第24話:勝龍寺は襲撃された
◇永正13年12月(西暦1,516年)
名田庄納田終での交渉が終わり、新しい拠点の建設や蔵、新規工房の建造が始まった。
こちらからの移転者は、居住環境が出来次第、順次送り込んでいく予定だ。
粟屋氏は、そのまま周辺勢力の警戒の為に、多少の戦力を残すらしいが、こちらからのアガリを奪うことはしないと言質をとったようだ。
ただ、それがどこまで有効かは、分からない。
どうやらそもそも、この地には、土御門家が根を張っている上に、曹洞宗の寺まであるらしい。
思っていた光景とは、かなり違っている。
僕としては、何もない土地に居住し、そこで力を蓄えるつもりだったのだが、多くの思惑の果てに、京から近い場所に拠点を持つことになっている。
これでは、安定を求めている僕の方針とは違って来ていて、どうしようか悩んでしまう。
だが、事がここまで来てしまっては、もはやどうしようもない。
そのまま、考えていた通りに事態を進めるのみである。
「九郎。宗立からの報告は届いておるか?」
僕は、九郎に尋ねた。
納田終に行って以降、宗立からは三度の手紙が届いていた。
だが、そのどれもが苦悩に満ちたもので、納田終における交渉の難しさを知らされていた。
僕自身、年に250貫文の支払いを要求されていると聞き、顔が引き攣るのを止められなかった。
未来日本に合わせていえば、ざっと2,500万円〜5,000万円ほどになるか。
どう考えても、無理難題であった。
ただ、その代わりに、山林資源を自由に使ってもいいという確約は得たので、その点だけは安心した。
田畑だけでそれだけの収入を出そうとすると、諸々込みで3年は掛かったからな。
流石に厳しい。
最初の年の50貫文は、既に送ってある。
この手の金は、さっさと送るに限るのだ。
長々と引き伸ばしを図っていると、土台からひっくり返される事だってある。今更そんなことはしてもらいたくないのだ。
「報告…ですか。そうですね。一通来ております。」
「見せろ。」
そう言うと、九郎が宗立からの手紙を渡してきた。
「ふむ…」
そこには、宗立が納田終内で土御門家と交渉した話が書かれていた。
その内容によると、土御門家との交渉の方は、粟屋と違い順調で、そこまでの強い要求はないそうだ。
土御門の主権を犯さずにいるなら、ある程度のことは受け入れてくれるという話だった。
「うーむ。随分と弱腰だな。公卿ともあろう者が。」
京から逃げたとはいえ、公家として一定以上の格を持つ土御門家としては、些か以上に弱腰な対応だと言わざるを得なかった。
「そうなのですか?」
「あぁ。流石におかしい。公卿である土御門家ならば、今少し要求してきてもおかしくはないはずだ。このようにこちらの要望を全てのむというのはあり得ん。」
僕は、土御門の反応に、なんか思惑があるのではないか?と疑問に思わざるを得なかった。
「そうでしょうか?」
そこへ、九郎が「別におかしくないのでは?」と突っ込みを入れる。
「なぜだ。」
「恐らく、粟屋の仕業でしょう。田蔵の報告によれば、粟屋は末端にまで、しっかりとこちらのことを通達する力の入れようだったようです。これは、粟屋右京亮が、この手のことを念入りに行う性格だからではないかと。」
「つまり、あれか?粟屋の方から土御門へと余計なことをするな、と釘を刺してくれたと?」
「はい。土御門が勝龍寺と結んで富むことを、粟屋は望んでいないのではないでしょうか?そのこともあって、わざわざ念押ししたのではないかと。」
それはつまり、粟屋の力で、土御門家が飼い殺しにされているに等しい話であった。
最初に京で聞いていた、徳大寺と土御門による会談によってお互いの境界が決まったという話は、一体どこへ消えたのか。
これでは、粟屋の主導でその話し合いがなされたとみる方が良さそうである。
「実際、粟屋主導で話し合いが行われたのでしょう。その成果が、名田庄の下荘と上荘なのでしょうね。」
「そうらしいな……。そう見ておくのが無難か…。」
実際がどうだったのかは不明だが、そのように見ておく方が、粟屋を見誤らずに済みそうだった。
「して、新たな勝龍寺の設営は、うまくいきそうなのか?」
「それも報告が届いております。物資などについてはまだ不明ですが、立地に関しては良き場所を確保できそうだと、田蔵からの文が届きました。物資に関しては、伏見の手を借り、なんとか運び込む方策を考えるべきでしょうな。」
伏見稲荷に、またもや借りが増えそうで多少嫌な気分にさせられるが、それも致し方ない。
今はそれ以上に、安全を取る頃合いである。
「できれば、早々に返したいものなのだがな……」
僕は、一人呟きつつ、九郎との話し合いを終えた。
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◇勝龍寺:芳栄和尚
何かおかしい。
そう気付いたのは、先月のことだった。
これまでなら、勝龍寺の有力者である自分に頭を下げていた連中が、軒並みここへ訪れなくなった。
取引ある商人も、関係のある寺社からも、そして西岡の国人らも皆である。
寺社の方は、理由があることは知っている。
これは、管領殿が大山崎の財源を攻撃し、かの寺の収入を削っていることが理由だ。
どこの寺社も、目を付けられぬようひっそりと活動するようになっている。
徒党を組もうとした国人を、細川と大内の軍勢が誅した、などという噂もあって、こちらに来ることを控えておるのだろう。
だが、この辺りの商人や西岡の国人らが来なくなった理由が分からない。
西岡の者が挨拶に来るくらいなら、日常の範疇でしかない。
大内殿にも、その程度のことは承知していただいているし、そもそも、大内家と当方らは取引相手だ。
内情もある程度察してくれておる。
だから、多聞丸の所以外に、どこの家の者も来なくなったという理由が分からない。
8月頃くらいから、少しずつ減り始めてはいたが、偶然だと考えておった。
それが、12月の今になって、本当に誰も訪れんようになりつつある。
「一体どういうことだ…?本当にどうなっておる。」
ワシの頭に、不穏な疑問ばかりが浮かんでくる。
細川管領によって、勝龍寺への襲撃が行われるのではないか?
大内に何かがあり、勝龍寺にその責が押し付けられるのではないか?
それとも、誰ぞかの工作によって、勝龍寺が孤立させられているのでは……
様々な考えが頭に浮かぶ。
しかし、そのどれであっても、可能性が高いとは思えず、悶々とした日々を過ごしておったのだ。
それが判明するのは、そんな日から10日ほど経過したとある日であった。
「おい!主ら何をしておるか!?」
その日の夜。
この勝龍寺に、幾人もの賊が侵入しようとしておったのだ。
「ちっ!見つかったぞ。殺っちまえ!」
賊は、こともあろうに勝龍寺を襲撃し、ワシという僧を殺そうとしおったのだ。
ワシは、咄嗟に持っていた硯を放り投げた。
石でできた硯は、賊目掛けて飛んでゆき、その時は逃げ出すことに成功した。
ワシはそのまま、寺の中の一室に飛び込み、そこいらにあるものを戸の前に積み上げ、なんとか安全を確保したのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。一体……、どうなって、おるのだ…」
如何に、勝龍寺が戦力を持たぬ寺であるとはいえ、この辺りでは有力な寺社だ。
普通なら、仏罰を恐れて誰も手を出さぬし、そもそも、戦力を持たぬとは言っても、守ってくれよる国人らはいる。
それに短期間であれば、下男共を指揮するだけでも、十分に守り切ることはできたはずなのだ。
「なぜ……、賊共はあのような場所に……。」
賊が入り込んだのは、勝龍寺の中でも奥の奥。
本殿のあたりだった。
本当に、寺の有力者が住まう場所である。
周囲の下男たちの建物などを抜け、ここまで見つからずに来るなど、早々ないことだと思われた。
「第一、何を狙ってここまで来ておるのだ。ここに、金目のものでも狙ってきておるのか?」
芳栄和尚は、その暗い部屋の中で自問し続けた。
「大体、国人らは来ないのか?それよりも、下男共は?一体どうなっておるのだ!」
寺にあるはずの戦力を数え、芳栄は潜み続ける。
だが、芳栄の感覚で一刻の時が過ぎようとも、一向に誰ぞかが救いに来ようとした声は聞こえもしなかった。
「なぜだ、なぜ来ない!」
芳栄は憤っているが、来るも来ないもない。
寺の下男達はとっくの昔に逃げ出しているし、そもそも"寺を襲ってきている"のが西岡の国人衆の一味だ。
芳栄が如何に騒ごうとも、いつまで経ったところで来るはずがなかった。
…………それに芳栄自身は気付いていないが、この部屋の中に籠ってから、まだ一刻どころか10分ほどしか経っていないのだ。
そんな時間では、国人らもやってくるはずがなかった。
「くそっ!どうする……どうする……!」
慌てても慌てても、何一ついい案は浮かばない。
今のような状況下では、そのまま隠れ潜む他、手段というものはなかったのである。
「あったか!」「いや、ないぞ?!」
「くそがっ!絶対にあるはずだ!あの生臭坊主共!」
外から、賊共の声が聞こえてくる。
「……なんだ?賊か…?」
びくびくと震えながら、芳栄は息を潜めていた。
彼が今いる部屋は、部屋というより風呂場である。
だからこそ、作りは重厚だし、戸に内側から閂も掛けることができたのだ。
「いいか?みんな落ち着け。この寺のクソ坊主どもは、必ずどこかに銭を隠してる。ただ、それが単純な蔵かどうかは分からん。蔵の方は探したんだよな?」
「あぁ、探した。だが、精々あっても20貫文ほどだ。それでも、大金っちゃ大金だがよ…。」
賊たちは、芳栄のいる風呂場の近くで話し合っている。
その狭い一室に、誰かが隠れ潜んでいるとは思っていないようだった。
そもそも、人の有無によって、彼らが行動を変えるのかどうかも分からないが……。
「だったら、どこかに秘密の蔵があるんだろう。多分、相当に厳重な建物のはずだ。石造りで、燃えないようにしているだろう。」
「そこにある小屋みたいにか?」
そう言うと、賊達は、芳栄の隠れている風呂場を指差した。
だが、芳栄には状況が分からない。
彼は、外を見ているわけではない。
単に、中から漏れ聞こえてくる声を聞いているだけだからだ。
「そうだな…。よし、開けるぞ。」
賊の一人がそう言うと、誰かが斧を持ち出したのか、風呂場の木戸に叩きつけ始めた。
ドンっ!ドンっ!ドンっ!
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」
小さく、外に漏れぬようにだが、芳栄は悲鳴をあげていた。
見つからぬように見つからぬようにと、厳重な建物内に逃げ込んだのが仇になってしまったのだ。
この風呂場には、目の前にある入り口以外、出入りできる場所はない。
木窓も付いてはいるのだが、あまりにも小さく、芳栄が出入りできるほどではないのだ。
もはやこれまで…とばかりに、芳栄が涙を流しつつ、走馬灯のようにこれまでの人生を振り返っていた。
「あぁ……、多聞丸。主は、主が助けに……」
「開いたぞ!」
「ん?…おい!誰か居やがるぞ!」
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永正13年12月17日。
勝龍寺の芳栄和尚は、賊に襲われ、この世を去ることとなる。
享年61歳。
その他にも、勝龍寺の上層の者達などが、多数亡くなり、寺そのものも焼き払われることとなる。
この日、京、西岡の勝龍寺は、一度完全に幕を引いたのだった。
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