第42話:道三と未来を語った
◇永正十五年三月
松永庄五郎道三。
史実の名前が、恐らくは斎藤道三。
この庄五郎道三という名は、俺が付けたものだ。
分かりやすいように、あえてそうさせてもらった。
道三という名を思い出すたびに、警戒心が湧くように、と。
まぁ、諱だし、実際にはほとんど呼ばないだろうけどな。
仮名は、庄五郎だから、ほとんど皆がそちらで呼ぶだろうと思う。
「庄五郎!すまぬ、ちょっと来てくれぬか!」
俺がただの子供ではないことは、既にこの地に集まった者には知られている。
まだ、見た目がただの子供だから、侮る者も少なくはないけど…。
賊を蹴散らしたり、開墾の指揮を取ったり、新しい商品や工夫について指導したりと、普通のこどもにはできないようなことばかりしているので、本性みたいなのが知れ渡っているんだよね。
「久秀。何か用か?」
母上と結婚してからの庄五郎(道三)は、俺のことを実の子だと思い扱うと言ってのけた。
それからというもの、実際に俺のことを子供扱いしてくれる、いい父親だ。
俺から、技術や知識を盗み出そうとする"様"は、少し滑稽にも映るが。それでも、いい父親足らんとしているのは真実だ。そこに疑いはない。
史実の斎藤道三は、裏切りの連続だった。
けれど、俺からすれば裏切られる方が悪すぎる。美濃の土地を守る事に主軸を置いていた道三が、あの連中を見限るのも良くわかるのだ。土岐とは、それほどまでに酷かった。擁護のしようもない程度には、酷かったのだ。
ちなみに、俺の名も諱であるが、諱のまま呼ぶようにと伝えてある。
コイツらになら、別に呼ばれても構わんし、そもそも諱なんていう文化に馴染みないしな。
それが逆に信頼の証ぃ、みたいに扱われているのは、少々癪だが。
「今後のことだ。地と屋敷の方へ来てくれ。」
俺は、道三を自身の屋敷へと誘った。
松永の名を、未来にまで残すために。
屋敷の畳に座り、俺達は、蚊帳の内から二人で夜空を見上げていた。
残念ながら、色っぽい雰囲気なんてものはない。
道三も俺も、衆道趣味なんてものはなく、恋愛対象や制欲の対象は全て女性なのだ。
必要とあらば、そう振る舞うこともできるのだが、ことこの場においてそんな必要はなかった。
「で?久秀。誠、何の様で俺を呼んだのだ?」
道三は不思議そうに、俺に問いかける。
本当に、何の思惑も疑念も、何一つ持っていない様子だった。
俺が道三を排除しようとするとは思わないのだろうか?……思わないのであれば、それはそれで嬉しいものだが。
「今後のことで、少し話をな。」
俺がしたかったのは、本当にこの家の今後についての話だ。
史実から外れ始めているこの世界線。
その先で、俺達が手にすべきモノを、お互いの間で擦り合わせておこうと思っただけである。
「道三。主は、何を求めて武士となる?」
「なにを…?どういう意味だ?」
道三は、俺を見つめながら首を傾げる。
行燈の火が、お互いの顔を照らし出す。
月明かりが庭の上から注ぎ込み、うっすらと行燈以上の範囲を照らし出していた。
「そう難しいことではない。ただ、幕府に使えたいのか?将軍になりたいのか?はたまた、別の何かを手にしたいのか、その辺りを聞きたくての。将来の……未来のことだ。」
道三が武士になりたがっていたことは分かっていた。
しかし、武士になってから何をしたかったのか、それは分からないままだったのだ。
「未来、か……」
道三には、それがどんなモノなのか、はっきりとした答えを持っていないように思えたのだ。
まぁ、なんだ………
能力はあるが、具体的な構想を何一つ持たずに未来を語る、典型的な若者。
それが、ここにいる道三。山崎屋庄五郎…いや、松永庄五郎道三であった。
「具体的な、と問われると、そうだな……。強いて言えば、幕府なりから役職を受け、若狭辺りで守護となる程度は思いつくが…。」
「それは、具体的とは…」「言わんな。分かっとる。」
正直、守護となる程度なら簡単だ。
血筋と力、あとは選択する勢力さえ誤らねばなれる。
今なら、澄元なりと結びつき、武田家から実権を奪えば、問題なかろう。
血筋は、武田の娘辺りとの婚姻でも十分だろう。それ以上を望むのなら、流石に色々と不足するものが出るだろうが。
得るだけならば、その程度には思いつく。
「……ないな。具体的な構想はない。だが、今の守護や管領などより、遥かに良き統治はできると思うておるぞ?……流石にお主ほどには、難しいが。」
道三の言には、確かな裏打ちはあったが、具体的な構想は何一つない様だった。
実際、そこらの管領や守護以上の能力は持ち合わせているだろう。
だが、今まで以上にというのは頷けなかった。
政治に必要なのは単なる能力ではなく、人から好かれるかどうかという要素も大きかったからだ。
その部分が欠ける道三には、そこまでの結果を出せるとは思わなかったのだ。
「…確かに、能力はあるだろうな。管領よりもうまくやれる可能性も、なくはない。が、ダメだな。」
道三は、俺の言葉にムッとした表情で返した。
「何がダメだと?俺に何か、足りぬものでもあるというのか?」
「あるとも。」
俺からすれば、それは明白だった。
この男にも、カリスマと呼べるべき人を惹きつける能力はある。
けれども、この男のそれは強烈に過ぎ、人を選ぶのだ。
惹きつけられる者はドンドンと惹かれてゆくが、そうでない者を遠ざけ過ぎてしまう。
間違いなく、この男が管領なり守護になった時には、騒乱が起きることだろう。
実際、美濃を支配した際にも、この男への好き嫌いのみで反対勢力が築かれているのだ。偽りないこの男のカリスマによる悪い面が出たものだった。
「まぁ色々あるが、大きなものは二つ。単純に具体的な構想がない、それとお主を嫌う者は何処までも嫌い続け、そのものが騒乱を呼ぶこともあるということだ。構想についてはなんとかできようし、お主を嫌う者は俺が取り込めば良い。最後は、お主が母上との間以外に娘御を作れば良いのだ。それで解決できよう。」
「嫌う者……か。」
「あぁ、お主は好き嫌いが分かられる為人であるからの。嫌う者も出るさ。だが、好く者も多い。それは自覚しておろう?」
俺の言葉に、道三は頷いた。好かれるということには、自覚があるようだ。
「だが、具体的な構想というのは何だ?将軍にでもなれというのか?流石に、それが不可能だということくらいはわかるぞ?」
将軍になるということも、一つの手段ではあるが……
それを俺は望んでいなかった。二番煎じどころか、俺の知る限りでは四番煎じになるし、鎌倉や室町、江戸の繰り返しなど欠片も面白みがなかったからだ。
「そんなつまらん事を言うものかよ。どうせなら、大臣にでもなる方が良いわ。将軍になぞなったところで、結局は鎌倉と室町の三番煎じではないか。つまらんつまらん。面白みのカケラもないわ。誰にでも先が予想できると言う意味では、悪くないのかもしれんが、俺達にそれをする利があると?そんなつまらんことで、これからの一生を使うつもりなのか?お主は。」
「……………いやそれは…。」
二人ともが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
将軍となって、今の管領や幕臣らに使えられ、利用されるだけの未来を想像しただけで、反吐が出そうな思いだった。
道三も何かしら想像したのだろう。お互いが、親子であることを示すかのように、同じ表情をしていた。
「で、あろう?だから、俺がお主に示すのは、将軍などとっとと切り捨て、"朝廷を主軸とした世"を作ることよ。他にも構想は思いつくが、これが一番マトモだ。時間も掛らんしな。」
朝廷の威光を復活させ、そこに俺達の名前を、官位なり新たな幕府のような何かを開くことによって刻ませる。
その方法こそが、俺が示せる一つの具体的な解だった。
「朝廷……?将軍を排するのか?しかし、それでは武士がついてこん。そこはどうするのだ?」
「時間はかかる。だが、単純に将軍を潰すだけでは、世の武士が嫌悪するだけだろうな。だから、将軍という者を徹底的に貶めねばならぬ。我らが仕留めるのは、"敵の権威"そのものぞ?朝廷、帝の権威を高め、将軍の権威を貶める。そうすることで、我らが新たな"府"を開くキッカケを生み出せるのよ。」
「権威……。人を狙わず、人の評判でも狙うというのか……?」
山崎屋として働いていた庄五郎(道三)には、『相手の評判を狙う』という方が理解しやすかったらしい。
彼自身、一文銭の穴に油を通すなどのパフォーマンスで、自分達の評判を高めるなど、いくつもの名声作りを行ってきているのだ。それを狙うという俺の案には、すぐにも適応できた。
「お主に分かりやすく言うならば、そうなるな。敵商人の評判を貶め、こちらの評判を上げる。簡単に言ってしまえばそれだけのことよ。戦の勝ち負けも、評判に関わらぬのならば、どうでも良いというわけだ。」
「なんということを…………」
商人の道三にとっては、山崎屋庄五郎としての道三にとっては、この戦の様相がこの上なく理解できた。
それが、これまでの武士の戦とは、大きく変わってしまうものだということも。
十歳の子供に、教えを受ける三〇歳。
二人の姿は、傍目から見ればおかしなモノだったが、この地に住む者なら誰しもが納得するだろう光景だった。
「……となると、戦で狙うのは単に兵や将ではなく、それらの心や評判となるのか……。しかし、それで本当に倒せるのか?」
道三には疑問だったのだろう。
評判を下げただけで、武士が倒せるのか?と。
実際に、戦ってきた道三からすれば、そんな手法は幻想にしか思えなかった。
「それだけでは勝てんよ。だが、戦はとてもとても楽になる。」
「……楽に?」
「例えば、そうだな…。相手が細川澄元としようか。三好に囲われたコヤツを倒すのは大変だろうが、できなくはない。」
「ほう?どのようにして倒すのだ?」
それから、俺は澄元の倒しかたについて話してゆく。
「そうさな。最初は経済から攻めるか。奴らの資金源はなんだ?」
「四国の農地…だろうが、それがどうしたのだ?評判や心という話ではなかったのか?」
「いや、合っているぞ?なら、それらの農地で取れる作物が、暴落すればどうなる?例えば、米が増産され、米価格が半減したならどうだ?」
俺が話しているのは、経済戦争についてだ。
史実の斎藤道三という男に、経済戦争の基礎から叩き込もうという算段だった。
「どうなると言われてもな……。暴落したのなら、米を買えばいいだけだろう?細川や三好のような大家なら、それが可能だろう。戦に使っても構わぬだろうしの。」
「いや?戦にもならんよ。米の量が増えて、米の価格が下がる。これによって起こるのは、農家の収入減少だ。つまり、米農家が困窮する。そうなればどうなる?一揆だよ。」
米価の暴落は、米ばかりを育てる今のこの日本にとって、とてつもない打撃を与えるだろう。
もちろん、米が増えるのだから飢えるわけではない。
しかし、"米"という売れるはずだった商品が値崩れを起こすことで、大半の米農家は生活ができなくなる。
しかも、獲れたはずの米は、収入減少を嫌がる武士達によって更なる収奪が行われる、などということもありうる。
結果、起こるのは米農家らによる一揆だ。
そして、この日本では米を育てる農家ばかりなので、この事態は全国で起きるだろう。
武士が存続できるのか、見ものだ。
「なぜ…?なぜ、一揆になる!米が増えたのだろう?米価が…、いや、そうか。米が収入の大半…。その収入を断たれたものは一揆を起こす他ないのか……。」
「あぁ。もちろん、世の中 米ばかりじゃない。しかし、米に囚われたこの土地の者は、米によって滅ぶことになる。戦などで消費が進めば、米価も上がって多少はマシになるだろうがね?」
米価の変動は、日本の大半を占める農家の生活を左右している。
これの差額によって、商人らが大きな収入を得ることにも繋がっているのだから尚更だ。
農家→→→武士→→→商人
この流れが、米の流れであり、それぞれの生活を支えるシステムなのだ。
しかも、米価の転落が起こすものは、農家の一揆や生活の激変だけではない。
武士の略奪対象さえも変えてしまう。
これまでは、青田刈りのように、隣国や隣村の田畑から奪い取っていれば良かったものが、利のない無駄な行為になるのだ。
狙われるのは、武士でも農家でもなく、"商人"となるだろう。
狙われる理由は様々だ。
───商人のせいで、米の価格が下がった。
───商人なら、金を持っている。
───商人が……
しかも、商人から略奪すれば、商人が寄り付かなくなり米価は上がるのだから、事態は最悪だ。
誰も得しない行為なのに、行動を起こした者の思惑通りの結果となるのだから………。
最後には、商人が悪役とされて、商人の活動がこの日本から消え去るだろう。
俺は、そこまで予想して、道三に聴かせた。
「そ、それは……」
「今の世の中で米価が下がれば、実際にそうなる。(江戸時代のように、武士の身分が保障されておれば別だろうが。)」
まさしく、世の中はひっくり返るのだ。
……ただ、これはいきなり米が増え、米価が暴落したままになった場合である。
世の中、そこまでいきなり変化が起きたりはしないものだ。………余程の革新的なことでも起こらない限りは。
「否定は、できんな。しかし、そこまでいきなりに、米が増えるようなことが起きるか?その前提そのものが、あり得ないことのように思えるが……」
「起きんな。普通ならば。」
「普通ならば?……待て、どういうことだ。」
俺の言葉に不穏なニュアンスを感じ取ったのだろう。
道三は、俺を問いただすように乗り出してきた。
「………俺がやっている水田の改良。それは知っておるな?」
「知っておるよ。得竹の御仁に任されたアレだろう?だが、あれの収穫は、他とそう変わらなかったとも聞くが?作業は、楽になった様子だが……。」
「今年は分からんが、来年には倍増だな。アレは、時間をかけて土地を改良していくものだ。だから、年々収穫量が増えていくことになる。限度はあるが、初めて五年で、大体二倍になると思うておれば良い。もちろん、不作もあるだろうが、それでも今の不作ほどには下がらぬよ。」
「……………………………」
道三は、俺の言葉に声も出ない様子だった。
それが事実ならば、米価の暴落は十年と経たぬ内に起こりうる現実だからだ。
しかも、不作の時でも収穫量がそれほど落ちないとなれば、それだけでも注目の的だ。
誰もが、その手法を知りたがり、奪いにこようとするだろう。
単なる戦以上の騒乱になることは、目に見えていた。
「な………」「な?」「なんということをしておるのだ!お主はぁぁ!!!!」「……っ!」
「が……み、みみが…ぁ…」
唐突に大声で怒鳴りつけられ、俺の耳がキーンと音を立ててやられてしまった。
もちろん、難聴とかそういったものではなかったが、この大声には参った。
「お、大声を出すな。耳がやられてしもうたではないか。」
「無理に決まっとるだろう!このままでは納田終どころか、我らが手にした名田庄の地も全てが灰燼に帰すのだぞ!!それを安穏と見ているなどできるものかっ!しかも、お主、分かっておってそうしたな?!なぜ、もっと早うにそれを言わぬのか!今からでは間に合わん……、一体どうすれば………。」
道三の、ここまで不安に駆られている様子を見ることになるとは、俺も予想外だった。
この程度のことは、笑ってスルーするだろう、くらいに思っていたからだ。
だが、先の構想ができている俺と異なり、コイツにはそういったものがなかったのだった。
それを忘れていたよ。
だって、なんの対策もせず俺の予想通りになれば、多少周辺を切り取ったところで、世の中は滅茶苦茶になるからな。
若狭を手に入れた程度では、この抑えは効かないだろうし。
「問題ないよ。それを伏見稲荷大社に任せればいいんだから。その為に『座』という仕組みがあるだろう?」
俺の予想した未来を覆す対策。
それが、新たな『座』の構築だった。
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