは捨てられた身よ。それが、再度武田領であった土地を一色の名で治めるというのは……」
「余計な刺激になりかねん……か。朝倉が介入するかもしれんとなれば、避けたいの。」
「…だろう?こちらは未だ弱小よ。余計な敵など作るものではない。」
「その通りだな」と、お互いに納得しあい、俺たちはその日の話し合いを終えた。
これから忙しくなる。
ここから、松永家の拡大が始まっていくのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ご読了ありがとうございます♪
⭐︎の評価を頂けると喜びの余り、執筆速度が加速します
(*,,˃ ᵕ ˂ )✰*
"Fantia"でも【斎藤家協同組合 (斎藤 恋)】という名で活動しております。たくさんの小説が組合にはございます!読書好きの方は、是非どうぞ!無料で読める作品もいっぱいですꉂ(˃▿˂๑)
"URL"はXにて。
先行公開も行っておりますので、また来ていただけると嬉しいです!
詳細は"X"にて"@SaitoRen999"で検索ください。面白かったら、X経由でも応援いただけると幸いです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




