第33話:小浜に行かせてみた
◇永正14年1月(西暦1,517年)
ついに俺達は、危険地帯"京"を抜け出した。
この時代の京は、危険すぎる。
細川同士の争い、上京してくる勢力の策謀に、それぞれの勢力の内輪揉め……
どう考えても、安定した拠点とは言えないんだ!
だから、こうして京からちょっと離れた田舎街へと移住できたことは、俺達にとって幸いだった。
まぁ、京へ荷物を持ち込むのに、関税が掛かるのが難点だが。まぁ、必要経費だな!
伏見稲荷の伝手を使えば、それも減らせるだろうし、しばらくは安泰だと思ってる。
あとは………
「若様。そろそろ、当家の者だけでの建設は困難です。職人を京から呼びませぬか?」
こう言ってくれているのは、得竹雲水だ。元々、林家の被官で、俺の母に救われたという経歴の持ち主。
得竹は、母の指示で俺の下で働いてくれることになった。
彼が側で戦など、俺達が経験のない部分での知識や技術を享受してくれるのだ。
そのお陰で、俺自身の警備体制も大きく変わった。
この地で、新たに雇い入れた者もいるし、西岡にいる頃とは本当に変化したと思う。
「京から?それは流石に厳しいだろう。あちら方面を偵察もさせているが、関所のあった付近には、今もなお兵がうろついているそうだぞ?生半な者では超えられんだろ?それに、職人や兵を連れてくることもできん。」
「ですが、腕の立つ職人は必要でしょう?では、小浜はどうでしょう?あそこなら、武田家の勢力圏ですし、仲良くやっている若様ならば、手配もできるのでは?」
俺の屋敷や新たな勝龍寺の寺を建設するのに、職人の手配というのは必要不可欠だった。
それくらいは理解している。
俺が育てた建築屋達も、俺の知っている方法でしか建設技術を学べていないのだ。
この時代にあっているかどうかも分からない俺の手法では、限界があった。
「(そもそも、石灰はともかく、火山灰が手に入らんしな……。セメントが手に入れば一番だが、それは流石になぁ……)」
ローマンコンクリートは、火山灰と石灰がメイン材料となる。
しかし、今の俺の勢力圏では、石灰はともかくとして(周辺にある)、火山灰は存在していないのだ。
あったとしても、無茶苦茶過去の物で、量もわずかでしかなかった。
「正月も終えたし、そろそろ向かわせるか……。小浜なら、一言伝えるだけで雇い入れに行けるだろう。しかし、ウチの人間だけじゃダメだ。絶対に勝龍寺の僧侶を連れて行けよ?建前は重要だからな。」
「はっ!分かっております。では、行ってまいります。」
「おう、行ってこい。」
俺より、十数歳年上であるが、中身の年齢では俺の方が遥かに上だ。
「若いなー」などと、彼を見て思いながら、俺は次の仕事に取り掛かっていた。
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◇小浜
◆得竹雲水side
小浜の街は、京とは異なる賑やかさがある。
私は、若様の指示を受け、納田終の拠点から、この小浜の商業都市まで職人達を雇い入れに来ていた。
共に来ているのは、勝龍寺の僧侶、厳念殿。
数日の道中であったが、この者が有能であることは十分に理解できていた。
………賭け事好きなその性格だけは認められなかったが。
道中の村で、村民相手に賭け事で負け込んでいた時には、叩き斬ってやろうかと本気で悩んだものだ。
あっという間に取り返し、元資金より数十文増やしていた時には、なんとも言えない表情になってしまったが。
このような独特の輩からも慕われているとは、本当に静音様のご子息なだけはある、というべきなのだろうか……?
「で?ここからどうするんだ?」
破戒僧の厳念が私に尋ねてくる。
「それは、職人達の所に行って……」
「だから、肝心の職人ってのはどこにいるんだ?って聞いてんだよ。そもそも、いきなり押し掛けて会ってくれるもんなのか?確かに、上等な輩じゃないかもしれんが、職人だって人だ。他所者の仕事なんて簡単に受けるもんなのかね?」
厳念に言われて自覚したが、私たち今、正当な立場もない流浪に近い立場だった……。
「こっちじゃ、勝龍寺の名前も使えねぇ。ほとんど身一つでやっていくくらいしか……。いや、待て。そういやアンタ、若様から何か受け取ってないか?」
「ん?……何も渡さんぞ。これは若様から預かった大切なモノだ。貴様になどくれてやるモノか。」
厳念の言葉に、私は持ってきた資金を奪われると思い、警戒を強めた。
コイツは本当に信用できるのか?厄介者を、押し付けられただけではないのだろうか?
若様への想いが、段々と下がって来ているのが分かるが、コイツに金をくれてやるつもりなどない。
「金じゃねぇよ。この街の誰かへの、紹介状とかそういうのはないのか?って聞いてんだ。……というか、俺ってばそんなふうに思われてんのか?旅費に手を出したりなんかしてねぇぞ?」
厳念は、悲しそうにこちらを見るが、「道中での行いを思い返してみろ!」と、大声を張り出しそうになった。
コイツは、周囲から自分がどのように見られているのか、という感覚に乏しすぎる。
この男と一緒にいると、心の方が保ちそうにない。
……銭勘定や、見知らぬ者との交渉ごとなどに強いことは、分かっているが。
「……紹介状なら、ある。この街にいる伏見稲荷の御師へのものだ。」
「流石、若様!分かってらっしゃることよ!」
「何をそのように喜ぶのだ……。単に、稲荷の御師へと挨拶するだけだぞ?」
私には、この男がそのように喜ぶ理由が理解できなかった。
単に挨拶に行くだけなのに、なぜそのように嬉しそうにする?意味がわからん。
「決まってんじゃねぇか。これで、仕事が終わるからだよ。若様の仕込みは、本当に助かるぜ……。」
仕事が終わる?コイツの仕事も、私と同じのはずなのだが……
この男と共に、しばらく小浜の街を散策し、御師の所在を探してゆく。
結局、一刻ほどで所在は判明したが、私達は、宿をとってから再度出直すことに決めた。
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そして、休息後。
「では、参るぞ。」「おうよ」
二人と従者の数名を連れて、我々は御師の元へと挨拶へ向かう。
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「大社の方には、ひと方ならぬ恩義がございまして。今回も、この伝手を提供していただき、御師様とお会いすることができました。異なる信仰の者ではございますが、以後も、協力のほどよろしくお頼み申します。」
「それとこの小浜の地にて、頼みが……」
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「な?必要だって意味分かっただろう?」
稲荷の御師との挨拶……いや、紹介を経て私達は、職人らの下へ向かっている。
こともあろうに、挨拶の場でこの男は、小浜でも有力な建築職人達を紹介してくれなどと宣ったのだ。
伏見稲荷神社といえば、日の本の多くの場所で信仰される大手の神社と聞く。
私の信仰していた向日神社とさえ、比べ物にならない。
にも関わらず、同じく弱小の勝龍寺の僧侶の分際で、格上の伏見稲荷の者に職人の紹介などを頼むのだ。
「そのような雑事を、御師のような立場の者に頼み込む奴があるか!」と、私は叱りつけてやりたかったのだが……
御師様は、あっさりと了承されて、職人たちの下へ、案内と紹介のための者さえ貸し与えてくれたのだ。
「しかし、職人というのはこのような場所におるのか?かつての私の家よりも豪勢なのだが……。」
私は、専門の職人というものが、これほどまでに裕福だとは知らずにいたのだ。
京でも、浮浪者や浮浪児たちを雇い入れ、建築などで使っていた私には、想像もつかないほどの裕福さがここにはあった。
「こちらです。」
そういって紹介されたのが、一軒の屋敷だ。
この屋敷で、私達は寺建設の交渉を……………
「一昨日きやがれ!!!」
達成できなかった。
「……まさか、これほどまで費用がかかるとは…。」
寺の再建費用というものは、思いの外高いものであったようだ。
こちらの提案する金額は50貫文。
私としては、これだけでも城のような寺が建つだろう!と、そう思っていたのだが、どうやら、その程度では本当に小さな寺しか建てられないらしい。
流石にそれは困ると、言い募った結果があれだ……。
「厳念殿……。如何しよう。このままでは、寺の再建も、松永家の再興も不可能になってしまう……。」
「ふむ……。別に職人など必要ないのでは?」
私の悩みとは裏腹に、厳念殿はとんでもないことを言い出した。
職人を雇わない?それでは、根幹から想定が崩れてしまう!
「今の我らにとって重要なのは、何よりもしっかりした家でしょう?どうせなら、職人ではなく資材を購入していくというのは?」
厳念の考えは、資材さえあれば当家にいるもの達だけでも、十分に立派な屋敷や寺が作れるのではないか?ということだった。
だが、この考えには流石に物申したい。
「……いや、待て。待つのだ厳念殿。それだけの資材をどこで買うのだ?材木というのは案外高いぞ?」
「いやいや、若様から受け取った分だけでも、十分に買えると思うぞ?」
「……なら、一度材木屋に行ってみるか?」
そう言って、私達は材木屋へと向かった。
「帰ってください。」
また追い出された……。
「まさか、馬借が必要だとは……」
「400……400貫文だと……?」
材木そのものは、50貫文程度でもそれなりの量が買えたのだ。
ここまでは良かった。
しかし、その輸送には、多数の馬借を雇わねばならず、名田庄まで行くとなれば、400貫文は掛かるという……。
まさしく地獄のような費用であった。
極楽までの渡賃であろうとも、それほどしないのではないか?と思うほどである。
「……これはいかんな。私らは、とんだ田舎者であったわ…。」
「いや、というより、田舎の相場を理解しておらなんだ、という方が正しい。金というものは、思ったよりも掛かるのだな…。今になって、芳栄和尚の苦労が偲ばれるわ……。」
厳念に至っては、嫌っていた厳念がケチケチと言われながらも、寺のために貯蓄していたのは間違いではなかったのだ、と反省させられる想いだったようだ。
若い僧であっても、世間のことを知った気でいた彼は、今回のことで本当の意味で世間に打ちのめされたようだった。
そしてそれは、私も同じ想いなのだ。
自分たちが、如何に世間を知らないのかを思い知らされることとなったのだった。
「「これから、どうしようか………」」
小浜の街で、男二人、途方に暮れるしかなかった。
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