第43話:現在の状況について語り合ってみた
◇名田庄
昨年からこれまでの、周辺で起きていたことを説明していきたいと思う。
まずは、永正十四年の六月に起こったことから、繰り返しにもなるだろうが話していこうと思う。
この辺りまでは、そうそう史実との違いはない。
小浜の街の近くまで若狭武田家が攻め込まれ、窮地に陥っただけの話だ。
史実だと、武田家は足利義稙に救援要請を行い、朝倉家がそれに答えるという流れで助かるのだが…。
生憎と、この世界の将軍義稙は、既に周防国だ。
大内義興と共に、主要な幕臣や公卿らを連れ、周防国で第二の幕府を作ってしまっているのだ。
当然、京の朝廷も反発したが、義興はこれを黙殺。
しかも、史実と異なり、尼子との戦を優勢に進めている有様だ。
……このままでは、大内の没落は無くなるかもしれないが、大丈夫なのだろうか?
竹炭の生産技術そのものは、向こうに渡さなかった。
しかし、どうやらある程度の予想はついているのだろう。
大内義興は、コチラになんの要求もせずに京を去ったと、伏見からの報告にはあった。
溜め込んでいた竹炭は、そのまま全て持って行ったようだが。
竹炭による水の保存技術さえあれば、大内義興は、山陰方向から尼子に攻め寄せられる。
史実だと困難だったことが、コチラでは可能になるのだ。
交易の時には、無理をしつつ行くだけで済んだ。
風をうまく捉えられれば、大内の港から寧波までは三から四日ほどらしい。
うまくいかなければ、一ヶ月はかかる道のりらしいが、竹炭による技術さえあれば辿り着ける可能性は格段に上がるだろう。
山陰方面からの侵攻でも、大内には同じことが言える。
これまでは、少しずつしか進めなかった航路が、一気に長距離を進むことができるようになるのだ。
それがどういうことか。
いい風が来るまで待てるということだ。しかも、水のない島に隠れ潜むことだって可能になる。
それを考えれば、大内の戦略幅は大きく広がる。
尼子に負ける可能性は極度に下がるだろう。
───史実のような尼子の隆盛はなくなり、大内家と中国地方で覇を競い合うこともないだろうな……。
それともう一つ。
大きく変わり始めていることがある。
"有田中井手の戦い"の消失である。
この戦いは、大内義興が周防にいないことから起こった、安芸武田家の復権が目的だった。
しかし、大内が早期に京から撤退している以上、安芸武田家の勢力拡大も起こり得ない。義興に抑えつけられ、完全に沈黙するだろう。
この戦いは、西の桶狭間と呼ばれることもあるほどには、有名な戦だ。
毛利元就の躍進には、欠かせない戦だったとも言える。
だが、この戦はこの世界線では起きないのだ。
毛利元就が、名を上げる為の戦はこれからほぼない。
ここから起きるのは、大内による尼子潰し。
それほどまでに、この世界の大内家と尼子家の力の差は開いている。
幕府をこの地に持ってきたことも、大内家の力の源のひとつだ。
後に、大内幕府とも呼ばれるこの将軍府は、中国地方と北九州に大きな影響を残すこととなる。
───余談
それはさておき、大内義興は、京からの撤退時に将軍足利義稙と共に、幕府の要人らを連れ帰っている。
畠山順光、大舘常興。
それに、公家からは飛鳥井雅俊だ。
伊勢貞陸や貞辰、飯尾や斎藤などは、彼等について行かなかった。
彼等にとって大切なのは、自分達の本拠に眠る積み重ねてきた家業の財貨だからだ。
知識というなの財貨である。
それらの資料は、家伝として蓄えられ、軽々に持ち出せるものではなかったのだ。
だからこそ、将軍が他所へと移住するとなっても、彼等についてゆくという選択肢は存在しなかった。
近衛や二条のような者らも同様である。
京こそが、彼等の心臓なのだ。
そうして、大内の帰陣から数ヶ月後。
京の街は、新たな主人を迎え入れることになる。
───名を、細川澄元という
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◇若狭武田家
若狭武田家についても話しておこう。
六月には、小浜に攻め込まれていた武田家が救援要請を出したことは言ったと思う。
史実とは違い、武田家は朝倉家へと直接救援要請を出すこととなった。
そもそも、京にいる細川高国に要請を出したところで、彼に助ける義務はないからだ。それに、高国の状況が悪すぎる。
朝倉家に救援要請を出したのも、それ以外に選択肢がないからである。
朝倉家だけでなく六角家も高国派閥であるが、既に高国は没落が決定しており、彼等は孤立しかかっていた。
この頃はまだ、澄元派閥であった武田家も、京よりさらに南西部にいる澄元に助けを求めることもできず、隣国の朝倉家に救援要請をする他なかったのだ。
六角家に救援を求められなかった理由は、六角家が足利義維派閥にとって、最大級の敵だからだ。
かつては、足利義澄を迎え入れ、囲っていた最大級の支援者であった六角家は、大内軍の圧倒的戦力に恐怖し、足利義稙側に内通したのだ。
義澄は、その危険を察知し、すぐさま逃亡を決め込んでいる。
義澄の息子である亀王丸(後の義晴)という幼い子供を、その母と共に極秘裏に連れ出し、赤松義村の元へと避難させているのだ。それが、義晴が赤松家に囲い込まれている理由である。
義維が阿波にいるのも同じ理由だ。
しかも、永正八年の八月に義澄は亡くなっている。
六角家は、息子の義維や義晴にとっては、不倶戴天の敵とも言える存在なのである。
史実では和解しているが、それも世代交代が進んだからであるし、お互い、それどころではないほどに、京での戦が敵味方入り乱れる形となっていたから、というのもある。
一様には語れない程度には、複雑怪奇なのだ。未来の欧州政治事情に負けない程度には、敵味方が入れ替わっている。
そんな六角家も、永正十四年の今はまだ健在。
だが、次期当主の六角氏綱は、戦傷による傷が元なのか病床に伏せっていた。
その代理が、弟の定頼である。
つまり、次に将軍になるだろう義維にとっては、父の仇が未だに生きていることになるのだ。
直接的に殺害したわけでもないが、高国に内通し、自分達を赤松と三好という二つに分けて逃がさせた、キッカケになったことには違いない。
土壇場で裏切りを働く様な者を、澄元派の者らが信用できるはずもなかった。
結局、若狭武田家は、朝倉家へと救援を要請。
対価として、小浜の津領の一部と小浜東の三方郡という領地、越前商人への無課税など、多くの権益を与えることとなる。
さらには、朝倉家と武田家との間では婚姻関係が結ばれ、若狭武田家は、完全な属国にまで貶められたのだ。
こうなっては武田家配下の粟屋氏も、反乱を働く所ではない。
さらには、史実と異なり、朝倉宗滴が丹後まで一色や逸見の軍勢を追い返すといったこともなく、砕導山城までの侵攻となり、朝倉家は、京との間に若狭武田家という緩衝地帯を手にすることになる。
澄元派閥へと恩義を売ったと同時に、壁を作ったのだ。
実質的な属国とはいえ、澄元側としても文句は言えなかっただろう。
そうして、武田家と逸見・一色家の国境に近い、この名田庄の地は、ちょうど粟屋が入り込めず、逸見も拡大するだけの余裕がないという、絶妙な位置どりで存在することになったのだ。
しかも、少し前の戦のせいで、粟屋の戦力はほぼ全てが小浜の方へと向かっている。
こちらに残ったのは、文字通りの端武者のみだった。
「だから、簡単に名田庄の地を押さえられたのじゃな?」
「えぇ。この辺りが、名田庄を土御門家のものとするに至った理由であります。こちらの名も、その過程で広めさせていただきましたが……。」
「構わぬよ。しかし、これで、粟屋めにごちゃごちゃと干渉されぬ様になったというのは良いのぉ…。」
土御門家当主、有春と俺は、ある日茶飲み話をすることになっていた。
茶飲み話ついでに、昨今の状況について、この男に説明しているのだ。
有春は、今の俺たちの神輿だ。
土御門家の看板を掲げて、俺たちは周辺国を侵略してゆくつもりである。
まぁ、実務家の土御門の影響力はそこまで大きなものでもないが、安倍晴明の名は、この時代にも広く知られている。
だが、この名田庄の地に逼塞し、粟屋の傀儡に等しい状況下では、それもまたつかいようがなかったのだ。
そんな土御門家の主軸は、天文道である。
天文道は、空に映る星々などの天文現象から未来を予想する学問だ。
もちろん、未来の日本人なら分かっている通り、天文現象の観測をいくら行ったところで、大した予想などできはしない。
当然、死兆星などというものも存在しないし、星の光り方一つで変わるような運命もない。
精々が、月の大きさで潮の満ち引きが変わる程度だろう。
ちなみに、土御門家の本筋は天文道であって、暦を作ることじゃないことは言っておく。
そちらの方は、賀茂氏の役割だ。互いに影響しあっているとはいえ、京にいる賀茂氏とは異なり、名田庄に逼塞している土御門家は賀茂氏より一歩劣ってしまっていたのだ。
「しかし…、これも便利よなぁ。最初はなんの呪術かと思うたが……。」
「天竺(の方)より来たとも言われる数字ですからな。変わっておるのも当然かと。」
そんな土御門家に、俺が勝龍寺の宗立達を通じてもたらしたのが、アラビア数字にゼロの概念。
それに、未来の高校数学の全てだった。
「さいん…であったか?難解よなぁ。だが、やり甲斐があるわ…!」
土御門家の当主は、一族の算学士達を招集し、俺のもたらした数学の全てを学んでいる最中だ。
学ぶだけで、幾年もの時間がかかるだろう。だが、それでこの男達が諦めるわけはなかったが。
「そうじゃ、松永。」
「は、なんでございましょうか…?」
その時、有春が、俺にとんでもない提案をしてきた。
「お主、ウチの娘を娶れ。土御門の名を使うのでおじゃろ?そちらの方が、ようよう使いやすいであろう。」
土御門有春もまた、公家の一人である。
当然ながら、そういった蠱毒の中で培われてきた知識や技術は、確かに継承されているのだ。
「は?土御門様のご息女を、でございまするか…?しかし、当家では格が足りませぬぞ…?」
松永の家は、数代前までは土豪でさえない新興家だ。
安倍晴明の代からの歴史ある土御門には、全く及ばない。
婚姻関係を結ぶなど、考えうる限りでも、とんでもない無茶な行為だった。
「別に構わぬ。養女でおじゃる。とはいえ、壬生の実娘を当家の養女として、そなたに娶せるのじゃ。歴とした公家の娘ぞ?そこらの農家の娘を娶せるのとは訳が違うのじゃ。理解できるの?」
この提案は、俺に対する試金石であると同時に、楔でもある様だった。
壬生と土御門という二大公家と関わらせることによって、簡単に切り捨てられないようにしようというのだろう。
この両家だけでは、いささか圧が足りないとも思うが。
どちらにせよ。
俺は、土御門家と姻戚関係になることとなった。
この早い段階での土御門家による松永の取り込みが何をもたらすのか。
それは、まだ俺自身にも予測不可能なのであった。
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