第18話:未来をみた
◇永正13年7月
薬の販売は、順調に広まっていた。
伏見稲荷大社は、その効果を確かめると、大々的な販売を決定。
僕の所には、幾人もの産業スパイの方々が訪れた。
孤児達の所に、何人もの引き抜きの使者が来たのだ。
だが、これに対して九郎は、元孤児としての経験を元に対話を拒否させることに成功する。
元孤児の九郎から見ると、「今まで見向きもしなかった連中が、今更になって何言ってんだ?」っていう気持ちらしい。
それをそのまま、集められた孤児達に伝えたとのことだった。
実際、集められた子の中には、伏見稲荷大社へと逃げ込もうとした子もいたようだ。
そんな子の話から、他の子達も「ここ以外は信用できない」という気持ちを固めてくれたということだった。
「そうか……。そこまで僕のことを……」
この話を聞いた僕は、今までの行いが間違いじゃなかったんだ!と感涙に咽び泣いていた。
これまでしてきた苦労が、報われたような気がしていたのだ。
だが、現実は待ってはくれない。
集まった少量の資金も、さらなる投資に費やさなくてはならない状況になりそうなのだ。
翌月からは、竹酢液の利用が可能になるのだが、今月はまだ実行不可能だ。
そもそも、竹酢液をどういう方針で販売していくのかさえ、検討中の段階なのだ。
「儲かりそう」ということは分かっていても、どうすれば多額の資金を稼げるようになるのか?ということについては、まだまだ未知数なのだ。
いくら検討してもし足りないくらいだ。
伏見稲荷大社の者も、こちらを恨む者がいることだし、自前の商業販路を持つことは絶対条件だ。
今のまま、伏見稲荷大社の販路に依存していては、松永家を大きくすることも安定させることも困難なのだから……。
「で、実際これから、どうなさるおつもりなのです?今の収益では、来年に借金を返済することは不可能ですよね?」
九郎が、今の収支状況についての感想を述べる。
まさに九郎のいう通りで、今のままでは、精々50貫文ほどが限界…。
250貫文どころか、利息込みで合計445貫文の借金なのだ。
50貫文程度では手付金にしかならない。
「それは分かっている…。しかし、今のまま金を稼ぎ続けるということもできん。そもそも、稼ぎを大きくし過ぎれば、叔父や細川が出てくるのは間違いないのだぞ?そこをどうかわせば良いのか……考えが何一つ思い浮かばん。」
勝龍寺のような古刹でさえ、細川高国には苦悩させられているのだ。
隆盛を誇る大山崎、離宮八幡宮も、細川高国による策謀でその影響力が落ちていると聞く。
僕のような国人未満となれば、尚更だ。
逆らいようがない。目をつけられた時点で終わる。
だからこそ、大内が都を去り、高国が没落するまでの3年と少々を乗り切るか、とっとと他の地方へと高跳びするかを考えている最中だ。
実際、高跳びはいい案だと思ってる。
でも、候補がない。
僕が高跳びするには、集められた孤児たちは連れて行かなきゃならないし、そもそも、設備や道具、これまでの人脈も捨て去る必要がある。
もちろん、それらを捨てても、高跳び先でうまくいくのなら、悪くない選択ではあるのだけれども。
「わずかな金でも、高跳びできるようなそんな場所……ないもんなぁ…。」
金だけの問題でもない。
高跳び先での勢力図などにも、注意を払う必要だってあるのだ。
「完全な空白地で、一から始めよう!」なんてのは、空想の御伽噺である。
大抵、そんな場所にだって利権がある。
しかも、余所者には買い取らせてくれないというおまけ付き……
「高跳び…?よく分かりませんが、どういうものを想定しているのですか?」
僕は九郎に、僕に味方してくれる全員での引っ越しについて説明する。
「主人さま……、流石にそれは無理難題では…?」
「だよなぁ。そんな都合のいい場所あるわけないし……」
佐渡島でさえ、本間家という地元勢力が幅を利かせているのだ。
そんな所に、わざわざ大金を持って大人数で行くなど自殺行為である。
しかも、戦力にならない孤児ばかりで……
「細川に気に入られるというのは、どうなのです?」
高国に気に入られれば、相応の配慮をしてもらえる。
確かに、短期的には悪くないだろう。
労力に見合う成果が得られるのかは分からないが。
「いや、それは博打でしかない。そもそも、高国が長続きするとも思えん。大内も、いい加減、自領が心配になる頃合いだろう。もってあと数年と言ったところだろうよ。となると、高国は管領の座に座ってはいられんな。」
「つまり、主人さまは、高国もあと数年だとみているのですか?」
「あぁ。」
大内が管領代を辞して帰還するのが、永正15年八月。
管領 細川高国が、没落するのがそのさらに2年後。
この間、京は荒れ続けることになる。
細川の争いに巻き込まれたくはないのだが、西から京への入り口に居座る僕達西岡衆には、選択肢がない。
どちらの勢力と争うことになっても地獄である。
細川高国に恨みを持つ者も多いので、西岡衆をまとめ上げられれば、多少の困難も乗り越えられるかもしれないが……
「どちらにせよ、生き残るには、誰にも見つからずに戦力を蓄える必要がある。だが、そんなことがこの西岡でできると思うか?大内や高国に勝る戦力を、彼らに隠れて集めるなど、できると思うか?無理だよ……」
「主人さま……」
心は絶望するばかりだったが、行動まで絶望で止めておく訳にはいかなかった。
僕は、その心を圧して、細川の影響を逃れるために、若狭へと退避するための計画を練り始めたのだ。
「九郎。河内や摂津はダメだ。あちらには三好や細川晴元がいる。あの連中に降るのも手の一つかもしれん。しかし、そうなると西岡衆は前線で酷使されるだけになる。結局、高国と戦うことに変わりはない。だから、若狭だ。若狭を狙うぞ。」
僕は、史実のように三好の配下になるという選択肢を取れなかった。
その道は、すでに史実が失敗を示しているからだ。
三好長慶とともに天下を夢見るのは、史実の松永久秀だけで十分だと思う。
「しかし、若狭といってもどこに……。それに、丹波の方が公家方の伝手もあるのではありませんか?」
以前、僕が公家と面会した経験について話しているのだろう。
しかし、この時は本当に"席に居合わせただけ"だ。
無効は僕のことを微塵も覚えちゃいないだろう。
それを伝手として勘定できるほど、僕は酔狂ではない。
「無理だ。それに、丹波には海がない。その点だけでも、若狭は丹波に勝る。」
丹波と関わりを持つ公卿は多い。
それだけでなく、細川晴元も丹波と関わりを持って三好に対抗していたという史実がある。
そのことから考えても、選択肢としてはアリっちゃアリなのだが……
「海という資源は、利用価値が無限大にあるのだ。僕が欲しいのはそれだよ。勝龍寺の伝手でも、向日神社の伝手でもなんでもいい。とにかく、この地から逃げるぞ、僕達は。」
このまま、この地で稼ぎ続けることはできない。
西岡で作った伝手には大きな価値があったが、それでも、細川同士の争いに巻き込まれることに比べれば、捨てても惜しくはない。
「あ……そうか…そうだ………」
僕は、この瞬間、新たなる道を見出した。
血塗られた武士の道を………
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◆松永家資産(多聞丸の財布)
◇7月時点の資産
・現金55.65貫文(帳簿:−389.35貫文)→→→71.33貫文(帳簿:−373.67貫文)
◇収入(6月分)
・切り蕎麦:30.8貫文
・灰持酒:6.7貫文
・火入り炭酒:40.4貫文
・竹炭:0.28貫文
・薬(三種類、2,000袋、稲荷側と折半):5貫文
◇支出(6月分)
・食費:22.0貫文
・給与:17.8貫文
・勝龍寺への献金:27.4貫文(6月分)
・借金合計:445貫文(伏見稲荷大社への寄進:250貫文(借金))
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