第17話:振り返ってみた
◇永正13年6月(西暦1,516年)
◆松永家当主邸
この日、僕は執務に励んでいた。
最近は、新しい発明に次ぐ発明ってやつで忙しく、マトモに執務の時間が取れなかったからな。
昨年から立ち上げを行い、初期準備などの手配を終えて、僕の手を離れ始めた事業を一覧化してみよう。
□事業一覧。
・交経格子:年間収入2貫文
・数独:年間収入1貫文
・切り蕎麦:月間収入約25〜30貫文(今後は30貫文ほどで推移する予想)
・灰持酒:月間収入2貫文〜7貫文(下層にも知られてきており、今後拡大するかもしれない)
・火入り炭酒:月間収入20〜35貫文(伏見の協力でこちらも伸びてきている)
・竹炭(水浄化用):月間収入280文(利幅が削られたので、増産販売の予定なし。今は自領内で使う用に作成している)
交経格子と数独に関しては、翌年からの収入になる。
去年までの分は、あくまで宣賢様の好意で貰っていたものだから、昨年度分はなしだ。
正式に分け前の受け取り契約が為されたことで、今年度末に芳栄様から受け取る手筈となっているわけだ。
竹炭に関しては、もっと増産して利幅を伸ばしたくはあったんだが……。
いかんせん、寺社の連中に奪われてしまったので無しに…。
今では、月間三回は焼いているから、毎月42貫は作っている計算なんだが、販売数は14貫だけだ。
わざわざ、あの連中だけを富ませてやる義理はない。
残りの竹炭は、砕いて炭酒に使ったり、厠の匂い消しや蔵の食品保存用に利用している。
これも、夏場になれば、効果を実感できるだろう。
他には、薬にも使っているな。
竹炭の需要は、それこそ鰻登りなのだ。
「そうですよ!わざわざ大……じゃなかった。寺社の連中に稼がせてやる必要などありません!」
この発言をしているのは、九郎だ。
隣には勝龍寺の者達もいるというのに、不用心なものである。
この間、僕に説教してきた君はどこへ行ったんだ?
まぁ、それだけ、四者会談の折にはストレスが溜まる想いをしたのだろう。
それだけ、彼が松永家に、ひいては僕に忠誠心を持ってくれているということだから、嬉しくないわけじゃないが。
「九郎。静かにしろ。隣には勝龍寺の方々もいるんだ。騒ぐな。」
こう言えば、九郎もすぐに察することだろう。
まだ、11歳とはいえ、僕が直接教えた子であるし、優秀なのだ。
元々の根が真面目なのだろう。
それだけ、理不尽への憤りが激しい。
「それは……、そうですね。すみません。」
すぐに謝れることが彼の美点である。
「ですが、隣にいるのは、今日は宗立さまだけですし、あの方は主人にご執心ですから、問題ないと思いますが……。」
そういえば、隣にいるのは宗立だったか…。
数学狂いの彼は、勝龍寺内では執事補佐として、芳栄和尚の右手さえ務められるような英才だ。
ただ、その数学狂いが災いして、ここの枠に自身を捩じ込み、今は僕の下で、和算という学問の構築に勤しんでいる。
複式簿記に関してもあっさり身に付け、すでに熟練者だ。
勘定項目をこの時代用に合わせるのにも協力してくれた、真の英才だといえよう。
僕の知識なんて、精々が前世の理数系大学卒業レベルでしかないというのに、偉いものである。
これでも前世では、歴史学をやる傍ら、大人になってから大学にも通ったのだ。
歴史小説を書こうともしたのだが、小説家と歴史学者の間にある溝にハマり、苦悩した経験さえある。
そんな僕が、ここでは一端の教授というわけだ。
時代の差というものは、かくも大きい……。
「まぁ、宗立ならそこまで気にする必要もないかもしれないが……」
最近気付いたが、口調がなかなか安定しない。
年齢相応に、若々しい口調というものを実践しようとしているが、身に染み付いた……いや魂に染み付いた癖というのは、なかなか抜けないようだ。
どうしても、年寄り臭い口調になってしまう。
「えぇ。問題ないかと思いますよ?あの方には、和算?でしたか。あれを提供し続ける限りは、主人さまに執着し続けるでしょう。勝龍寺にも帰らぬと思いますよ?」
九郎の言う通り、宗立は数学狂いで、既に芳栄和尚からの帰還要請を無視し続けている前科がある。
先週辺りに、僕の指示で一度帰らせたが、指示がなければ今も帰ることなく居続けていただろう。
そもそも、帰還に関しても、寺に帰って早々、再度こちらに来る指図を出させたようで、三日と持たずに帰ってきたのだから筋金入りである。
芳栄和尚らが、僕に借金を負わせてでも首輪を付けようとした理由の一つが、これなのだ。
ちなみに、数学狂いだけではない。
僕の齎した新技術達が、勝龍寺内の知識人達の中に狂信者を作りつつあるという事実に、芳栄和尚ら勝龍寺上層部は頭を悩ましているという話さえ流れてくるほどだ。
交経格子や数独は、のめり込むものを何人も生み出し、最低でも勝龍寺から10人。
場合によっては、それ以上が味方につくだろう。
既に、勝龍寺の半数は、僕の味方なのだ。
しかし、味方が多いからといって、「勝龍寺を好き勝手にできるか?」というとそうではない。
そもそも、僕の味方というのは、若手ばかり。寺における決定権のない者がほとんどなのだ。
そんな見方を大勢引き入れたところで、僕にメリットはない。
精々、出費が増えて、文官の仕事がスムーズになるくらいである。
こんなもの、メリットでもなんでもない。デメリットだ。
「だとしても、だ。今来られても困るだろ?宗立は優秀で、僕としてもほしい人材だ。だが、今はまだ、勝龍寺から引き抜いてくるべき時じゃない。やるなら、一気にまとめて引き抜かなきゃならん。そうして、勝龍寺そのものを僕らのモノにするのがベス……じゃなかった、あー、1番いい選択なんだよ。」
勝龍寺には、戦力がいない。
他の…、比叡山のように、僧兵というものが存在していないのだ。
これは、西岡衆がそれを代替しているという歴史的な事象から成り立っている。
ちなみに向日神社も同様で、これらの寺社を手にしても、西岡の国人への影響力が高まるだけで、西岡衆をまとめられる訳でも、西岡衆を支配でいる訳でもない。
だから、支配するメリットというのが、案外薄いのだ。
これらの寺社への借金に対して、僕が悠長に構えている理由もそれだ。
「勝龍寺の若手のことは聞いてるだろう?」
「えぇ、宗立殿だけでなく、厳念殿らともよく話しますし、その辺りのことは承知しております。主人様の懸念についても。」
勝龍寺の若手衆は、有才不才問わず、僕の生み出したモノによって魅了されているという話だ。
交経格子と数独。それに複式簿記や数学の様々な概念。
それに、今開発中で、勝龍寺の若手に試させているリバーシ(黒白)やトランプ(柄札)などは、予想以上の人気を博しているらしい。
「製作者と顔合わせしたい」という話で持ちきりだそうだ。
僕はこれらを、芳栄和尚経由でなく、宗立経由で勝龍寺内に流している。
もちろんこれは、芳栄和尚ら勝龍寺の上層部に主導権を握られないようにする為だが、それだけが理由でもない。
一番の問題は、僕の名前が売れすぎることにあるからだ。
今はまだ、勝龍寺の名前が前面に出て、僕の名前が出ていないからこそ、無茶ができている。
実際の制作も、僕じゃなくて他の僧侶達がメインで行っているから、誤魔化せている面もある。
だが、リバーシやトランプは、数独や交経格子のように誤魔化しが効かない。
改善の余地がないからだ。
既に完成されていると言ってもいいこのゲームで、開発者の名前を誤魔化すことは難しい。
引き抜きといった面では、既に、若手の引き抜きは終わったも同然だ。
念仏や和歌に明け暮れる老人達の方は分からないが、若手らは十分以上に、こちら側に親身になってくれているとも聞く。
近いうちに、リバーシやトランプの量産を始め、「ウチが元祖だ」と名乗りを上げさせるつもりだ。
正直、こんな形で転生者ムーブをするのは嫌だったのだが、こればかりはどうしようもない。
当初の予想以上に、稼げていないのだ。
最初の切り蕎麦や炭酒の当たりは良かった。
だが、水田については工事費が嵩みすぎて、今年度中に田植えを行わせる方針から翌年へと変更したし、竹酢液に関しても、タールとの分離に時間がかかりすぎている。
「一年も時間をかける必要が本当にあったのか?」と今でも思う程度には、余裕がない。
「ですが、主人さま。いい加減、投資とやらはおやめください。少なくとも、今少し収支が良くなるまでは。」
僕の話に、「そろそろ新しい投資内容が降りかかってくるのでは?」と疑念を持ったのだろう。
九郎が僕に、苦言を呈してきた。
実際、既に収支はマイナス。
借金を除いても、あまり余裕はない。
だが、今月からは、伏見稲荷大社へと新たに頼んだ、薬の買取も規模を増す。
先月の始め、伏見稲荷大社から伝令が届き、改めて羽倉との会談を行うこととなったのだ。
そこで取り決められたのが、松永家(多聞丸)と伏見稲荷大社(東羽倉家)との間に薬品に関する利益を折半するという契約である。
本当なら、こちらがもっと持って行っても良かったのだが、『販売ルートは全国』ということだったし、ウチ送られた薬は全面的に東羽倉家が買い取ってくれるということだったので、僕はこれを承認したのだ。
「何はともあれ、これでうまくいくといいな。九郎。」
薬の販売が軌道に乗れば、松永家の収入は劇的に安定してくれる……はずだ。
今のうちに、見れるだけ夢を見ていたいと思う。
そうすれば、わずかな間でも借金地獄の現世から、逃れられる気がするから──────
「うまくいきますよ。きっと!」
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◆松永家資産(多聞丸の財布)
◇6月時点の資産
・現金37.67貫文(帳簿上:−407.33貫文)→→→55.65貫文(帳簿:−389.35貫文)
◇収入(5月分)
・切り蕎麦:31.6貫文(18.1から増加)
・灰持酒:6.5貫文(2.2から増加)
・火入り炭酒:40.7貫文(23.7貫文から増加)
・竹炭:0.28貫文
・薬(三種類、2,000袋、稲荷側と折半):5貫文
◇支出(5月分)
・食費:21.8貫文
・給与:17.8貫文
・勝龍寺への献金:26.8貫文(5月分)
・伏見稲荷大社への寄進:250貫文(借金)
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