第25話:勝龍寺の焼け跡に来た
◇永正13年12月18日(西暦1,516年)
その日は、早朝から慌ただしく、何やら外が大騒ぎになっている様子だった。
僕には、一体何が原因だかさっぱり見当もつかず、騒ぎの原因を突き止めるように、朝から奉公人らに探らせていたのだ。
「して、何が原因であったのだ?」
噂を聞きに行っていた奉公人が帰宅し、そのまま直接話を聞く。
「へい。どうやら、勝龍寺が盗賊か何かに襲撃された様子でして。そのまま、寺が焼き払われたそうにございます。」
「………は?」
この時の僕は、とんでもなく呆けた顔をしていただろう。
この勝龍寺の襲撃に関して、僕は何一つ指示など出しておらず、盗賊への関与も全くなかったのだ。
…………ただ、間接的な関与はあったということが、のちに分かったのだが。
どちらにせよ、この時の僕には、何一つ予想していなかったことは確かである。
「ま、待て。勝龍寺が?…焼かれた?誰に?…あぁそうか、盗賊に、だよな……。」
予想外の事態に、僕は完全に頭が回っておらず、その先をどうすれば良いのか見当もつけられずにいた。
「主人さま。とりあえず、ウチで働いている方を集めませんか?それと、盗賊に襲撃されたとしても、誰かしらは生き残っておるはず。その者らをウチに集めましょう!じっとしている時間はありません!早く!」
Hurry!Hurry!とでも言いたげに、九郎が僕に発破を掛けていた。
「あ、あぁ……。そうだな。そうすべきだ。……ふぅ…。よしっ!九郎!お前は、早速この執務室に勝龍寺の僧を全員集めろ。幸助!お前は、手隙の奉公人を集めてこい!今すぐにだ。行け!」
「「はっ!」」
そうして僕らは動き出す。
もう、手遅れかもしれないが、打てる手を打つために。
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◇多聞丸執務室
「若様。どうされました?」
そう声をかけたのは、豪盛だった。
宗立と同様に、豪盛も完全にこの家に染まりきっている僧の一人だった。
というか、この家で文官仕事を始めて、この家に染まっていない者はほぼいないのだ。
この松永邸では、食事は出るし、布団は羽毛。
挙句、蕎麦やうどんなど、食事のレパートリーが他の云十倍もあり、娯楽も豊富。
邸宅の中の者らと、自由にそれが楽しめるので、邸内の人間関係という意味でも、職場環境という意味でも、若手僧にとっては、夢の職場と化していたのだ。
「待て。皆が集まってから話す。」
しばらく待つと、松永家の邸宅で働く12名の僧侶らが集まってきた。
今回集められたのは、文官全員ではなく、僧侶らだけだ。
「外の騒ぎを聞いておって、知っている者もおるかもしれん。昨日の夜、勝龍寺が賊らによって焼かれたそうだ。」
「「「「…………」」」」
全員が、驚愕で黙りこくっていた。
「今の所、生き残りに関してや勝龍寺の状況など、何もかもが不明だ。だが、我らは動かねばならぬ。決めねばならぬ。だが、何はともあれ、まずは情報が必要だ。はっきり言って、何が原因でそうなったのかも、何もかもがわからん。だから、探るぞ?協力せよ。一時の間ではあるが、僕がお主らの指揮を取る。意義のある者はいるか?」
「「「「「…………」」」」」
先ほどと同じ沈黙ではあったが、今回は皆の表情が違った。
誰もが、僕の指揮の下で働くことに文句はない様子であった。
実際に、僕の指揮のもとで数ヶ月の間働いてきた経験があるからだろうが。
「ありがとう、感謝する。では早速だが、指示を出す!まず、皆には僧服をいっときの間脱いでもらう。」
感謝を示し、早速の命令だったのだが、流石にこの指示には、皆も動揺を隠せなかった様子だった。
「驚くか?無理もない。だがな、今回の襲撃、これは流石におかしい。本来なら、西岡衆が勝龍寺の警護をしている筈……違うか?」
その通りだった。
実際、本来であれば、このような襲撃はすぐさま防がれる筈だった。
にも関わらず勝龍寺は焼き払われ、夜間に起きた騒ぎは、こちらにまで届くことがなかった。
「……その通りです。」「確かに、おかしいよな?」「うん、西岡衆が警護を……」
ざわざわと、皆がざわめき出す。
「昨日の担当はどこだ?」
「多分、中小路だったと思う。」
「では、中小路が怪しいと?」
夜間に警護担当だった家が、動いた形跡が感じ取れない。
実態については不明だが、少なくとも噂を聞く限り、勝龍寺は全て焼かれ、警護との争いの話も聞かなかった。
ここから予想する限りでしかないが、中小路家が怪しいことは確かだった。
「待て。まだ、詳細も何も分からんのだ。決めつけは良くない。中小路家が全滅させられた可能性だとてあるのだ。」
「いえ、流石にそれは………」
流石にそれはあり得ない。
そう言おうとしたのだろう。
だが、そもそも、警護の付いているはずの勝龍寺が、こちらに連絡もなしに襲撃を受け、挙句焼き払われるというそのものが、あり得ない事態だった。
「僕は、勝龍寺の僧そのものが狙われる可能性を恐れている。」
僕が予想しうる最悪のものでは、西岡衆全体が敵だという可能性があった。
支持してくれるはずの西岡衆全てが、敵に回った可能性だ。
流石にないとは思うが、それでも、人というのはどこで恨みを買っているかも分からない。
最近、金銭的に裕福であった勝龍寺に、警護の西岡衆そのものが押し入った可能性もあるだろうと、僕は予想していたのだ。
「(和尚はやり過ぎだった。あそこまで守銭奴として名が知れていたんだ。逆恨みされてもおかしくはない。)」
芳栄和尚のやり口は、相応に強引だった。
特に、僕の発明で金が稼げるようになってからは、特にそれが酷くなったようで、同じ寺の中からも反感が上がっていたほどなのだ。
芳栄和尚自身は、己の為に金を使うことも少なかったからこそ、寺の中では許容されていたが、そのようなこと、寺の外の人間には分かりようはずもない。
和尚のやり口が、西岡衆の機嫌を損ねた可能性を僕は想像してしまっていたのだ。
「怨まれる……ですか。我らが……」
「西岡の国人に、な。あくまでも可能性だ。だから、一度僧服を脱ぎ、奉公人の服を着て凌げ。屈辱に感じる者もおるかもしれん。だが、命には変えられんぞ?」
僕は、僧たち皆に、そう忠告した。
「そ、そうですね……。分かりました。」
豪盛を筆頭に、皆が皆、着替えるために部屋を出ていった。
「しかし、本当になぜ、今なのだ……?」
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◇勝龍寺跡地
勝龍寺は、そのほとんどが焼け落ち、完全な廃墟と化していた。
まだ、1日も経っていないにも関わらず、火はほとんどが消え、使える資材ひとつ落ちてはいなかった。
「これじゃ、何も見つかりそうにないな……」
勝龍寺の中を数名で眺めながら、僕らは見つけるべき何かを探して彷徨いてゆく。
だが、目に留まるものは何一つ……「いや、あれはなんだ?」
その時、僕の目に入ったのは、一つの白い何かだった。
「これは……」
恐らく、風呂場の辺りではないだろうか?おおよその場所を思い出しながら、その白い何かを掘り出していった。
「あ………」
それは、白い骨だった。
誰の骨なのかは不明だ。
だが、頭部に何かがぶつかったようなあとが見受けられた。
肉も幾許か付いてはいるが、この骨が誰のものなのかも分からない。
だが、恐らくはこの勝龍寺の僧の一人だったのだろうと思う。
「南無大師遍照金剛」
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マホボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
僕と僧らが、お互いに死んでいった仲間に対して、そう唱えた。
真言宗の見送り方でだ。
「……この者が誰なのかは分からぬ。だが、僧の内の誰ぞかであろう。弔ってやるぞ。」
僕は、皆にこの遺体を運び出すように伝えた。
既に火葬済みだ。
後は、骨壷に入れ、埋葬するだけでいいだろう。
経を唱える面子には事欠かないのだ。
さぞ、気持ちよく逝ってくれるだろうなどと、少しでも明るく振る舞おうと、皆が努力していた。
多少、不謹慎だったかも知れないが、そんなことを言っていられるような状況や心情でもなかったのだ。
「そういえば、賊はこの寺の財貨を狙ったのだよな?となると、全て奪われたと見た方が良いか?」
ふと、気になったことを、付いてきていた宗立や豪盛に聞いた。
勝龍寺の財産は、どこへいったのか?と。
「さて……。最近では、蔵に隠しておったわけではありませんからな。」
「ですなぁ。管領の追求を逃れるために、和尚が保管場所を変えておったはず。」
そう言うと、二人は何処かへと向かい始めた。
そこは、先ほど誰ぞか骨があった場所だった。
「私も場所は知りません。しかし、あのケチな和尚が毎夜行っていた場所といえば……」
「あぁ、そうだな。ここくらいしかない。あの方は、銭勘定が好きだったからなぁ……。だから、ドケチ坊主や守銭奴和尚などと呼ばれ、嫌われておったのだが……… 」
つまりは、風呂場であった。
こともあろうに、風呂場に銭の山を隠していたのではないか?と、この二人は言っているのだ。
「は?風呂場だと?本気で言っているのか?というかだな……。そこで誰ぞかが、殺されておったのだぞ?となれば、既に見つかっておるのではないか?」
ここで逝ったのが誰かは分からない。
だが、話の流れとしては、芳栄和尚の可能性があった。
毎夜、銭勘定をしていたが、最近になってから、急にこの風呂場に赴くように………。
昨日も、同じように風呂へと入っていたとすれば、そこで賊に襲撃を受けたのかも知れない。
「まぁ、そんなことは探ってみれば分かりましょう。」
「そうですな。第一、賊が誰かは分かりませんが、ここを焼いたのは確か。それはつまり、何も見つけられなかったからではないですかな?」
───見つけられなかったから、焼き払う。
確かに、賊の心理としてはあり得なくはなかった。
銭ならば、多少の火に晒されようとも、焼け跡から見つかるだろうと想定してもおかしくはない。
「待て、賊が何も見つけられずに焼いたとなれば……」
「えぇ。時間との勝負になりますな。」「それも、怪しまれずに運び出さねばなりませんぞ?」
想定される銭の量は、数百貫文以上。
つまり、トン単位の重量を持つ銭を、誰にも気付かれぬように発見し、輸送しなければならないという秘密ミッションが始まるのだった。
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◇人物紹介
・宗立
勝龍寺の僧侶。
算術が得意。
・豪盛
勝龍寺の僧侶。
交経格子や白黒碁に長ける。
記憶力が良く、文章の扱いや言い回しを考えるのが上手い。
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