第02話:上と交渉してみた
───永正十年(西暦1,513年)
アレから僕は、従者とも父とも、マトモに会話するのをやめた。
完全に見限ったと言っていい。
だが、勝竜寺にいる以上、どこかで独り立ちしなければならない。
しかし、能力を使って何かしら奪うとしても、銭を奪ったとしてもこの身体では使えないのがネックだ。
「本当に厄介だな……。なにより、手駒を作ることが1番の課題だとは…。」
大人の肉体を持つ、自身の手駒がなければ、どのような知識も宝の持ち腐れだ。
厄介すぎる壁に、転生前の知識を取り戻してからいきなり躓いてしまった。
「さて…。人を雇い入れるには金がいる。金を手に入れるには信用がいる。信用を得るには…。堂々巡りじゃないか…!くそっ!」
考えても考えても、結局のところ自分に力がないことが一番理解させられ………
「いや、この能力を使えばいいだけじゃないか?だが、武家や僧坊に悪評が響くのはまだ早い。」
悪評が早々と広まってしまえば、人材の調達にさえ影響が大きい。
それに、人が裏切りやすくなるという点もある。
信用を得るためには、悪評というものは最大の欠点なのだ。
「確か、この時代には穢多や非人とか言う者どもがいたな…。」
僕は、自身の心がどんどん黒く染まっているのを感じていた。
数日ごとに様子を見に来ていた従者も、すでに一月は来ていない。
「……………全て奪われる可能性も大きいが、話すだけ話してみるか。名を上げることくらいはできるかもしれんしな…」
僕は、何度も何度も奪われる可能性について考えながらも、宣賢様に、交経格子の案について話に行くことにした。
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「宣賢様、少しよろしいでしょうか。」
中堅の僧侶らが暮らす一室。
その板間に座る一人の僧侶を見て、僕は話しかけた。
切れ長の目をした、容貌涼やかな僧侶だ。
未来風に言うのなら、スラッとした顔のイケメンである。
年齢は、確か二十七歳だったか。
「(そういえば、彼も家から捨てられたのだったか…)」
優秀だった彼は、次男であったことが災いし、寺に押し込められたと言う噂もある。
だが、所詮は噂。
実際のところは彼しか知らないだろう。
「おや、多聞丸ではありませんか。どうなさいました?」
イケメンは声さえも美しいという。
どちらが卵か鶏かは分からないが、声さえもスッと入ってくるように綺麗な声だった。
「宣賢様。本日はご相談がございまして……。」
僕は、宣賢に相談を始めた。
新しく作った、交経格子という遊戯があると。
父親にも伝えたのだが、一蹴され捨てられることになったのだと言うことも。
そして、これを売りに出し、幾ばくかの銭が欲しいのだと言うことも。
この時代、金稼ぎを表に出すことは卑しいことだとされていた。
だからこそ、ここでの相談は、宣賢様から怒鳴られかねないとも思っていた。
「いえ、そんなことはいいのです。それより、これを見ていただけませんか?」
僕は、薪割り場で拾ってきた薄い木の板に、格子状のマスを複数書き連ね、中にアラビア数字と文字を書いたものと、アラビア数字だけのもの、そして、空欄のヒントを書いたものを宣賢様へと見せ、説明した。
「で、如何でしょう?ここの数字…いえ、僕の考えた記号なのですが、これに対応する箇所にここの口解きから類推される言葉を書き込んでゆくのです。あ、こちらが解答ですね。最終的にこうなれば正解なわけです。」
一通りの説明を終え、宣賢様の反応を伺う。
「ふむ……これがこうで………、あ、こっちとは異なりますね。いや、そうすれば…。」
「宣賢様?」
宣賢様は、集中して検討してくれていたようで、なかなかに楽しまれている様子だった。
「如何でしょう?宣賢様。売れると思いますか?」
「………売れはすると思いますな。勝竜寺の名を使い、私のような者がこれを正式な書物として作成するなら、公家や有力な武士にさえウケるでしょう。」
宣賢は、顎に手を当て何かを考えつつそう言った。
「しかし、対価ですか。貴方は、これを売って銭がほしいと?なぜ?松永の嫡男でしょう、貴方は。」
確かにその通りだ。
しかし、僕は既に家を見限っている。
「最近、近侍していた者が僕のところに参りません。これを従者が見せた際には、このようなもので遊んでおらず家のためになることでもすればよいのだ。などと、僕のことを罵っていたようです。これでもまだ、僕が松永の嫡子としてあり続けられると思いますか?既に、僕には三人の弟がいるのですよ?」
弟という、多聞丸の代替品。
既にそれがいる以上、優秀だろうといつでも排除できる。
当主に気に入られなければ、いかに優秀であっても次期当主としてはあれないのだ。
「そうですか……貴方は…。」
宣賢様は、何かを察したように頷いた。
「分かりました。しかし、これは私が発案したものとして上に掛け合います。そして、私が受け取った幾許かを貴方に支払いましょう。それで如何です?」
「は、はい!お願いします。」
この提案は、僕にとって最良の結果だった。
単独では、松永家に収奪されるか、勝竜寺の僧侶に収奪されるかの二択だったのだ。
だが、宣賢様を味方につけたことで、自分だけの資金が得られることが決まったのだ。
もはや安堵しか、感じない。
「(良かった…、これでなんとか首の皮一枚繋がったか……)」
「それと、松永の従者が側に来ないと言っておりましたね。では、私の所にいる小僧を一人つけましょう。歳の頃は十でしたか、近いですし仲良くなれるでしょう。」
宣賢様は、僕に小僧の一人も付けてくださると言ってくれた。
寺の中で預かった子供には、二種類いるのだが、将来僧侶になるのが小僧、当主などとしての一時的な存在が稚児なのだ。
だから、基本的には稚児の方が位が高く、いわばパトロンの子供ということになる。
宣賢様のように、次男坊として寺に預けられるのは、小僧という立場だ。
そこには、明確な違いがある。
しばらくして、小僧らを呼んだ彼は、その小僧に向かって伝えた。
「では、光念。お前は彼についてやりなさい。」
「ついて、ですか?分かりました、宣賢様。」
事情は分かっていない様子だったが、上からの指示をそのまま受け入れることにはなれているのだろう。
すぐに承諾し、僕に付き従う新たな従者となった。
「僕の名前は多聞丸だ。よろしく、光念。」
「よろしくお願いいたします。多聞丸さま!」
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───松永家
「で、彼奴はどうしておる?」
松永家当主、松永正秀は息子の多聞丸の様子について、付けている従者に尋ねた。
「はっ。若様は日々、勝竜寺にて遊び耽っておる様子であります。宣賢様など、中堅僧などからの評価も大分低い様子ですな。問題を起こさぬよう、近くに人がつけれらるほどにて……」
多聞丸に付けられている従者は、見てもいないことをさらっと返答する。
彼は既に多聞丸を見限り、その弟へと配置を変えてもらおうと検討しているようだった。
彼からの報告は、全てが虚偽で、多聞丸の評価を下げようとする内容しか伝えていなかった。
小僧が新たに付けられたという話も、彼にとっては見張りがついたということになっているらしかった。
「そうか……。本当にあの悪童は……。弟に入れ替えるべきかもしれんな…。」
「まだ様子を見ることも必要かと思いますが、準備は必要やもしれません。」
さも、自分はまだ見限っていないというふうに振る舞いつつ、従者の男は自分は悪くないのだと暗に告げている。
「そうか…、本当にすまんな。お主のような優秀な者が付いておれば、もしやとも思うたのだが…。」
「申し訳ございませぬ。某の力不足にて……。」
殊勝な態度の裏にある虚栄心が、この男の全てだろう。
この男は、松永の家臣からの鳴物入りで多聞丸の従者、いや側近候補としてついた。
しかし、この男は何一つ多聞丸に教えることもなければ、当主と多聞丸の間を取り持つことさえもなかった。
そもそも、彼の評価は、他人から奪ったもので自身のものなど何一つないのだ。
取り繕うのがうまいだけの男、それがこの名もなき従者の全てである。
「まぁ、あと二年は頼みたい。それまでは、見捨てずに付いてやってくれ。そうすれば、不動丸(弟:松永長頼)も僧坊に稚児として入ることになろう。その際には、またお主に頼みたい。」
「はっ!ありがたき幸せ。この身に替えましても弟君を育てあげて見せましょう。多聞丸様も多少なりともできるように、躾けたく思いまする!」
こうして、松永家では、多聞丸の廃嫡に向けて着実に進んでいた。
多聞丸自身も、既に家を切り捨てていたが。
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