第44話:九郎との談笑してみた
◇松永家当主邸宅
道三の婚姻だけでなく、俺の婚姻についても話が出たことで、納田終の地では俺の直接の配下が湧いている様だ。
俺の婚姻は、郷の者の中でも大きく話題になったようだ。
納田終では、俺の開発した農具類の恩恵を受けた者が多く出ている。
だかこそ、我がことの様に喜んでくれた様だった。
それに、婚姻の相手が土御門の姫だということも、歓迎された理由の一つだったらしい。
「おめでとうございます。若様。」
九郎も、すっかり若様呼びが規定になっている様だ。
土御門の姫との婚姻を歓迎してくれた。
「ありがとう。九郎。しかし、まだ婚約に過ぎん。どうなるかは分からんぞ?」
「いえいえ、ほとんど決まった様なものでしょう。それに我らが家を脅かすものなど、もはやそうそうありませんぞ?」
実際、周囲に敵となりそうなものは、現状では存在しなかった。
強いていうなら、京の管領様であろうか?
しかし、管領についても、いちいち当家に干渉してくるほど、暇だとも思えなかったが。
「まぁ、そうだろうがな。これから拡大するに従って色々と問題も生じるだろう。油断はするなよ?」
「分かっております。……朝倉という脅威も、見れたことですしな…。」
朝倉の侵攻は、史実ほどではなかったが、それでも十分に凄まじいものであったのだ。
我が家の脅威ともなっていた粟屋。
それを瞬く間に駆逐していった一色の延永と反乱を起こした逸見。
さらには、その逸見らを一蹴した朝倉宗滴。
そのどれもが、我が家にとっては大きな脅威であるのだ。
油断などできるはずもなかった。
我が家の戦力は、名田庄を入れても、未だ一五〇ほど。
これでは、あの八〇〇〇もの戦力を出してきた一色にさえ対抗できない。
単純に兵数だけで決まるものではないと分かってはいても、兵数も戦力の大きな指針だ。
「まずは、戦力を溜めねばならん。何より、食料と兵士の数だ。戦略や兵士の質に関しては道三に任せようと思う。」
「庄五郎様ですか。……そうですね。あの方なら、そこらの雑兵でも精兵にしてくださることでしょう。」
まだ半年程度だが、その半年ほどの期間でも、彼の優秀さを知るには十分な様だった。
九郎も道三の力を理解するに至っている。
野盗の殲滅に、名田庄の制圧。
名田庄の各寺の焼き討ちなど、様々な功績を出しているのだ。
十分過ぎるほどだったと言える。
「ですが、人は簡単に増やせませぬ。食料についても同様かと。どの様になさるのです?」
「畑の改良は年単位で行う。これは、これまでと変わらん。水田に関しても畑に関しても、収穫量を増やす思案くらいはある。」
畑に関しては、元農家として輪作の知識くらいはあるし、米に関しても色々と思案を持ってこれまでもやってこれた。
紙の量産が厄介だが、それも、人手が増え、熟練した技師が出てきたことで何とかなりつつある。
京から逃げてきた者には、職人らも含まれていたのだ。
しかも、頑固な老人達ではなく、柔軟に考えを変えられる若人(二〇〜三〇歳)だ。
俺はこの連中に、強引に、文字の読み書きと数式の伝授を行った。
もちろん、従わない連中も出たが、そういった者には仕事の発注を止めた。
指示に従う者には、しっかりと仕事と食料や生活雑貨の支給を行い、俺の下で働くよう優遇措置を施したのだ。
これによって、反抗する者はこの納田終の地を出ていくこととなり、そうでない者は優秀な技師として残っていくことになる。
しかも、そうやって優遇された者には、新たな職人の養育も任せており、これまで集まってきた孤児達から、どんどんと優秀な職人達が生まれていくことになる。
「なるほど。なら、心配はないのですね?」
「あぁ、また新たに途方もない数の者が、この地に集まりでもしない限りは、な。」
「「……」」
お互いに見つめ合い、何も言えなくなってしまう。
昨年、そういったことが起こっただけに、その考えが否定できないのだ。
食料の調達だけで、とてつもない苦労をさせられてしまう。
この土地で自給できた後ならまだしも、他所の土地から買ってくるというのは困難極まりないのだ。
それも、今のように周辺の土地が、ほとんど敵地のようになったとあっては、本当にそれだけで苦難の連続である。
今の京は、西岡を中心に南部が三好家によって荒らされているとも聞く。
実際がどうなっているのかはまだ分からないが、それでも、伏見稲荷大社との連絡も途切れている以上、俺達に外との関わりはほとんどなかった。
これまでのような現金収入は、全くといっていいほど得られていないのだ。
外部からの食料購入や輸送の手配もあって、約一〇〇貫文の消費があり、現在の資産は、五〇〇貫文弱といったところだった。
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◆松永家資産(多聞丸の財布)
◇永正十五年二月時点での資産
・現金523.74貫文
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「資産も、目減りするばかりですからね…。」
「あぁ…。勝龍寺から持ち出した資金も、既に半分以下、か…。」
「当初は、一二〇〇ほどでしたか。」
「そうだ。それが既に五〇〇。顔が引き攣る思いだ。このままではいかん…。」
九郎と俺は、新たな収入源を求めていた。
新しい商品という意味ではない。
貨幣を得るための手段、という意味だ。
今の俺達には、販売できる商品はあっても売るための販路がなかった。
想定していた小浜の街も、若狭武田が朝倉の属国と成り果てたことで、越前商人が幅を利かせており、弱小の我らでは買い叩かれる要素しかなかった。しかも、こちらから小浜へと行くには逸見家の干渉を受ける道筋があり、粟屋の反応なども考えれば、小浜という街の利用は避けた方が無難だったのだ。
「京も荒れるばかり…。しかも、伝手のあった伏見も沈黙しております。かつての勝龍寺の伝手もなく、山崎屋のそれも、大山崎が略奪されたことで焼失……。これからどうなるやら…。」
「…………」
せっかく得た名田庄という地も、周辺からの干渉を受けないという、内政に没頭できるとい意味では悪くなかったのだが、販売ルートを考えた際には、どうにもならないほどに詰んでいるとしか言えなかった。
それほどまでに、周辺の地は混沌として、治安の悪い状況が続いていたのだ。
この地に逃げてきた商人達も、今は名田庄の中で細々と活動するばかりであった。
「………丹波に手を出す他ないか?」
「丹波…。誰にいたします?」
現状、名田庄と繋がりを持つ地域で、商売に向いた場所など限られていた。
若狭武田の領地も、一色氏の領地も、京の街も。
そのどれもが、鬼門だったのだ。
「最初は、下田だろう。そこから、内藤に繋げる他あるまい。内藤なら、簡単には崩れぬ…はずだ。」
「下田と内藤ですか……。下田は、奉公衆でしたか。まぁ、簡単には切られぬでしょうが…。」
史実からの予想ができない。
そのことが、俺の肩へ必要以上に負担を増やしていた。
「三好之長か…。」
その男が生きているという事実だけが、京や畿内の未来をさらに混沌とさせていたのだ。
三好元長も、三好長慶も、その男が生きているという事実だけで、随分と様相を変えているはずであった。
既に、史実の彼らは存在しない。
それが余計に、俺の脳裏に大きな痼りとなって蠢いていた。
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◆松永家資産(多聞丸の財布)
◇永正十五年二月時点での資産
・現金723.74貫文
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