第16話:契約を締結した
◇永正13年5月
◆伏見稲荷大社
結局、交渉はその日の夜半にまで続いた。
朝から来ていたというのに、そんな時間まで続いたのは向こうの嫌がらせが原因だ。
それと、僕のやらかした被害が大きかったということもあるけど。
爆破の被害にあった者は、そのまま葬儀が行われ火葬されるらしい。
この仕業も僕の行いだと羽倉や伏見大社の者たちは信じているようだが、証拠も何もない上、それを真の意味で認めてしまえば、伏見稲荷大社が"魔物と取引して共同事業を行なっている"ということになってしまう。
そして、今僕を廃してしまっては、大内との取引に確実に支障が出る。
納める竹炭は、分業で作っているから、全体像が把握しずらいようになっているのだ。
全てを知るのは、僕とここにいる九郎くらいである。
特に九郎は、僕からの教えをきちんと守ってくれているし、僕に助けられたことに感謝している。
僕が、孤児達を拾ってきている理由も、九郎は理解しているのだ。
本当は、僕が単に、"大人を信用できないだけ"なんだということも、九郎はしっかりと理解しているのだ。
「……して、何が望みだ。火妖。」
どうやら羽倉は、僕を火の妖怪だと定義づけたらしい。
実際、このスキルに関してだけは、人智を超えてるのだから仕方ない部分もあるが。
「火妖とは……。私を妖怪だと?ただの子供ですのに…。」
「うるさい。何のようでここに来たのだ、疫病神!」
羽倉は、もはや取り繕えるほどの余裕がないらしい。
いきなり隣室で爆発が起き、5名の死者が出たのだから仕方ないとも言えるが。
「先ほども申しましたが、伏見の伝手を使わさせていただきたい。伏見稲荷の販売網を。」
「販売網だと?」
僕が今日ここに来たのは、伏見の羽倉への仕返しという面も少しあった。
しかし、本来の目的は金稼ぎである。
正直、それ以外は余興に過ぎない。
この男が最初から話を聞いてくれていれば、僕もこのようなことをする必要などなかったのだ。
だが、僕にも背負う者がいる。
複数人の孤児達の未来は、僕の肩に乗っているのだ。
松永の家をここで潰すことなど、できるはずがない。
多少の悪名を被ったとて、舐められるよりはマシだ。
この時代で舐められるということは、発言権がなくなるのと同義だ。
つまり、影響力がなくなり、完全な奴隷として貶められるということと同じなのだ。
何度も言うが、武士の社会はメンツで成り立っている。
『メンツを潰されたなら、必ず斬り殺さねばならない。』というのが、武士なのだ。
もちろん、実際には、殺し殺され以外にも選択肢はあるのだが、その手打ちさえも、上記のような心境で行わなければならないのだから、実質的にどちらも変わりはない。
「えぇ、販売網です。伏見稲荷は、日の本全国に勧進の伝手がありましょう?それを当家にも利用させていただきたい。」
「馬鹿な!あり得ん!強欲に過ぎるぞ!」
羽倉延任は、僕の要求が過剰に過ぎると過敏に反応した。
実際、これは過剰だし、そもそもウチには使いきれない。
あくまで、ドアインザノックの手法にすぎない。
「左様ですか……仕方ありません。なら、当家で作った薬を買い取って頂くというのは?」
「薬?」
先ほどまで、怪我人を多数見ていたからか、薬という言葉には過敏に反応してしまうらしい。
だが、残念。
売るのは、僕がここ数日で作らせた万金丹・反魂丹・香蘇散の三種類だ。
万金丹や反魂丹は腹痛薬だし、香蘇散は葛根湯の原型。つまりは風邪薬である。
だから、今回のような爆破による怪我には通用しない。
「うちが提供するのは、万金丹や反魂丹といった腹痛薬と、香蘇散という風邪薬にすぎませんよ。とりあえず、200袋あります。初月ということで、ひとつ3文ということに致しますので、買っていただきたい。効果が見込めるようであれば、来月からは5文で買っていただければ幸いですな。」
僕は、そう言って、薬の方は後で持って来させると言い、この場を後にした。
なお、話し合いの中、色々と渋っていた羽延任だったが、最後には折れ、3文で薬は買い取ってくれたそうだ。
「いや、今回は危うかったな。九郎」
僕は、帰り道で一緒にいる九郎へと話しかけた。
「本当ですよ……。そもそも、あの爆弾を使うなら言っておいてください。驚きすぎて腰を抜かすかと思いました……。」
九郎は、本当にびっくりしたんだと言わんばかりの表情で語っていた。
「すまんすまん」
僕も、苦笑いしながら、それに対して謝る。
だが、僕も九郎も、伏見稲荷大社に一矢報いることができて、お互いに喜び合っていることに違いはなかった。
何より、あのままでは、どうやったとしても、松永の家は詰むしかなかったのだ。
周辺の寺社全てに舐められるというのは、そういうことだ。
この時代の国人達は、基本的にそれに甘んじているものが多くはあった。
しかし、それはあくまでも寺社の影響力の大きさを信じているからであり、いざという時の神罰が怖いからでもある。
だからこそ、僕のように取引を持ちかけた挙句に収奪されるだけ、というのは侮蔑の対象でしかないのだ。
商売をする武士というだけでも馬鹿にされるのに、それに追加して借金付きで、さらに孤児を集めて浮浪者を雇い、寺社からは金蔓として舐められまくっているという三拍子どころか四拍子だ。
あのままでは、マトモな取引さえ、行えなくなっていた可能性が高い。
周辺勢力に、最低でも"刃向かう余地がある"と見せなければ、松永家はあの時点で詰みだったのだ。
それだけ、メンツというものは大きい。
あの爆破によって、伏見の羽倉には敵視されたかもしれないが、舐められたままであるよりは、一歩進展したと僕は思っている。
今は、未来の日本とは違う。
いや、未来の日本であっても、"力ある狂人"というレッテルは、自身を守る障壁になるのだ。
しかも僕には、単なる狂人ではない不可思議な力がある。
それが、"爆弾製作スキル"だ。
掌中の珪素と体内のカロリーを代償に、現代の手榴弾程度の威力を持つ爆弾を制作できる能力。
これが、今回使用した力である。
これがなければ、僕は終わっていただろう。
あぁ、そうそう。
それと、今回販売した薬品は、先日の会談が終わって以降取り組んでいた、新たな投資によって製作を始めたものだ。
雇い入れたるのは、京内に転がっている孤児15人である。
これに、15貫文で長屋を建て、食事を与えて、仕事をさせているのだ。
材料は、領内に転がるゴミや安値で転がっているモノを集めたもの。
だからこそ、今はまだ初期費用もかなり低く、たったの60文である。
⚪︎万金丹
・オウレンやセンブリ:領内の杉林の日陰や日の当たる斜面に存在。
・生姜:地元の村からの入手
・米粉:蔵に眠る屑米。
・竹炭の微粉末:竹炭製作時に入手。
⚪︎反魂丹
・オウレン:山林から採取。
・屑米粉:買い取りや蔵から。
・竹炭の粉末:竹炭製作時に出る粉。
⚪︎香蘇散
・シソの葉、みかんの皮:農村などから入手
・生姜:農村などから入手
・ハマスゲの根:田んぼの畦道から採掘。
・竹炭の粉末:窯から。
このどれもで使用されている"竹炭"にも、キッチリとした利用目的がある。
一つには、腸内毒素の吸着。
これは、いわゆる"デトックス"。
現代でも似たような手法で使われるから、分かる人には分かるかもしれない。
二つ目は、防腐・防湿による長期保存の実現。
竹炭には、調湿や抗菌の作用があることが、未来日本では実証されている。
つまり、この効能によって、丸薬の長期保存が可能になるのだ。
三つ目は、"原材料の隠蔽効果"である。
これが、一番の利用目的だ。
生薬をそのまま丸めてしまうと、葉の繊維や独特な色合いから、プロの薬剤師や伏見稲荷大社の者達に、原材料のレシピが簡単に漏れてしまうのだ。
こうなると、いくら交渉なり製作方法などで、隠蔽工作をしたとしても無意味だ。
すぐさま真似されて、こちらとの交渉は切られてしまう。
だからこそ、外部の者には何が混ぜてあるのかを察せられないように、工夫しているわけだ。
あと、長屋の工事費が低く済んだ理由は、工事用人員を雇い入れているからである。
これまでは、外部発注で倍ほどの値が掛かっていたからなぁ…。
これで工事費を低く抑えられるというわけだ。
今はまだ、色々と持ち出しが多いんだけどね……。
それと、もういくつか追加しておく話がある。
増産についてだ。
勝龍寺が持ち込んだ話でもあって、僕には事後承諾で押し付けられた件なのだが…。
灰持酒や火入り炭酒の増産を行っている。
これは、勝龍寺のネットワークだけでなく、伏見稲荷大社のネットワークというか、販売経路も使えるようになったためだ。
だから、4月分の収入は微増し始めている。
まぁ、それでも、長野の建設などで持ち出しが多いので、まだまだ赤字であるが。
「いいかげん、一息つきたいな……」
僕の未来は、まだまだ暗いままである。
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◆松永家資産(多聞丸の財布)
◇5月時点の資産
・現金44.99貫文→→→37.67貫文(帳簿上:−407.33貫文)
◇収入(4月分)
・切り蕎麦:29.1貫文(18.1から増加)
・灰持酒:7.2貫文(2.2から増加)
・火入り炭酒:33.7貫文(23.7貫文から増加)
・竹炭(水浄化用):0.28貫文
・薬(三種類、200袋):0.6貫文
◇支出(4月分)
・食費:15.4貫文
・給与:17.8貫文
・勝龍寺への献金:24貫文(4月分)
・長屋建設:15貫文
・孤児雇い入れ(15名):6貫文
・伏見稲荷大社への寄進:250貫文
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