第35話:納田終の苦難の日々が始まった
◇永正14年2月
◆名田庄納田終
納田終の地に、京の喧騒は届かない。
京ではこの頃、様々な諍いの元が話し合われていたが、こちらにまでその影響は及んでいなかった。
京に滞在中の大内氏もこの地には何も手を出さず、土御門家と共に暮らす私たちは、ひとときの平穏を楽しんでいた。
「ふぅ…。これで新しい勝龍寺と私の邸宅に取り掛かれるな…。」
この地に移転してから一月。
俺達は、資材の供給に手を出し始め、建材の早期乾燥のために、炭の量産と熱気と煙による木材の乾燥を行っていた。
作り上げられた建材から順に、次々と家を作っていき、約100名分の家の建築を一月中には迅速に終えることとなった。
分業制と建材を組み合わせるだけで建築を終わらせる、プレハブ工程が迅速化の鍵となっていた。
俺達の家も一応は建設されたのだが、あくまでも、この時代の一軒家レベルにしか過ぎない。
今のままでは、当主としての威厳ある家屋ではないのだ。
資金面のみを考えるならば、良いことのように思えるかもしれない。
しかし、実際的には、カケラもいいことではなく、害悪でしかないという弊害があった。
当主の屋敷がどこにあるかわからないというのは、探す側から見れば不都合でしかなく、外交の面においても、「この程度の相手と……」と侮られてしまう危険性に満ちているのだ。
見栄えのいい服や家というのは、当主にとっては必要だったのである。
「いえ、しばらくは今のままいくしかないでしょう。」
「な、なぜだ?当主の家と勝龍寺の寺は、すぐにでも必要であろう?なぜ、先延ばしにせねばならん?!」
俺は、田蔵に噛みついた。
が、田蔵からすれば、そのようなことで怒られても無理なものは無理だという答えしか出せない。
「それが…、若様の提案してくださった方法ですと、板がしなるんですわ。曲がりがひどくて、寺や若様の邸宅には、とてもじゃないが使えやせん。やはり、これまで通り、一年は待っていただかないと……。」
建築用の木材というのは、内部に多くの水分を含んでいる。
その為、中の水分を抜くために相応の期間、乾燥させておかないと、生木が割れたり腐ったりと、建材として使えたものではなかったのだ。
今回のような、熱や煙によって燻す方法で乾燥させた場合には、急激な乾燥によって建材が大きく曲がってしまい、真っ直ぐで良質な建材というのは作れなかったという問題もあった。
そのため、田蔵は、翌年まで待ってほしいと、久秀を宥めていたのである。
「あ……そうか、そうだな。(急激な乾燥による曲がりか…。なぜ、その可能性に気づかなかったのか…)」
曲がった建材でも、家を作れなくはなかったが、とてもではないがいい家とは言えないだろう。
当主の家を作るには、向いたものではなかった。
「……仕方ない。だが、工房になら使えるだろ?そっちで使ってくれ。とっとと、金を稼いで、生活を安定させたい。厳念や得竹の連れてきた連中もいることだしよ……。」
「しかし、前触れなしに100名近い人間を連れてくるとは……」
「あぁ、本当に困ったもんだよ。食料も一緒に運んできたからまだマシだったが、あの時は、首を落としてやろうかとか、色々考えちまってたな。本気で、思ってたよ。あぁ、本気でな。」
「(あ、これ今も許してないやつだな……。若様の気持ちは、痛いほどよく分かるが…。)」
小浜へと稲荷の御師への挨拶と職人の雇用に行っていた二人だったが、彼らは結局、多くの食料と多くの孤児や下層民達を連れて帰還した。
事前連絡もなく、唐突に100名近い者らがやってくることになった為、納田終の地は、騒然とさせられた事は言うまでもない。
粟屋氏へは、事前に職人の雇用を言っていたから助かったこととはいえ、それがなければ、確実に騒動になっていただろう。
俺達は、皆で渾々とこのやらかした二人を説教することになった事は、言うまでもない。
「ごほんっ、まぁそれはもういい。アイツら含めて家の建設も終わらせた事だしな……」
「相当な無茶でやしたがね…」
「炭場も結構作れたし、あとは、山の中に幾らか拠点を作ってくぞ。工房だ、工房。」
工房は、炭の生産に使うだけじゃない。
鉄の加工や生産にさえ使えるものだ。
………だが、鉄鉱石か。大島半島の犬見に褐色鉱が埋まっているというのは知ってるが、流石に厳しいか?
納田終から、犬見までの距離が問題だ。
迂闊に行き来してしまうと、粟屋氏や武田氏に警戒させてしまうことになる。そんな迂闊な行動はできないよな……。
納田終から犬見までの直線距離は、12kmほど。
それだけの距離を、鉄鉱石担いで移動なんていう無茶は、あちら側に警戒を促すか戦争の動機にさせるだけだろう。
「しかし、だとすればどこから……」
どこから鉄を得るべきだろう?
俺は、それを悩んでいた。
砂鉄という手段があることは理解しているが、採取量が問題なのだ。
協力な磁石があるわけでもなく、簡単に砂鉄のみを採取、なんていう事はできない。
とりあえず、と思い、納田終の地で鉄が取れないかを調べさせたところ、この辺りを流れる南川には、黒い土が多く溜まる場所があるらしい。この黒い土は、砂鉄の山だ。
「ザルなんかを使って、選別するくらいしかできないかぁ……。」
精度の高い選別など、この時代には不可能である。
鉄穴流しなどという手法もあるが、この程度の採掘量で、どこまで効果があるかどうか……。
「悩ましいな…。」
工房が出来上がっても、俺の悩みは尽きないのであった。
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◇永正14年3月
竹炭の生産用の炭場や、砂鉄の選別や加工業を行う傍ら、元々、モデル用の水田で働いていた面々には、同じく、この地で田畑の改良に取り組ませていた。
村民には、評判が良くないが、土御門家の権威や粟屋氏から許可は得ているのだ、というゴリ押しで大々的に進めている。
色々と反発も多いが、望む者はこちらに協力させ、望まない者は「邪魔だけはするな」と、強く釘刺しだけは行っているのだ。
とはいえ、水路の改良など、利害が共通する部分も多い。
その為に、俺達は田んぼの整備から行っていた。
「そこはダメ、もっとこっち、右!違う行き過ぎだよ!もうちょっと左!そう、そこ!」
長い縄を使い、できる限り正確に四角く田んぼを整備していく。
それぞれの田んぼを、「収穫量が減ったならば、こちらで補填してやる」という約束と引き換えに、形を変えていっているのだ。
失敗すれば、被害額は膨大になるだろうが、失敗の可能性もすでに低い。
向日神社には、全てを放り出してきてしまったので悪いとは思うが、あちらでの経験がこちらでの改良工事に大きく響いているのだ。いい意味で。
「次はこっちだ!」
声を張り上げ、孤児達や元農家の者達が、改良工事に当たっている。
この子達も、実際の成果は見たことがないから、これによって、どれだけ収穫量が上がるのかは知らないままだ。
この、最初の改良に協力してくれた者は少ない。
合わせてみても、精々が8反程度の広さでしかないのだ。
収穫量だけを見れば、一年目ではそこまで成果は大きくない。
ちなみに、納田終は山間部。
冬の山間部の工事は地獄だ。
積み重なった雪の山に、凍り切った凍土。
総鉄製の工具もない俺達にとっては、本当に地獄もいいところだ。
それでも、俺達は必要だからという理由で、少しずつ作業を進めている。
こちらに持ち込んだ大量の竹炭も、相当な数を使ってしまった。
田んぼの改良も、1月と2月では、できることは測量や土地の縄張りくらいでしかない。
あとは、あるものを使って、工具・農具を作り溜めしていくことが、この冬にできる最後の作業だろう。
「………はぁー、寒いな。指が動かねぇ。」
「……仕方ない。仕方ないが…、山間部の寒さというのは、予想外だな。ここまでだとは、思ってなかった。」
京の西岡という土地にいた俺達が、いかに恵まれていたのかを教えられているようだった。
ここに来てからまだ、二ヶ月ほどでしかないが、本当に苦難しかない。苦難の連続である。
それでもまだ、俺について来てくれるものがこれだけの数いるのだから、本当に俺は恵まれているのだろう。
「……ありがとうな。こんな俺について来てくれてよ…。」
「ん?何か言ったか?若様。」
田蔵には聞こえなかったようだ。……いや、聞こえた上でスルーしてくれているのか。
しかし、本当に彼らには感謝しているのだ。
彼らの協力と熱意があるからこそ、俺は今こうしてやれているということを、改めて俺は実感させられている。
「……っ!よしっ、やるぞ!次の作業だ!」
「へへっ、あいよっ!」
俺達の新生活は、まだまだ始まったばかりである。
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