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ボマー松永久秀の投資戦略  作者: 斎藤 恋
京:西岡編

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第13話:芳栄和尚には懸念があった

◇永正13年4月


「多聞丸……。お主、本当に松永の家に居たままでよいのか?」



法栄和尚は、僕にそう問いかけてきた。

松永家に居続けることが、僕の為にはならないと思ってくれているらしい。


「……ですが、僕は松永家の当主ですし、それに、この松永の名を気に入っておりますから。それに、今では養う者もできましたし!」



僕にとって、勝龍寺は狭過ぎる。

勝龍寺にいるだけでは、できないことが多過ぎるのだ。

勝龍寺は、国人のように勢力を拡張したりしない。

影響力を増やそうといくら行動したとて、自分の名で命を下すこともほとんどできないままなのだ。


それでは、僕の為の安全圏が作れない。



「しかしの……」


松永の家の者に守られていない環境について、和尚は気になさってくれているのだろう。

確かに、武力という面では、まだまだ不安要素が尽きない。


だから、守りの手はあるだけ欲しいとは考えていたが……



「その話は後程。先に、水の保存技術の話をまとめませんか?」



和尚との話は、どうしても脱線しやすい。

仲が良いからなのかもしれないが、どうしても話があちこちに飛んでしまうのだ。



「あぁ……今日はそのために来たのだったか…。まぁ、良い。で、その水の保存というのが一月ひとつき保つのは既に確認したのか?」


「えぇ、それはもちろん。」


「なら、それで良いじゃろ。ワシに何を求める?」


「その水の保存には、竹炭が使われておりまして…。それの買取をお願いしたい。もちろん、高値で。」



竹炭を1貫70文……いや、最低でも50文で買い取ってもらうのが狙いだ。


「なら、10。1貫10文でどうだ?」


「…安すぎます。これは単なる炭ではありません。他では真似できない技術が使われているのです。70は頂きたい。」



芳栄和尚との交渉が始まり、お互いの希望価格をすり合わせていく。


「では、15。」


「安すぎますって、和尚。ただの木炭じゃないんです。竹炭なんですよ?木炭を水に入れたって、単に水が黒くなるだけですから。65。」



和尚も、技術そのものの価値は理解しているのだろう。

しかし、和尚とて、長年この勝龍寺の出納を担ってきた執事である。

当然ながら、その値付けは厳しい。


裏では、吝嗇坊主とまであだ名される程度には、和尚の出納技術は冴え渡っていると言えるだろう。



「なんぞ、よからぬ事を考えたな?20。」


「いえいえ、そんな………61」


「こんな所で刻むか…。」



半端な数字で、これ以上は下げられないと少しでもアピールしておきたい所だ。


「炭の現物はどこにある?」


ここで、炭の現物を見せろと和尚が言った。


「え、あはい。ここにございます。」



僕は持ってきていた竹炭のサンプル品を見せる。

カチカチに固く、早々に砕けることもない本物の竹炭だ。

煮沸で中の不純物を洗い落とし、天日で乾燥させ水気も残していな完品である。



「ふむ…。確かに、普通の炭とは違うの……。で、これをどう扱い水を長持ちさせるのだ?」


ここに来て、和尚は、水の保存方法について具体的な部分を聞いてきた。


「それは難しくはありませんよ。単に、水の量に応じた竹炭を、保存したい水の中に放り込むだけで大丈夫です。ただ、10日に1度は拾い出して、天日で乾燥させてもらいたいですね。そうすれば、さらに長く使えます。」



「なるほどの……。本当に簡単だの。寺より、武士相手の方が売れそうじゃ。……お主、それを考えておったのか?」


和尚は、水の保存技術について、寺などより武士の籠城戦などでの方が使い所があるように見ているらしい。



「えぇ。しかし、僕だけでは伝手がありません。それに、大内相手の商売なら、もっと売れる要素があります。」


「ワシは、武家が籠城する際のことを考えとったが、それ以外に、ということか?」



水の保存技術が活用できる部分は、籠城戦だけじゃない。

というか、籠城戦で使うなど勿体無いだけだ。



「はい。それは、船上。船の上ですよ。大内家は大陸と交流を持っていると聞きます。朝鮮や唐国とです。船の上で水はとても貴重だと聞きました。なら、それを長持ちさせる技術は、喉から手が出るほどに欲されるのではないか?そう考えております。」



大内家への最大の売りどころだった。


朝鮮であれ、唐国であれ、あるいはそれ以外との交易であれ、水の確保はかなり重要になる。

そんなところへ、3日しか保たない水が一ヶ月保つようになる技術を持ち込めば、どんな代償を払ってでもそれを得ようとされるだろう。


大内家が吝嗇でなければ、莫大な額を支払ってくれるに違いなかった。



「それの販売をウチに……か。」


「えぇ、その通りです。」



勝龍寺には、利点しかない話の筈だが、芳栄和尚の表情は険しかった。


「どう、されたのです?和尚。これは勝龍寺にとっても、望ましいものではありませんか?」



僕は、怪しくなってきた流れに、焦りを見せてしまう。

しかし、そんな僕の焦りに食いつくこともなく、和尚は険しい表情のまま天井を見つめていた。

何を考えているのか分からないが、僕には待つことしかできなかった。



「多聞丸…。お主の作った品は、勝龍寺に莫大な儲けをもたらしておる。幾分かは、高国の阿呆に奪われたが、それでもその痛手から、即座に回復する程度には売れておるのだ。炭酒もそうであるし、新しく始めておる切り蕎麦についてもウチの息が掛かった商材であると声を掛けた。………だが、それが寺に災いももたらしておる。」



『災い』



和尚は確かにそう言った。

儲け過ぎることによる災いとは、何を指しているのだろうか?

高国がどうとか言っているが、それとの関わりなのだろうか?


「災いとは、何を指しておられるのでしょう……?」



恐る恐る、僕は和尚に尋ねた。




「嫉妬よ。他の寺社からの嫉妬。それに関わりのある国人らからの嫉妬。それに、高国だけではない。他の武家から狙われ、公家らにも目をつけられ始めておるのだ。このままでは、勝龍寺が周囲全ての者らに狙われかねん。そうなれば、寺が焼かれてしまう……」


武家ならば、略奪の為に寺を焼く程度のことは容易くするだろう。

それによって、収入の基盤がなくなるだろうことも考えずに…………。



「(嫉妬か…。既に狙われているとは……。)」



僕は、嫉妬の恐ろしさというものをよく知らない。

元々、前世でもそこまで優秀だと評されたことはないし、そもそもが奥手な性格だった。

だからこそ、嫉妬の感情に強くさらされた経験がないのだ。


金銭的にも、使い方が荒く貧しい方ではあったし…。




「なら、どこかと協力してはいかがです?例えば…他の寺とか!」


思いつくまま、和尚へ提案してみる。



「無理だの。他の寺には、既に利を与えるように散々言われておるよ。弱みを見せれば、すぐにで根こそぎ奪われかねんわ。」


和尚が想像している寺社というのが、どこなのかは分からない。

しかし、僕は、この当時最大の我欲に満ちた寺社として有名な"あの寺院"を想像していた。



「延暦寺……でしょうか?」


僕が確認するように、尋ねると、和尚は声に出さず頷いていた。


他には他には何かないだろうか?と、僕は必死に頭を働かせる。



「和尚、向日神社はいかがでしょう?あそこなら、ウチの伝手で繋がりが持てます!」


「向日神社、のぉ…。西岡でなら効果があるだろうが……。」



和尚は、暗に小さ過ぎる。とそう言っているようだった。

確かに、京の西岡においては有力な神社であるが、そこから一歩外へと出れば、影響力は皆無だ。


かの神社の権益は、西岡に集中しすぎている。

今の勝龍寺が協力する相手として適切とは言えなかった。



「そ、それなら、伏見稲荷大社です!近いですし、名の知れた神社です!ここなら、協力者として申し分ないはずでしょう?!」



【伏見稲荷大社】


応仁2年の戦火によって焼け落ち、明応8年に再興されたばかりである。

全国への勧進によって、本殿が再建され、五つの神をまとめて祀る五社相殿の形が出来上がった頃でもあった。



「確かに、名は知れておるがな…。再建されたばかりであるし、他の寺社に比べ力がまだ小さい。武力など皆無だぞ?協力する意味があるのか?」


実際、その通りだった。

この当時の伏見稲荷大社は、名前こそ全国への勧進で知られてはいた。

しかし、その武力や資金は、というと本殿の再建などで取られ、まだまだ大山崎や比叡山などと比較するでもなく、貧弱な守りしか持ててはいなかったのだ。


だが、その宗教的権威は大きく、その点においては、他の寺社を圧倒していたと言ってもいいだろう。



「権威の大きさは、味方を多く得られることと同義です。今の我々には、金はあっても権威と武力が足りません。まずは金の力で権威を落とし、その後に武力を求めるべきでありましょう。伏見稲荷大社の権威があれば、朝廷の名を引き出し、周辺国からこの地を守るための武力を引き出すことも、不可能ではないはず!」


実際の所、可能か不可能かは知らなかった。

そもそも、周辺国へと協力を頼んだ所で、その対価をどうやって支払うのか?という問題さえあったのだ。


それを考えると、単に権威を得ればいいわけではないと分かるのだが、この時の僕にはそこまで考える余裕はなかった。




今になって思う。

転生してからの僕は、前世の大人であった自分のように冷静沈着ではなく、本当の子どもの様に、落ち着きがなかったのだ、と。






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◆松永家資本(多聞丸資金)


・74.15貫文→→→83.15貫文

・83.15貫文→→→44.99貫文(勝龍寺への支払額)


◇支出(3月分)

・食費:14.4貫文

・給与:17.8貫文

・勝龍寺への献金:38.16貫文(三ヶ月分)


◇収入(3月分)

・切り蕎麦:21.3貫文

・灰持酒:3.6貫文

・火入り炭酒:16.3貫文


====================


◆多聞丸の一言

勝龍寺への献金額が、中々に響いている。

もっと定期収入を増やさないことには、どうしようもない。

安定した投資生活は、まだまだ夢半ばらしいな……。


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