第14話:敗北させられた
◇永正13年4月
◆向日神社 神主
「それで、勝龍寺の芳栄和尚からも聞いておりますが、なにやらウチと伏見稲荷大社とも協力したい、と。」
勝龍寺経由で、向日神社にも連絡をとり、神主の六人部氏清殿と会談を行っているのだ。
「はい。勝龍寺の芳栄和尚自身も、これ以上、自分たちだけで稼ぐのは、その……管領殿らから余計な詮索を受けかねない、とそう申しておりまして……。」
僕は、芳栄和尚との話し合ったことを、神主殿にも同じ様に話した。
「要は、隠れ蓑というわけですか。しかし、余計に警戒させるだけではないのですかな?他宗の寺社同士が協力し合えば、謀反などと言い出す恐れも出てくると思いますが?」
神主の言うことは、当然の懸念だった。
細川高国は、自身の配下に、強大な勢力が生まれることを嫌う。
依怙贔屓が酷く、自身が好む者だけを周囲に置くという、典型的な悪徳上司だ。
そも、細川の血統において、優秀でマトモな者がいるのか?という話なのだが、それは置いておこう。
戦国時代で有名な細川藤孝も、そもそも、細川の家系の者ではないのだしな。
「はい、その懸念はご尤もです。だからこそ、私は大内家に保護を頼もうかと考えております。」
「大内か……。確かに保護を受けられれば、管領の追求は逃れられましょうが、それだと、伏見稲荷大社の方はどうするのです?伏見に話を持って行ってから、大内へと交渉へ乗り出すのですか?……大内もそうですが、伏見との交渉材料もあるのですかな?」
神主は、自分が話を持っていくのだから、当然、その対価もあって然るべきだと考えていた。
それだけの価値ある物を提示されるからこそ、交渉へと乗り出すのだ、と。
「まず、大内に対しての交渉材料は、当家が開発を進めている"水の長期保存技術"についてです。今の所、木樽に入れておいても3日ほどしか保たない水を、一ヶ月は保たせることが可能になるでしょう。これに関しては、寺というより神社の領分で行った方が説得力があるのではないか?と考え、勝龍寺を通じ、こうして話を持って参りました。」
「ほぉ。それは凄い。ウチでも取り入れたい技術だな。当神社においても、日々廃棄される水というのは中々多い。災害時や戦の際になれば、水を保存しておけるというのはかなりの利点だろう。それを、大内家に?」
「はい。」
向日神社の神主も、その効能効果について、正しく理解してくれた。
ただ、大内家が着目する部分への理解は甘い様だったが。
「大内家は、勘合貿易というものをなさっていると聞きます。船での移動において、水の保ち具合とは、その活動に大きく影響を与える部分です。それに、戦におきましても、海上から大々的に攻めることが可能になりますので、大内様は我らの想像する以上に興味を示すはずです。示さぬとしても、こちらからそれを告げてやれば、態度は一変なされるでしょう。」
大内家が、水の長期保存技術に興味を持つのは確実だ。
だが、その反応の仕方次第では、こちらが危なくもなりかねない。
製作者の僕だけが、大内家へと拉致される様な形では、面目丸潰れなのである。
「なるほど、船か……。それは確かに食いつくでしょうな。」
そこまで言っても、向日神社の方は食いつきが悪かった。
まぁ、対価の話をしていない以上、悪くても仕方なくはあるのだが……。
「この水の保存には、特殊な炭が必要になります。通常の炭では、水が黒く濁るだけで無意味ですが、私らが作る炭では、それが起こらず、水の汚れのみがこの炭にくっ付くことになるのです。その為、水そのものには水の汚れが残らず、水が腐らないという仕組みですね。」
具体的な効果の説明だ。
大分、省略してはいるが、完全に話してしまう様な物でもない。
それに、これだけの情報では、肝心の炭を製作できないだろう。
「で?如何です?向日神社は乗って頂けますかね?」
僕は、向日神社を再度煽ってみる。
この提案そのものは、向日神社にとっては利点しかないはずだ。
・大内との関わり、
・細川高国への報復、
・寺社連合による守り。
そのどれもが、向日神社が望むものだと、僕は想定している。
ただ………
僕は、この時点で少し懸念を持ち始めていたんだ。
「あぁ、このままだと、この件における僕の利益はほとんど出ないんじゃないか?」ってね。
勝龍寺だけじゃない。
向日神社も、伏見稲荷神社も、そのどれもが強欲で狡猾な寺社の者達だ。
本気の化かし合いで、僕が勝てると自惚れてはいけなかったんだ。
今となってはそう思う。
これらの交渉を全て終えた後の僕なら………
でも、このころの僕には分かっていなかった。
この時代の寺社の恐ろしさが、まるで理解できていなかったんだ。
そうして、半月後。
勝龍寺・向日神社・伏見稲荷大社・松永家(多聞丸)という、四者による会合が始まった。
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◆伏見稲荷大社での会合
発起人を松永多聞丸として始まったこの会合は、勝龍寺と向日神社、そして伏見稲荷大社が共同で事業を行うという意味で、この時代、かなり意義のある会合だったと思う。
発起人の僕が最初に、挨拶を行い始まった会合であったが、のっけから、僕は無視され始める。
「して、今回は向日神社の神主殿によって、ウチがこの場に出ることになったわけだが。一体どのような理由で、この様な会合を始められたのか。聞いてもよろしいかな?芳栄殿。」
「えっ!この会合は…」
明らかに、僕の最初の挨拶を無視して始められ、僕はこれに意義を唱えようとしたのだが、芳栄和尚は視線だけで、「黙っていろ」と僕を圧していた。
そして、向日神社の六人部殿も、同じように僕を睨んでおり、僕は黙るほかなかった。
「そう、難しい事ではございませぬよ。管領に対抗する為、共同で事業でも行わないか?というだけですな。」
「そうそう。こちらにおる松永家の童が、面白いものを作ってのぉ…。大内相手にも、大稼ぎできそうだと思うてな。」
芳栄和尚と神主の氏清が、二人して誘いをかけていた。
僕は、マトモに話にも乗ってもらえず、苛立ちを溜め込む他なかったのである。
「ほぉ?それだけ稼げるというのなら、そちらだけでやればよろしいのではありませんか?我らの協力など、必要ないでしょうに。」
伏見稲荷側としても、それは気になっていたのだろう。
なぜこちらに協力を持ちかけてきたのか?と質問を投げかける。
「簡単だよ、羽倉の。ワシらだけでやってしまえば、大内と管領に、全て奪われかねんからよ。それくらい、主らにも予想がつくであろう?」
和尚は、これまでとは打って変わり、真剣な表情をして伏見の羽倉に語りかけた。
「………」
羽倉の代表は、全てを理解したように口を閉ざした。
今では、油の専売権を持つ大山崎でさえも、細川高国と利の奪い合いを続けさせられ、大山崎の勢いは次第に落ちはじめていたのだ。
いわんや、大山崎ほどの力も持たぬ勝龍寺や向日神社などでは、あっという間に全てを根刮ぎこそぎ取られてしまうだろう。
実際、多聞丸からもたらされる利がなければ、今以上に困窮していたことは間違いないのだ。
その点は、実態を知る芳栄和尚も、心からの感謝の気持ちがあった。
「して、我らにも協力しろと?しかし、ウチとしては、管領殿らとのやり合いなどごめん被りたい。応仁の時のように、本殿が焼かれることになっては、今度こそ稲荷様に申し訳が立たないのだ。それとも、それを覆すほどの利を、其方らが提供してくれるとでも言うのかね?」
伏見稲荷大社としては、管領や大内との政治的な諍いには、手を出す意義を感じていなかった。
些少な利益の為に、本殿を再度危険な目に合わせてしまっては、今度こそ、再建ができなくなるかもしれないのだ。
その恐れは、大社の者ら全てが共有していた。
「50貫文だ。それでも些少というのか?」
僕は、ダメ押しのように声を出す。
この場で何も発言しないまま終わっては、今後、どの様な場でも発言を認められなくなってしまう。
それを僕は恐れたのだ。
だから、この50貫文という数字は、僕の予想する、最大の利益から出した答えだった。
「些少ですな。一個人としては、大きい額なのでしょう。しかし、この伏見稲荷大社と取引するというのなら、些少に過ぎましょう。それに、たった50貫文で、当社に管領と争おうかもしれない、という危険を犯せというのでしょう?全くもって足りませぬよ。せめて、その四倍は持ってきなさい。話になりません。」
伏見の羽倉は、そう言ってこの場を立とうとした。
「あいや待たれよ!」
向日神社の六人部殿が、声を上げられた。
「いやはや、判断が早過ぎますぞ?こちらの松永殿は、手付けとして、50貫文出してもいいとまで仰って下さっているのです。要は寄進ですな?それを伏見の方は蹴られると仰るのか?」
最大で50貫文という話であったにも関わらず、いつの間にか50貫文が、手付金となってしまっている。
六人部の神主を僕は睨むように見つめたが、この場でそれを口にすることはできなかった。
それをしてしまえば、本当にこの羽倉の者は、この席を立っただろうから。
「手付金ですか…。ふふふ…、松永さまもお人が悪い。それならそうと仰っていただかねば……。それで、本金はいくらであると?」
「…………」
「松永殿?」
ニヤニヤと笑いながら、この場の全員が僕の方見ていた。
完全に手玉に取られ、侮蔑されている様な状況だ。
僕の腹の中は煮えくりかえっていたが、それを表に出すことはできなかった。
それをしてしまえば、もはや交渉相手とさえ認められないからだ。
「200……。200貫文を出しましょう。それで如何です。」
「ほぉ…。手付金の50貫文に、本金が200。合わせて250貫文ですか。それは剛毅ですなぁ!それならば、乗ってもよろしい。伏見稲荷大社と向日神社、そして勝龍寺の三者による共同事業でしたな?」
この段階においても、こいつは僕を省こうとする様だった。
「いやいや、お人が悪いな、羽倉殿も。ちゃんと、松永殿も入れて差し上げなければ。まだ幼子なのです。しかと、導いてやらねばなりませんからな?」
六人部が、嘲笑するように松永の名も入れるように話に出す。
思い込みかもしれないが、それでも、僕の耳にはそうとしか聞こえなかった。
「では、伏見稲荷大社、勝龍寺、向日神社、松永家。その四者共同で、大内と交渉にあたる。それでよろしいな?」
「えぇ。」「はい。」「構いません。」
三者三様に、である返答をし、その日の交渉は終わりを迎えた。
そして、この交渉が、僕にとっての最初の大きな敗北だった…………
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◇人物紹介
・六人部 氏清
向日神社の神主。六人部家の者である。
多聞丸には興味を抱いており、彼の行動に注目している。
それはそれとして、神社の資金稼ぎに松永家が利用できないか考えている。
・羽倉 延任
伏見稲荷大社の御殿預。東羽倉家を大きく発展させた名宰相、羽倉延秀(1,500年没)の後を継いだ世代。
稲荷社の財政、社殿管理、社領(領地)の裁判権までを実質的に統括する最高実務責任者。
神職でありながら、大名家とも丁々発止に渡り合う、タフな政治力を持つ。
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