第41話:結婚式があった
◇永正十五年二月
「……それでは、これで松波庄五郎殿と松永静音殿との婚姻式は終わりとなりますな…。しかし、誠によろしかったのですか?若様。」
青木や九郎は、俺に庄五郎と母上との婚姻を考え直さないのか?と尋ねてくる。
庄五郎に話を通した後、俺は母上に庄五郎との婚姻について話を通しに行ったのだが、母上はあっさりと認めてしまった。それはそれで、釈然としないものがあったのだが、どうやら、庄五郎のことは以前から見知っていた様子だった。
むしろ、「私みたいな老女で本当に良かったの?」などと言ってくる始末である。
呆れてものも言えなかったが、まぁ、どちらにとっても悪いものではなかったのだ。ヨシとしよう。
「しかし、得竹殿は納得しておりませんぞ?……あの方は、静音様にご執心ですからな。」
得竹は、自分も婚姻しているくせに、母上の相手に庄五郎が名乗り出ることそのものに納得がいかないようだ。
「相応しくない!」などと、公言して憚らないという。
この男も、多少は役に立っているので斬りたくはないんだが、いざとなればやってもいいぞ?とは庄五郎に言ってある。
その程度には、得竹に対して俺の気持ちは薄い。
真剣に役に立たん。
庄五郎の方が、万倍は役に立っているのだ。
母上への忠誠心は本物だが、実際には忠誠心というより執着心だし、厄介ファンのような奴なのだ。
こんな奴でも、読み書き計算はできるし、人をまとめることも不得意ではないから管理職としては使える人材なんだよな……。
今の状況では、切ってもいいが切るに切れないという絶妙なラインである。
だが、こうして庄五郎を取り込み、庄五郎の妻であった"お万"についても、娘ができれば、その娘を俺の嫁とすることで合意している。この時点で、山﨑屋は完全にウチへと取り込み、どちらがどちらを飲み込んだのかさえ、分からない様になってしまっていた。
だからこそ、九郎や青木も強くは言ってこないのだろう。
所詮、祖父の代から始まっただけの、歴史浅い国人に過ぎないのが"松永"という家だからな。
一族や親族なんてものさえも、ほとんどいないのだ。
精々が、弟の不動丸と妹の静愛くらいである。
妹や弟との仲?知らん。母上のところに行った時などに、たまに会うくらいだ。
遊び道具などは渡してやっているし、気のいい近所のお兄さんといった所だろうな…。
実の兄などという感覚もあるまいよ。たぶん。
母上と松波庄五郎との婚姻式は、三日ほどの日数を掛けて、しっかりと行った。
土御門家の協力も得て、公家の方々にも参加してもらえたのだ。
国人と一商人の再婚の儀式に、それだけの者が集まるなど、これまでにないだろうな。間違いなく。
昨年には、勝龍寺の寺の再建も済んだ。
あまり規模の大きなものではないが、それでも寺は寺だ。
祈りの場としてのみ置いてあるだけで、ほとんど誰も寄りつかないのだが、いいのだろうかね?
たまに、母上や僧侶の誰かしらが、掃除に行くこともあるらしいんだが……俺は見たことないんだよな。
「しかし、朝倉があそこまでやるとは……。朝倉宗滴でしたか。なかなかの御仁ですな。」
九郎は、昨年あった朝倉の戦について話した。
昨年の初頭、若狭武田元信が、一色の延永氏や反乱を起こした逸見によって攻めかけられた際の話である。
永正十四年の六月には、武田は、もはや立ち直れぬ程に敗走し、小浜の土地までをも失いかねぬほど追い込まれていた。
私自身、あの時ほど緊張したことはなかろう。
大内義興の帰陣が早まったことの影響が、あそこまで早く訪れるとは、夢にも思わなかったからな。
なにせ、史実では、将軍足利義稙に救援要請を出すことで回避した事態であったというのに、その義稙が、大内と共に周防国へと行ってしまったのだから。正直、笑い話どころの騒ぎではなかった。
逸見が勝っておれば、この地の支配権も貴奴に移り、当家も搾り取られておったろうからな。
本当に、今の結果となって良かったと、心から思うておる。
朝倉には感謝ぞ。
「ですが、武田はもうダメでしょうな……。」
「小浜の津料に、東の三方郡、あとは越前商人への無課税…だったか?あれでは、再起もできまい。名田庄を支配しておった粟屋も、この地に戻ることさえ叶わんのだ。我らとしては万々歳であろう。」
将軍経由での要請で救援を行うのと、若狭武田家から、"直接救援"を頼まれるのとでは意味がまるで違う。
将軍からの要請では、将軍に対価を要求すれば良い。実際には、対価は断るのが常とされるがそれはともかく。
しかし、直接救援要請を行えば、武田家から朝倉家への対価支払いが発生するのだ。
それを朝倉が逃すはずもない。
だが、小浜を落とされては、武田家の命運も尽きる。
背に腹は変えられなかったのだろうな……。
哀れだが、俺達にはどうしようもない。
助けられたとしても、助けなかっただろうしな。
「粟屋も、もはやこの地には干渉できませぬし、名田庄は我らの地。これでまた、選択肢が増えますなぁ!……人手も、増えてくれればよろしいのですが…?」
「……………働き手は増えるぞ?」
九郎の顔には、なぜか翳り《かげり》が見えた。
いや、分かっている。分かってはいるのだ。
九郎に今割り当てている仕事は、土地の子供らの教育全般だ。
工房の救援や銭勘定などでも、呼ばれることがあると聞く。
俺からの教育を長年受けておったせいで、コヤツの技能はこの時代に合わぬほど高度なのだ。
新たな人材を求めておるからこそ、こうして教育分野へと割り振っておるが、そうでもなければ俺もそばに欲しいくらいの人材である。俺の育てた奴だぞ、勝手に使うんじゃない。
「若……謀反を起こせるのは、逸見だけではないのですぞ?」
「……………;」
こ、こやつ、主人を脅しおるのかっ!?
俺だとて人手が欲しいのだぞ?使える人材がっ!
「ほ、ほら、お主が育てた者も増えてきておるだろう?そういう者から───」
「えぇ、えぇ。増えておりますよ?育てた端からあらゆる分野に取られてしまいコチラにはひとりも残ってはおりませんがね?しかもその者達からももっともっと人が欲しい人材が欲しいとせっつかれ私は休む間もなく働いておるのですさくらも最近は会ってくれませぬし最後の砦であった布団の中さえも休む間もなく…………………………」
「わ、分かった!なんとかする!なんとかするから!そろそろ、その物言いを止めろ頼むからヤメテクレ!怖いのじゃ!」
「………頼みましたからね?若様。」
九郎も、いい加減限界が近いようだ。
俺がこの地に来て作り出したものの中には、羽毛布団なども存在する。
蕎麦殻の枕や羽毛布団は、俺の配下には最大の下賜品なのだそうだ。
その恩恵によって、コチラに来たというような者さえ存在するほどに。
庄五郎が謀反を起こさない理由に、お万や静音、その他侍女達も含めた女性陣の心を掴んでいるということがある。
化粧品だけでなく、そうした日々の疲れや癒し、そういった部分にも未来の日本人らしく気を遣っているのだ。
単に、この時代に合わせた生活をするだけが、正解ではないのである。
「ですが、庄五郎殿が静音様とですか…。若様も思い切りましたな?"使える者は親兄弟でも使う"とは、このことでありましょう。」
「あの庄五郎殿は、一部の界隈で有名であったからな。顔も良く、商売も達者。しかも、武芸にも秀でておる。あれで惚れぬ女子はおらん。母も、悪くは思わんだろうと思うておったのだ。父の時に、散々苦労させたのだ。母には幸福になって欲しいのだよ、俺は。」
「若様………………そういった配慮を、私達にも向けてくださればいいのに(ボソッ)」
「…………;;」
何やら不穏なことを呟く九郎をスルーし、俺はそのまま仕事へと入った。
───松波庄五郎は、松永庄五郎道三としてこの日、松永家に入ることとなったのである。
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