第12話:芳栄和尚と話し合ってみた
◇永正13年4月
竹炭の効果が出始めた。
というより、実験用の水は腐らずに既に一ヶ月だ。
十分な期間といえば十分な期間だ。
普通なら五日と保たずに腐る水が、既に一ヶ月保っていると時点で、十分な効果だと断言できる。
だが…………
それを信用してもらうってのが一番大変なんだがな……
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◆side 勝龍寺(芳栄和尚)
またぞろ、多聞丸の奴が新しい発明だと言って、何か商品を売り込みに来たようだ。
昨年には、切り蕎麦なるものを、西岡麺?などという名称で大内の軍勢相手に売り込んでおったようだし、こちらにも新しい酒だと言い、火入り炭酒を引き渡しにきおった。
アレからまだ半年も経っておらぬというのに、またも新しい商品か……
やはり、アレとの取引であちらに"半値"を渡すという判断は正しかったようだ。
松永家…、いや、多聞丸との間には、【多聞丸の発明品の利益について、勝龍寺と折半する】という契約がある。
これは、多聞丸が元服するまでは効果を発揮するはずだ。
流石に一生涯そのままというのは、怖いからな。
あえて、そうさせてもらった。
あの小童は、少々…かなりおかしい。
異常だといってもいい。
これまでにしてきた発案、発明。
そのどれもが、ワシらでは到底思いもよらなんだものばかり。
まして、あの童の考えを読んでみようとしても理解できん。
あの童が何を考えておるのか、ワシには理解できんのだ。
何を思えば、童が酒の改良品などを思いつく?何を考えれば寒天や交経格子、数独のようなものを発案できるというのか……!
それと、あの交渉力……
どう考えても物怪の類か、神仏か……。
いや、ワシらに恩恵をもたらしておることから考えても、神仏かの…?
少なくとも、ワシに害はないしな…。
しかし……、そう思っていたのも束の間。
彼奴の祖父の七回忌にて、彼奴の父が亡くなった。
彼奴の父からは、彼奴の廃嫡について話があるはずだったのだ。
それは向こうの家臣から伝え聞いている。
こちらとしても、多聞丸の奴を寺に迎え入れられるのは都合が良かった。
だから、寺へと入れさせるように話し合いをする。その筈だったのだが……。
神仏の行いか。
はたまた、多聞丸自身が何かしらしたのか。
それはワシには分からん。
だが、彼奴の父は死に、ワシらは、多聞丸を松永家に押し込むよう運動せざるを得なくなった。
「余りにも、都合が良すぎる……。」
彼奴にとって余りにも都合の良すぎる時だった。
神仏の加護。
そう言われてしまえば、それまでだが……
「彼奴がやったのではないか?というのが消えんのよなぁ……。」
彼奴は恐ろしい…
だが、敵にだけそれが向けられるのなら、ワシらは味方であり続ければいいだけだ。
しかし……、味方にも向けられるのなら…。
「その時は、ワシが命を張ってでも、止めねばならんのかもしれんな……。」
今は、誰も彼も、あの小童が父を殺めたなどとは思っておらん。
しかし、あの時のようなことが、二度三度と続くようなら……
もう疑いようもなくなってしまう。
「……………まぁ、今考えておっても仕方なきことか。そろそろ行くか。」
ワシは、多聞丸が魔に堕ちぬよう、ただ御仏に仕える者としてできるだけのことはせねばならんな…。
そう心に留めた。
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◆side 多聞丸
今日、二月ぶりくらいに芳栄和尚と会ったのだが、随分と機嫌が良かったが何故だろう?
何かいいことでもあったのだろうか?
よく分からないが、僕に損はなさそうだから別にいっか。
芳栄和尚に今回持ち込むのは、竹炭だけじゃない。
そもそもの水を腐らせない方法そのものだ。
その方法が流行れば、竹炭の消費量が伸びるだろうし、ウチの竹炭を買ってくれるようにもなる。
それに、ウチの竹炭以外では、効果は半減以下だからな。
ウチ以外に根こそぎ利益を奪われるような心配もしなくていい。
もちろん、それもこれも、「ウチが製法を守り通せれば」だがな。
時代が時代だ。
強硬にウチの利を奪おうとする輩は大勢いる。
商人然り、武士然り、そして宗教勢力然り……だ。
特に宗教勢力が一番厄介だ。
神仏の名の下になら、何をやってもいいと思っている連中だからこそ、早々に気は抜けない。
幸い、ウチは向日神社とも勝龍寺とも繋がりが強いから問題なくやっていけているが、そこを蔑ろにすると、一瞬で彼らも手のひらを返すだろう。
だからこそ、ひたすらに向こうへの利益も忘れちゃならないのだ。
「芳栄和尚様。ご無沙汰しております。」
「久しいの。色々やっておるようだな。宗立らから聞いておるぞ?かなり色々とやっておる様子だの。」
そう言うと、和尚はニヤリと笑いつつ、下品に親指と人差し指で丸を作った。
「和尚……、流石に下品では?」
「ふんっ。そんなことはないわい。世は全て御仏の手の内也。ワシが集める銭も、全ては利生の銭よ…。寺を維持する為に必要な分しか取っておらぬわ。だからこそ、主とも利益の折半で手を打ったであろう?」
芳栄和尚は、折半した理由をそのように語った。
まぁ、どう考えても坊主の方便にしか聞こえなかったのだが。
「はぁ……。このジジイはホント……。」
もう2年近い付き合いである。
この和尚相手に、真面目ぶった態度で交渉に臨んでも無意味だ。
金銭を扱う役職に就いているからか、本性は僧侶というより破戒僧である。
まぁ、それはこの時代の僧侶全てに言えるのかもしれないが。
「して、今回はどうした?また何か作ったのか?」
和尚がそう尋ねてくる。
「……えぇ、作りましたよ。ですが、最初に提案するのは、別です。」
「ふむ…?何か思いついたのかな?」
「水の保存方法を。」
「水の…?」
和尚は、水の保存期間などと言われても、ピンと来なかったようだ。
和尚のような立場では、木樽に詰められた水が、何日腐らずに保つのかなど、知る必要のない知識なのだろう。
だからこそ、彼にはこの価値が理解できないらしい。
「和尚。水汲みというのは過酷な仕事でございます。水というのは樽に詰めておれば、数日、いや5日も経たぬ内に腐り、飲めなくなるのです。しかし、この私が提案する保存法であれば、水の保存期間を一月。いや30日以上にまで伸ばせましょう。そうなった時の利は、和尚であるなら十分に理解できるはず。」
だが、水の保存技術というのは、相当な価値を持った技術だ。
例えば、災害時や戦さの際だ。
特に、籠城戦の時のことを考えれば分かるだろう。
籠城戦では、水の確保が重要になる。
水の手を絶たれれば、どんな堅城であれ容易く落ちるのだ。
そしてそれは、勝龍寺のような寺であっても変わりない。
戦だけではないのだ。
この時代には、飢饉という危険性がどこにでも転がっている。
食事だけでなく、水の確保も重要な飢饉対策なのだ。
当然、和尚もその程度のことは理解しているはずなのだが……。
「水の保存か…。確かに、重要なことじゃ。その利については理解できる。しかしお主、それだけの利をどう扱うつもりだ?これまでにも、莫大な額を稼いでおろう。ワシらにもその恩恵は流れておるが、お主にも相当額が蓄えられとることは理解しとるぞ?それだけの額を稼いで、何を為すつもりなのだ?」
和尚は、どうにも僕が、良からぬことやましい事に手を染めようとしているのではないかと、不安視しているらしい。
単に、当主としての実権を取り戻して、勢力を安定させたいだけなんだけどな…。
「えーと、和尚?僕は当主でありながら、当主としての実権を持たぬ半端者であります。僕の目的は、僕自身の兵を持ち、叔父や僕に逆らう家臣らから実権を取り戻すことですよ。これは、いけない事なのですか?」
「それは…。まぁ、すべきことではあるな。ワシらとしても協力はしよう。だが、本当にそれだけの額を稼ぐ必要があるのか?多すぎるように思うのだが……。」
和尚からすれば、この金額は莫大な億万長者が扱うような金額に見えるらしい。
まぁ、未来日本の貨幣価値に直せば、一千万円単位だ。
言わんとすることは分からなくもない。
しかし、その程度では、今後起こり続ける戦乱の世では、吹いて飛ばされる程度の額でしかないのだ。
こんな所で止まってはいられないのである。
「和尚。大内殿が京にいらしてから、もう何年になりますか?僕も、又聞きでしかないですけど、そろそろ大内殿は領地へと帰られるのではないか?という噂もございます。そうなれば、この京の地はどうなりましょう?またも戦火があちこちに広がるのではありませんか?僕には、戦というものがどうなるのかは分かりません。ですが、分からぬからこそ、僕にできる最善を尽くさねば、松永の家は、容易く滅ぼされてしまうのではないかと、不安なのです!」
それこそが、僕の今の想いだった。嘘偽りなく。
将来においては、勢力拡大して、天下統一する勢力の小判鮫にでもなれればいいかなぁ?とか考えている僕だが、今の僕の家にそんな余裕はない。
大内のような大大名から見れば、吹けば飛ぶしかないような一国人に、どんな力があるというのか?
どれだけ稼いでいても、「安心した」などとは到底思えないのだ。
それに、稼げば稼ぐほどに、周囲からの収奪圧力は強まっていく。
特に、今の僕が恐れているのは、細川高国なのである。
あの細川家が望めば、「収入の9割を納めろ」と言われたとしても逆らえないんだ。
そんな状況で、どうやって安心しろというのか?和尚には、警戒心が足りなさ過ぎるように感じられてならないのだ。
「不安、か……。それは、そうだろうな。大内殿が、すぐにでも帰還なされるという噂は否定しても良い。今の所、そのような話はないからの。しかし、帰還の可能性は、あるだろうな……京に来て、既に十数年にも及ぶはずだ。本国をそれだけの期間空けておくというのは、大内殿にとっても負担であろうからな。」
「それに、僕の所に、お金を出せ出せって、叔父や家臣達が何度も来ているんですよ?今はまだ、勝龍寺と話をしてからでないと出せないとして引き伸ばしてますけど、もうそろそろ限界です。でも、叔父達に何十貫文ものお金を渡して、何の意味があると思いますか?周囲の国人達に戦を仕掛けて負けてくるだけでしょう?意味ないですよ。」
叔父には、戦の才覚があるようには思えない。
なぜなら、青木や他の者に話を聞いた所、叔父率いる軍勢は、規律などほぼない暴徒と変わらぬ集団でしかないようだからだ。
規律一つ守らせられない将に、どんな戦ができるというのだろうか?
そもそも、叔父には戦の経験が二度ほどしかないらしく、その二度ともで、本人は敗走しているようだ。
だから、叔父の言葉には、松永家の家臣が従うこともほとんどないらしく、陣代になっているというのに、僕と同じで実権がないままなのだそうだ。
「そなたの叔父上というのは、そこまで戦に弱いのか…?十貫文も渡せば、それなりの武具が買えように。」
「無理ですね。僕も兵法に詳しい訳ではありませんが、家臣によれば、規律一つ守らせられぬ、野盗程度の勢力でしかないとのことでした。」
「なんと、まぁ……」
松永家には、戦力が無さ過ぎるのだ。
どうしようもなく………。
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◇人物紹介
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・松永長利
松永正秀の弟にして、多聞丸の叔父。
過去に出た戦で、二度の敗走経験がある。
力はあるが、規律という言葉がなく強欲。
目先の欲に釣られやすく、兄を毛嫌いしていた。
その為、自身の方が当主に向いているのだと、公言して憚らない。
家臣らにも嫌われているが、本人はそれに気づいてすらいない。
息子が二人と娘が一人いる。
なお、まともに結婚もできておらず、豪農の娘を攫ってきて家臣の一人である木山家の養女にして迎え入れている。
その豪農の家の者からは、強く強く恨まれている。
なお、攫われた娘は、男の子を一人産んでからすぐに亡くなった。
他の二人の子供も、それぞれ母親が違っており、既に病に罹っている。
子供3人は、木山家の者が養育しており、長利とは似ても似つかない容姿に性格であるという。
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