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ボマー松永久秀の投資戦略  作者: 斎藤 恋
名田庄納田終編

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第46話:下田氏へと文を出してみた

◇永正十五年五月:松永久秀 十一歳

◆松永邸


農地は着々と増えている。

道三の指揮の下、坂本の民も俺の要請に協力し、畑の拡張と田んぼの改良に手を染め始めているところだ。

冬場、新たに制作された"空気抜きの付いた田下駄"や"炭化処理を施された風呂鍬"、そして、竹製の千歯扱きや唐箕も溜め込まれてる。


田下駄と風呂鍬については、坂本の民にも配ってしまったが。

使い心地を知らしめるために、最初の一回は無料配布する。

それが、俺達の方針である。



無料の力を知る現代人ならではの方法だろう。



『タダほど高いものは無い』



この時代の者は、そんな格言さえも知らないのだ。



それはともかく。

松永家特製である田下駄・風呂鍬の無料配布によって、領内の評判は買えるだろう。



「若様。本当に、このようにタダで配ってしまってよろしいのですか?こちらの損にしか、ならないと思いますが…。」


「九郎。覚えておくといい。"タダより高いものはない"だ。忘れるな。」


「タダより、高いものは…?はぁ…?…わかりました。」



九郎にも色々と教えてきたが、孤児としての経験も長い九郎には、タダの恐ろしさは理解できないようだ。

見返りのない施しには、裏の意図がある。それを知ってもらう良い機会なのだが……。



「…まぁ、それは分かりましたが、次は?どうなさるのです。三好による暴虐はありますが、一応は京も治ったと言えます。そろそろ、京へと進出すべきなのではありませんか?」


「いや、ダメだ。まだ早い。それに、三好の動きが危うすぎる。今のままだと反発があるよ。間違いなくね。」



三好家は、京南部へと進駐し、その辺り一帯から略奪を続けていた。

武士の行いとしてみれば、間違いではないのだろう。

しかし、京へと赴く武士としては、その行いは正しいとは言えなかった。



───京の者全てから、彼らは恨まれたのだから



「危うい…?三好家が、ですか?しかし、新たな管領を擁し、将軍様も新たに擁立したのでしょう?三好家は、盤石なのではありませんか?少なくとも、皆そう噂しておりますが…。」


「それはないな。全然、盤石だなんてとても言えない。三好之長。彼は、京という街の恐ろしさをどうやら知らないらしい。京が、他の街と同様のものだとしか認識できていないのだろうな。」


「京の恐ろしさ、ですか。」


「あぁ。京には人が集まる。それは、良きも悪きも全てだ。そして多くの者が集まるということは、その者たちが作る評判というものも、また存在するんだよ。今はまだいい。勝っているからな?しかし、一度負ければ……」


「もう二度と、ということでしょうか?」



九郎は、真剣な表情へと変えて、京の方を見ていた。

三好家による暴虐は、史実の長慶が抱えた理不尽以上の負担を、次代へと持ち越すだろう。

俺が見知った歴史のように、三好家が畿内で幅を利かすことは、この世界線ではないだろうな。



「ですが、負けると言っても誰に…?今、三好の敵になりそうな者はどこにもおりませんが?」


「いるだろう?京に。」


「京に…?内藤、でしょうか?しかし、彼も右京大夫(細川澄元)の派閥に入ったのでは…?」



澄元派閥に寝返った内藤。

それは正しい。

しかし、俺が想定する三好の敵として、正しい答えだとはとても言えなかったが。



俺は首を横に振る。



「違うな。右京大夫(細川澄元)そのひとだよ。」


「え!?そんな馬鹿な!右京大夫(細川澄元)は、三好のお陰で京へと帰れたのですよ?!それが一年も経たずに裏切ると?!」



九郎としても、俺の意見は予想外なのだろう。

しかし、三好之長の京での行いは度を越している。

帝や公卿らから、今も多くのことで罵られているだろう右京大夫(細川澄元)が、その三好の行いに我慢し続けられるとは、とてもではないが思えなかった。



「細川家は管領の家系だ。その細川が、己が家の歴史を否定できると思うのか?無理だよ、九郎。間違いなく、澄元は三好を盛大に恨んでいるぞ?既に、内藤や六角、はたまた朝倉辺りとも手を結んでるかもしれんな。」


「そ、そんな……。では、また京の街が戦火に?」


「あぁ。だからこそ、俺達は手が出せない。単なる弱小勢力と見られているうちは良いが、戦力になりうると思われてしまっては、使い潰されるのがオチだ。皆にも、気をつけるように言っておけ。道三にも、その辺りは伝えてある。」



京を舞台に繰り広げられる戦火の嵐。

それは、高国の死で終わりはしないのだ。



「そ、そうなのですか…。では、我々はこれからどのように…?」


「難しいことなど何もせんよ。どうせ、争いの起点となるのは幕府の武士達だ。だったなら、俺達は公家の側に立つ。そうすることで、第三者としてこの戦を眺めさせてもらうとしよう。」


「第三者…。」



まさしく、傍観勢というわけだ。

俺は武士だ。しかし、幕府の犬ではない。

犬とならねばならんとしても、幕府ではなく朝廷の犬となろう。


ただ、それだけの話。



「とりあえず、今は、ひっそり力を溜めるぞ?やれることなど、それくらいだよ。」


「はっ!畏まりました、若様。」



俺達が表に出る日は、まだまだ来ない。

しかし、ただその日の為に生きてゆくのだ。



───ただ、勝利する為に。





────────────────────────────



◇永正十五年三月

◆丹波国:下田氏



「何?土御門から文が……?」



ある日、我らのもとへと名田庄の土御門家から、文が届いた。

土御門といえば、公家の…?確か安倍晴明の次代だとかいう…。



「…?なんだと?」



文には、「土御門家と協力し合わないか?」という提案が書かれていた。

しかし、土御門といえば、所詮公家。

力など何もない、粟屋程度にいいようにされるだけの者のはず……。



「………なるほどな、そういうことか。」



しかし、文にはまだ続きがあった。

どうにも、武田家は一色家に押されて弱体化したようだ。

粟屋も、土御門の保護者足り得ない状況にまで落ちぶれたのだろう。


多少なりとも、資金の足しになればと、領内の商人による繋がりを作りたいとのことだった。

公家は、俺たち武士以上に、商売や商人の類を蔑んでいる。


この提案からすると、土御門の家も、相当に逼迫しているのだろう。

粟屋が離れたことで、土御門を保護する者もいなくなったということか。



「………俺が支配してやるか?しかし、今それをするのはな…。」



名田庄の土地を支配する案も、悪くないとは思う。

しかし、今それをしてしまえば、内藤や京にいる新たな管領の機嫌を損ねないだろうか?

その辺りが、少し心配だった。



「内藤殿もなぁ…。今動いて良いものか…。それに動いたところで、手に入るのは名田庄、か。」



小浜と京との境にある地を支配することは、下田にとっては十分すぎる利だ。

しかし、その為だけに、京の者らに強く警戒されるということには、躊躇わざるを得なかった。


しかも、今は新たな将軍様が立とうかという時期だ。

そんな時に、身辺を騒がせてしまうのは、奉公衆としての立場を逸脱しているのではないか…?

そう思えてならなかったのだ。



「商人を寄越す……か。ひとまずは、それで濁すか。」



様々なことを考えた末に、俺は土御門の提案を受け入れようと決めた。



「いい機会なのだがな……」



状況が許しさえすれば、小浜との境である地を全て支配し、俺が京への荷を管理する立場に………



「………ふん。俗な夢だ。武士にあるまじき考えだわ…。」



その余りに俗な考えに、俺は自分を嫌悪せざるを得なかった。

公家にいくら支援しようとも、見返りなど何一つない。

だが、土御門の家であるならば、多少、先を占ってもらう程度ならばできるかもしれん。


そんなことを考えつつ、俺は文を返した。



『諾』



そうただ一言を伝える文を。


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