第22話:名田庄納田終に来た
◇永正13年10月
◆田蔵side(松永家の工事専門奉公人)
「しかし、納田終ですか。どんなところなんすかね?」
武田家との交渉を終え、若様(多聞丸)が納田終を手に入れられてから、宗立殿経由で俺達に依頼が入った。
それがこの、納田終の工事である。
「私も行くのは初めてなんだよ。現地の民との交渉もあるだろうし、今回は土地選定だけでもできれば、御の字かな。」
こうして答えてくれているのは、勝龍寺の僧侶である、宗立様だ。
今回の納田終の土地も、資金は若様(松永多聞丸)が出したそうだが、表向きには勝龍寺の土地として扱うらしい。
作られるのも、松永家の邸宅ではなく、見かけ上は寺にしてほしいとのことだった。
「しかし、買い取るなんてよくできやしたね?武家の輩が、他人に土地を売るなんて、聞いたことありやせんぜ?」
俺は、本当に新しく土地が手に入ったのか?ということが疑問だった。
若様が、如何に神仏の如きお知恵を持っていようとも、まだ十ほどお歳だ。
ここにいる勝龍寺の宗立という僧や、若狭の大名に騙されているのではないか?と疑いの念が尽きなかったのだ。
若様は、本当にえらいお方で、自分のような日々の暮らしにも事欠く連中を集め、手に職を付けられるように様々なことを教えてくださる。
中には、「利用してやろう」とか「甘い奴」、「楽に飯が食えていい」などと侮る者も多いが、俺は若様には感謝している。
それも、心からだ。
俺は、元々が西は福岡の出だ。
備前焼職人として、拾ってくれた親方の下で励んでいたんだ。
それが、赤松や松田様が延々と争い続け、福岡にあった俺達の窯場は、あっという間に焼かれることとなった。
親方やその奥方も、この時の戦がもとで亡くなっちまった……。
当時は悲しくてしょうがなかったが、生きている俺は、そっからも生活っていうもんがある。
嘆いてばかりじゃいられなかった。
これでも、若手の中じゃ優秀だってよく褒められてたし。自信もあったんだぜ?
生活に困るなんて、思ってもいなかったのさ。
しかし、戦さの多かったあの地を離れて、成り上がってやろうと上京してきたが、これがもう散々だったわけよ。
京へと来たわいいが、どこもかしこも、窯場じゃ雇ってもらえず、そもそも福岡のように窯仕事そのものが少なかった京では、仕事そのものを探すのに苦労させられた。予想外だったぜ……。
三年…四年……五年と続けたが、故郷に帰ることさえできない俺には、京で生きていく以外に道はなかった。
最初で最後。
あの時が最後の機会だったんだよな……。
そんな俺に、ある時仕事が舞い込んできた。
まぁ、今の若様が持ってきた話だな。
松永家の奉公人って奴が、俺達浮浪者相手に、仕事を持ちかけてきたんだ。
そりゃもう、殺到したぜ?
この頃、松永家の若様っていやあ、孤児達を高い金出して囲ってるっていう噂だったからな。
待遇も悪くねぇって話もよく聞いた。
実際、"くろう"っていう若様の側近も、浮浪児上がりだっていうしな?
そこいらの業突く張りな連中に比べて、圧倒的に信用があったのさ。
しっかし、あの"くろう"っていう人もすんげぇお人だよなぁ。
たかが浮浪児上がりが、あそこまでできるなんて信じられねぇぜ。
文字は書けるし、計算とやらもできる。
しかも、色んなことにも詳しいなんて、「本当に浮浪児上がりなのか?」って疑問が出てくるほどだからよ。
"くろう"さん本人曰く、「全て主人さまから教わったことだ」っていう話だから、やっぱ、若様がすげぇんだろうがな。
にしたって、すげぇことには変わんねぇよな。
そいつぁともかく。
あの時が、俺にも運が回ってきた時だったわけよ。
実際に食事が与えられて、金も手に入った。
「金を受け取ったら逃げ出してやろうぜ?」なんていう連中もいたが、そいつらも未だに離れちゃいねぇ。
口じゃぁ色々言ってるが、若様に惚れ込んでるのが丸わかりだ。
みんな、ニヤニヤしながら見てるんだから世話ねぇや!ハハハ!
若様にもらった初仕事は、窯の製作だった。
竹炭の窯っていや分かるか?色々と若様から教えられてよ?2本の煙突や竹で骨組みって奴を作ってから土をつけていったりと色々だ。
窯を扱ってきた俺には、「そんな方法があるのか?!」って、驚きの連続だったのを覚えてるぜ!
しかし、結局、それ以外の窯仕事は回ってこなかったがな。
どうにも、どっかの寺だか神社?だかの連中に、アガリを奪われちまったらしい。
「もっと焼きたいんだが、これ以上は……」って言いながら、若様が悔しそうに食い縛ってるのを見た。
そんときゃ、俺も悔しかったぜ……
こん時だな。若様の為にもっと働いてやろうって思ったのは。
だから、今回の仕事も絶対にやり遂げてみせる。
どうやって土地を手に入れたのかも分からねぇし、この宗立って奴が信用できるのかどうかも分からねぇが、俺にできることは疑うことじゃあるめぇよ。
信用できるかどうかは、"くろう"さんに、コイツのやったことを覚えて伝えてやりゃそれでいい。
俺にできるのは、実際に向こうの土地で窯や家を作れるかどうかだ。
へっ、今じゃもう焼き物職人とは名乗れねぇ。完全な建築屋よ。
陶器を焼くより、家や窯を建てる方が得意になっちまった。
最初の窯作り以降、長屋をいくつも建てたり、暗渠って奴を埋めたり、水路を作ったり、本当に色々やってるわな!
俺たちゃ若様専用の工人よ!
若様の為に、戦さ場で働くこたぁできないが、若様の為に家を拵えてやることなら造作もねぇ!
若様がいるから、今も、そしてこれからも生きていけるんだからな!
…………あと、最近じゃいい娘もできてな?
若様の勧めで、新しい土地には、俺達の一軒家も建てていいっていう話なんだ。
いやぁ!本当に、若様サマサマだぜ!
・
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「田蔵さん?田蔵さん?……ダメだ。聞いてやしませんね、この方。多聞丸様からは、信用のおける職人だと聞いていたのですが、本当なのでしょうか……?一体全体、何を浮かれているのやら…。これから行くのは、ほとんど敵地のようなものなのですよ?お願いですから、足を引っ張るような真似だけはやめてくださいね?………聞いちゃいないですね。」
「くふふふ、ふふははははっ!若様万歳!!」
「頼みますから、静かにしてください!変な噂が立ったらどうするのですか!?」
………ふたりの奇人変人道中は、始まったばかりである。
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◆名田庄納田終の谷
勝龍寺の名義で買い取ったこの土地に到着した私たちは、早速、この土地の有力者に話を通しに行くことにした。
この辺りの豪農か、あるいは何らかの有力者か。
勝龍寺の伝手を使い外から調べた限りでは、この名田庄の土地には、四つの利権者がいる。
一つは、我らが勝龍寺の名を使い、土地購入を打診した"若狭武田家"
こことは、話がついており、様々な文物を渡した代わりに、費用はタダで済んだ。
それぞれの品を宣伝もしてくれるのだから、万々歳だ。などと、主人殿も言っておったから、問題もなかろうと思う。
次に、二つ目の利権者は、徳善寺。
ここは、臨済宗の寺で大元が、大徳寺という臨済宗の大家だ。
かつての名が知れた一休宗純という僧が、再興したことでも名を知られていることだろう。
この地の利権者の一つだが、かつては同じ利権者となった土御門家と土地の権益を争うなど、闘争も多かったと聞く。
そして三つ目が、その土御門家だ。
土御門家は、安倍晴明から続く陰陽術の大家で、この地をかつて祭領として与えら得れたという。
大徳寺の所領が勝手に与えられたということで、最近まで続く争いとなっていたとも聞く。
今は亡くなっているが、先代当主 土御門 有宣が、大徳寺との長い話し合いの果てに、名田庄の地を上と下に分けて領有することを認めさせたという。
最後が、若狭武田家の被官、粟屋氏だ。
粟屋氏は、大徳寺の代官とか徴税官から発した国人だそうだ。
今では、大徳寺領を押領し、その収入を自身のモノとしていると聞く。
大徳寺とは交渉の機会があったそうだが、結局、年間数貫文だけの支払いで止まったという話だ。
大徳寺からすると大損だろう。
しかも、その数貫文さえ、毎年払いを渋るというのだから、筋金入りの守銭奴だ。
土御門や大徳寺もそうだが、こことの交渉が一番危険で、一番楽になるだろう。
金さえ支払われるのならば、簡単に決まりそうだからな。
そうして、私たちは、粟屋氏の代官邸へとやってきていた。
ここから、最初の活動が始まる。
だから、田蔵殿?頼むから、お願いですから、話をややこしくせんでくださいね?
頼みますよ、本当に、頼みますからね?!
ふたりの苦難は、始まったばかりである。
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◆人物紹介
・宗立
勝龍寺の僧侶。
数学狂い。和算狂い。
数字となれば目が変わる変人。
まだ21歳と若いが、勝龍寺の中でも有力な僧であり、芳栄和尚の補佐役(次期執事候補)として働いている。
主人公の多聞丸と知り合い、様々な数学的な知識を論争し合い、多聞丸の知識の深さやその発明にのめり込んでゆく。
今では、完全に多聞丸の手足として働き、勝龍寺内の若手をまとめ上げたり、勝龍寺の上層部に黙って、今回の土地契約のようなものを勝手に締結したりと、自由奔放に振る舞い始めている。
その間の偽装は、勝龍寺内にいる若手衆が誤魔化すなどして補っている。
なお、現在のような名田庄納田終への旅では、多聞丸の屋敷に文官として出向中だとして扱われており、気浮かれる心配はなかったりする。
・田蔵
元福岡(備前国邑久郡長船町福岡)の出身。
元備前焼職人。
山名氏と赤松氏の争いに巻き込まれて、窯と親方を失う。
窯場では、若手のホープとして扱われ、親方からは次期窯主として教育を受けた。
その後、京へと逃げてくることとなったが、窯場仕事を探すも、京では需要がなく、そのまま浮浪者にまで落魄れた。
拾ってくれた若様(多聞丸)に忠誠を誓っている。
作中で語っている「金を持って逃げようとした」などの文言は、実の所、この田蔵が言っていた、思っていたことである。
二ヶ月ほど前から、向日神社の水田予定地で働く女性と恋に落ち、多聞丸によって祝福されたり、結婚祝いと称して贈り物があったりなどして、多聞丸への忠義の心が生まれた。
なお、心変わりは、本当にここ数週間でのことである。
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