第37話:歴史のIF、蝶が羽ばたいた
◇永正14年5月(西暦1,517年)
◆松永久秀:数え10歳
数ヶ月間の開墾作業は終わりを迎え、この頃になり、なんとかかんとか畑の開墾に取り組んでいる。
南川の側……ではなく、西にある山裾の傾斜面、河岸段丘のような地形に作業員を送り込んである。
木材の伐採も徹底して行い、それらも炭にするか建材にするかで色々と分配していった。
草花も、薬にならないものは、そのほとんどを灰にして土に混ぜていった。
草木灰は、使い勝手が良くて助かるのだ。
水田の方も、竹酢液や暗渠、竹炭など、様々な手法を取り入れた田んぼが完成している。まだ、八反程度でしかないが、それでも、十分な宣伝効果くらいはあるだろう。畑にも使ったし、相当な希釈が必要だが、こちらも使い所が多いのだ。
「既に、風呂鍬は好評ですからな。二月に配った焼き入れ済みの風呂鍬は、納田終の全農家で使われております。その効果は、絶大です。お陰で、こちらの工事にも人夫を派遣してもらえたので、本当に助かっておりますよ。ははははは」
俺達は、冬場に少しずつ作っていた工具や農具を、一部各農家へとタダで配っていた。
これは、こちらからこの地の者へ、これまでの領主(粟屋)とは違うのだということを知らしめ、忠誠心を得る為に行なった行為だった。
この風呂鍬以外にも、空気抜きの付いた田下駄なども配っており、それは今この時期にも使われている。
「田下駄の方も、大分人気の様子ですぞ?一期分が壊れた者もおりますが、その者も、こちらに金を払ってでも買いたいと申しておる様子。若も随分と人気でございますな?最初の頃、歓迎されなかった田圃の改良も、来年でいいなら協力したい旨を、ほぼ全戸の者が言うておりますからな!」
全戸へといくつかの農具を配り、百姓へと擦り寄った策は、功を奏しているようだ。
畑作りや田圃の改良にも、この地の百姓が働いてくれている。
最初に、田圃の改良の提案をしたときに比べ、圧倒的な人気である。
松永の名で行なったそれは、既にこの地の領主が粟屋から松永へと変わったことを、この地の百姓に理解させるきっかけともなった様子だった。
だが……、順調な納田終での開拓の日々と異なり、大きな問題もあった。
「主人さま……。京で高国が……」
「なん…だと……?!」
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◇永正十四年四月
この日、大内義興は決断の時を迎えていた。
西岡の土地に推薦した"内藤"の名が、存在しなかったからだ。
「……帰るぞ。」
細川高国と大内義興の間には、既にいくつかの問題が起きていた。
これは史実と異なり、京の南にあった大きな利権の問題を発端としたモノである。
その為に、高国と義興の間には少なからぬ溝ができていたのだ。
そして、最後のキッカケとなったのが、空白地となった西岡。
その地に就任させる者の問題である。
大内義興としては、政権の安定のためには、丹波の内藤氏を起用すべきという考えだった。
そうでなくては、政権の平衡性が崩れ、足利義稙の将軍としての地位が危ぶまれれるという事情からだった。
政治というのは、常にバランスが支配している。
バランスが崩れた時、政権というのは崩壊する。それは、歴史が物語っていた。
だが、この任命に意を唱え、自身の贔屓している"薬師寺"を採用したのが、管領 細川高国であったのだ。
この選択は、高国にとっては満足いくものだったのだろうが、義興にとっては納得いかぬものであった。
既にこの地への未練も薄れ、勘合貿易の為の切り札も手に入れたと考えている義興にとって、京にいるのは重石となりつつあったのだ。
実際、本国からは既に矢のような帰還要請の文が、文字通り飛んできている。
「この辺りが潮時だな……。」
義興は、配下へと帰還支度を命じ、伏見稲荷大社との取引も中断。
そのまま、帰還することになったのだ。
将軍、足利義稙も連れて……。
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◇永正十四年五月
将軍の動座が、しっかりした情報を伴ってこの地に来たのは、五月になってからのことだった。
大内氏が帰陣を始めたのが、四月の終わり頃だそうだ。
そして、将軍義稙が付いていくとなったのが、五月の直前。
数日の時が掛かったが、それ以上にこちらへの影響力ば大きかった。
まず、このことでの一番の影響が、当家と伏見稲荷大社の間にあった竹炭の契約が消滅したことである。
まぁ俺としては、なくなってくれて清々した気持ちだが。
それ以外にも、大内氏から受けている影響は大きい。
未だに切り蕎麦人気はあるらしく、再開してほしい旨が、稲荷大社経由で届いているくらいだ。
炭酒の生産は、少しずつ再開しているが、それもまだ少数。
こちらの技術を開示するつもりがないから、一本当たりの値段は天井知らずだとも聞く。
こちらは、伏見に契約通りの値段で卸しているだけなので、具体的な額は知らないが。
現状、ひと瓶が一〇〇文程度である。
十分な高級品だな。現代価格だと一本一万円くらいだろう。
大内家という巨大な消費団体の消失は、京都の商人に多大な影響があるのだ。
俺達も、翌年を想定していたからこそ、この大内家の離脱には、苦々しい思いしかない。
なんといっても予想外なのだ。
来年まで、もっと稼ごうと思ってたのに!
そして、義興とともに旅立った将軍 足利義稙のことも問題である。
これによって、細川高国の没落が確定。
しかも、史実より遥かに早い滅びが確定したのだ。
この影響というのは、相当に大きい。
何より、三好家の現当主である三好之長の敗死回避が、一番大きな変化だろう。
高国との戦において、三好長慶の曽祖父が生き残ることは、その後の三好の歴史に多分に影響してしまう。
だって、これだと元長が若くして当主になることもないじゃん!高国の失脚が前倒しになったせいで、長慶の幼少での当主就任もなくなるしさ!歴史は、もう滅茶苦茶だよ!
歴史IFというのは、本当に些細なことの積み重ねで起こっていくものなのだ、と俺は今回の件で実感させられたのだ。
「待ってくれ……本当に、待ってくれよ…。え?嘘でしょ?細川澄元もう来るの?しかも、義稙も周防国に行ったって?え?どうすんの?義晴の将軍就任って可能なの?無理だよね…?義稙の系譜はなくなるし、義維の系譜だけでやるわけ…?いや、義維に子供いたのか…?……いや、いる。義栄と義助が。………でも、これって平島公方家…。歴史変わっちまったよ…。」
平島公方家は、未来日本にまで生き残る足利の名家だ。
だが、このままだと俺の歴史知識は、完全に通用しなくなる。
「いくらなんでも早過ぎるぞ…!!」
少なくとも、あと数十年は使えると考えていた歴史知識が、一瞬で紙切れ以下になった瞬間だったのだ。
───未来が分からない。
それは、歴史知識を持って転生した俺にとって最大の危機であった。
「…………三好がどうなるか?晴元は」
報告を聞いたあと、俺は一人黙々と計画を練り直す他なかった。
細川高国が早期に失脚し、早ければ今年中には細川澄元と三好が京にまで来ることになるのだ。
未だ陣営の整わぬ俺達松永が、今後どうなっていくのか、予想もつかなかった。
しかし、こんなことを誰かに相談することもできはしない。
できたとしても、俺の欲しい情報を持っているわけでもない。
結局は、一人で悩むしかなかった。
「こうなったら……、こうなったなら、力で圧倒するしかない。金と技術……、俺達の優っている部分をぶつけてやる…!」
ありきたりな結論。
だが、俺に出せる案はその程度しかない。
既に、安穏とした未来は、俺の目には見えなくなっていた。
「勝つしかない…。勝つしか……!」
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