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ボマー松永久秀の投資戦略  作者: 斎藤 恋
名田庄納田終編

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第39話:松波庄五郎との出会いがあった

◇永正十四年九月



「若様……。また、京からの避難者です…。」



最初の避難者が来てから二ヶ月。

この地には、少しずつではあるが、着実に避難者が詰めかけるようになっていた。

京の地は、二人の細川の争いによって荒れ果て、三好の略奪によって京の商家や下位の公家らの居場所は、既に京の地には無くなっていたのだ。


詰めかけてくる避難者の総勢は、既に五〇〇名に達しようとしていた。

そして、その分だけコチラの負担も大きくなる一方だったのだ。



「もう、キャパオーバーだぞ……」



俺の仕事量は、既に俺の手を離れ、虚無の彼方へと行こうかというレベルである。

既に建前を捨て、土御門家に滞在中の勝龍寺の面々や、母上やその侍女達、土御門家の面々ややってきた壬生や清原一族にさえ手伝いを任せ始めているのだ。


色々なことを教えている孤児達からも、文字書きや計算ができるようになった者から順に、片っ端に補充を行っている有様だ。

もはや、当初のような余裕など見る影もない。……いや当初からかなりの無茶をしていたが、それ以上かもしれないな。



「きゃ…?もうなんでもいいですが、どうすれば、仕事は減るんでしょう…?この書類仕事が終われば、今度は家の建築ですよ?もう、無理ですよ…。建材も、山から相当量刈り出してますし、このままだと、若様の仰る様に、土砂崩れなんかが起きたりするんじゃないですか…?」



計画性のない建築に、計画性のない伐採…。

思いつく限りの知識を教えてはいるが、そのほとんどが生み出すものばかりで、管理する側の知識が与えられた者は少ないのだ。

人手が増えるにつれて、納田終の地は賑わってはいたが、それは管理された繁栄でなく、無秩序なモノに成り果てる寸前……いや、既に無秩序となった繁栄がそこには存在した。


幸い。


本当に幸いにして、北と南の繁栄した地が争いで行き来しづらい為に、この無秩序さが広まっていないことだけが、久秀にとっての安心材料ではあった。




「しかし、若様。いいかげん戦える者を纏めませんと、このままでは土地が荒れますぞ?」


九郎は、俺に対して忠告する。

だが、そのようなことは、俺自身が理解していたのだ。

それでもなお、荒くれ者達をまとめ上げるだけの人材が、青木や得竹しかいないという事実が、俺達を苦しめていたのだ。



「青木や得竹を、専任で使えれば、何とかなる…かもしれんが。今は期待薄だな。」


「……やはり、それしかありませんか?」



得竹には、水田や畑の開墾などの管理を。

青木には、浮浪者全体の管理を任せているのだ。


彼らの業務とて軽くはない。


そもそも田蔵のように、ちょっとモノを教えただけで管理者ができるようになる人材など、そこいらに転がっているはずもないのだ………。彼は彼で、相当に貴重な人材であった。




人手不足。

ここまでは、それだけの話で済んでいたのだ。


だが、九月を過ぎたある日。

その人物が訪れた時より、事態はとんでもない方向へと進んでいくこととなる。




「え?山崎屋とかいう商家の者が来た?……待て、どういうことだ?」



その日、俺の下に来た報告は、油を扱う"山崎屋"という大手商家が、この納田終の地にやって来たというものだった。

山崎屋といえば、俺自身も噂を聞いたことのある京の大手油屋だった。

それが何故、この納田終の地に……?


ここまでの大手の商会だと、近江坂本方面に逃げる方が正解のはずだろう。

だからこそ、俺は疑念を持ったのだ。



それに…………山崎屋という油屋には、松波庄五郎という男が入婿として入り込み、元々は奈良屋という屋号だったこの店を乗っ取ったという話もある。


史実において語られる、その男のまたの名を──────"斎藤道三"という。




「おぉ!貴方がこの地をまとめ上げるという、御方だとか!噂は聞いておりますぞ?」



その男は、鍛え上げられた鋼のような肉体を、俺に見せつけるように話しかけてきた。

その膂力のありそうな男の名前こそが、松波庄五郎。


歳の頃を、二十四。



「これはこれは……。京でも名の知れた商家、山崎屋の方に知っていてもらえるとは、光栄ですな。」


「なぁに、松永様も京では有名にございますよ?………京で荒稼ぎし、孤児達を連れ去っていった人喰いの妖怪として……。なんて、冗談ですよ!ハハハハハ!」



京で荒稼ぎ……。知られていてもおかしくはないが、勝龍寺の影に隠れ動いていた俺のことを、早い段階から見ていた、と言いたいのだろう。本当に一筋縄では行かない相手のようだ。



「ははは…。それはそれは、面白い噂もあるようですな。私は単に、行き場のない子供らを、引き取って育てておるだけなのですがね。ただの道楽ですとも。」



俺の言葉を聞き、庄五郎がニヤリと笑い聞き返す。


「道楽、ですか。そんな道楽を、随分と派手に続けられるモノですなぁ。随分と稼いでおられる様子で、あやかりたいほどですな。」



応酬は終わらないようだ。

ただの逃げ口上では、納得して帰ってはくれないらしい。



「いやはや……。私など、単に勝龍寺の方々に、協力しておっただけなのですがな。貴方には、何やら誤解されておるらしい。買い被りでしょう。ウチにはそこまでの稼ぎなどございませぬよ。京から逃げ出した際にも、随分と失いましたしな……」



これは嘘ではない。

事実だけを言っている。

しかし、それで松波庄五郎という男が納得するかどうかは、別の話だ。



「ハハハハハ。……買い被りなどとんでもない。勝龍寺からは、随分と多くの銭を持ち出したようで。」


「……!」



庄五郎のその言葉に、俺は表情を変えない様に取り繕った。

これでも、前世で相応に交渉経験もあるのだ。

ポーカーフェイスくらい楽々できる。


だが、そうやって表情を取り繕ったことそのものが、向こうへの情報提供になっているとまでは読めなかったが。

向こうの方が一歩上の様だ……。



「これでも驚きませぬか?年嵩に似合わず、随分と老獪な方ですなぁ。しかし、流石に表情が変わらなさすぎでありましょう。勝龍寺からは、本当にそれなりの資金を持ち出したのですなぁ。本当に、流石と言ったところだ……。」


「庄五郎様、でしたかな?それを知って、何をなさろうというのです?当家には、武力もなければ資金力もありませぬぞ?少なくとも今となっては、ね。庄五郎様の期待に添えるようなモノは、もはやないと思うのですが……」



この松波庄五郎という男。

いや、のちの斎藤道三か、その父親となるかも知れないこの男を、俺は最大の警戒心を持って観察していた。

戦国の梟雄とも言われたこの男を、警戒せずにいられるわけがなかったのだ。




「さて、それはどうでしょうな。……どうやら、コチラにも色々と秘密がありそうですが?」


睨み合いは続く。

ニコニコとお互い笑顔を浮かべながらの鍔迫り合いだ。

一歩でも引けば、全ての財産を毟られるかも知れないという恐怖を持ちながら、俺は交渉を続けている。

向こうはどうなんだろう?コチラに、幾らかでも警戒してくれていればいいのだけれど……。



「お強いお方だ…。しかし、武田家の方もしばらくは落ち着かぬ様子ですしな。しばらくは滞在させていただきたく思います。」


「よろしいでしょう。……そうだ!もし、お手隙であるなら、コチラの商売を手伝っては頂けませんか?」



向こうが、矛を納めた隙を突き、俺はこの松波庄五郎という男に、仕事を委託してみる。

その内容は──────



「どうにも庄五郎様は、腕の立つお方のご様子。誠に失礼かとは存じますが、当家の者に、武芸なりを仕込んでは頂けませぬか?油屋の御当主様を雇うのですから、相応の対価もご用意いたしましょう。如何です?」



絶対に、大商人の山崎屋当主相手に提案する様な話ではない。

この男が、普通の商人であるならば、まず間違いなくこの話を蹴ることだろう。

あるいは、それを奇貨としてコチラに何かを飲ませようとするか。



しかし、この男がのちの斎藤道三だというのならば……



「随分と、変わったご提案ですな?ハハハハ。私に、その様な提案をする様な御方は、本当に初めてですよ。」


「では、受けては頂けませんかな?」


「…………何故、私にその様なご提案を?」



庄五郎は、山崎屋の当主であり商人の自分に、何故、護衛や兵士の面倒をみさせようとするのか、それが疑問だったようだ。当然の疑問だろうが。



「ハハハ。それは貴方様が、商人には収まらぬ方だろうと感じたからですな。単なる商売だけでは、貴方様を満足させられぬ様子だ。もっとその才覚や能力を活かせる場を、探しておられる様に見受けられましたからな。」


それは、一眼見た印象と、史実の情報から推察しただけの予想だった。

しかし、その言葉は庄五郎の心に、何がしかのモノを与えたらしい。



「………そうですか。さて…、その通りかもしれませんな。いいでしょう。私にできることなど多くはございませぬが、やれるだけのことはさせていただきましょうかな。」




こうして、斎藤道三……松波庄五郎という男が、松永の家に入り込むことになった。

それが吉と出るか、凶と出るのか。



だが、財務に長けるが、戦力という面では紙以下だったこれまでの当家に、一石を投じることとなった。それだけは確かである。


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ご読了ありがとうございます♪

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