第36話:土御門有春と会った
◇永正14年3月
田畑や家の建設など、本格的な作業が始められる時期が来た。
これまでは、山間部の脅威が大きく(寒さ)、できないことも本当に多かったのだが、これからの時期は室内作業から室外での作業が大きく増やせる。
「やっと、暖かくなってきたな…。寒すぎて本当に何もできなかった。西岡とは本当に違うなぁ…。」
俺達は、この短い期間だけでも、室町時代 山間部の脅威に晒されていた。
冬の寒い山から吹き下ろす風、山のように降り積もった雪、岩のように硬く凍った土の地面。
この三つが、俺達に多くの制約を設けさせた。
外での活動を減らし、室内での工具や農具の作成に時間を割くことになったのだ。
だが、そのお陰もあって、道具の量に制限は少ない。
鉄製の工具の数こそ少ないが、これは未だに工房が簡易のモノしか建っていないから、どうしようもない部分だ。
俺は、集まった面々に次々と指示を出していく。
「田蔵、とりあえず、お前達は家の建設から始めてくれ。」
「うっす、分かりやした。」
田蔵は、当家では建設専門の職人だ。
彼には、まず家の建築を頼んでいく。
基礎工事から入らなければならないので、相当な手間になるだろうが、全部を任せる。
「得竹。お前は、水田を作り直している組の監督に向かってくれ。あ奴らには、湿田を乾田に変えるための改良を行わせておる。どうせ、初年度は利益が出ん。だが、5月の田植えには間に合うように工事させてくれ。」
「5月、ですか……。……あぁ、この辺りだとそのくらいなのですね…。分かりました。やってまいります。」
水田耕作組には、飛び抜けたリーダーがいない。
そのために、新しく入ってきた得竹に頼もうと考えている。
やることそのものは、携わってきた元孤児や元農家の者達が全て知っている。
「九郎、お前は俺と共に雑務だ。」
「了解いたしました。まずは何から?」
「土御門家との交渉や、伏見稲荷相手の書状の確認やらだな。土御門相手には、宗立達が話を通してくれているが、俺達からも土産の品を持ち込むべきだろう。特に竹炭や竹酢液辺りが、後々に効いてくるだろうしな。」
竹炭や竹酢液の効果は目に見えないが、この時代の者にとっては劇的だろう。
ほのかに香るだけの香料が、馬鹿みたいな値で売られるのが室町時代だ。
そんな時代に、竹酢液や竹炭などを使えば、それ無しではいられなくなるほどの効果を発揮することは間違いない。
「竹酢液、ですか……。アレは、何に使えるのです?」
「ふふふ…、色々だよ。俺達も今後使っていくことになるだろう。土壌改良にも使えるしな。」
「土壌改良…?というと、今やっている水田の…?」
「その通りだ。」
竹炭や竹酢液は、時間はかかるが土壌改良に有効だった。
竹炭には、田畑の土に混ぜることで、土の通気性や保水力を高める効果が、竹酢液には、土壌微生物の活性化や堆肥化を促進する効果があった。
そして何より、竹酢液が求められるだろう最大の理由、それは、竹酢液の持つ高い殺菌効果が、当時の米農家にとって最大の脅威である"いもち病"の病害を殺せるからだ。何倍にも薄めた竹酢液に、籾殻など種となる部分をつけ置き、いもちの病害を殺す。それが、この時代でもできる病害駆除の方法である。
まぁ、これだけで全てが完全に防げるわけではないが、この時代の農法と比較すればはるかにマシだ。
「これで、いもち病…不熟の病が防げるのだ。不作だろうと関係なしに、米が実るようになる。それが、どれほどの効果産むか、九郎、お前にも分かるだろう?」
「病…?不熟が病であることも始めて知りましたが…。そうですな。冷夏であろうと関係なしに実るとなれば、とんでもないことになりまするな。………このまま進めさせても宜しいのですかな?土御門…、はよろしくとも、粟屋辺りが騒ぎかねませぬが…?」
「………騒ぐだろうな。知られれば。(だが、一番効果が出る翌年は、確か"天下大飢饉"の年だ。知られれば、どころじゃない。確実にとんでもない波及効果が出るだろ。)でも、問題ないよ。」
大飢饉が起きることを予期し、俺達は行動するのだ。
無理矢理にでも、強引にでも。
全ては結果で、覆されるのだから。
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◇土御門家
「ほぉ?それが誠なら素晴らしいでおじゃるな。」
若き土御門家の当主、土御門有春は、こちらの持ち込んだ竹炭や竹酢液にも、強い興味を示した。
勝龍寺の者達が作り上げた伝手を使い、俺達もその恩恵に預かろうと狙いをつけていたのだ。
「で、ございましょう?こちらの品は、未だ京でも知られておらぬ品にございまする。土御門様の伝手なりを使えば、京の公家様方にも広められるのではないかと思い、お持ちいたしました。」
「ふむ?これらを京にまで持ち込むと?だが、粟屋には話を通しておるのかえ?」
土御門家の当主としては、粟屋が一番の気掛かりらしい。
粟屋氏の動向に、長年左右されてきたことが、土御門家が京のそばにいながら表立って出てこない原因だったのだろう。
「いえ、通してはおりませぬ。そもそも、今回の件、粟屋とは丸切り関わりのない話。土御門様がご決断して頂けるのであれば、粟屋に代わり、この松永久秀が土御門様を保護いたしまする。」
俺の狙いは、土御門家という公家の血縁や力そのものだ。
この連中の見えない人脈や権威、そして彼らの伝手や知恵こそが、俺にとっては必要だった。
「ちょ、ちょっと待て…待つのじゃ!あ、粟屋に代わる、じゃと?そなたらが?そ、そのようなこと、できるわけおじゃらぬ!む、謀反であろう!」
「お待ちを。」
土御門有春が、俺の言葉を聞き騒ぎ出したが、この者とて公家であるには違いがない。
粟屋へ不満はずっと溜め込んでいるはずだった。
だが、それ以上に、粟屋への恐怖が優っているからこその反応だったのだ。
「粟屋が、貴方様にとって恐ろしいことは重々承知です。しかし、粟屋など、所詮は雑兵。地方の雑魚国人にしか過ぎませぬ。我らの知恵と力。そして、土御門様のご協力あれば、間違いなく、粟屋など廃して見せましょう。」
俺からの提案は、土御門家からの粟屋氏の排除であった。
今の粟屋から見て俺達という集団は、戦力など何一つない、金を持ち金を生み出す技能や伝手を持った、流民の集まりにしか過ぎない。
武器一つ持たぬ俺達が、自分に逆らいようがあるとさえ考えていないだろう。
そもそも、それができるのならば、とっくにそれをしているだろうと考えているはずだ。
だって、俺達の大半は、年端もいかぬ子供ばかりなのだから。
「じゃ、じゃが、お主らは子供ばかりであると聞くぞ…?お主自身が単なる子供ではないか!た、確かに歳に見合わず不相応だとは思うでおじゃるが…。」
食事内容を、この時代の普通からは大幅に変えているとはいえ、俺の体はそこまで大きくはなかった。
爆弾スキルを何度も使用しているせいか、身体があまり大きくならないのだ。
これは、スキル使用の弊害であった。
「問題ございませぬ。そもそも、当家の育てる子供達は、これからどんどん大きくなりましょうし、常の雑兵とは質がまるで違いまする。我らのもたらす農法は、不作などものとも致しませぬし、武具の作り方も心得ておりまする。これでも、神仏の子として崇められている程度に、知恵はございますので。」
「そ、それは、何の保証にもならんでおじゃろう?!粟屋からどのようにして、土御門の家を守るのでおじゃる!?」
「あぁ、それならば、何の問題もございませぬよ。あと数年もすれば、細川高国は崩れましょうし、ここ武田の家も、こちらに拘っている理由もなくなりましょうからな。粟屋も、こちらに目を向けている余裕はありませぬ。その間に、我らは力を溜め、時が来れば、京へと赴くのです。帝をお支えするために。」
安定した生活を狙っているとは、以前に言った。
しかし、細川同士の争いをこの地から見守り続けるのは、困難だ。
京の支配者として君臨する気はなかったが、京の庇護者としてあり続ける必要くらいはあるだろうと、考えてはいたのだ。
「待て……本当に待つのじゃ…!つまり、お主らは、私を隠れ蓑にこの納田終の地で、力を溜め、粟屋らに反乱を起こすと?そういうことでおじゃるか……!!」
有春の表情は、恐怖で染まっていた。
しかし俺には、その瞳の奥に確かな希望の光もあるように窺えた。
「はっ。言い方は悪いですが、その通りにございますな。土御門家が、帝の宸襟をお守りする。それが我らにならできまするぞ?武家の争いなど、京の外でやれば宜しいのです。わざわざ、それを京の内に取り込もうとなさるからこそ、問題が起きる。かつての平安の世では、武家などおりませなんだ。今の時代が荒れておるのは、武家を朝廷が取り込もうとよからぬ動きを始めた故に御座いましょう!それを、土御門家の名を持って糺す!それこそが、公家としての役割ではありませんのか!?如何!!」
俺の狙いは、土御門有春の焚き付けだ。
粟屋如きの楔を、その身に持ったままでは困るのだ。
いいかげん、あのような小国人からは離れてもらわなければならない。
「じゃ、じゃが……。」
「なぁに。そう難しいことではございません。そもそも、力のない最初の内は、土御門様はこれまで通り過ごされて居れば良いのです。我らが土御門様に求めるのは、いざという時に共に帝の御為に働いて頂きたい。それだけなのですから………。」
「そうか……。ならば、私は──────」
こうして、俺達は土御門家の協力を得ることに成功した。
これによって、今後の展望が立ち、稲荷以外の京への伝手も手にすることになったのだ。
「いやはや、土御門家のような古来からの公家が、我らのような西岡の国人の指図に従うとは…。流石、主人さまですな。私には予想もできませなんだ…。それに、……」
「冬場にできなかった作業を、手伝ってくれる者も大勢出てきている、か?これもまた、土御門家の権威というやつであろうよ。今の俺達には毛ほども真似できん。」
本当に新興勢力でしかない松永家には、俺個人への信用のようなものしかない。
そんな俺達では、この納田終の地にいる者を動かすには、銭という対価で釣るしかなかったのだ。
それが、土御門の協力を得ることで、対価をほとんど支払わずとも手伝いの為の人手を借り受けることができている。
その違いは大きかった。
「土御門家サマサマというわけだ。これからも、どんどん協力してもらわんとな!」
「はっ!まずは、家と田んぼと畑と……。開墾作業が山のようにありますからな…。」
「それと、蜂箱作りも、だ。これがなければ、収穫量が格段に変わってくるからな。」
みんなが安心して住める家づくりに、
湿田から乾田への移行のための改良、
飢饉対策などを含めた食料増産の為の畑開墾、
その畑で育てる蕎麦などの農作物を効率よく受粉させるのに必要な蜜蜂の増産……などなど。
本当にやりたいことは山のようにあったのだ。
人手の協力があるお陰で、これらの作業が捗っていき、俺達の事業はどんどん整っていくこととなる。
長い時間をかけて、納田終の土地は、一足早く近代化の波が作られていったのであった。
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◇人物紹介
・土御門有春
永正十四年時の土御門家の当主。
実父は不明。養父の有宣が、永正十一年(1,514年)に82歳の年齢で亡くなっている。
史実では、中司大輔を経て、大永五年(1,525年)には、有宣が任じられなかった陰陽頭に就任している。
その後も順調に昇進し、土御門家の隆盛を築いた人物。
当時双璧であった、賀茂氏勘解由小路家の当主子息が、永禄7年(1,564年)に妻子を連れ京を出奔、キリシタンになった事態が起きた際、自身の四男を賀茂氏勘解由小路の家に入れ、相続させている。
これにより、賀茂氏と土御門の長年の争いは終息したといえる。
臆病に見えて、機を逃さない有能な人物である。
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