第49話:京から逃げてきた
◇永正十五年八月
ついに戦が始まったようだった。
舞台は"京"。
三好家と細川澄元による内紛だった。
もちろん、澄元側は澄元だけではない。
主力となるのは、内藤と六角であった。
最初から事態の流れを説明すると、昨年から、京の南部で略奪や支配力の収奪ばかりを行っていた三好之長は、ついに今年の二月には南部地域に城の建設を行い始めたのだ。之長としては、そこからさらに拡張を進めていこうという算段だったようだ。
しかし、三好家としてはそれで良くとも、細川としては納得できる話ではない。
これまでの行いだけでも、十二分にやりすぎなのだ。
京の者らからは、様々な苦情が澄元と内藤の元へと届いていた。
それは、公卿や帝からのモノも含めて、である。
当然、澄元も黙ってみていたわけではない。
之長に対して、幾度となく京での略奪行為をやめるように要請していた。
だが、之長から見れば、京の街であれ、他と変わりはない。
その長い歴史も全て、彼にとっては価値の感じられなモノであった。
武士としての行いの方が、彼にとっては重要だったのだ。
そうして、永正十五年七月。
澄元は、ついに決断を下す。六角家の引き込みと、内藤への鞍替えである。
この頃には、管領としての業務を行っていた澄元は、将軍となった義維を抱え込み、六角家と内藤家の秘匿同盟を締結させていた。
澄元は、着実に準備を進め事にあたろうとしていたのだが、三好の動きが大胆すぎた。
京の南部に城を建て始めたのだ。大々的に複数の城を。
京での略奪を働いた三好は、最初のうちは、配下にその財貨を配るのみであった。
それが次第に、略奪の範囲や場所を広げていき、向日神社や伏見稲荷大社、東寺、離宮八幡宮、石清水八幡宮までもが、略奪の憂き目を見ることとなった。
伏見稲荷大社に至っては、略奪を受けた後も根気強く時勢を伺っていたようだが、逃走してきている。
この情報は、そんな彼、羽倉延任から聞いた話である。
「そうして、三好之長の奴は、我々から奪った財貨を使って、城を作っているというわけだよ。」
「場所は分かるか?」
「東寺はもちろん、勝龍寺でも建築が始まっているとは聞いたね。………腑がひっくり返りそうな思いだよ……!」
「そこは、"煮え繰り返りそう"、じゃないのか?」
俺は、羽倉の延任の言葉をそう茶化してみた。
結局の所、俺もコイツも、今は同じ立場に近いわけだ。
ただ違いは、俺が既に、地盤を築き始めているのと違い、コイツはこれから地盤を築かなきゃいけないわけだが。
それも、それぞれが持っている伝手までを比較してしまえば、大した差じゃない。
稲荷神宮の繋がりは、それだけ大きいモノなのだから。
「いいや、あっているよ。怒りで我を忘れそうな程度には、三好の奴に苛立っているからね?」
「随分と冷静に見えるが、お前さんも今回の事には腹を立てているわけか。俺の所に来ようと思う程度には。」
コイツの目の前では、以前、爆弾スキルまで使っているのだ。当然ながら、避けられていてもおかしくはなかった。
それでも、ここへ来たということは、俺の知恵や力を必要としているのだろう。
「君にも、腹を立てている事には違いない。今も、君のことは嫌いだよ?だけど……、それは私自身の行いのせいでもある。それくらいは理解しているさ。」
コイツ自身、本当に俺の元に来るのが嫌だったんだろう。
それでも、ここへ来た。その思いは、俺自身が汲み取ってやらねばならないだろう。
「分かった。三好之長だな?敵は。」
「あぁ。もちろん、今の君たちに、いきなりそれができるとは思っていないよ?当然だけど。それに、細川も動いているようだしね……。アイツらに取られる可能性だって分かってるからね…。悔しいけれどもね……。」
羽倉は、本当に悔しそうに……いや、それ以上だな。
今のコイツの顔は、もう人に見せられるようなレベルじゃない。
心底から、憎いという思いが伝わってくるほどの面だった。
茶化していた俺の方も、冷静になってしまう程度には、その心を感じ取れたのだ。
三好之長…。いや、三好家は、史実のように天下統一は不可能だろう。
畿内を治めるどころか、畿内の人間にここまで憎まれるようでは、未来などないことを確信させられるというものだ。
そして、俺自身もそれに協力するとあっては、余計に三好の未来は無くなったと言える。
「まぁ、なんでもいいさ。俺に協力してくれるというなら、してもらうぞ?それに、三好もそのうち没落するだろうしな。こっちの活動で、それが促進できりゃ御の字って所だろうよ。」
「……正直だな。こういう時は、何か励ましでもするもんじゃないのかい?」
「俺とお前の関係でか?はんっ、あり得んだろ。あの時のこと、忘れたわけじゃねーぞ?気は晴らさせてもらったがな。」
「…………それは、私もだよ。部下が何人も死んだ。お前のせいで、だ。それでも、三好よりはマシだ。協力しろ、小僧。」
これは、羽倉延任と松永久秀との間に結ばれた個人的契約だった。
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「しかし、この連中はなんなんだ?」
俺は、羽倉が連れてきた者達について、延任に問うていた。
何せ、この男が連れてきた者達は、総勢二〇〇名以上の数がいたのだ。
伏見稲荷の者達を連れてきたにしては、服装や人数がおかしかったのだ。
近江方面に逃した者の方が多いという話も聞いていたから、余計にそう思わされた。
「東寺の僧侶や大山崎、離宮八幡宮、石清水八幡宮からも来ているよ。それ以外にも、私の手勢や腕のいい職人なんかもいるね。社のにあった資料の類も持ち出せるだけ持ち出したし、それくらいは、あの畜生共も許可してくれたよ。」
三好の手勢を畜生呼ばわりはアレだが、それでも、この人数は資料持ち出しのための人員らしい。
もちろん、ここだけではなく、様々な場所へと、持ち出して保全を図っているようだったが。
それ以外に逃げてきたのは、稲荷大社と同じ様に略奪された、寺社の者達の様だった。
勝龍寺という真言宗の寺も、ここに安全圏を築いていると聞いてやってきたらしい。
なぜそれでやってくるのか分からないが、稲荷大社の羽倉も来る、というのが一番大きかったのだろう。
「俺たちとしても助かるよ。」
「……助かる?」
俺の一言が意外だったのだろう。
これだけの人数をいきなり連れてきている事に、多少の罪悪感でも感じていたのだろうか?
普通は、いきなり二〇〇名以上の者を、ほぼほぼ無一文の食糧なしで連れてくれば、恨みも抱くだろうからな。
変だというのは理解できる。
「どういう事だい?」
「どういうことも何も、こっちには、色々と伝手がなくて困ってたんだよ。本来なら、小浜の連中ともっと繋がりを持とうと思って、誘いを掛けてたんだがな……。朝倉の連中や武田の不甲斐なさのせいで、このざまだ。少しは領地を増やせたが、それだけでしかないからな。」
「………十分だと思うけど」
納田終の地に、ほぼ着の身着のまま人と銭だけで逃げてきたのだ。
一年やそこらで、勢力の拡大なんて普通の者にはできやしないのだ。
(それができてるから、こっちはやってきたってのに……。このガキは、これで満足していないのか?頼もしいやら恐ろしいやら…。)てな感じの思いのようだ。分かりやすい…。この男の表情をみてるだけでも伝わってくるようだった。
「まぁ、んなことより、薬も化粧品の類も、新しい水田の技術だってあるんだよ。特に、新しい農法を広める手伝いも頼みたいんだ。『座』を作ろうと思っててな。」
俺が作りたいのは、伏見稲荷大社や土御門家など、様々な勢力の看板を使った新たな『座』の形成だった。
幸い、ここには、大山崎や東寺の者もいる。それも、そこそこの位だそうだ。
俺が始めようと狙っているのは、『座』という名の、三寺社と国人、実務系の公家勢力による共同事業だった。
※離宮八幡宮は、石清水八幡宮の系列寺社
「………というわけだ。こうして、俺が積み上げてきた技術を、色んな場所へと売り捌きたいわけ。けど、俺たちだけでそれをやるには、権威が足りないんだよ。恐怖もな。」
「…………武力も、じゃないのかい?三好の様なのにやられたらお終いだよ。」
「そりゃそうだ!ハハハハ。………だが、お前さんらが協力すりゃ、それも可能じゃねーのかい?」
・伏見稲荷大社
・東寺
・離宮八幡宮
・石清水八幡宮
・松永家
・土御門家
・壬生家
・清原家
実務官僚や宗教勢力。
それらがガッチリ合わさった団体だった。
つまり、真の意味で、朝廷を動かすことさえ可能な面々だ。
「だが、五摂家の方はいいのですか?実務に携わる方ばかりでしょう。このままでは、御所の方を蔑ろにしていることになりませんか?」
朝廷の下級層ばかりを集め、宗教団体をまとめ上げている。
ある意味では、恐ろしい集団のように映るかもしれんな…。
しかし、ここに延暦寺が含まれていないことが、良かったのか悪かったのか……。
「とりあえず、薬の販売は了解いたしました。こちらで、小浜や宮津へも販路を作っておきましょう。化粧品の類は、流石に分かりませんよ。」
「いきなりは無理か。分かった、そこは仕方ないな。今年は無理だが、そのうちもっと色々作れるはずだ。楮も植えてるから再来年あたりには、紙の量産もできるし、竹の防風林も効果を発揮するだろう。つまり、戦さでもない限りは、食料の心配もねぇ。あとは、何か鉱物でも買い付けてきてくれ。粗銅や鉄、黄鉄鉱に、金銀も多少ほしい。普段捨てられるような鉱物でも構わん。そっちでは利用できずとも、こっちじゃ利用できるってこともあるからな。」
と、俺は、羽倉が手伝ってくれるということだったので、言える限りの要望を叩きつけた。
これまで、周辺と取引できないことで、詰みかかっていたことの反動だ。仕方ないと諦めろ。
そうして、俺達は新たな仲間を引き受けた。
それと、食料が豊富にあるという噂は、それほど経たずに消えていった。
どうやら、逃げ込んできた者達が何かしらやってくれたらしい。
もともと、大した量があるわけでもなかったから、これには助かった。
向こうも、恩に着せるつもりがない様なので何も言わないが、何かあったら助けてやるくらいはしようと思っている。
「なんとか、乗り切れそうかね……。」
今回は、運良く乗り切れたに過ぎない。
「食料が他の街よりも、多い。」本当にたったそれだけのことで、周辺から恨まれようとしていたのだ。
戦のキッカケというものが、それだけのことで生まれる。俺達は、その恐ろしさを思い知った。
ただ、冷や汗に晒された夏の日だった。
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